デンマークの作家ヨハネス・ヴィルヘルム・イェンセンのKONGENS FALDの本邦初訳。16世紀前半のデンマークを舞台にした長編歴史小説である。
一、概要
〇原典は1900年に第一部、第二部、1901年に第三部と、世紀末をまたいで刊行され、同年に1901年に1巻本として刊行された。ギリギリの20世紀小説だが、デンマークの二大新聞の企画で、「二十世紀最高のデンマーク小説」に選ばれたとのことである。
なお、イェンセンはその後、大作小説『長い旅』、大作エッセイ集『神話』を書き、終戦前年の1944年にノーベル文学賞を受賞している。
二、極私的感想
〇しかし、極私的感想としては、そういうことはあまり重要ではない。
〇この小説がデンマークで人気のあることはよく分かる。問題は、この小説が近世(近代?)北欧史の史実をほとんど知らない、または関心のない大多数の日本人読者(高校世界史の教科書で北欧史が出てくるのは8世紀のヴァイキングだけと思う)にとって、面白い小説かどうかだろう。
極私的感想としては、これは日本人読者が読んでも、大変面白い小説と思う。
この小説の面白さは色々あるが、歴史事実をあまり知らなくても楽しめるのは、架空のドラマのストーリー、キャラクター、情念と思う。
〇以下は、歴史を知らなくても楽しめる部分の一部である。この部分はネタバレになるが、解説にも書かれている内容であり、膨大な登場人物のほんの一部で、デンマークの国民的長編歴史小説の一部にすぎないので、ご容赦願いたい。
なお、白紙状態で本書を読みたい方は、以下は無視してください。
☆以下、一部ネタバレ
主人公はミッケル・チョイアセン。デンマークの傭兵。おおむね普通のキャラクターだが、異様なのは、復讐心が非常に強いことである。受けた被害に対して3倍返し、4倍返し、つまり相手を破滅させないとおさまらない。
☆第一部 春の死
コペンハーゲン大学を退学になったミッケルは、同郷の兵士オッテ・イヴァセンと出会う。オッテは村の娘アネ-メッテと婚約していると話す。アネ-メッテはミッケルも憧れていた美娘だった。
しかし、今のミッケルは二度見ただけのユダヤ娘スサンナに憧れ、スサンナの家の筋向かいの修道院の一角から、家の小窓を眺めて胸を焦がしている。
軍団の出発する前の晩、不安定になったオッテは通りで出会ったスサンナを追いかけ、捕まえてしまう。多情なスサンナは、逆にオッテを自分の部屋に誘い込み、裸になって何度も誘惑する。オッテはついに陥落し、スサンナを抱いてしまう。スサンナはこれで妊娠する。
翌日、オッテは軍隊と共に出向し、淫売の現場を押さえられたスサンナは石運びの刑に処せられ、コペンハーゲンを追放される。
スサンナがオッテに惚れてしまったことを恨んだミッケルは、オッテへの復讐を決意する。故郷のユラン半島のリムフョーに帰って、オッテの婚約者の美しいアネ-メッテを舟に誘い出し、処女のアネ-メッテをレイプする。これでアネ-メッテは妊娠してしまう。
深く傷つけたアネ-メッテは、サリン(ユラン北部)の荘園の住み込み女中になる。
☆第二部 大いなる夏
傭兵になったミッケルは、アクセルという若い、落ち着きのない騎士と知り合う。アクセルはオッテとユダヤ娘スサンナの一夜の快楽でできた子供だった。デンマーク国王のストックホルム入城により、ミッケルもストックホルムに行き、アクセルと再会する。
アクセルはストックホルムの資産家の娘にアタックを繰り返し、見事に成功し、豪華な結婚式を挙げるが、新婚の二日後に馬で逃亡してしまう。
デンマークへの帰り道、アクセルは似たような処女遍歴を繰り返し、サリンに辿り着く。そこで近くの村の豪農の娘の美しいインゲの話を聞いてアタックし、盛大な結婚式に辿り着く。実はこの家はアネーメッテの婚姻先で、インゲは連れ子であり、アネ-メッテがミッケルにレイプされてできた子供だった。
結婚したアクセルとインゲは幸せに暮らしていた。しかし、ミッケルは復讐心の極めて強い男であった・・。
☆第三部 冬
アクセルとインゲの子供イーデが登場する。
三、歴史小説として
〇歴史小説として主人公はクリスチャン2世である。そのため、本書を歴史小説として理解するには、クリスチャン2世時代、3世時代に関する最小限の知識が必要になる。どんなに勉強しても北欧人には勝てないので、本書の前書きにまとめられている内容で十分と思う。
〇地名、地理感覚が重要と思うが、その点では、巻末に載っている地図が大変参考になる。
ただし、重要な地名はさほど多くはない。第一部前半の舞台コペンハーゲン、ミッケルの故郷のユランのリムフョー、第二部前半の舞台ストックホルム、アネ-メッテの婚姻先のサリン、第三部の舞台で、王とミッケルが幽閉されているセナボー等。
〇ただ、肝心のリムフョーが地図に出ていないので、実在の地名か架空の地名か分からない。「対岸のサリン」「サリンの北側まで、(舟で)四,五時間」とあり、リムフョーもユラン半島北部にあるようだ。
〇本書に取り入れられている主な歴史事実は、第二部のストックホルムの血浴、クリスチャン2世の亡命、第三部の王の幽閉、激烈な農民反乱等である。ただし、歴史通りではない。クリスチャン2世の統治にはオランダ人の愛人とその母親が重要な役割を果たし、亡命先もオランダであったが、本書にはオランダ人の愛人も、オランダも出てこない。第二部の最後で貴族の反乱に敗れたクリスチャン2世は。ユランとフュン島の間を行ったり来たりしているばかりである。
四、解説について
解説はよくまとまっていて素晴らしい。
五、私的結論
〇原書の挿絵が省かれてしまったのが、大変残念である。
〇長文失礼した。
六、蛇足
〇本書のデンマーク語版がKindleで出ている。挿絵があれば買おうかと思ったが、試し読みの範囲内では、挿絵は見当たらなかった。