2024年3月31日日曜日

アクタ・ザ・カウンセラーさんによるXでのポスト

映画『オッペンハイマー』セリフ・場面解説!<日本語字幕版>|ゆうちゃん/Uchan

映画『オッペンハイマー』セリフ・場面解説!<日本語字幕版>|ゆうちゃん/Uchan

映画『オッペンハイマー』セリフ・場面解説!<日本語字幕版>

見出し画像

 セリフが秀逸で難解な『オッペンハイマー』。でもセリフが分かると奥が深い!
 日本語字幕で特に分かりにくいと思ったセリフや場面を解説します。当然、ネタバレ満載です。
 今のところ、トリニティ実験まで。近日中にトリニティ実験の後を書き加えます!
※ここで解説していないセリフは日本公開前に書いたセリフ解説<前編:トリニティ実験まで>と<後編:トリニティ実験後>も参考にしてください。
※映画と同様の並びにしてるので、時系列には沿ってません。
※映画の中のセリフの解説であって、時代考証ではありません。

イジドール・ラビとの出会い

 ライデンからチューリッヒに向かう電車の中で、オッペンハイマーはイジドール・ラビに出会う。そこでラビは、「我々はニューヨークのユダヤ系なのに(we're a couple of New York Jews)」ということを言っていて、2人がユダヤ系だから疎外感を感じることがあるという話をしている。
 オッペンハイマーもラビもユダヤ系というのは一つ重要なポイントだったと思うけど、日本語字幕では単に「米国人」となってしまっていた。

キティとの出会い

 オッペンハイマーはキティに出会った時、「ニューメキシコに一緒に遊びに来ないか」と誘ったあと「(あなたの)夫と一緒にね(不倫したいわけじゃないよ)」と付け加える。それに対するキティの返事が、日本語字幕では「気持ちは変わらないから」になってるけど、これだと意味が通じない。実際には、夫が一緒に来ても「全く関係ない(it won't make a bit of difference)」(夫がいようといなかろうとキティは好きなことをする)、ということを言ってた。

キティとジーン

 オッペンハイマーがジーンに、「キティが妊娠したからおなかが目立つ前に結婚するんだ」と言ったのに対し、日本語字幕ではジーンが「文明的ね」と答えてて何のことかよく分からないけど、実際には「常識があるのね(How civilized)」と嫌味を言ってる。

ローレンス

 ローレンスに言われ、政治活動をやめて「爆弾プロジェクト」に加わることになったオッペンハイマー。その時オッペンハイマーが、アインシュタインとシラードがルーズベルト大統領に送った原爆開発の手紙のことは知ってると発言してるけど、日本語字幕ではシラードの名前が省略されてた。ここは誤訳ではないけど、映画の後半でシラードがオッペンハイマーに原爆使用に反対するよう求めたときに、オッペンハイマーが「シラードたちに言われて原爆開発に関わったのに今更何を言うんだ」と発言するところがあるから、元々の手紙にシラードもかかわっていたというのは重要だったと思う。

グローヴスとの出会い

 原爆開発成功のカギは反ユダヤ主義と話すオッペンハイマーに、グローヴスがなぜかと聞く。それに対するオッペンハイマーの答えが、日本語字幕では、ヒトラーはユダヤ人が嫌いだから学者に資源を提供しない、というような訳になってしまってたけど誤訳だと思う。ここでの「資源(resources)」は「人材」のことで、本来は、ヒトラーはユダヤ人が嫌いでユダヤ系の人材を排除してしまってるから研究が遅れるという意味だと思う。
 それから日本語字幕で、グローヴスがオッペンハイマーに、「みんなにこう伝えるよ。『オッペンハイマーはハンバーガー店を経営できない』と」と言うセリフがあるけどこれも誤訳。正確には、グローヴスは、「あなた(オッペンハイマー)に対する評判で私が気に入っているのは、『オッペンハイマーはハンバーガー店すら経営できない』というもの」と言ってる。それに対してオッペンハイマーは、その評判は間違ってないかもしれないけどマンハッタン計画は指導できると答えてる。
 「オッペンハイマーはハンバーガー店は経営できないがマンハッタン計画のリーダーにはなれた」というのは原作にもあるよく知られた話。

アインシュタインと数学

 連鎖反応が止まらないかもしれないというテラーの計算結果を持ってアインシュタインに相談に行くオッペンハイマー。このシーンはフィクションだけど、日本語字幕ではアインシュタインがオッペンハイマーと同じように数学を「軽視」しているという表現があるけど、実際には数学が苦手で「毛嫌い(disdain)」しているということ。

クラウス・フックス

 日本語字幕では、ロスアラモスに着いたフックスを、グローヴスが「英国代表」として紹介し、オッペンハイマーはフックスに、「いつ英国に来たか」と聞いてる。
 でも英語では、オッペンハイマーは「いつから英国人になったのか(How long have you been British)?」と聞いてる。フックスはもともとドイツ人だったけど、ヒトラーから逃れてイギリス人になった。そういう背景があるからこそスパイになったんだと思う。

「区分化」

 マンハッタン計画の情報管理の方針について、区分化という言葉が字幕で時々出てくるけど、何のことか分かりにくいと思う。
 元の英語はcompartmentalizationで、秘密情報は部門ごとに管理して、部門を超えた情報共有はだめだよという意味。だからグローヴスは部門横断的な自由討論にも反対した。日本語訳は「情報非共有」とか「情報隔離」とかのが分かりやすかったと思う。

セキュリティ・クリアランス

 秘密情報にアクセスする資格のことをセキュリティ・クリアランスというけど、日本語字幕はアクセス許可とか単に許可とかになってて、これも分かりにくいんじゃないかな思った。
 セキュリティ資格とか、セキュリティに関連した言葉の方が分かりやすかったんじゃないかな。
Wikipediaによると、オッペンハイマーは最初マンハッタン計画に参加するためセキュリティ・クリアランスを得て、そのあと何度か更新されて、次の更新時期は1954年6月末に予定されていた。けども更新時期が来る前に、ストローズにけしかけられたウィリアム・ボーデンが「オッペンハイマーはソ連のスパイの疑いあり」という手紙を送ったから、それをきっかけに映画の舞台となった聴聞会が開かれた、ということらしい。1954年5月に終わった聴聞会は、オッペンハイマーのセキュリティ・クリアランスを更新しない(事実上のはく奪)という結論を出したのは映画の通り。

「核兵器の議論」

 AECで、ソ連が核実験に成功したけど次はどうするかという話題になった時、日本語字幕ではオッペンハイマーが「核兵器の議論」をしようと答えてる。これだとなんの議論か分からない。
 元の英語はarms talksで、核兵器を抑えていこうという議論を意味するから、軍備交渉とかの訳にして欲しかった。

ジーンの最期

 ジーンの死の知らせを聞いて泣き崩れるオッペンハイマーがキティに、日本語字幕では、「(ジーンの)遺書があった」と話してる。けど実際には、「メモがあった。署名されてなかったけど(She'd left a note … not signed)」と言っていて、遺書とははっきり言っていない。
 ジーンの死には、自殺説と他殺説があり、映画ではどちらとも取れる表現になっている(ジーンの死のシーンで黒い手が見える)。遺書として訳してしまうと、自殺ということになってしまう。

暫定委員会の会議

 原爆の投下方針を決める会議で、日本語字幕では、「アメリカ市民は戦争に慣れてきたから原爆被害に抵抗を感じないだろう」というセリフがある。
 けれど実際には、「真珠湾や太平洋で日本軍にひどいことをされてきたから、原爆被害に対してもアメリカ人はやむを得ないと思うだろう(Pearl Harbor and three years of brutal conflict in the Pacific buys a lot of latitude with the American public)」と言ってる。
 単にアメリカ人が戦争慣れしたから原爆被害を受け入れるだろうというんじゃなくて、日本軍がひどいことをしてきたから日本に原爆被害を与えることをやむを得ないと思うだろうということだと思う。

トリニティ実験

 トリニティ実験の直前に、日本語字幕では、オッペンハイマーは「誰にも我々を止められない」と言ってるけど、実際には、「我々を止めるものが何かあるだろうか(Is there anything else that might stop us?)」と問いかけてる。そのあと悪天候で、もしかしたら実験が中止されるかもしれない、という展開になっていく。
 実験直前に、日本語字幕では、オッペンハイマーが「失敗するとプルトニウムが砂の上にばらまかれてしまう」と発言するところがあるけど、実際には、プルトニウムが「ホワイト・サンズ(White Sands)」(トリニティ実験が行われた土地の名前)にばらまかれてしまうと言ってる。

続きは近日公開!

2024年3月30日土曜日

slowslow2772さんによるXでのポスト 宮崎駿

プリンストン高等研究所物語 | ジョン・L. カスティ, Casti,John L., 英志, 寺嶋 |本 | 通販 | Amazon

2005年2月18日に日本でレビュー済み
 プリンストン高等研究所は緑に囲まれた美しい場所にある。
 一度訪れたことがあるが、ここでアインシュタインを始めとする天才たちが議論を交わしたのかと思うと感慨深かった。
 本書では、天才たちの臨場感溢れた日常を知ることができる。
 科学好きにはたまらない、わくわくした展開だ。
11人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
雑学家
2019年3月13日に日本でレビュー済み
「コホモロジーのこころ」書いた加藤 五郎 先生が近書「運命を変えた大数学者のドアノック」でプリンストン高等研究所のドリーニュ と親しくなった話がありました。
それで今回読んでみました。本書ではもっと古い時代の人物が登場します。

原爆の父と称されるオッペンハイマー 所長は晩年は妹が共産主義者でソ連のスパイと疑われ
機密情報へのアクセスを禁じられていたとのことが興味深かった。
名著作「赤い楯(上) ロスチャイルドの謎」や原子炉反対で高名な広瀬隆の「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」の本でガンや白血病でスティーヴ・マックイーンまで亡くなっていることをしてきされていた。今回この本でフォン・ノイマンは原爆実験に何度も立ち会ったせいで若くして53歳でガンで亡くなったことを知って驚愕した。
矢野健太郎(微分幾何学者)とアインシュタインがこの研究所で会っている写真をよく見ました。
レポート
安心してください。個人の感想です。
2005年3月4日に日本でレビュー済み
~プリンストン高等研究所は知の集まりであり、所員の対話の機会を重視している様子も伺える。プラトンが描くソクラテス達の対話のような雰囲気だ。本書では、フォン・ノイマンのコンピュータ制作とゲーデルの待遇を中心にオッペンハイマー所長の施策、「実在」とは何かに苦悩していた物理学者たちの対話が描かれている。しかし、翻訳が(正確かもしれないが)~~下手で、肝心な対話の雰囲気が台無しだ。日本語の表現がなっていない。星二つ減らしたいが、それじゃ現著者がかわいそう。なお、当時日本人研究者が何人も滞在していたけど、誰も登場しません。~
11人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート

ゲーデルの不完全性定理とは何か? | 本がすき。

ゲーデルの不完全性定理とは何か? | 本がすき。
映画ではアインシュタインがゲーデルを馬鹿にした印象になっているが
アインシュタインはゲーデルを評価していたし
オッペンハイマーもこう言っている



ゲ-デルの世界: 完全性定理と不完全性定理 単行本 – 1985/5/1 

Foundations of Mathematics ペーパーバック – イラスト付き, 2012/5/21 


「彼の仕事は、ひじょうに多くの抽象的かつ数学的な議論を測り知れないほど深め, また豊かにしただけではなく, 人間の理性一般における限界の役割を明らかにしたのです.」1966年


ゲ-デルの世界: 完全性定理と不完全性定理 単行本 – 1985/5/1 

21頁

 1966年4月22日, オハイオ州立大学でゲーデルの 60 歳を祝った学会
が開かれた。このときプリンストン高級研究所の所長をしていた J.R. オ
ッペンハイマー (1904-1967) は次のように挨拶した.

 「クルトゲーデル, 彼の記念日, そして彼の偉大な業績のお祝いの役にたてることは,私
の名誉であり喜びであります. 彼の仕事は、ひじょうに多くの抽象的かつ
数学的な議論を測り知れないほど深め, また豊かにしただけではなく, 人
間の理性一般における限界の役割を明らかにしたのです. 自分の発見や見
解を発表することによりゲーデルを讃えようとこの場に集った多くの著名
な学者の方がたに, 私は敬意を表するとともに,この会議での講演が,こ
の学会に魂を入れた人の大いなる楽しみになることを希望します」([1],皿).

ゲーデルはこの学会にも出席しなかったが、 次のようなメッセージを寄
せている. 「シンポジウムに参加できなくて申し訳ありません。 しかし私
は、講演が掲載される本に対して, 興味と楽しみをもって期待していま
す」([1],皿).

Greetings from Dr. J. ROBERT OPPENHEIMER

参考文献
[1] Bulloff, Jack J., et al (ed.), Foundation of Mathematics:
Symposium Papers Commemotating the Sixtieth Birthday
of Kurt Gödel, Springer, 1969. ゲーデルの 60歳を祝った学会
の論文集.


Foundations of Mathematics ペーパーバック – イラスト付き, 2012/5/21 



参考文献
[1] Bulloff, Jack J., et al (ed.), Foundation of Mathematics:
Symposium Papers Commemotating the Sixtieth Birthday
of Kurt Gödel, Springer, 1969. ゲーデルの 60歳を祝った学会
の論文集.
[2] Cohen, Paul J., Set Theory and the Continuum Hypothesis,
W.A. Benjamin, 1966 (近藤基吉, 他訳 『連続体仮説』, 東京図
書, 1972.) 公理的集合論で画期的な業績をあげた著者自身による
教科書・
[3] Flint, Peter B., “Dr. Gödel, 71, Mathematician," New York
Times, Jan. 15, 1978. 「ニューヨークタイムス」 の死亡記事.
〔4〕 Goodstein, R. L., Development of Mathematical Logic. Logos
Press, 1971.(赤摂也訳 『数学基礎論入門』, 培風館, 1979) 数理
論理学の歴史的発展を中心にした入門書.
〔5〕 Heijenoort, Jean van (ed.), From Frege to Gödel; A Source
Book in Mathematical Logic, 1879-1931. Havard Univ. Press,
1967.19 世紀から20世紀のはじめにかけての数学基礎論の主要論
文の英訳と解説を収録している.
[6] 廣瀬健,『計算論』, 朝倉書店, 1975. 帰納的関数に関する標準的な
教科書.
〔7〕
(編著), 『数学基礎論の応用』, 数学セミナー増刊, 1981. 数
学基礎論の整数論, モデル論, 計算機科学への応用を4人の著者が
分担している.
[8] Kleene, Stephen C., Introduction to Metamathematics, North-
203

一般に、有意味な情報を生み出す体系は自然数論を含むことから、不完全性定理は、いかなる有意味な体系も、完全には形式化できないという驚異的な事実を示したことになる。ロバート・オッペンハイマーが「人間の理性一般における限界を明らかにした」と述べたように、人類の世界観は根本的に変革させられたのである。
https://honsuki.jp/series/shikouryokuwokitaeru/24801/index.html

ゲーデルの不完全性定理とは何か?

現代の高度情報化社会においては、あらゆる情報がネットやメディアに氾濫し、多くの個人が「情報に流されて自己を見失う」危機に直面している。デマやフェイクニュースに惑わされずに本質を見極めるためには、どうすればよいのか。そこで「自分で考える」ために大いに役立つのが、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」である。本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「思考力を鍛える」新書を選び抜いて紹介し解説する。

高橋昌一郎『ゲーデルの哲学』(講談社現代新書)1999年

連載第21回~第30回では、科学技術開発と戦争の関係性、進化やホルモンが人間に与える影響、さらに宇宙誕生の謎からヒトゲノム編集の生命倫理問題にいたるまで、多彩な視点から「科学的に考えよう」というテーマについて追究してきた。

今回の第31回から暫くの間は、より人間性にかかわる側面を考察しながら「思考力を鍛える」ために、「多彩な人々に触れてみよう」というテーマにアプローチしたいと思っている。そこで取り上げるのが、再び自著の紹介となって恐縮だが、『ゲーデルの哲学――不完全性定理と神の存在論』である。

「20世紀最高の天才」と呼ばれるクルト・ゲーデルは、1978年1月14日、71歳で生涯を閉じた。死亡診断書に記載された死因は、「人格障害による栄養失調および飢餓衰弱」である。身長5フィート7インチ(約170センチメートル)に対して、死亡時の体重は65ポンド(約30キログラム)にすぎなかった。

死の直前のゲーデルは、誰かに毒殺されるという強迫観念に支配された。そこで食事を摂取することができなくなり、医師の治療も拒否して、自らを餓死に追い込んだのである。彼は、椅子に座ったまま、胎児のような姿勢で亡くなっていた。

1978年3月3日、ゲーデルの追悼式典が、プリンストン高等研究所で開催された。司会を務めた数学者アンドレ・ヴェイユは、「過去2500年を振り返っても、アリストテレスと肩を並べると誇張なく呼べるのは、ゲーデルただ一人である」と述べた。

1929年、23歳のゲーデルは、ウィーン大学の博士論文で「完全性定理」を証明した。この定理は、古典論理の「完結性」を示したもので、アリストテレスの三段論法に始まる推論規則が完全に形式体系化されることを示している。つまり、ゲーデルは、完全性定理によって古典論理学を完成させたのであり、その意味では、「アリストテレスと肩を並べる」という表現も、たしかに「誇張」ではない。

その翌年、24歳のゲーデルは、「不完全性定理」を証明した。この定理は、古典論理とは違って、自然数論を完全には体系化できないことを表している。ゲーデルは、無矛盾な自然数論の公理系内部に、真であるにもかかわらず証明不可能な命題を構成する方法を示したのである(不完全性定理の厳密な証明については、スマリヤン著・高橋昌一郎監訳『不完全性定理』(丸善)をご参照いただきたい)。

一般に、有意味な情報を生み出す体系は自然数論を含むことから、不完全性定理は、いかなる有意味な体系も、完全には形式化できないという驚異的な事実を示したことになる。ロバート・オッペンハイマーが「人間の理性一般における限界を明らかにした」と述べたように、人類の世界観は根本的に変革させられたのである。

19世紀末、ゲオルグ・カントールが創始した集合論に、さまざまなパラドックスが発見された。当時の数学界の重鎮ダフィット・ヒルベルトは、その「数学の危機」を克服するために、数学全体を厳密に公理化し、その無矛盾性と完全性を証明して確固たる基礎を築くべきだと考えた。それが「ヒルベルト・プログラム」である。

ヒルベルトが追求した形式体系の「自己完結性」を「理性一般」と呼ぶならば、不完全性定理は、事実上「理性一般における限界」を明らかにしたことになる。当時の哲学界では、論理実証主義者が完全な「普遍言語」を追求していたが、その試みも達成不可能であることが明らかになった。よく指摘されることだが、不完全性定理を誤解・曲解して、社会学的・文学的に乱用することは大問題である。その反面、「単なる数学の定理にすぎない」と言い切るのも、極端な過小評価といえるだろう。

ゲーデルが、論理性と人間性の均衡をアンバランスに支えることによって、ようやく精神を保っていたことは、明らかである。その傾向は、彼の哲学にも表れている。ゲーデルは、不完全性定理によって人間理性の限界を明らかにしながら、人間理性そのものを疑うことはなく、世界は合理的に進歩すると信じていた。また、選択公理と一般連続体仮説の無矛盾性を証明し、その真偽が決定不可能であることを明らかにしながら、一般連続体仮説そのものは偽だと信じていた。(P.8)

不完全性定理とは何か、それを証明したゲーデルとはどのような人物で、どのような哲学を胸に秘めていたのかを知るためにも、『ゲーデルの哲学』は必読である!

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)

國學院大學教授。専門は論理学・哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』(講談社現代新書)、『反オカルト論』(光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など。情報文化研究所所長、JAPAN SKEPTICS副会長。

ついに公開された映画『オッペンハイマー』を見た感想 → これは心底、日本で公開されなければならない映画 - Yahoo! JAPAN

ついに公開された映画『オッペンハイマー』を見た感想 → これは心底、日本で公開されなければならない映画 - Yahoo! JAPAN

本作ではスクリーンに映るシーンの時系列が、主に3つあり、それなりの頻度で入れ替わる

1つは、オッペンハイマーがホームシック気味の陰キャ学生から、ロスアラモスで原爆を完成させて時の人になるまでの、過去の話。

2つ目は、いわゆる赤狩り(戦後に西側諸国で流行った、共産主義者排除のムーヴ)に巻き込まれ、聴聞会に出席させられている1954年

3つ目が、アイゼンハワーによるルイス・ストローズの商務長官指名に関連して開かれた、1959年の公聴会だ。

基本的に1つ目へは、2つ目の聴聞会からの回想のような感じでシフトし、どちらもカラーで描かれる。3つ目はモノクロだ。

そして全ての時系列を繋ぐのは原爆云々ではなく、オッペンハイマーとストローズの確執である。

https://article.yahoo.co.jp/detail/580abd820b0bf245eed3d5ecb5e7b2c800194eb8

ついに公開された映画『オッペンハイマー』を見た感想

本国ではとうに公開されたどころかDVD・BD版すらも発売済みで、日本でも普通にAmazon等でリージョンフリー版を購入可能だった映画『オッペンハイマー』。

もう日本には期待できん。BDを買おうかな……と思っていたところで、ユニバーサル・ピクチャーズ作品の配給でお馴染みの東宝東和ではなく、ビターズ・エンド社の配給で公開が決定! やっと公開日の2024年3月29日がやってきた。

さっそく見てきたのだが……全く異論の余地なく、評判通りの超傑作だ! そして、公開前に出ていた批判がびっくりするくらい的外れなものだったことが発覚。いやぁ、この映画がちゃんと公開される日本でよかった

・3つの時系列

本作は、日本でも大人気な、クリストファー・ノーラン監督による伝記映画。原子爆弾の映画ではなく、タイトル通りにロバート・オッペンハイマーの生涯を描いたものである

本作ではスクリーンに映るシーンの時系列が、主に3つあり、それなりの頻度で入れ替わる

1つは、オッペンハイマーがホームシック気味の陰キャ学生から、ロスアラモスで原爆を完成させて時の人になるまでの、過去の話。

2つ目は、いわゆる赤狩り(戦後に西側諸国で流行った、共産主義者排除のムーヴ)に巻き込まれ、聴聞会に出席させられている1954年

3つ目が、アイゼンハワーによるルイス・ストローズの商務長官指名に関連して開かれた、1959年の公聴会だ。

基本的に1つ目へは、2つ目の聴聞会からの回想のような感じでシフトし、どちらもカラーで描かれる。3つ目はモノクロだ。

そして全ての時系列を繋ぐのは原爆云々ではなく、オッペンハイマーとストローズの確執である。

オッペンハイマーの知名度は日本でも織田信長なみだと思うので、彼についてネタバレに該当する史実情報は無いとみなし、それぞれの時系列において、把握しておくと理解の助けになるであろう情報を記しておく。

・レジェンド級物理学者たち

まずは1つ目の時系列。オッペンハイマーの回想ストーリーだ。ここではレジェンド級物理学者のオンパレード。あのアインシュタインやフェルミ、ボーアなどが登場する

ハイゼンベルクなど神レベルな物理学者ぞろいで先行するナチス。それに対し、やはり神レベルな物理学者チームと、それをまとめるオッペンハイマーの巧みな管理手腕で追い上げるアメリカ。両国の緊張感ある核開発レースが描かれる。

ちなみにアインシュタインはアメリカが原爆の開発に注力することになるきっかけの1つを作ったとされるが、彼自身はマンハッタン計画に参加していない

アメリカは彼のことを天才物理学者として尊重していたが、それはそれとして、政治的に左寄りな活動家でもあったため、陸軍情報局により安全保障上のリスクを否定できない人物だとみなされていたからだ。この辺はアメリカ自然史博物館のアインシュタインに関する展示が詳しい。

この時系列で最も印象的なシーンは、言うまでもなくトリニティ実験が成功した瞬間なのだが……映画的に最も重要なのは、立ち話をするオッペンハイマーとアイシュタインを、ストローズが後ろから見ていたシーンだと感じた

ここが全ての始まりで、エンディングに繋がる重要な瞬間なのだ。些細な短いシーンかつ、映画が3時間と長いので、後半になると記憶に残ってない可能性がある。これから見る方は、そのシーンを常に意識しておくと、面白さが増すのではなかろうか。

余談だが、カリフォルニアにあるUCバークレーのキャンパスがロケ地の1つで、時計台などが写り込む。現代のキャンパスの物理棟(Oppenheimer Way沿い)には、ちょっとした展示エリアが設けられている。

また、本編でシカゴ大学の球場に設置された冶金研究所(原子炉があった)として登場する場所も、よく見たらUCバークレーのエドワーズスタジアムだった。個人的に何度か行った場所なので間違いない。聖地巡礼にどうぞ。

・聴聞会

そして2つ目の時系列。オッペンハイマーの公聴会だ。赤狩りで失脚するわけだが、理由は彼がプライベートで何かと共産主義者たちとつながりがあった点にある。

ここは演出と音響が非常に巧みで、追及を受けるオッペンハイマーのストレスが視聴者にも伝わってくる。

なお、赤狩りはあくまで表向きで、実際には当時アメリカが推し進めていた水爆開発(ソ連との核開発競争の最中)への反対運動を問題視されてのことだとされている。

・ストローズの公聴会

そしてモノクロのストローズ関連。まず、ルイス・ストローズって誰だよと。そうなる人も多いかもしれない。

彼は金持ちの元銀行家で、アメリカ原子力委員会(AEC)の創設メンバーになり、委員長も務めた人物だ。海軍将校でもある。

アイゼンハワーと仲が良かったのか重用されていたが、上院とは軋轢があった。そして1958年に、休会任命という形で商務長官に指名される。

しかし上院議員の中から、これを阻止する動きが起こる。そして作中でも描かれる、ある出来事への無視できない関与から、アメリカの科学者界隈からも強い反対運動が起こってしまう。

作中にてモノクロで描かれる1959年の公聴会へは、この流れで突入するのだ。日本人的にはちょっと置いていかれるかもしれない。

実際にストローズの退任を願っていた者は多かったが、映画ではあまり言及されなかった。アメリカではよく知られた出来事だからかもしれない。結果については、映画をご覧になって頂ければと

60年代に入ってから、アメリカ政府はオッペンハイマーへの仕打ちが誤りだったと認め、オッペンハイマーはエネルギー省からエンリコ・フェルミ賞を授与されるなどして名誉を回復する。

オッペンハイマーのフェルミ賞にサインした大統領はジョン・F・ケネディだった。授与は1963年12月2日だったが、10日ほど前に暗殺されてしまったため、後任のリンドン・ジョンソンが手渡している

そしてジョンソンは、ストローズの認否に関して、ケネディと同じ側に票を投じた1人でもある。この点も把握しておくと、面白さが少し増すかもしれない。

・公開されてよかった

ということで、少し長くなったが……まあまあ予備知識が必要な映画ではある。登場する物理学者は総じて名の売れた神ばかりだが、不安な方は公式HPのキャラクター欄の解説を読んでおいた方がいいだろう。

そして、多くの日本人が気になる点であろう、核兵器の扱いについてだ。この映画は、核兵器に対する拒絶の念をかつてないほどに感じさせる、アメリカの映画となっている。

国内では、映画が公開されるよりだいぶ前に、広島や長崎の被害が描写されないことを理由に本作を批判する声があったと認識している。

私も当初は、もし原爆そのものがメインテーマであるならば、それはそうかもなぁと。日本人としてそれなりの同意は抱いていた。

しかしいざ見てみれば、本作で現地の被害状況をあつかう必要性は、全くと言っていいほど無いのではないかと。

実のところ、映像を少し差し替えれば違和感なく広島や長崎の被害を視聴者に見せられそうなシーンはあった。オッペンハイマーが原爆の効果を映像で確認させられる場面だ。

そのシーンでスクリーンに映るのは、直視できず酷く狼狽するオッペンハイマーの顔だけだった。少し考えた後、私はそれで十分だし、むしろそれが正しいと感じた。

なぜならこれは、オッペンハイマーの映画なのだ。彼の様子こそを我々に見せるべき(史実上で彼がその時にどうだったかはともかく)で、この映画のオッペンハイマーは、現地の惨状を全く直視できなかったのだ

もしこのシーンで広島や長崎の状況が差し込まれたなら、"視聴者が見せられたのと同じくらいは、オッペンハイマーにも見る余裕があった" という解釈も可能になるのではなかろうか。

少なくとも私は"「原爆の父」が、自ら率いた仕事の成果に対し、全く見る余裕も持てないほど狼狽した"という描写の方が、強いメッセージを感じる。

もしこの映画が、前評判からの推測による非難だけで日本では公開されないという結果であったならば、私としては日本人でありながらも、日本が "盲目的に騒ぎ立てる傲慢な被害者" になってしまったと恥じていたと思う。

原爆の恐ろしさを真も説得力を持って語れるのは、今のところ投下された日本だけだろう。被害者(原爆を投下されたという点についてのみを指して)だけが持てる権能だ。しかしその権能は、なにか度が過ぎているとみなされたら消えてしまう。

国際情勢に目を向ければ具体例には困らない。いつぞやの被害を錦の旗に、どれほど代替わりしても徹底的にやりかえさんと戦乱を繰り返したり、際限なく補償を求めるようなムーヴをとるタイプのものたちだ。

そういった先例のためか、その兆候が見えた時点で、世界からの見られ方は素早く変化する。

ちなみに私は "度が過ぎた" 判定の指標として、複数の言語で揶揄するスラングが作られたり、複数の国のメディアで似たような風刺画が描かれたり、当初は好意的であった利害関係の無い層の支持を失った時点くらいを設定している。

そうなってしまったものの言葉には誰も耳を傾けない。日本が今後も唯一の原爆を投下された国として有効なメッセージを発し続けるためには、品格ある被害者でなければならないのだ。

まあ、大ヒット映画を1本くらい拒否っても、被害者としての信用損失は、ほぼゼロかもしれない。しかし私はゼロの方が好ましいと思う。そういった意味でも、この映画がちゃんと日本で公開されて良かったと感じた。

参考リンク:オッペンハイマー
執筆:江川資具
Photo:RocketNews24.
© Universal Pictures. All Rights Reserved.

▼パンフレットはインタビューなどが入っている。個人的には、当時のアメリカの政治事情や、米独日露の核兵器開発レースのタイムラインや、ノルスク・ハイドロ重水工場破壊工作などの関連事件についても掲載されていれば、理解の手助けになったんじゃないかと感じた。

フィンランドの森 - Finnish Forest

フィンランドの森 - Finnish Forest https://youtube.com/watch?v=jhgb63QAgLo&feature=shared フィンランドの湖 - Finnish Lakes https://youtube.com/wa...