「生まれ変わってもきっと監督に」 室井滋さんが悼む長谷川和彦監督
80歳で亡くなった映画監督の長谷川和彦さんの長年にわたるパートナーで俳優の室井滋さんが2日、朝日新聞の取材に応じ、「もっといいものを撮りたいという気持ちが強い人でした。生まれ変わっても、きっと監督になるんだと思います」と語った。
長谷川さんは1976年、両親を殺害する無軌道な青年を活写した「青春の殺人者」で監督デビュー。初長編ながらキネマ旬報ベスト・テンの第1位に選ばれた。さらに79年には、自作した原爆で政府を脅迫する理科教師を描いた「太陽を盗んだ男」を発表。同作は、異色の犯罪活劇としてカルト的な人気と評価を得た。
この2作により、若くして才能を認められた長谷川さんは、将来を嘱望される若手として名をはせた。常に次回作を期待され、数々の企画が持ち上がったが、すべて「幻」に終わった。長谷川さんが1月31日に多臓器不全で亡くなったことが伝えられると、ファンからは「ずっと新作を待っていた」「第3作が見たかった」との声が上がった。
そうした声に、室井さんは「あんなに撮らない人だったのに、『ゴジ狂』とも言える熱烈なファンの方が多かったですから。ありがたいですよね」と語った。ゴジは長谷川さんの愛称で、多くの映画ファンもまた親しみを込めてそう呼んでいたという。
百回は言った「ばかやろう」
結局は「太陽を盗んだ男」が最後の監督作になったが、室井さんは「お願いされている企画をやればいいのに、自分でも納得できるものを、という気持ちが強かったのでしょう。実現できないものが続き、結局ハードルだけが高くなっていきました」と述懐する。
室井さんによると、長谷川さんは20年ほど前から肺がんの闘病を続けていた。またパーキンソン病も患い、近年は車いすで生活するようになっていたという。
一方で、監督作への意欲が消えることはなかった。「よく知らない方にも千枚くらいもあるシナリオを送りつけて意見を聞こうとしていましたしね……」。加齢とともに肉体的な衰えは見せつつも、「話せなくなっても頭では映画のことを考えているようで、本当に執念の人でした」。
長谷川さんが、無類の酒好きで愛煙家だったことにも触れ、「お酒やたばこで体を半分壊したみたいなものです」と室井さん。旅立った長谷川さんに向かって、「百回は言ってやりましたよ、『ばかやろう』って」。
長谷川さんは亡くなってもなお、「第3作」への執念を持ち続けているように思える、とも語る。「最後は体がつらかったでしょう。あっちでは体が自由に動くでしょうから、きっと映画を撮ろうとしていると思います」
近親者で営む葬儀で、室井さんは喪主を務める。
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