2026年6月6日土曜日

日本最大の未解決事件 グリコ森永事件の真相/誘拐 毒入り菓子で脅迫/障害児使い金銭要求/ジャーナリスト岩瀬達哉https://youtu.be/C5mqZ21k1Co?si=PzsMbqupQHZDhpy7

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<1991年>テレビ・ドラマ「新説 三億円事件」 | オイラのブログ - 楽天ブログ

<1991年>テレビ・ドラマ「新説 三億円事件」

   さんおく円事件.jpg

【スタッフ】
プロデューサー=渡辺 茂
監督=小田切正明     脚本=岩間芳樹   
原作=大下 英治「白バイと紅薔薇」「現代虚人列伝」より
音楽=パトリック・オハーン  アルバム「indigo」より
撮影=木村 隆治

【キャスト】
織田 裕二=大場 誠(犯人)      小林稔侍=大場光弘(父・白バイ警官)
丘 みつ子=大場絹代(母親)      坂上香織=大場久美(妹)
山崎  努=バーのマスター(共犯)  伊東 四朗=少年課刑事
本田美奈子=誠の恋人         竜  雷太=刑事部長
高橋 幸治=警視庁捜査課長     美木 良介=刑事
ベンガル =三億円輸送警備員    梅津  栄=刑事
左右田一平=刑事係長         でんでん =新聞記者

【あらすじ】
1968年(昭和43年)12月10日午前9時30分頃、
日本信託銀行(国分寺支店)から東京芝浦電気府中工場へ、工場従業員のボーナス約3億円
が入ったジュラルミンのトランク3個を輸送中の現金輸送車(セドリック)が、府中刑務所
裏の府中市栄町、学園通りと通称される通りに差し掛かった

そこへ警官に変装して擬装白バイに乗った犯人が、バイクを隠していたと思われるカバー
を引っ掛けた状態のまま輸送車を追いかけ、輸送車の前を塞ぐようにして停車した

現金輸送車の運転手に「貴方の銀行の巣鴨支店長宅が爆破され、この輸送車にも
ダイナマイトが仕掛けられているという連絡があったので調べさせてくれ」と
言って行員を輸送車から降ろさせた

この4日前にも、支店長宛ての脅迫状が送り付けられていたため、
その雰囲気に行員たちは呑まれてしまっていた

犯人は、輸送車の車体に潜り込み爆弾を捜すふりをして、隠し持っていた発煙筒に点火
「爆発するぞ!早く逃げろ」と避難させた直後に輸送車を運転し・・・・
白バイをその場に残したまま逃走した

この時行員は、警察官(犯人)が爆弾を遠ざけるために輸送車を運転したと勘違いし、
「勇敢な人だ」と思ったという

この出来事の目撃者には銀行員のほか府中刑務所の職員、近くにいた航空自衛隊員などがいた
しかし、これらの目撃者の証言は曖昧だったり勘違いだったりすることもあった

直ちに緊急配備が敷かれ、要所要所で検問が行なわれたが、“銀色のトランクを積んだ
灰色ライトバン”を捕捉していながら突破され逃げられたのだが・・・・・

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
チャンネルNECOの日本映画で録画してあったのを 最初映画だと思って
観たのだが、なんとテレビドラマだった  でも良く纏まっていたし 面白かった

このドラマでの犯人は『大場 誠』(織田裕二)19歳 

白バイ警官の父『光弘』(小林稔侍)と、やさしい母親『絹代』(丘みつ子)、
素直なかわいい妹『久美』(坂上香織)の4人家族

学歴が無いことがコンプレックスの父親は、息子に勉強部屋を持たせたいと
退職金まで前借して東京郊外に建売の一軒家(570万円)をローンで購入

ごく普通の家族だったはずなのに、「誠」は中学2年の頃から荒れ始め、高校を中退
バイクや車の窃盗、車上荒らしを繰り返す札付きのワルになった

「誠」は偶然知り合ったバーの『マスター』(山崎努)のアイディアに乗って・・・・
「誠」の バイクや車の窃盗のその運転技術の才能と 白バイに詳しいコトを活かし 
二人は 綿密に計画を練り 模擬練習までして 首尾よく3億円を奪取

父親は、自分は口べたな男だから、口より手が先に出る性分だからと、過剰に暴力を振るい
自分が警官だというメンツもあって 世間に迷惑をかけるなと、息子を殴り続けた

誰にも心を開かず、突っ張り続ける「誠」の気持ちを、唯一、分かってくれて
心の支えになってくれるたのが バーの『マスター』で

恐らく「誠」だけなら、三億円強奪はできなかったし 仲間のチンピラ達には
こんなに 緻密な計画は立てられないし 仲間割れして成功もしなかったであろう

3億円は、1968年当時、20億円相当だったという
警察はメンツと威信をかけて、総力戦で犯人を捕まえようとするが・・・・

こんなに 身近に犯人がいるのに 逮捕に踏み切れずにいるうち・・・・
なんと 「誠」は青酸カリを飲んで 自殺してしまう
(父親に「一緒に死のう」と すすめられるまま・・・・)

事件は 結局曖昧のまま 未解決事件として時効を迎える

一昨日の「田村正和」主演の「三億円事件」の内容とは若干違うものの・・・・

犯人は特定出来ていたのに 警察官の息子(元警視庁長官の甥)という
身内の犯罪に 事件をうやむやにしてしまったということなのか?

オイラ当時28才 超多忙な貧乏サラリーマン生活で聴いた三億円事件
職場でも 仲間内でも 家庭でも このニュースを 興奮して話題にしていた

そう 或る意味 若者達には パーフェクト犯罪の上  誰も傷つけていないコト
そして たった一人の青年が警察大組織を相手に闘う図式が ヒーロー的存在として
憧れれの犯人像になっていた

大藪春彦の書く小説の主人公をイメージしてた
(実は その大藪春彦も重要参考人として事情聴取されたとか・・・・)

このドラマでの実質的犯人のバーの「マスター」は 実際に居た人物なんだろうか?
お金に執着せず 全部燃やしてしまうという結末に疑問を持ったが・・・・

一体 何が目的だったんだろうか? 
もし一瞬のスリルを 楽しんだだけの人だとしたら・・・・・

警察はこの事件を口実に 当時の学生運動家や 危なげな人々を一斉検挙したとか
なにやら 別に 大きな目的があって 捜査を大々的に繰り広げたというコトか?



  

新説三億円事件 | 孤独のブログ https://ameblo.jp/redsdragon1964/entry-12738266199.html

新説三億円事件 | 孤独のブログ

新説三億円事件

1991(平成3)年

フジテレビ系列「実録犯罪史シリーズ」

(金曜ドラマシアター)枠で放送された1編。

出演:織田裕二、山崎努、小林稔侍、伊東四朗、

丘みつ子、本田美奈子、竜雷太、高橋幸治、

坂上香織、美木良介、ベンガル、鶴田忍、

梅津栄、左右田一平、でんでん、山本紀彦、

小宮健吾、坂西良太、新井つねひろなど。

ギャラクシー選奨受賞作品。

第9回ATP賞'92「ベスト21番組」選出作品。

「「三億円事件」の真犯人は現職白バイ警官の

息子だったという仮説をもとにした

織田裕二主演ドラマ。

立川署少年課の氏家は「三億円事件」の

有力容疑者として非行少年マコトをマークしていた。

だが、氏家よりもっとマコトを疑っていたのは

マコトの父親で現職警官の大場だった。

徹底的に父に反抗的なマコトの背後には

得体の知れない中年男性タカヤの存在があった。

三億円事件の際に最後まで謎のまま残されている

現職白バイ警官の息子への疑惑をとりあげたが

事実に忠実なあまりラストの部分での父と子の

葛藤場面に不明確な部分が残されてしまったのが残念。

単発ドラマでしたが非常に印象に残る作品でした。

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レビュー的な:TVドラマ『実録犯罪シリーズ 新説・三億円事件』(ネタバレ含) | 文字屋ともはるの徒然 - 楽天ブログ

レビュー的な:TVドラマ『実録犯罪シリーズ 新説・三億円事件』(ネタバレ含)

TVドラマ 『新説・三億円事件』
 フジテレビ/脚本;岩間芳樹/キャスト:織田裕二・山崎努・小林稔侍・伊東四朗・丘みつ子・ 坂上香織・本田美奈子 ほか/1991年

 1968(昭和43)年12月10日に東京都府中市で発生した3億円事件で、《少年S犯行説》に脚色を加え制作されたドラマです。
 現金輸送車で3億円を運んでいたところ、白バイ隊員に扮した犯人に車ごと強奪されるという、単純な事件のようでもありますが、実は日本犯罪史上でも有名な〈未解決事件〉の一つです(1975(昭和50)年12月10日時効成立)。被害金額は約3億円。ドラマ放映当時の換算で約20億円です。当時の最高額でありながら、偽装と口八丁だけで強奪に成功している〈窃盗事件〉で、被害額には保険が掛けられており、さらに保険会社も外国の保険市場(イギリスのロイズとかですかね)に保険を掛けていたため、被害額は外国から補填され、最終的に国内で金銭的な損失が発生していないという、何とも不思議な完全犯罪です。時効成立までに容疑者として取調べを受けた人間は約12万人だそうです。

 何であっさり3億円が持ってかれたのか。そのキモとなるのは、事件当日以前、この年の12月初旬に日本信託銀行(現・三菱東京UFJ銀行)国分寺支店長宛てに送られてきた脅迫状です。〈300万円を渡さないと支店長宅を爆破する〉という内容のものでした。警察もこれに対応しましたが、犯人は現れませんでした。強奪事件はその4日後です。日本信託銀行・国分寺支店は、東京芝浦電気(現・東芝)従業員のボーナスを現金輸送車(と言ってもセドリックという…)で運んでいたところ、白バイ隊員に道を塞がれ、「支店長宅が爆破された。この車にも爆弾が仕掛けられているという事だから調べさせてほしい」と告げられます。脅迫状に書かれていた〈支店長宅の爆破〉が現実になったと思い込まされた行員たちは、その指示に従ってしまったのです。白バイ隊員が車体の下を調べていると煙が発生し、「爆発するから離れろ!」という声に驚いた行員が距離を取った隙に車ごと持っていかれました――。

 ドラマの話を。
 まず、織田裕二…。

 いいなっ( ̄☐ ̄*)!! 

 若い頃の、あのどこかこう…飼い慣らされない獣? みたいな雰囲気がものっそ好きです。彼は犯人役(少年S)ですが、このドラマの筋であれば非常に良いキャスティングだと思いました。
 そして、彼と共に犯行に及ぶ男性に山崎努、犯人の父親に小林稔二がキャスティングされています。
 このドラマ『新説~』と謳ってありますが、事件そのものについてはあまり重要視されていません。3億円事件の犯行経緯や警察の動き、あと、当時はセンセーショナルに取り上げられ〈劇場型犯罪〉に類するこの事件ですが、そういった当時の様子などはむしろ添え物です。

 それでも、ともはるはよくできた作品だと思いながら観ました。
 このドラマの本質は《関係》だと思います。
 
 少年S(織田裕二)は立川の不良グループの頭で、オートバイや車の窃盗に長け、また父親が現職の白バイ隊員だったという事から不良仲間に一目置かれている存在でした。
 ドラマの中では、彼は何度も警察の御厄介になっていますが、父親の嘆願で見逃してもらったりもしています。
 そんな少年Sと父親の関係ですが、まったくと言っていいほど上手くいっていませんでした。そんで、やさぐれて不良仲間と悪ぶっている時に出会ったのが、共犯となる男(山崎努)です。
 年齢が離れている二人は疑似親子のような関係になっていきます。3億円強奪の目的も〈金が欲しいから〉ではなく、現状に怒りを感じている少年Sに自分を重ねた男が、スカッとする事をしたいという少年Sに手を貸した、という流れになっています。

 大それた犯行に及ぶ動機としては弱過ぎると思うかもですが、この少年Sの鬱屈した感情は、当時の時代背景を考えると解らなくもないです。

 根拠はこの事件が発生した時期です。
 丁度《70年安保》の時なんですね。70年安保とは、1960年に調印されたいわゆる〈日米安保条約〉の期限が10年と定められていたにも拘らず、自動延長されてしまった事に対して起こった反対運動で、多くの(主に大)学生が武力闘争に参加していくなど、学生が最もやんちゃだった時期、社会が騒然としていた時期です。
 あくまでともはるの主観ですが、この70年安保は、それ以前の60年安保とは趣が違うと思います。
 若者は〈日米安保条約の自動延長の反対〉を口実として自分たちの不満の捌け口に使った、という印象なのです。そしてそれは、これまで良い意味でも悪い意味でも日本的なものが、終戦を機に変容していき、その中で生じた歪みが表出した結果だったのではないか、と考えます。

 少年Sの父親は軍隊経験者です。生まれも貧しかったと語ります。息子と違い多感な時期を過ごした社会背景が違うのです。それが相互理解の齟齬に繋がったのではないか、とともはるは思います。
 共犯の男は自身について多くは語りません。ただ少年Sが自分に重なったというので、付き合う気になった雰囲気です。しかし実際に実行した後もモヤモヤしている少年Sに対して、こうなるだろうと思っていた、というような事を言います。これをして、少年Sが越えなければならない壁は父親ではないと言い置いて、二人は別れるのですが、少年Sからすると、多分混乱させられただけだったとともはるは思います。

 実際の少年Sは事件発生から5日後に父親が家に置いていた青酸カリで自殺しています。ただ自殺とはいえ、青酸カリが入っていた物から彼の指紋が採取されていないそうで、自殺は疑わしいという見解もあるそうです。
 一方ドラマでは、男と別れた少年Sが自宅に帰ってきます。息子には既に逮捕状が出ていました。父親は息子と話すと言いましたが、二人きりの部屋で、息子と自分の前に水の入ったコップを置き、そこに青酸カリを入れてみせるんです。もう話す余地ないんですよ。父親は自分だけが語り、一緒に死ぬしかないと告げます。静かに聴いていた少年Sがその瞬間に見せた表情にともはるは惹き込まれました。ちょっとした変化だったんですけどね。

 諦めたのだ、と思いました。自分の小さな世界に抗う事への諦めだと思いました。

 これが一緒に死のう、ではなく一緒に警察へ行こうだったら、彼はまだ世界を信じてみようと思うことができたのかもしれないと思ってしまいました。

 そんな父親。二人で死のうと言っていたのに、息子が死んだ後、部屋から出てきます。自分の前にも青酸カリ入りの水置いたよね。二人で死のうって言ったよね。と思いましたが、部屋から出てきた父親も眼で語っているものがありました。それは納得いかないとともはるは思いましたが。

 全体をとおしてともはるが感じたのは、〈自分が思ったとおりには相手には伝わらない〉という事です。ある意味で自明です。ですが、とかく私たちはこれを失念しがちです。というか解っていません。
 息子に対する父親の期待や願いも、共犯の男がおそらく示したかった事も、少年Sにはそのままの意味では伝わりませんでした。
 これはそのまま私たちにも言えます。親がきょうだいを同じように育てたつもりでも、子どもは絶対に親は他のきょうだいを贔屓していると感じるものですし、恋人や夫婦間で交わされる言葉が同じでも、その状況に応じて必ず受け取り方が違います。人とはそういうものです。自分と同じ精神構造をしている人間なんて一人もいないのですから。

 ならばどうしたらいいのでしょう。そこは苦しくても考えていくしかない、と思いました。

 ネタバレしてますが、観て欲しい作品だと思います。

 最後に一つ。
 実際盗られた3億円…。誰の手に渡ったんかなぁ。

 
 VHSしか無いっていうね…。

実録犯罪史シリーズ『新説・三億円事件』~超解像版~ - フジテレビ ONE TWO NEXT(ワンツーネクスト) https://otn.fujitv.co.jp/b_hp/915200222.html https://youtu.be/XYtBsDEQ1ao?si=F7B9g9uM1ewG0OtZ

フェリーニ

 フェデリコ・フェリーニ、「映画は光で書かれる」:


https://x.com/radiantfilm/status/2063353133510885644?s=61


「光は映画のまさに本質そのものである。映画において——私はこれまでにも言ったが——光とはイデオロギーであり、感情であり、色であり、トーンであり、深みであり、大気であり、物語性である。光とは、加え、打ち消し、減らし、高め、豊かにし、ニュアンスを生み出し、下線を引き、ほのめかすものだ。それは幻想と夢を信じられるもの、受け入れられるものにし、あるいはその逆に、現実を幻想に変え、日常のくすんだものを蜃気楼に変える。それは透明性を加え、緊張と振動をほのめかす。光は顔を掘り下げたり、滑らかにしたりし、存在しない表情を生み出し、鈍さを知性で満たし、味気ないものを魅惑的なものにする。光は身体の優雅さを輪郭づけ、それ自体は何でもないかもしれない田園を称え、背景に魔法を与える。光は第一級の特殊効果であり、ある種の化粧であり、手品であり、魅惑であり、錬金術師の工房であり、驚異の仕組みである。光は幻覚的な塩であり、燃えながら幻視を解き放つ。映画の中で生きるものはすべて、光によって生きる。最も初歩的な、あるいは粗雑に作られたセットデザインでさえ、光によって予期せぬ視点が明らかになったり、物語を静かで物思いに沈んだ大気に浸したりできる。あるいは、強力な光源を影に置き換えるだけで、光の変化は苦悶の感覚を溶かし去り、すべてを穏やかで親しみやすく、安心できるものに変える。映画は光で書かれ、そのスタイルは光によって表現される。」


——フェデリコ・フェリーニ:映画についてのコメント、ジョヴァンニ・グラッツィーニ編、ジョセフ・ヘンリー訳(1988年)

ゴダール

『気狂いピエロ』('65ゴダール)の冒頭⇩では、エリー・フォール『美術史』収録のベラスケス論をジャン=ポール・ベルモンドが朗読する。


https://x.com/nave4000/status/2063210382739562716?s=61


「ベラスケスは五十歳を越えると、もはや決して対象を明確な輪郭線で描くことはなかった。彼は空気や黄昏とともに対象のまわりを彷徨い、 背景の透明感と影のなかに色調のきらめきを不意にとらえ、この眼には見えないきらめきを核として静かな交響楽を奏でた。彼が世界のなかにとらえるのは、いかなる衝撃、いかなる激発であろうとも、その歩みを露呈せたり中断させたりすることのない密やかで弛みない進歩によって、形態と色調が互いに浸透しあう神秘的な交感以外のなにものでもない。空間が支配している。空間は表面をかすめる大気の波のように、その表面から目に見えて湧き出るものを吸収し、輪郭づけ、形作る、そして芳香のごとくいたるところへと拡散する、ごく軽い塵となって四方に拡がりゆく反響さながらに。

彼が生きていた世界は悲惨なものであった。堕落した国王、病気がちの王子たち、白痴、侏儒、障害者、王子の身なりをさせられ、みずからを笑いものにして、不道徳な人々を笑わせることを務めとする怪物のごとき道化師たち。彼らはみな、礼儀作法、陰謀、虚言に締めつけられ、懺悔と悔恨に縛られていた。破門や火刑、沈黙、…


憂愁に満ちた精神が漂う、しかしこの苦しめられた少女には、醜さも、悲しさも、陰鬱で残酷な感覚も見られない。…


ベラスケスは夜の画家、そして空間、沈黙の画家である。真昼に描こうが、閉ざされた室内で描こうが、戦争や狩猟が彼の周りで荒れ狂うときでさえもそうだ。スペインの画家たちは、空気が焼けつくように熱く、太陽がなにもかもを鈍らせる日中にほとんど外に出ないため、おのずと宵と心を通わせた」


-「近代美術[I](エリー・フォール著、谷川渥+水野千依訳、2007国書刊行会)P141~146からの抜粋