【感想・レビュー】浦賀和宏『ifの悲劇』(角川文庫)【途中からネタバレあり】
前回のブログで浦賀和宏さんの桑原銀次郎シリーズの続刊を読むと言いながら、シリーズ外の作品を読みました(^-^;
『ifの悲劇』です。
『ifの悲劇』@Amazon
実は『ifの悲劇』のプロローグを読んだ段階で、この記事の見出しと↑の2文、そして↓のイメージ画像だけ先に作っておいたんです。
そしたら……
……いえ、何も申しますまい(°▽°;)
『ifの悲劇』のあらすじ、オススメ、感想などを書いてまいります。
特にこの作品、ifAとifB、パートがわかれておりなかなか入り組んでいますので、ラストに人物相関図とともに全部ネタバレで読み解きにチャレンジしてみます。
ネタバレする前に「ここからネタバレです」と明記しますが、未読の方はくれぐれもご注意くださいませ。
『ifの悲劇』あらすじ
北海道は網走に住む小説家・加納は、夕張で商社に勤める妹・彩と関係を持ってしまった。
その後、彩は婚約者・奥津に兄との関係を疑われ詰め寄られる。
彩と奥津は同じ会社に勤めており社内で「彩と兄との関係」が噂され、同時に奥津の二股も発覚。
彩は自殺してしまう。
復讐を決意した加納は完全犯罪での奥津殺害を目論む。
しかし、犯行直後に目撃されてしまい……
この後、物語はifAとifBのパートに分かれます。
「目撃者を殺した場合」と「目撃者を殺さなかった場合」に……
エピローグで明かされる意外な結末とは?!
『ifの悲劇』はこんな人にオススメです
*ご注意ください。
これから「こんな人にオススメです」という項目を箇条書きにしますが、ネタバレにつながる箇所があるかもしれません。
未読の方へのオススメ要素をリスト化するはずなのに、矛盾していてすみませんm(_ _)m
では、おすすめ対象者様リスト、行きます。
- 叙述トリックのある作品、叙述ミステリ作品が好きな人
- 凝った仕掛けのミステリを読みたい人
- 込み入ったミステリをじっくり謎解きしたい人
- ミステリ慣れしていてちょっと毛色の変わった作品が読みたいという人
- 短めでもミステリエキスが凝縮された作品を欲している人(本作は全240ページです)
- メフィスト賞作家さんやメフィスト賞作品が好きな人
- 歌野晶午さんの作品が好きな人
ひとつでも当てはまる方はきっと『ifの悲劇』楽しんでいただけると思います。
『ifの悲劇』のここがスキ!
あらすじからも推測されるとおり、『ifの悲劇』はなかなか入り組んだミステリになっています。
後々、ネタバレ必須の読み解きにチャレンジするとして、まずは気に入ったところなどを書かせていただきます。
*ご注意ください。
以下、犯人の名前など具体的な事柄には言及しませんが、微妙にネタバレします。
仕掛け満載。プロット作成とエピローグ執筆の苦労がしのばれる
浦賀さんの作品ですから何か仕掛けがあるんだろうなと思ってていいですよね。
しかも、「ifのふたつのパートにわかれる」なんて最初からハッキリ書いてくれているのですから、相ッッッ当な仕掛けがあると見ていいでしょう。
で、
やっぱり。
当然。
仕掛け、ありました。かなりデカイのが。
プロット作るの大変だったんじゃないかなぁと思います。
それとも、エピローグで完全な伏線回収するほうが大変だったかな……
作者の浦賀さんにはお疲れ様ですと言いたいです。
「?」と思わされる箇所の多さと言ったら。
これだけおおがかりな仕掛けの作品ですから、そこかしこで「?」と感じられる描写があります。
詳しくは後述しますが……
悔しいかな、「?」を感じるたんびにウホウホしてきちゃうんですよね(notゴリラ)
「ここ! ここ、絶対何かあるよ!」と。ワクワクしちゃうのです。
個性的なキャラたちの魅力と……
一方で、個性的なキャラたちには今回も脱帽です。
妹と……するお兄ちゃん。
真面目だか遊び人だかわかんない妹。
社内でとんでもないことバラしやがる婚約者。
キャラの行動もなかなかぶっ飛んでる。
そんなに簡単に興信所使うのか……と思わざるを得ないお金持ちたち。
それ、さっさと言わないから痛い目に遭うんじゃん、という思わせぶりな行動をする奴。
まさかの最期を遂げる奴。
浦賀さんの作品に出てくるキャラたちは、魅力的ではあるのですがどこか共感するには遠い。
でも共感しづらいのに魅力的に感じるというのはすごいことだとも思う。
人間の二律背反な面を描いているからかもしれませんね。共感はしづらいけど魅力的、というのは。
「やられた!」心地よさと言ったら。
いろいろ推理してたんですけど……
ラストまで来て。エピローグ読んで。
うーむ。やられました。心地よくやられました。
ifAパートのラストとifBパートのラストでそれぞれ「え?」「え?!」「え???」ってなって、
エピローグでも「は?」「は?!」「は???」ってなって、
「そっか!( ̄◇ ̄;)……ん? ちょっと待ってまだよくわかんない(´;Д;`)」。
……人物相関図をメモ書きするに至りました。
一瞬、「ノックスの十戒」的にはアウトな方向で作られてるのかな? とも思ったのですが、さすが浦賀さん、そのあたりはフェアでした。
グレーに見せかけてめっちゃフェア、というのは浦賀さんの持ち味のひとつだと思います。
『ifの悲劇』をネタバレで読み解きに挑戦!
ではここから思いっきりネタバレしていきます。
*ご注意ください*
以下、ネタバレしてます。
人物相関図もあります。
まずは人物相関図をどうぞ。
まずは、人物相関図をご覧ください。
手書きメモを写真に撮っただけのお目汚しでしかありません。すみませんm(_ _)m
私自身、エピローグを読むだけではゴチャついてしまって整理できなかったのでほぼ走り書きですm(_ _)m
こんなん見てらんねーよという方はどうぞご自身で相関図をお描きになってくださいませ。
多分そのほうがオチがすんなりと判ると思います。
人物名の下の記号は、
ヒ……被害者
犯……犯人
目……目撃者
です。
「A犯」(犯に◯印付き)は、「ifAパートの犯人」を意味します。
*誤記がありましたらメッセージ等でご指摘ください。すぐ直します!
*万一転載したいなどという稀有な方がおられたら必ずご一報ください。丁寧に書き直します!
「?」が「!」へ
相関図をご覧のとおり、AパートとBパートで世代がひとつズレているんですね。
この視点を持ちつつ、作品内で「?」と感じられた箇所を読み返してみると「!」に変わると思います。
例えば、Aパートでは主人公が加納という苗字で作家・花田欽也であることがかっちり書かれていますが、Bパートでは主人公は加納という苗字であることは明記されていますが作家・花田欽也と同一人物とは一度も書かれていない。
そう思わせるようにしながらもうまーく別の表現にしている。
Bパートの「加納」は、作家・花田欽也の婿養子で彼の秘書的な仕事をしている人物です。
読み返すと決して「作家本人」であるとは書かれていない。
うまくはぐらかされているのがわかります。
他にも、Aパートでは花田欽也の作品のことを「ジュブナイル」としか言っていないのにBパートでは「妹萌えのライトノベル」と表現している、とか。
Nシステムを両パートの犯人が気にしているかどうか、も重要性高いですね。
Aパートではつゆほども心配していないのに、BパートではNシステムを気にしている。
ちょっと調べてみたところ、Nシステムは昭和61年(1986年)に開始されています(警察庁:自動車ナンバー自動読取装置の整備[pdf])。
エピローグの雑誌記事は2016年に発売されたとあります(p.213)。
Nシステムの開始はちょうど30年前!
実用第1号は1987年、しかも江戸川区とのこと(Wikipedia:自動車ナンバー自動読取装置)。
Aパートの網走〜夕張間にはNシステムがなかったから自動車ルートで完全犯罪できると思ったんですね。
しかしBパートでは北海道にもたくさんNシステムが設置されていると思われます。
それでもイケる、と考えて自動車を使ったトリックを試したBパートの犯人。
この展開と描写もすごい好きです。
交互パート進行をさらにメタ的に利用する
非常にうまいなーと思ったのは、AパートとBパートが交互に進行するシステムだからこそ下手すると見破られやすい「世代のズレ」というトリックを、プロローグでうま〜く誘導している点です。
プロローグは作家と編集さんが焼肉屋さんで会話するシーンから始まります。
作家が交互パート進行の作品を書いてみたいと言ったところ、編集さんが、交互パート進行だと「読者は同じ会話を二度読まされることになりませんか?」(p.8)と危ぶみました。
すると、作家はこたえます。
「いや、もちろんそれは分かっていますよ。だから会話が重複する部分は、省略するんです。たとえばAパートで登場人物が交わした会話は、次のBパートでは地の文で、彼らは何々についての話をした、と一行で済ませば会話の重複にはなりません」
(p.8より抜粋。「A」「B」に当たる箇所には実際には別の名詞が入っています)
この、一見なんでもない文章を明記することで、BパートでAパートと同一人物が出て来ても彼らは明らかに30歳近く年齢を経ていることや同じ名前・同じ苗字でも別の人間であることを隠すのが(というか書かなくて済むのが)容易になりました。
……容易といっても、実際に描写するのは大変だったと思いますが……
実際に、Aパートで初めて警察が二人組で犯人を訪ねてくるシーン(p.36)とBパートで同様にの警察の二人が犯人を訪ねてくるシーン(p.50)、比べてみますと……
かなり似た描写になっています。同じシーンとも思えます。
でも実際にはひと世代ズレた、30年の月日を経たシーン。
Bパートでは地の文でサラリと書いてある。
だからこそ、この警察官がAパートでもBパートでも同じ二人組であると思い込まされてしまいます。やーらーれーたー。
さて、『ifの悲劇』について、読み解きチャレンジとは言えませんがもうひとつ、ぜひ語らせていただきたいことがあります。
それは……
銀ちゃんがいい味出してる
ノンシリーズだと思ってたら銀ちゃん出てきた!
「きたーーー!銀ちゃん!マジか!」って声出ちゃいましたよ。
よかった、家読みしてて。
やー、ちょうど桑原銀次郎シリーズを読み続けようとしていたので、なんか意図せずバッタリ道端で出会った、みたいな感じで嬉しかったですねー。
銀ちゃんはBパート、つまり現代にしか出てこないんです。
銀次郎シリーズは現代物なので、本作『ifの悲劇』の叙述トリックの醍醐味である「世代のズレ」に関連できない。
つまり「現代パート」にしか登場できない。
60をすぎた銀ちゃんを見てみたい気もしますが( ´ ▽ ` )
「Aパート」は30年昔の話(p.213)。
昭和の時代なので、銀ちゃんは登場できません。
銀次郎シリーズをぶち壊す前提でしたら可能ですが(浦賀さんならやりかねないと思ってしまう恐ろしいファン心理よ……)。
銀次郎の登場に関しては整合性を取っているのがすごいと思いました。
改めて、浦賀さんはすごい作家。
ノンシリーズと見せかけて、シリーズキャラをサブ的に登場させる。
それが目くらましになった読者もいたでしょうし(私のように……(´;Д;`))、「なぜこのシリーズキャラはBにしか出てこないのか」と推理のきっかけにした読者もいたでしょう。
シリーズものを書いてる作家さんしか使えない。
ベテラン作家、人気作家ならではの素晴らしい技だと思いました。
やー、こんなすごい手を使える人なんだ、と、今回は尊敬の念しかないです。なんかすみませんでした。
いや、それまでは浦賀さんのこと、ちょっとこう……なんて言うかこう……長年のファンということもあって、勝手に身近に感じてたっていうか、ね。
『浦賀和宏殺人事件』などではトンデモな自虐描写をブッこんで来たり、硬派に見えてユニークなところもある作家さんだと思ってて。
ぶっちゃけ本作のプロローグ序盤の作家と編集さんのやりとりでも、若干編集さんがダメ出し気味なところが、浦賀さん。作家役にご自身を投影しているのでは……と邪推してしまいました、ごめんなさい。
もちろん、そんなふうに思わせてくれるところが浦賀さんの魅力でもあると勝手に思っているのですけど。
*
以上、『ifの悲劇』の感想でした!
「新本格はだいたい読んだ」「これは読んどけ的な作品もだいたい読んだ」といったミステリ慣れしている人にはかなりオススメですのでぜひご一読を。
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