2026年7月31日金曜日

(改訂版)思いつき「悪魔の手毬唄」考 「書かでもの記」より: metoLOG : The World of Mystery Movies

(改訂版)思いつき「悪魔の手毬唄」考 「書かでもの記」より: metoLOG : The World of Mystery Movies

(改訂版)思いつき「悪魔の手毬唄」考 「書かでもの記」より

思いつき『悪魔の手毬唄』考
(改訂版)

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横溝正史「書かでもの記」より

 皆様こんにちは、めとろんです。

 今回は、横溝正史(敬称は略させて頂きます)の傑作長編『悪魔の手毬唄』について、少々述べてみたいと思います。
 隠す必要もありませんが、ぼくは少年時代から横溝正史の作品を愛読してきました。
 本格ミステリを人並みに好きになった最初のきっかけも、中学2年生の時、表紙の過激さから書店員さんの目を気にしながら購入した、『獄門島』(角川文庫版)でした。
 そして、ぼくをその行動に走らせたのは、小学生のとき親戚の家のテレビ放映でたまたま見た、市川崑監督・石坂浩二主演の金田一耕助シリーズだったのでした。


◆横溝正史が『悪魔の手毬唄』を書いたのは、昭和32年~34年「宝石」。昭和28年の『悪魔が来たりて笛を吹く』以来、待望の本格長編連載でした。
 世には松本清張を始めとした社会派推理小説の波が押し寄せつつあった頃。この連載終了後、正史は40年代後半まで過去の捕物帳の整理等以外の、探偵小説の執筆をほぼ休止してしまいます。

 『本陣殺人事件』『蝶々殺人事件』『獄門島』『八つ墓村』『犬神家の一族』など戦後、本格探偵小説の傑作を矢継ぎ早に発表し続けた横溝正史。
 満を持して「宝石」誌に連載された『悪魔の手毬唄』もそれに連なる傑作に数えられますが正直、構成やロジックの緻密さや動機の必然性などにおいて、往々にして他の作品より一歩退いた作品として見られがちではないかと思います。

【 御注意 】
 以下、この作品の犯人およびメイン・トリックに関するネタばれを含みます。未読・未見の方は申し訳ありませんが、御遠慮願います。↓↓↓





















 
 今回、この作品を読み返してみて、その感想は変わりませんでした。
 ただ、ひとつ考えついたことがあります。
 横溝正史ファンの方ならご存知ではあると思うのですが、この作品には「歌名雄」という青年が登場します。この作品の犯人、青池リカの息子です。

 この名前を、ぼくは以前に見たことがありました。

 横溝正史自身が執筆した自伝的随筆「書かでもの記」(『幻影城』1976年5月増刊 No.18「横溝正史の世界」)に、正史の異母兄「歌名雄」さんについて詳しく書かれていたことを、ページ上でこの名前を見た時、フラッシュバックの如く思い出したのでした。

「書かでもの記」に綴られていたこと…。
それは、横溝正史の父・宜一郎と生母・はまがお互いに家族がありながら不倫し、駆け落ちして神戸に移り住み、正史が生まれたこと。そして、宜一郎が駆け落ちした時、置き去りにした妻の息子が歌名雄。歌名雄の母は、主人が駆け落ちしてしまい、まもなく便所でみずから縊れて死んだといいます。

 正史の実母、はまは神戸に移ってからまもなく死去。

 宜一郎の後添えの浅恵が、あたらしく母となりました。彼女は歌名雄を引き取り、正史兄弟たちと同じ屋根の下で暮らすこととなります。歌名雄にとって、正史の今はなき母は、自分の母を死に追いやった「生涯の仇敵」。その息子である正史たちとの共同生活は、さぞ複雑だったでしょう。
 そこで、思い当たります。「悪魔の手毬唄」は、歌名雄の母リカが、夫と他の女の間にできた子供を、殺していく物語である。

青池リカ.png

 青池リカの夫・源治郎は、恩田幾三と称して由良敦子、仁礼咲江、別所春江と次々と関係を持ち、遂にリカによって殺される。そして20数年後、リカと源治郎の子供、歌名雄は敦子の子・泰子、咲江の子・文子から恋焦がれる身となった。しかし、リカだけが知っていた…全員が異母兄弟であることに…。

 言ってみればリカは、宜一郎氏の自殺した前妻が、自殺せずに"亡霊"として小説のなかに甦った姿なのではないだろうか。
 『悪魔の手毬唄』(旧角川文庫版、P447)には、こんな一節があります。

"「このふたりの言葉をくらべてみると、源治郎はリカと歌名雄を亀の湯におしつけといて、じぶんは春江さんといっしょに満州へ飛ぶつもりじゃったんじゃないか。それをなにかのはずみにリカが嗅ぎつけて…と、いうことになるんでしょうなあ、金田一先生」
「はあ」"


 この文章の"源治郎"="宜一郎""リカ"="歌名雄の生母"、そして"春江="はま""満州"="神戸"に置き換えてみたとしたらどうでしょうか。また、妻がありながら密通した宜一郎の行動も、小説のなかの"源治郎"と同じように、世を憚る密やかなものだったでしょう。
 そして、"歌名雄の生母"は、夫を奪った女の子供たち(現実に立ち返って言えば、=正史たち)に、一人づつ復讐していくのです。小説の中で、手毬唄にみたて殺されていく3人の娘は、じつは、自分(正史)を含めた不義理の子供たちの分身ではないのでしょうか。

この仮定を補強する一文として、「書かでもの記」には、こんな一文もあります。

「そういう話を聞くたびに、幼い私は罪の意識に悩まされ、それがいまだに何事にもあれ根強い劣等感となって、尾を引いているのであろうと私は今でも思っている。」
(『幻影城』1976年5月増刊 No.18「横溝正史の世界」「書かでもの記」P18)

 あくまでぼくの想像ですが、正史は探偵小説の作品世界の中で、自分自身を被害者として、自らの罪、「自らの罪深き血」を粛清したかったのではないでしょうか。正史が「自虐の作家」たる所以です。そして、亡き歌名雄の母の恨みを、フィクションの中で叶えてあげることで、そのせめてもの供養としたかったのではないでしょうか。
 また、ぼくにはこの作品の最終章が、"耕助が逮捕された青池リカと相対して、村人たち及び警察を前に推理を語る"、という形であっても、全く支障はないように思われるのです。一つひとつの事実を犯人に確認するシーンが挿入されることで、耕助の推理のロジックも補強されるはずなのですが、そうはならず、耕助は延々と憶測を語り、不可解な犯人の動機に思いを至すだけなのです。

 だからこそ、『悪魔の手毬唄』の最終章である第32章のサブタイトルは「金田一耕助憶測す」なのであり、人ならぬ亡霊は、探偵と対決することを許されるはずもなく、また探偵は、手錠を掛けることができないのです。リカの動機を、直接本人に語らせることを正史はしませんでした。
 それは正史にとって"聖域"であり、意識的にせよ無意識にせよ、描くことを避けたのではないか…と想像します。

◇加えてもう一つの仮定として、この小説は正史にとって、切実なひとつのシミュレーションだったのではないか…とも考えられます。
「もし、"歌名雄の生母"が死ぬことなく、"宜一郎"の方が死んでいたとしたら。」
その良人への"愛"故に死を選んだ妻。その"愛"故に、不貞の夫への憎悪を滾らし、死をもたらす妻。

「だからこれは心理学的にいって避けがたい衝動であったのではないかと思うんです」
 (『悪魔の手毬唄』旧・角川文庫版 P454)

 どちらに転んでいたにしても、それが果たして、"横溝家の一族"にとって幸福な結末をもたらしたのか-。

 正史の結論は、断じて「否!」、であったように思われます。憎しみの連鎖が、厳しい因果律として最終的な"惨劇"を生み出す。それは、亡き異母兄である"歌名雄"氏への、正史なりのメッセージであったのかも知れません。

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◇閑話休題。
 傍流は最終的にひとつの大きな流れに合流するとは言え、ここで少々角度を変えまして、都筑道夫:著『黄色い部屋はいかに改装されたか?』(晶文社)に於ける『悪魔の手毬唄』の評価について触れてみたいと思います。
 本作品は、同書で"昨日の本格"として、失敗作の烙印を押されています。以下、抜粋です。

黄色い部屋.jpg

 "「悪魔の手毬唄」の犯人は、その地方の古い手毬唄にのっとって、次つぎに若い娘を殺していきます。
 死体は奇妙なアクセサリをつけて、発見されるわけです。読者には序章で、その唄が紹介されるので、すぐわかりますが、作中人物たちには、わけがわからない。土地でもわすれられて、よほどの年よりでもなければ、知らない唄だからです。
 ふつう見立て殺人のパターンは、それが見立てであることが、作中人物にも早くからわかって、恐れおののくものです。けれども、それが早く知れると、次の被害者がわかってしまうので、作中人物を怖がらすわけにはいきません。作者も痛し、かゆしのところです。
 といって、犯人が見立て殺人をおこなう強力な理由も、説明されてはいない。つまり、見立て殺人が生きていないのです。ただのオブセッションであったのでは、狂人ということになって、まあ、狂人にもそれなりの必然性と、信じられる論理はあるのですから、解明できないわけではないけれども、それでは犯人暴露のあとの推理が長くなりすぎる。犯人さがしの謎とき小説としては、常人の必然性がほしいところですが、それはないのです。
 ある人物が、見立て殺人とわかったとたんに疑われて、ひとつの効果はあげていますが、その人物は最初に殺されています。
 犯人がその人物を疑わせようとして、同時に恐怖をあたえようとして、見立て殺人をおこなう-つまり、その人物がもっとあとまで生きていたなら、まだわからなくもありませんが、そうでもない。第一、犯人が見立て殺人であることを、積極的に知らそうとはしないのです。なぜ古い手毬唄にのっとって、なん人ものひとを殺したのか、ついに犯人の口からは聞かれないまま、小説はおわります。
 タイトルにまでなっている重要な問題が、ただ読者の興味をそそるための道具立てにしかなっていないのですから、黄金時代末期の奇に走りすぎて論理の一貫をわすれた本格、といわれても、しかたがないでしょう。"

(『黄色い部屋はいかに改装されたか?』都筑道夫 晶文社 P59-60)

 ぼくは、この都筑先生の批判を読み考える中で、ひとつの仮説を立ててみました。
 ここで問題となっているのは、"見立ての必然性"です。この点について、改めて検証してみたいと思います。

作者はまず、
①プロローグで「民間承伝」という会員制の小冊子に掲載された、(容疑者)多々羅放庵による「鬼首村手毬唄考」という一文を記すとともに、その手毬唄全文が提示されます。
 手毬唄の「返された、返された」の一節が「殺された、殺された」を意味しているという解釈をはじめ、その内容すべてが"こう多々羅放庵氏は言っている"調の、あくまで"彼によるもの"であることを、わざわざ明示しています。これは、この"手毬唄"の伝承の存在そのものが、客観的事実ではなく、多々羅放庵氏による"記述"であることを顕しているとはいえないでしょうか。

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②村のご隠居、手毬唄を知る(放庵を除いて)唯一の存在である五百子が、金田一耕助らに手毬唄の存在を語るシーン(旧角川文庫P314~第24章 民間承伝)
 五百子「わたしなんかももうすっかり忘れてしもうとりましたん」それを何故思い出したのか尋ねられると、"お庄屋さん(放庵)に根堀り葉掘りたずねられて、やっと思い出した"と話します。
 五百子「なにせ、ずいぶん昔のこってすじゃろ。それに近年とんと聞いたこともない唄ですけんな、お庄屋さんに尋ねられても、根っから葉っから思い出せませんのん。かえってお庄屋さんのほうがようおぼえておいでんさって、ああじゃったかいな、こうじゃったんかいなあと、お庄屋さんのうろおぼえと、わたしのうろおぼえとつなぎあわせているうちに、だんだんと思い出してきたんですわなあ。それがなかったら、わたしじゃとって、とっくの昔に忘れてしもうとりますわなあ」
 そして、その内容が「民間承伝」に載った後、雑誌を持ってきて、「おなじことをなんべんもなんべんも、読んできかせてつかあさったん。」とも語っています。

この「鬼首村手毬唄」のただ一人の"うろ憶え"の伝承者が、"かえってお庄屋さんのほうがようおぼえておいでんさって"、"おなじことをなんべんもなんべんも、読んできかせてつかあさったん"と打ち明けていることは、何を意味するのか。つまり、「鬼首村手毬唄」そのものが(ある程度)放庵氏の創作であり、尚且つそれが"昔ながらの内容"だと(いささか耄碌した老婆へ)暗示をかけたフシがあると思われるのです。
 "見立ての必然性"-「鬼首村手毬唄」、それは、じつは放庵氏が青池リカに仕掛けた"トリック"だったのではないでしょうか。青沼源治郎の不貞。そこから派生した惨劇もつぶさに知る唯一の人物、放庵だからこそ描けたシナリオ。

 "金田一「だから、リカは『民間承伝』という小冊子のことも『鬼首村手毬唄考』のこともしっていたと思うんです。そして、その手毬唄にうたわれている三人の娘というのが、たまたまじぶんの亭主をうばった三人の婦人の腹にうまれた娘たちと一致するとしったとき、リカは非常な感銘をうけたにちがいないと思うんです。
おそらくそのじぶんからリカは潜在的にしろ、こんどの事件の計画をあたためはじめたのではないでしょうか」
 磯川警部「それはありうることでしょうな」"

(『悪魔の手毬唄』旧・角川文庫版 P457)

 -この一文でもわかる通り、青池リカもこの「鬼首村手毬唄」を、"小冊子『民間承伝』"から知ったのです。そう考えると、手毬唄にある"お庄屋殺し"の一節も、自ら殺されることへの"抑止力"を講じたと考えられなくもありません。
 彼が、この「連続殺人」そのものの"演出者"だったのか、または、この(自作の)手毬唄を雑誌に公表することにより、未来に起こるであろう惨劇を予告し、それを未然に防ごうとしたのか。故意か偶然か、今となっては分からないにせよ、この「手毬唄」そのものが、犯人を触発し、事件を起こさしめた"動機"そのものであった。だからこそ、犯人はこの"シナリオ"に添って犯行を進めたのではないか。

 -そう考えると、「悪魔の手毬唄」の真犯人は、《彼》だとも云えるのです。
 その名は、多多羅放庵

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 そして、この人物のモデルに関して、正史は「書かでもの記」に於いて、こう記しています。

 「さらにもうひとつ附け加えさせてもらえるならば、話は前後するが私は疎開中、はまに置き去りにされた孚一(ふいち)というひとが、満州から柳井原へ引き揚げてきて、和歌をよく詠んでいるという噂を耳にしたことがある。私は妙な罪悪感から、ついにそのひとに会いにいく勇気がなかったのだが、この春うちへ年賀にきた柳井原出身の若いひともおなじことをいっていた。
 私が「悪魔の手毬唄」を書いたとき、放庵さんのモデルになってもらったのはこのひとであった。多多羅放庵をかくとき、つねに私の念頭にあったのは会ったことも見たこともないこの孚一というひとであった。」

(『幻影城』1976年5月増刊 No.18「横溝正史の世界」 「書かでもの記」P20)

 妻・はまに置き去りにされた孚一(ふたりの男の子もいたという)という方は、「昭和21年頃、満州から柳井原へ引き揚げてきていたそうだが、その後死亡して、そのうちは途絶えてしまった」とのことです。
 彼の姓も、やはり「横溝」です。

 正史の父・宜一郎が捨てた妻(=青池リカ)と子・歌名雄。
 正史の母・はまが捨てた夫が孚一(=多多羅放庵)。


 そういった意味では、この2人は正史にとって、同じ原風景のなかに佇む"共犯者"だったのかも知れません。
 自らの"生"の踏み台として、犠牲になった人々。
 リカと放庵の関係は、この様に抜き差しならぬものであり、彼も又、黄泉の国(=「人喰い沼」)より来る"亡霊"だったのです。
 
 -この作品の其処彼処に、揺曳するイメージ=異界(死)との境界線であり、通路としての"水"。…


さて、前述の放庵によるリカの"あやつり"の構図は、まさしく正史の過去の傑作『獄門島』の、"鬼頭嘉右衛門と実行犯たち"の関係に酷似してしまうように思えます。それを避けるために、終盤に於いてこの点に触れることを避けたのではないか…。
 また、長期の連載執筆の中で、生々しい"自らのルーツ"への肉迫を開始した正史にとって、終盤の山場、探偵小説の醍醐味とも言うべき名探偵の長講釈場面に至り、この設定が不必要(というか、邪魔)になったのではないか。この部分は述べず曖昧にしておいて、敢えて「気付く人だけ気付けばいい」という範疇に収めたのではないか…。
 そうしなければ"青池リカ"の肖像がボヤけ、描くべき焦点がずれてしまう危惧があったのではないでしょうか。

◇そして、磯川警部の一人称の文体で語られる、本作品のエピローグ"ちょっと一貫貸しました"。以下、事件解決後に、金田一耕助の仲介で、大空ゆかりと歌名雄が初めて異母兄弟として対面した時の、ゆかりの歌名雄への台詞を引用します。

 「兄さん、あえてあたしは兄さんと呼ばせてもらいます。
兄さんもご存知の通り、あたしはものごころついたじぶんから、詐欺師で殺人犯人の娘として、ずいぶん肩身のせまい思いをしてきたのですよ。
 そのあいだになんべん死のうかと思ったことがあるかしれないくらいです。
 しかし、あたしは死にませんでした。歯をくいしばって世間の迫害に耐えてきたのです。兄さん、女のあたしでさえその辛抱ができたのですから、ましてや立派な男子である兄さんにその辛抱ができないはずはありません。強くなってください。あくまでも強く生きていってください」


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 「書かでもの記」によればその後、現実の「歌名雄」さんは亡くなったとあり、その原因について、正史は「語ることを避けたい」と記述するのみで、この作品執筆時点(昭和32年~34年)に、まだ生きていらっしゃったのか、さだかではありませんでした。
 その後、『横溝正史読本』の新装版(小林信彦・編 角川文庫)に掲載された年譜(島崎博・作製/浜田知明・訂補)にこうありました。
 
 大正10年(1921年)、正史19歳の年の9月27日、「長兄・歌名雄は脚気衝心のため死亡。」

 この36年後に執筆された『悪魔の手毬唄』。
 正史の物語作家としての「裏」に、氏の生々しい肉声を感じるのはぼくだけではないでしょう。

 そう考えてみると、この作品の有名なラストシーンも、別の意味を帯びてきます。
磯川警部と金田一耕助が事件後、三週間ほど京阪ならびに大和、奈良に遊んだ後、京都駅頭(東宝映画版では総社駅)で別れます。以下、引用です。

 "(磯川)「金田一先生、わたしはこのとおりの老骨ですが、まだまだ余生をながらえて、またいつか先生とお仕事をいっしょにさせていただきたいと思いますが、こんどのようなのはまっぴらですね。このように悲惨な思いがあとあとまでながく尾をひくような事件は」
 金田一耕助氏はだまってわたしの眼のなかを覗きこんでいたが、卒然としてわたしの耳に口をよせてささやいたのである。
 「失礼しました。警部さん、あなたはリカを愛していられたのですね」
あっ!と、口のうちで叫んでわたしがたじろいだとき、金田一耕助氏はすでに動きだした車中のひとだったのである。"


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 -磯川警部が人生の一番充実した、青年から壮年期にかけての貴重な期間、20数年に渡りかかわって来た事件の終結と、その犯人であった青池リカへの素朴な恋心を示唆することにより、この長く陰惨な物語は、奇跡的にほのかな叙情を漂わせながら締め括られます。
 この、磯川警部の"恋情"の暴露は、単にさわやかに物語を終結させる"ドラマツルギーの道具"ではないとぼくは考えます。
 夫にさえ愛されず捨てられ、縊れて亡くなった「歌名雄の母」=青池リカと仮定すれば、あえて"本当に「歌名雄の母」を愛した男性"=磯川警部を配し、物語を貫く"陰の主旋律"としたこと。
 …そこに彼女への、正史の"祈り"にも似た心情を感じます。

 …なんて、延々と勝手な想像で話を進めてしまいました。今まで書いたことは、すべてぼくの憶測です。
 でも、お許し願えるかと思っています。
 だって、ほら、金田一耕助ですら、"憶測"しかできなかったのですから。







参考文献:
『悪魔の手毬唄』横溝正史(旧・角川文庫版)
『幻影城』1976年5月増刊 No.18「横溝正史の世界」
『横溝正史読本』新装版(小林信彦・編 角川文庫)
『黄色い部屋はいかに改装されたか?』都筑道夫(晶文社)
     
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【 特別企画 】20周年記念 スペシャル・トーク Murder, we talked ~町田暁雄さんを迎えて~ 第5部 めとLOG ミステリー映画の世界 を語る: metoLOG : The World of Mystery Movies

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【 特別企画 】20周年記念 スペシャル・トーク Murder, we talked ~町田暁雄さんを迎えて~ 第5部 めとLOG ミステリー映画の世界 を語る

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 皆さま、こんにちは。
 めとろんです。

 2026年2月15日、「めとLOG ミステリー映画の世界」創設20周年を迎えました。
 長きにわたるご声援に、心から感謝申し上げます。
 前回に引き続き、20周年記念企画町田暁雄さんとのスペシャル・トーク第5部 めとLOG ミステリー映画の世界 を語る をお送りします。
 
 ごゆっくり、お楽しみください。




● 町田 暁雄(まちだ あけお)●
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 1963年(昭和38年)東京生まれ。「日本における、刑事コロンボ研究の第一人者」。個人誌『刑事コロンボ読本―全45エピソード考察』(99)に始まり『刑事コロンボ完全事件ファイル』、『刑事コロンボ完全捜査ブック』(宝島社)ほか多くの企画・監修・著作を通じて『刑事コロンボ』の時代を越えた魅力を、倦むことなく普及されてきた「伝道師」である。
 また、プロ/アマを問わない『刑事コロンボ』ファンの梁山泊、同人誌『COLUMBO!COLUMBO!』も主宰し、作品研究の裾野を広げてこられた。
 デアゴスティーニ『刑事コロンボ』DVDコレクション『古畑任三郎』DVDコレクションの「監修」を担当。著書に『モーツァルト問―大作曲家徹底攻略問題集』(若松茂生氏と共著 東京書籍 2004)等。漫画原作『Eチェイサー: 最速電獣 超激戦!ワールドレース』(画:岡崎つぐお 情報通信振興会2002)。『私の映画史~石上三登志映画論集成』(石上三登志・著 同2012)を企画・監修。『刑事コロンボ 黒衣のリハーサル』(ウィリアム・リンク・著 論創社2013)、『アパートの鍵貸します』(ビリー・ワイルダー/I.A.L.ダイヤモンド・著 同2024)を翻訳。『ミステリの女王の冒険~視聴者への挑戦』(《原案》エラリイ・クイーン 《企画》レヴィンソン&リンク 飯城勇三・編  同2010)、『ダイヤルMを廻せ!』(フレデリック・ノット・著 同2018)で解説を担当。「協力」として『福家警部補』シリーズ(大倉崇裕・著 東京創元社)、アドバイザーとしてクレジットされた映像作品として『黒井戸殺し』(2018)・『死との約束』(同 2021)・映画『記憶にございません!』(同 2019)がある。『刑事コロンボ完全捜査記録』(監修とメインライターを担当 宝島社 2006)で本格ミステリ大賞 評論・研究部門、『刑事コロンボ読本』(編者としてクレジット 映画秘宝コレクション 洋泉社 2018)で本格ミステリ大賞 評論・研究部門、日本推理作家協会賞 評論・研究部門にノミネート。直近の話題作に『刑事コロンボとピーター・フォーク』(監修 デイヴィッド・ケーニッヒ・著 原書房2025)がある。

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 また、未撮影シナリオを扱った、ケーニッヒ氏の研究書第2弾『UNSHOT COLUMBO』では、資料や情報の提供等で協力。同書冒頭の献辞は町田氏に贈られ、まえがきでも「No one was more vital to this project than Akeo Machida, the leading authority on Columbo in Japan—if not the world. His knowledge, insight and collection of Columbo materials pale only in comparison to his generosity.」と紹介されている。
 日本推理作家協会、本格ミステリ作家クラブ会員。









2026年2月26日(木) 於:都内某所


(文責・めとろん)






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アーカイヴの重要性


めとろん:「レヴィンソン&リンクの世界」も、スタートして20年。
 最初、3年で終わるだろうなんて、余りに浅はかな見積もりでした。

町田:我々の同人誌(『COLUMBO!COLUMBO!』)も、最初は、「半年ごとに出して、3年で終わる」なんて言っていたのに、結局11年もかかってしまいましたから――そんなものかもしれません。

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めとろん:10年前の作品でも、すでに過去のものだったりして知らない人も多い。
 風化の速度が速まっていると痛切に感じます。TVシリーズ『福家警部補の挨拶』ですら、放送からあっと言う間に12年ですものね。ですから、過去の作品についてアーカイヴするということは、ものすごく意味があると思っています。

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町田:そう思います。私も、ポスト『コロンボ』として一推しの『名探偵モンク』についてだけは、2年ほどかけてnoteにエピソードガイド的な全話解説をまとめました。書いておけば、それをベースに何かにつながる可能性が生まれますから、残しておくべきものは残しておく方向がいいのだろうなと思います。
 今年の春からは、ハイドンの交響曲についても、noteでまとめはじめて、全106曲中、30曲ぐらいまで進みました。素人が素人に向けて書いた、わかりやすい全曲鑑賞ガイドが日本にはまだないもので……。ハイドンが最後の交響曲を書いたのが63才なので、3月30日の誕生日までに――同い年のうちに第1稿を書き上げたいなあ、と。なので、何とか今年度じゅうに書き終えられれば、と思っています。




『殺しのリハーサル』放映をどうやって知ったか?


めとろん:それではあらためまして、ぼくが町田さんと初めてお会いしたころや、2006年にブログを始めましたというところから始めたいと思います。

町田:私とめとろんさんがお会いする前の接点は『刑事コロンボ読本』を注文してくださったことでしたが、あれはブログ開設より前でしたかね?

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めとろん:その通りです。その後もう一段階、ぼくがヤフオクで『テキサスの五人の仲間』のVHSビデオテープを出品した時に、たまたま落札されたのが町田さんで、そのやり取りも大きかったです。

町田:そうでした、そうでした!

めとろん:『刑事コロンボ読本』を、なぽべんさんの「安葉巻の煙」ホームページで知りまして。町田さんにメールして購入して、以前からブログに記してきた通り、ひじょうに感銘を受けました。
 ある日、ヤフオクでお取引きしている相手のメールアドレスに見覚えがあるなあと……。それが、『読本』を購入した際にやり取りした方と一緒であることにはたと気づいて、「おお、これは同一人物ではないか」という。
 そこで、ブログ設立の際に、勇気をふりしぼって連絡させていただきました。(笑)

 それでは、それぞれの簡単なプロフィールみたいなところからということで。
 ぼくは、1969年(昭和44年)生まれです。今年、57歳になります。このブログを始めたのは、36歳のとき、ということになりますね。

町田:1963年(昭和38年)生まれで、63歳です。

めとろん:大先輩です。ふつうに考えて、同じ作品をリアルタイムで観ていないと思うのです。

町田:そうですよね。とはいうものの、めとろんさんの方が、古い映画などについて私よりもずっとご存知で……。知り合いの間では、「めとろんさんは絶対に年をごまかしている、古いことを知りすぎている」と言われています。

めとろん:いやいや、そんなことないです。

町田:それは、お兄さんの影響があったりしますかね。

めとろん:3歳上の兄の影響は大きいですね。ただ、もって生まれた部分も否めない。
かつて、フジテレビの「お正月・お年玉プレゼント」で、ベータマックスJ10という当時の高価なものを、「どうしても当たれ!」とハガキ3枚出して応募して、見事に当たったというのがありました。

町田:それはすごい!

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めとろん:たしか、小学校高学年くらいでした。11歳として、80年くらい。ぜったいに家では買えないものでした。

町田:私は高校1年か2年の冬にアルバイトして、足りない分を親に出してもらって、ベータを買いました。同じくSONYのJ7――名機でした。まだワイヤーリモコンでね。(笑)
 上からガチャンと出し入れして、ベータⅢモードはまだない。凄まじく画質と音が良かったのですが、当時は本当に生テープの価格が高くて。最初に録ったのは「闘牛士の栄光」のNHKでの再放送。本放送のときは、中学の修学旅行中で、旅館のテレビにかじりついて1人で見ていました。

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めとろん: NHKの放映が終わった後に、83年「水曜ロードショー」『コロンボ』が始まった時の、3週連続放映の時に録画した覚えがあります。『殺しのリハーサル』のNHK放映が85年の3月。それも録画できて、レヴィンソン&リンクを意識した機会はいくつかあったのですが、それが決定的な出会いとなりました。

町田:85年に『殺しのリハーサル』を観た時、おいくつでした?

めとろん:85年の3月23日ですから、私が中学を卒業して高校に入る直前の時期に、たまたま観たのだと思います。
 少年時代、「あかね書房」のジュブナイルのシリーズとか、とにかく推理小説が好きだったので、本格っぽいものを常に探していまして、だいたい裏切られていたのです。そんな時に『殺しのリハーサル』というタイトルをみて、これは本格ミステリーかもしれないぞ、みたいな感じで。

町田:それは、テレビ欄でふつうに見つけましたか?

めとろん:テレビ欄だったと思います。

町田:私も観たのですが、何で観られたか覚えてないんです。最初の10秒間だけ録画し損なっているので、多分やることを知って気になっていて、録らなきゃと思ってあぶなく忘れかけたんだと思うのですが、よく覚えていない……。
どうやって、知ったのか……「レヴィンソン&リンク作品」ということでは観ていないと思うんです。やっぱりタイトルだったのかなあ。
なぜチェックしたか、覚えていますか?

めとろん:タイトルで魅かれたっていう感じでしょうか。テレビ誌でもなく、当日の新聞だと思います。その前に、NHKでピーター・フォーク主演のTVムーヴィーがありますよね、『恋人たちの絆』というビデオタイトルの。

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町田:『残された日々』(GRIFFIN AND PHOENIX: A LOVE STORY)ですね。

めとろん:コロンボの「水曜ロードショー」放映の前でしたが、なぜかぼくはそれを観て大変に感銘を受けて、NHKが昼間に放送する海外ものは、当たりがあるのではないか、みたいな感覚があったと思います。
 レヴィンソン&リンクの名前を朧げに意識し出したのは、ノヴェライズ版『二つの顔』(二見書房)を、高校時代に古本屋で購入した時でした。『刑事コロンボ』をもっと観たいけれど観られない。常に「水曜ロードショー」で次にいつ何をやるかっていうのを、受け身でずっと待つ日々でしたから、古本屋で「ついに見つけた!」という感じだったと思います。

町田:なかなかやってくれませんでしたものね。

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めとろん:あの3本の後に、また放映されるのか、ひじょうに不安な時期がありました。
 さらに『特選 刑事コロンボ』を購入して、初めて他にもたくさん面白そうなエピソードがあるのを、巻頭に載っている粗めのカラー・スティール写真の数々で知りまして。

町田:もう、その辺も今となっては、なかなか伝わらないですよね。




「めとLOG」事始め


めとろん:(過去のメールを示して)2006年2月24日、これが町田さんから最初に戴いた、「ブログを拝見致しました」というメールです。それからずっと励ましていただいて。

町田:そう、この時の「町田さん」は、ものすごく感激してメールを差し上げました。
ブログを始めるに当たっての、最初の構想は、どんな感じだったんですか。

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めとろん:はい、流れとしては2方向ありまして、本当に最初の取っかかりとしては、その頃、思い立って『思いつき「悪魔の手毬唄」考』という文章を書き上げたんです。
 現在、アップされている記事の原型のような内容なのですが、当時の自分にはそれなりに達成感があって、どこかに発表できる場所はないかなと考えたんですね、若気の至りで。(笑)

 まず、権田萬治さんにメールで送ったり、今や横溝正史研究の大家である木魚庵さんのサイト「金田一耕助博物館」に載せてくれませんか、と相談させていただいたりして。
 そのアプローチに対する温かいアドバイスをもとに、自分でサイトを立ちあげることにしたんです。

 でも、ホームページの作成は技術的な自信がなくて、当時(2006年)流行り始めていた「ブログ」という形式なら行けるかもしれないと思いまして。
 さっそく、近所の本屋さんで『ブログの始め方』というような指南ムックを買ってきて、にわかの知識で初めてしまった……。

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 ちょうどその頃、海外から『ギルティ・コンサイエンス』のビデオ・ソフトを取り寄せたんです。当然、字幕無しのVHSでしたが、初めてのチャレンジでした。
 それに加えて、『殺しの演出者(VHSタイトル:謎の完全殺人)』『殺しのリハーサル』『アーカンソー物語』など、国内でソフト化されていた主要な作品は手もとにありましたので、それで何とか書けるのではないか……という、非常に安易な考えで、「レヴィンソン&リンクの世界」をブログの柱として位置づけ、始めてしまったわけです。
 ――完結まで3年ぐらいかなあなんて、気楽なものでした。

町田:3年ぐらいで終わるというのは、どこから?

めとろん:そのぐらいあればひと通り、彼らの作品を網羅できるんじゃないか…という、浅はかな考えでした。(笑)

町田:その時には、現在のクロニクル的な発想はなかったんですね。

めとろん:全く無かったです。何となく見切り発車で始めたという感じでした。

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町田:現在、レヴィンソン&リンクだけで58件の記事がありますが、その時は頭の中で、まとめるのは何作品ぐらいのイメージでしたか?

めとろん:イメージとしては、20作品ぐらいでしょうか。

町田:クロニクルまで行かなくても、手に入ったソフトについては、その都度発表していく場にしよう、というお考えではあった……。

めとろん:はい。当時は、動画サイトにアップされている作品も、今ほど多くはなかったと思います。
 幻の作品扱いだった『バニーレークは行方不明』を海外から取り寄せて、台詞を言うたびに一時停止して、英語字幕を書き出して翻訳する、なんてこともしていました。
 その後、国内ソフト化された作品も多く、隔世の感がありますよね。

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町田:仮に3年で 20作品だとしたら、年間6~7作品は書くことになりますよね。

めとろん:当初は全然、行けるつもりだったんです。(笑)
 始めた頃は、ひと月に複数の記事をアップするぐらいの勢いでした。書きたいことが溢れてくる感じで。
 初期は文体もめちゃくちゃ。語尾の感じが「~ですよね~」という風で、顔文字も多用したり、何とか「世間一般のブログ」を精いっぱい、模倣している感じでした。

町田:変わっていったのは、クイーン『驚愕の10日間』あたりからでしょうか?

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めとろん:「レヴィンソン&リンクの世界」『殺しの演出者』J・リー・トンプソン監督の『Tiger Bay(追いつめられて…)』などで、張られた伏線をひとつずつ並べて考察したりして、そのあたりから長くなっていき……めとLOG名物「長文地獄」の記事になっていきました。
 ひたすら伏線をあげつらって書いていくようなスタイルは、もう初期だけで、今はもうそこまでの気力というか、体力はないですね。
 ブログの前半は、「レヴィンソン&リンクの世界」を中心に書いていました。
 最近は、日本の映画やドラマの記事が、比較的増えていますが。

町田:「レヴィンソン&リンクの世界」を束ねた記事(『ザ・クロニクル・オブ・レヴィンソン&リンク』)を作ったのは、プラットフォームが変わった時でしたっけ?

めとろん:最初は、KDDI系列の「LOVELOG」というプラットフォームで運営していました。その途中で、いったん@niftyの「ココログ」にsecond seasonと銘打って移ったのが2010年。
 でも、どうにもインターフェースが性に合わなくて、結局、「LOVELOG」に出戻ったのが2012年です。その「LOVELOG」も、時代の趨勢には勝てず、2014年に終了になってしまった。

 そこで2018年に、現在のSeesaaブログに引っ越しました。
 『ザ・クロニクル・オブ・レヴィンソン&リンク』を最初にアップしたのはその年の12月なので、町田さんのおっしゃる通りです。
 最初のヴァージョンは、大した資料性もなくざっくりとした内容だったのが、そこから小説関係やら写真やらも入れて、各作品の項目と記事とつなげて……と、段階的にアップデートしていきました。内容的には、多少は意味のあるものになっていったと思います。
 レヴィンソン&リンクの年表の中に、なぜか小栗虫太郎『完全犯罪』を入れるとか、少々個性的ですが。(笑)

町田:でも、レヴィンソン&リンク関係だけで58の記事はすごいですよね。

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めとろん:20年間で、「レヴィンソン&リンクの世界」は、小説編が 12件と、TVムーヴィー、ドラマ、映画を含めた映像編が46件 になります。
 それを含めた記事の総数が280件。
 単純計算でいけば、一応、毎月1件の記事はアップしてきた割合にはなりますね。
 
町田:20年……そうか、ということは、私たちの出会いからも20周年……いや、『読本』を購入していただいた時から数えると21~2年ほどになりますね。

めとろん:改めてこの長い期間、いつも見守っていただいて、ありがとうございます。
 ブログ開始の1年後、2007年2月に初めてお会いしたんですよね。

町田:そう。憶えています。

めとろん:あれから、ちょうど19年ですね。

町田:お目にかかる前には、同人誌『COLUMBO!COLUMBO!』4号への執筆をお願いしていたんですね。「めとLOG」ドストエフスキー『罪と罰』の文章を読んで、「これをぜひ書いてください」と……。
 私はあれを読んで感動しました。「これは、私に完全に欠けている視点なので、参加してほしい」と思ったんです。




ブログ=日記


めとろん:あの時はお声をかけていただいて、執筆陣の方々の豪華さを鑑みると恐縮しましたが、滅多にない、光栄なことなので、あの時の精一杯で書かせていただきました。
 心から、ありがとうございます。
 ブログという媒体は、やはり「日記」の側面が大きくて、私の人生が20年間書いてある、子どもが死にかけたとか。逆に、そうじゃないと意味がないという気持ちもあるし、逆にもっと、客観的に書かなければいけないという意識もなくはない。

町田:その匙加減は悩まれるでしょうね。

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めとろん:そうですね。
 ある意味、言われるように「研究エッセイ」的な位置付けの気持ちもある。
 どなたかに、良い意味で「論理の飛躍」があると言われましたが、それも善し悪しで。(笑)

町田:ご自身でよく仰るところの『妄想』ですよね。
 でも、めとろんさんは事実は押さえた上でそれをやられていますから、ある意味で理想的だと思います。

めとろん:あくまで事実を押さえた上で、ですね。
 以前、横溝正史の『悪霊島』について、上下で原作と映画について書いた時のことです。上の原作篇の最後に、正史の兄・五郎さんについて触れたのです。
 その時はちょうど兄が脳梗塞で倒れて、身よりも少ない中で、ぼくしか対応できる人間がおらず、かなり大変な時期で、それを記事の冒頭に近況報告の形で書いたのです。
 すると、ある方から「冒頭部分を読み返してハッとさせられた」と指摘して頂けて。
 冒頭と、最後が「兄弟の話」で繋がって、呼応していることを自分としては全く意識してなくて、驚いたことがありました。

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町田:興味深いです。あることを書こうと思いつく時には、何か無意識に理由があるのかもしれませんね。

めとろん:正直、両親が亡くなった時の記事は、今ちょっと読み返しにくい。読まされる人も困るだろうな、と思うのですが。(笑)

町田:でも、そのうちにお子さんたちも読むでしょうから。残っているのはいいことだと思いますよ。

めとろん:ありがとうございます。エッセイや日記的な部分が、生きている側面もあるということで……。
 ブログの最初の頃は、伏線について書くことも多かったのですが、1回中断してから、『放蕩息子の御帰還〜「ミステリによる映像」から人間の「謎」へ〜』という記事を書いて、どちらかと言えば、ギミックとかトリックとか伏線について語るより、ドラマ的なテーマ性や全体の構造について書く、そういう流れには なったな、とは感じます。

町田:それが「めとLOG」のスタイルになりましたね。

めとろん:また、記事を書くにあたって、自分のなかでの分類がありまして。
 「レヴィンソン&リンクの世界」のような、その作家性をある程度追求したいという《論文》領域の文章と、まずは自分が「この映画が好きだ!」という気持ちを表明したい……という《紹介》領域のものがあります。
 そこまで根を詰めて、すべてを深くは追求できませんので。(笑)
 「遊び」を込めた息抜きとして、あくまで自分も楽しむ、というスタンスで書かせていただいています。

町田:そう、その緩急もとてもよいなあ、と思っておりました。

めとろん:そう言っていただけるとホッとします。(笑)
 《論文》領域では、「レヴィンソン&リンクの世界」、そして「思いつき」シリーズに代表される横溝正史・映像化作品についての文章や、フランケンハイマー監督の『セコンド』と「赤狩り」『虚無への供物』を映像化した『薔薇の殺意』から現代を照射するヨナ書とビートニクについて書いた『渚の果てにこの愛を』、最近ではクリスティー『五匹の子豚』の戯曲化『殺人現場へもう一度』とアラン・レネ『去年マリエンバートで』を結びつける……など、それなりに自分が面白いと思えるようなことを書いています。

 《紹介》領域では、『署長マクミラン』のエドワード・D・ホック原作のエピソード紹介や、短編映画『九マイルは遠すぎる』ディクスン・カーの『B13号船室』の映像化作品比較トマス・バーク『オッタ―モール氏の手』『影なき男』と『昨日消えた男』を比較してみる……など、いやあ、20年にわたり、本当に気楽に好きなことばかり、よく書いてきたものです。

町田:でも、《紹介》領域の中にもかなり深く書かれたものがありますよね。

めとろん:たしかに正直、最近では両者が融合して判別がつかないものも多くなってきました。
 あと、『福家警部補の挨拶』の記事は、めとLOG名物・血を吐くような長文なのですが、『福家警部補の挨拶読本』的な、独立した一冊のムックを作るような気分で書きました。
 そして、原作者である大倉崇裕さんに、書簡による質問をさせていただくという、夢のような機会を提供していただき、町田さん、大変にありがとうございました。

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《スペシャル企画》『福家警部補の挨拶』 ~原作者・大倉崇裕氏に、ここが聞きたい!Q & A~
 大倉さんに、原作とドラマ版について、ぜひ質問してみたいと思っていたことを、無遠慮に聞きまくってしまったのですが、本当に気さくに丁寧にお答えいただき、大変に嬉しかったです。貴重な内容になっているので、福家ファンの方でもし読んでいない方がいらっしゃれば、ぜひ積極的にお勧めしたい記事ですね。
 素晴らしい作品なのに、いまだにソフト化がされておらず、そちらも引き続き、強く要望していきたい、と思っています。

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町田:デアゴさんの『古畑』冊子用に、佐藤祐一監督に3時間にわたってインタビューさせていただいたとき、職権乱用で、30分ほどドラマ版『福家』についてもお話を伺いました。あの毎回のキレキレのエンディングから、横山克さんへの音楽のオーダー、最終回でのさんと八千草薫さんのエピソードまで、貴重なお話ばかりですので、いつか監督に許可をいただいて、「めとLOG」とジョイントする形で記事にできればなあ、と思っています。

めとろん:おお、それは恐れ多い……。ですが、いつの日かお受けできるように、さらにもっと、力をつけていきます!

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 『仮題・中学殺人事件』の記事の最初のヴァージョンでは、「なぜソノラマ文庫版で構成を変更したのか」については書かなかったのですが、自分の考えがないのは誠実さに欠けると思いまして、改訂版では加えました。辻真先先生に、コメントをいただけたのも嬉しかったです。
 唐十郎寺山修司で育ったせいか、メタフィクション的なものが大好物で、それが少年時代に『仮題』を読み、ガツンときたその衝撃たるや絶大なものがありました。

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町田:舞台でのメタ、というのには非常に興味があります。ただ、大きな意味ではなくて、例えば、シリアスな劇でも、客席を向いて笑いを取った後に、すぐシリアスに戻れるでしょう。常々、あれはすごいし、面白いな、と……。NHK版『福家警部補の挨拶』のときに、きたろうさんが突然『質問』というようなプレートをかかげている、というギャグがありましたでしょう。あれなどは舞台ではいけるんだけど、テレビドラマでは戻しにくい、というか無理がある。変身ベルトが突然腰に現れるようなものだから、あれがありだと密室だって出入りできてしまう。あと、足の悪いはずの被害者が踊ったりも――。舞台なら誰かが「お前、足が悪いんだろ」とツッコめば元に戻れる……。
 舞台の、あの「自在さ」は本当に面白いです。




「演劇的」な映画について



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めとろん:「演劇的な作品」の対極にあるような文学的と言われる作品、「よりリアルに近い作品」という話で、例えばテオ・アンゲロプロス監督の作品、『旅芸人の記録』アンドレイ・タルコスキーなどもそうですが、かえってリアルの正反対というか、ものすごく「抽象的で象徴的」な要素が強いと常々思っていまして。
「現実ではこんな画はありえない」と言うような、人工的な画ばかりなのです。
 タルコスキー『ノスタルジア』ひとつとっても、位置関係がまったく違うロケ地を、あたかも同じ場所にあるように編集で繋げていたりする。

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 それらはナチュラルな、現実を切り取ったような世界ではまるでなくて、非常に人工的で、ある意味ひじょうに「演劇的」。『旅芸人の記録』なんかも画の構図が自然じゃない。

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 テオ・アンゲロプロス監督作品では『霧の中の風景』も好きですが、リアルな現実を切り取ったみたいな言い方をされる場合もあって、それは異常なほどの「長回し」が醸す現実感だったりするのですが、「あんなに(人為的に)作られた世界ってないな」って思うのです。
 だから、人工的な世界の中に、「象徴性」であったり作者の何かを込めることで、唐突にストーリーがいきなり破綻したり、変わっていく。
 レヴィンソン&リンクの映像ミステリーなどの構築性が大好きな一方で、そういった世界に魅かれる、というのもあります。

町田:「詩」ですよね。イメージの連鎖に魅かれる、というのはよくわかります。筋は通ってないんだけど、それがつながっている……。

めとろん:例えばビリー・ワイルダーの作品などは、脚本も作り込まれた「人工的」という面では共通しているのですが、端正な完成度や整合性を突破してしまうような作品にも心掴まれる…という感じです、根がアングラ育ちなもので。

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町田:アングラ……それも私に大きく欠けている部分です。今度、いろいろと教えてください。

めとろん:いえいえ、恐縮です。
 映像として、自分たちが生きている「現実」という被写体があって、それを切り取る。その見え方・切り取り方が、作り手それぞれで違うのであって、それが面白い、ということだと思っています。だから、ジャンル分けやエンタメかアートか、それこそシネフィルかそうじゃないか……などというような垣根は、あらかじめ自分のなかに作らない方が、おそらく面白いと思っています。

町田:仕事や趣味で写真を撮るときのことを考えると、よく分かります。

めとろん:ですので、映画はエンタテインメントだから、 その筋もセリフもわかりやすくて楽しめる、最後には必ずオチがある…そうでなければいけないという感覚はあまりなくて。とはいえ、どうしても「ミステリー」というジャンルにこだわってしまう自分もいる。これは矛盾かもしれませんが……。

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 ここまで20年やってきたブログのテーマ、「ミステリー」というキーワードは、人に憑いて離れない「呪い」みたいなもの、なのかもしれません。(笑)




――次回、最終回 「第6部 レヴィンソン&リンクの世界 を語る」に続きます。


《つづく》


※次回の記事アップは、約半月後を予定しています。




プロローグ:「なるほど」と「リアリティライン」


第1部:『刑事コロンボ』を語る


第2部:『刑事コロンボ読本 -全45エピソード考察- 』を語る


第3部:好きなミステリーを語る


第4部:『古畑任三郎』を語る

DepressedBergmanさんによるXでのポスト 夜のダイヤモンド

<a href="https://x.com/dannydrinkswine/status/2083188431019012341?s=58">https://x.com/dannydrinkswine/status/2083188431019012341?s=58</a> ヤン・ネメツが、映画製作者が常に妥協せずに自分の世界を創り出さなければならない理由を説明しています: 「監督は自分の世界を創り出さなければならない。現実とは独立した世界を、現実がその時点で現れるように。画家たちは自分たちの世界を創り出してきたし、作曲家たちもそうだ。しかし、この目標を達成した映画監督はごくわずかだ:チャップリンは間違いなくそうだし、ブレソンはそうだし、ブニュエルもそうだ……。もし私が自分の映画を現実の表面に似せようと試みるなら、膨大なエネルギーを無駄にし、観客の注意を本質から逸らしてしまうだろう。彼らは必然的に、映画が現実を歪曲していないか、現実では物事がまさにその通りなのか、少し違うのか、などと問うことになるだろう。しかし、最初のシーンから、現実とのいかなる表面的な類似も全く重要ではないことが明らかであれば、観客は自分たちの好みの比較を諦め、監督が本当に伝えようとするものに集中するだろう。」 (『チェコスロバキア・ヌーヴェルヴァーグ』、ピーター・ヘイムズ、1985年) P.S: 62年前の今日、1964年の『夜のダイヤモンド』がスイスのロカルノ映画祭で初上映されました。

DepressedBergmanさんによるXでのポストhttps://x.com/DannyDrinksWine/status/2083188431019012341/video/1?s=61 夜とダイヤモンド

【衝撃】ただの気弱な気象学者だと思いきや…彼の一言で連合軍トップが震え上がる!

2026年7月30日木曜日

「ファム・ファタールを演じたセシル・オーブリーの不思議な魅力とクルーゾー監督の緊迫感ある重厚な演出」情婦マノン Gustavさんの映画レビュー(ネタバレ) - 映画.com

推理小説(ミステリー)好きの人に質問です。倒叙ミステリーって好きですか... - Yahoo!知恵袋


https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1020293545

kot********さん

2008/10/31 15:48

もちろん「倒叙」も、本格ミステリの変種なので、好きですね。 「乱歩さんの”心理試験”みたいな作品はお書きにならないんですか?」と聞かれた横溝正史は、「書いたこと無いです。倒叙は難しくてね・・・」と、答えています。 犯人の行動がすべて明かされていますので、作者は読者に対し、「完全なフェアプレイ」で対さなければなりません。隠しておいた伏線で・・・というわけにもいかない。 「刑事コロンボ」の脚本家が語っていますが、「一見完璧に見える、実は穴のある犯罪を考えなきゃならない」と言うのは非常に技量を必要とするスタイルといえます。 「再読」で伏線を探る、といわれるなら、むしろ倒叙のほうがそっち向きと言ってもいいほど。「犯人が完璧」と思った犯罪のどこに穴があったのか・・・?と改めて再確認できます。 「刑事コロンボ」が果たした”大発見”が、「映像で見せるミステリは、本格より倒叙のほうがいい」ということでした。 本格だと、人物が描けない、ラストで画面が”死んでしまう”セリフだらけのシーンが入ってしまう・・・という問題がありますけれど、倒叙なら犯人はあらかじめわかっていますから、犯罪全体の説明は不要という部分が向いているのです。 また倒叙は後で事件の再現をしなくていいので、本格ミステリでは扱いにくい「大胆な犯罪」が描かれることも多い。 「刑事コロンボ」の「白鳥の歌」や「権力の墓穴」、クロフツの「クロイドン発12時30分」などはまさにそうですね。 ニコラス・ブレイクの「野獣死すべし」や、アイラ・レヴィンの「死の接吻」など、倒叙フォーマットを崩した意外作、ロイ・ヴィカーズの「迷宮課シリーズ」のユーモラスさなどバリエーションも豊富ですね。

(改訂版)思いつき「悪魔の手毬唄」考 「書かでもの記」より: metoLOG : The World of Mystery Movies

(改訂版)思いつき「悪魔の手毬唄」考 「書かでもの記」より: metoLOG : The World of Mystery Movies https://metolog.seesaa.net/article/435047008.html ...