2026年10月9日金曜日

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濱口竜介(映画監督):失敗を重ねた先には、深い快楽が待っている | WIRED.jp

失敗を重ねた先には、深い快楽が待っている:濱口竜介(映画監督)──WIRED Innovation Awards 2026 受賞者インタビュー

失敗を重ねた先には、深い快楽が待っている:濱口竜介(映画監督)──WIRED Innovation Awards 2026 受賞者インタビュー


世界的な評価を得てもなお、映画監督の濱口竜介は失敗することを恐れない。先人の試行錯誤に学び、人と場への信頼を育みながら、その先に訪れる「深い快楽」を追い求めて映画を撮り続けている。「WIRED Innovation Awards 2026」受賞者インタビュー。

2026年6月に全国公開された映画『急に具合が悪くなる』が、静かに熱い支持を広げている。介護施設の施設長として理想の介護を探求するマリー=ルーと、ステージⅣのがん患者であり演劇の演出家として活躍する真理。ふたりの偶然の出会いと、その先に紡がれる友情を描いた本作は、国内外で高い評価を得た。第79回カンヌ国際映画祭では、主演のヴィルジニー・エフィラと岡本多緒のふたりが最優秀女優賞を共同受賞している。

監督の濱口竜介も、これまでに世界3大映画祭すべてにおいて主要な賞を獲得し、『ドライブ・マイ・カー』ではアカデミー賞国際長編映画賞に輝いた。本人は否定するだろうが、時代の寵児と言っていいだろう。しかし、彼は浮足立つようなことはまるでない。制作現場の環境づくりからクリエイティビティの未来まで、あくまで自身の足元から一つひとつ、トライ&エラーを重ねている。そのプロセスのなかでこそ、深い洞察に満ちた言葉の数々が紡がれるのだ。

濱口竜介|RYUSUKE HAMAGUCHI

Photograph: Ren Gomi

──『急に具合が悪くなる』が日本とフランスで上映され、いまもロングランが続いています。観客の皆さんの反応や感想などを、どのように受け止めていらっしゃいますか。

3時間16分という映画の長さから考えて、これだけ多くの方々にご覧いただいているのは大変ありがたいことです。9月中旬の時点で、すでに日本とフランスで合計60万人くらいの方々に劇場に足を運んでいただいています。それは本当にすごいことだな、と。この作品を観ながら、ご自身の生き方について思いをめぐらせる方もいらっしゃるようで、そうした深いところで反応いただけることは、とてもうれしいです。

──原作は、がんが転移するなかで生き抜き、思考を深めようとする哲学者・宮野真生子さんと、それに並走して問いを投げかける人類学者・磯野真穂さんとの往復書簡です。本作は企画の成立まで、針の穴に糸を通すような繊細な積み重ねで実現したように感じられます。そのプロセスを、ご自身ではどのように振り返りますか。

不思議なもので、出来上がった映画を後から観ると非常に堂々として感じられます。このようにできるべくしてできたのだ、という顔をして存在している。でも制作プロセスを振り返ってみると、薄氷を踏むような思いでつくったものでした。

そうした繊細さが要求されたのは、ひとつは、そもそも原作が非常に繊細に取り扱うべきものであったからです。それこそ原作自体が針に糸を通すようにして成立した往復書簡ですから、映画もまたそれと同質のものだと、脚本を見せたり話したりしながら磯野さんに思っていただける進め方でなければ、成立しませんでした。

もうひとつの側面は、取り扱っているテーマからして、ある程度まともな労働環境が用意されなくてはならない、ということです。具体的には、回復や休養に充てられる時間を、映画の質を落とさずいかに確保するか、ということですね。

──濱口さんはカンヌからの帰国会見で、同じ映画でも労働時間などの規定がしっかりしているフランスは日本の3倍の予算がかかると聞いた、それなら日本は同じ予算でスケールを3分の1にできるのではないか──と提案していました。

映画の撮影期間には、休憩の時間も考慮しながら相応の予算が十分に確保されていることが求められます。それが日本の映画製作ではないがしろにされる傾向がある。

もちろん、資金を出す側からしたら、ある程度の予算を緊縮しつつ、映画の質を高めなければならないのだから、そこに葛藤はあります。最終的には興行として回収していける内容でなくては、プロデューサーたちの人生に甚大な影響を与えてしまう。この映画が主に日本とフランスによる共同企画になったのも、原作の精神を尊重しながら、商業映画としての成立を可能にする術を考えてのことでした。

──映画化にあたっては、イタリアで精神病院を廃絶した後の地域精神保健の実践を描いた研究書『プシコ ナウティカ イタリア精神医療の人類学』をめぐる濱口さんの問題意識が加えられていました。映画というジャンルに限らない幅広い関心や探究は、ご自身のどのような志向に基づいているのでしょうか。

少し遠回りな話になりますが、10代で映画を好きになり、20代に入るにつれて観るだけでなくつくるというサイクルに入っていくなかで、ぶち当たる壁がありました。「あれっ、全然あの映画みたいにならないぞ」という壁です(笑)

この位置、この高さにカメラを置いて、このレンズを使えば、こういうフレームで人間を捉えることができるはずで、そうして撮ったものを編集すれば自分が好きなあの映画のように見えるだろう──。そんな目算で撮るわけですが、ほど遠いものにしかならない。なぜなんだろう、と考え始める。

そんな20代を過ごして30代になったとき、酒井耕と共同監督で制作したドキュメンタリー『東北記録映画三部作』が決定的な変化の契機になりました。

濱口竜介(映画監督):失敗を重ねた先には、深い快楽が待っている

信頼関係のなかでこそ聞けること

──東日本大震災の被災地や、東北で暮らす人々の「語り」と「聞き」を記録したドキュメンタリー映画のシリーズですね。

気付いたのは、写される世界の側の充実のようなものがない限り、どのようなかたちで撮ったとしても単に上っ面をなぞったものにしかならないということです。どう撮るかはもちろん重要ですが、カメラの向こうの世界をどういう状態で捉えるかも同等か、それ以上に考えなければならない。

この三部作では被災者の方々にインタビューし、非常につらい津波の経験なども話していただきました。それこそ、できる限り繊細な聞き方でなくてはならない。質問の仕方によって被災者がさらに傷ついてはいけないし、そもそもカメラの前で皆さんが質問に答えてもいいと思ったり、答えられる精神状態になったりするためにはリラックスした空気、簡単にいえば撮影する側との信頼関係が必要なわけです。

撮影・記録されてしまったら、それは世界中の人が見るかもしれないものになります。そういう映像の特質は、インターネットが登場して以降は更に強められています。その性質を意識する被写体は当然ながら、カメラを向けられれば萎縮をします。「できるだけ多くの人にとって問題のない自分」しか差し出せなくなってしまう。

ですから、とにかくまずはカメラを持たずに複数回お話しをしてから撮るようにしました。その会話を通じて、自分たちにある程度の信頼をもってもらう。例えば、少なくともジャーナリスティックな関心とは違う態度で質問しようとしている、というこちらの姿勢が伝わったり、何をしゃべってもこの人たちは聞いてくれるらしい、と信じてもらう。そのことで多少なりともリラックスした空気が流れたりするようになっていく。

そうした関係のなかでこそ新たに聞けることも、話せることもある。つまり発見があり、それがさらに会話を発展させる。カメラの前にいる人たちの魅力それだけで、映画を支える力になる。『東北記録映画三部作』は非常に簡素なフレーミングで撮ってつなげた映画ですが、築いた人間関係のうえで映される世界や人が充実しているのならば十分に、ずっと眺めていたい映像になるという確信を抱きました。

──俳優が感情や抑揚を排してせりふを繰り返し口にする「本読み」を、濱口さんが撮影前に出演者と時間をかけて実践していることにもつながっていると感じます。フラットな状態をつくったうえで、撮影現場では俳優の感情やニュアンスが自然に立ち上がる、というわけですね。

東北で体験したことは、きっと役者の皆さんにとっても同様なのではないか、と思うようになりました。自分が尊重されていると感じられる場において、どうやら本当に自分というものを表現してもよさそうだと感じる。そういう感覚を役者が抱くことができたとき、脚本に書いてある怒りや悲しみを記号的に表現するのとは違って、表現の瞬間にその人の人生や人格というものが流れ込んでくるようになる。カメラを通じてそうした被写体の方たちの姿を見て、声を聞くと、言葉では表現しがたい魅力が宿っていることがあります。

どうやってリラックスし、集中できる場をつくるかという話は、先ほどの労働環境というテーマにもつながります。例えば、俳優を尊重すること自体は、システム上はそれほど難しくないかもしれない。ただ、いくら自分が大事にされていても、仮に怒鳴られている若いスタッフが目に入ったならば──つまり、自分たち俳優に対して向けられる態度と、ほかのひとたちに対する態度が大きく異なる状況を目の当たりにしたならば──自分はヒエラルキーによって保護されているだけだと理解する。そのとき、この撮影現場が本当に感情的なものを尊重してくれている、と信頼することは難しくなってきますよね。

──場への信頼は、自分だけがケアされているだけでは築かれず、他の人も含めてケアされていないと成り立たない、と。

少なくとも、深いレベルで信頼関係が生じることは難しいでしょう。単純に自分の演出のために、リラックスしたり、集中できる場をどうつくるか。その試行錯誤のなかで、専門外であるケアの領域に似た問題を感じて、自然と興味を伸ばしていったわけなんです。

濱口竜介(映画監督):失敗を重ねた先には、深い快楽が待っている

えも言われぬ快楽

──そこまでの模索を濱口さんに繰り返させる“映画の魅力”とは、いったい何なのでしょうか。

シンプルに、えも言われぬ快楽があるってことですね。特に映画館でスクリーンを見つめているとき、数十人、数百人という人たちが数カ月にわたってつくったものを、2時間で体験するってことをしているわけです。当然ながら、日常生活ではおよそ体験しないような何かが自分の中に流れ込んでくる。「何だこれは」というもの。それは強烈な快楽なわけですけど、その快楽がいったいどうやって生じるのか、わからなくて、追いかけたくなるのだと思います。

自らつくり出そうとするときにはここまで述べてきたようなさまざまな困難があるんですけど、それもまた快楽の源という気はします。困難を切り抜けていく過程において、自分自身の感覚や身体が組み変わっていくような深い快楽が生じる。観客としても、つくり手としても、基本的にはこうした快楽を求めて映画と向き合っています。

──特に劇映画は多人数での集団制作になりますが、濱口さんにとってどんな意義があるのでしょうか。

多人数でつくるっていうのは、単純に大変なわけですよ。皆それぞれに技術を持ち寄ってつくるわけですが、それぞれがプライドや独自のプロセスをもっていて、葛藤を生じることも大いにあります。でも、多人数の制作の意義とは、自分がコントロールできないものがどんどん積み重なっていく、その点でしょうね。

そこには、いろいろな人の人生そのものが持ち寄られるようなところがあるわけです。できることなら、そこで皆が、自分自身を表現できたらいい。さっき言ったみたいに、人生の時間が流れ込んでくるとき、そこには記号的ではないような表現が生じます。そういうときは、各人が単に役割を果たす以上に、自発的に動き出しているような感覚があります。

とはいえ、皆が自発的になると、物事がバラバラに動き出して、崩壊してしまう危険性もある。そこにはトレードオフの関係があります。そうした“コントロールのできなさ”は、耐えるしかない。自分の場合は、役者というものをひとつの中心として、そういうことが起きやすいスペースをつくっていくということをしています。非常に難しいことですが、役者の感情という明確な旗印があると、多くの人々が自発的なままにあるひとつの方向性に揃う瞬間があります。このとき、画面を貫いてくる力の奔流のようなものが生まれることがある。それはさっき言ってた快楽ともつながっているでしょうね。

もちろん個人や少人数でも撮ることはできますが、機械を扱う映画というメディアの歴史は、それぞれの技術に熟練したスタッフたちの集団作業として始まったわけです。これは映画の本質であり伝統であって、例えば相米慎二はこうした根本的な映画の力を信じていたと思います。大人数で撮るからこそ何かが起きるのだ、と。

ただ、このストレスがひとりの人間に集中するような状況は、確実に命を削ります。わたしにとっては、よりコミュニケーションしやすい少人数の制作というのも、映画づくりの喜びと人生の喜びが重なる、とても大事なものであるとも言っておきたいと思います。

──集団制作の難しさについて引き続きお聞きします。濱口さんの『ドライブ・マイ・カー』(2021年)で作曲を担当し、『悪は存在しない』(2023年)で共作されたミュージシャンの石橋英子さんとの往復書簡(『新潮』2026年8月号)では、『急に具合が悪くなる』の現場では前もってカットが割れなくなった、と書いておられました。撮影を始める直前に即興的に割るしかなくなったとのことですが、これはなぜだったのでしょうか。

東北のドキュメンタリーにもつながる話ですが、場というものはカメラに先行して存在しているわけです。フレデリック・ワイズマンのドキュメンタリーが、例としてわかりやすいでしょう。彼は学校、病院、裁判所、動物園、図書館や市役所、ボクシング・ジムまで、さまざまな場所や施設、組織を撮った。これらの場に足を運べば、日常的な活動のルーティンが先に存在します。

今回の『急に具合が悪くなる』では、まず介護施設という場をできるだけ立ち上げてみよう、と考えました。取材も重ねつつ、現実に近いような時間の流れをフィクションとして立ち上げる、そこにカメラを置くという発想です。

──やはり、場はカメラに先だって現れる、というわけですね。

もちろん、カットを割れないといってもある程度は構想できます。とはいえ、決めきってしまうと望んでいるような時間の流れは生じなくなる。決められない、というより決めるのを本当にその瞬間まで待たなくてはならない、という感覚ですかね。

現場では「そろそろここで何かが起こりそうだから、ここにカメラを構えていよう」と即興的に準備する。何かが起きたら、その感覚が現場から消えないうちにすぐに反対側からも撮る。限られた時間と空間において、そうした動きを順次やっていくわけです。

濱口竜介|RYUSUKE HAMAGUCHI

Photograph: Ren Gomi

心震える一瞬を求めて

──ドキュメンタリーとフィクションがそのように接続するとは驚きです。そうした試行錯誤の先例、先人の実践的な歴史を、濱口さんはどう引き継ごうとされていますか。例えば、巨匠ビクトル・エリセの劇映画『ミツバチのささやき』に関するレクチャー(『群像』2024年10月号)では、主人公の少女役の俳優が映画『フランケンシュタイン』を本当に生まれて初めて見たときの反応、その感情の高まりをドキュメンタルにどう捉えたのかを論じていました。

何かを引き継ごうというよりは、20代のモチベーションのまま、あわよくば真似したい、というそれだけです。あれほどにいい映画、いい場面というものを撮ってみたい、ではどうすればいいんだろう、ということを繰り返しているだけです。

自分も映画を撮ってきてようやく実感したのは、「先人も苦労していたんだな」ということです(笑)。例えば小津安二郎が撮影日数からすると1日1〜2分しかOKテイクを撮っていないはずだ、と。いったいどうしてと思って見ていると、あるショットが成立するのにこれは時間がかかるだろうという撮り方をしている。人物の振り付けが異常に細かいわけです。そして、それは後期に行くほど、その精度が上がってくる。つまりは試行錯誤がある。

小津でもエリセでも、巨匠は最初から存在したわけではありません。フィルモグラフィ全体を見れば、試行錯誤から得た手がかりをもとに次作を撮っていっていることがわかる。わたしはそうした映画を何度も再見することで、「なるほどな、そんなうまくいくわけがないことをしているんだな」と勇気づけられます。

失敗しながら撮らなければならない。では、失敗する余裕をどうつくるのか。失敗が許されない現場の空気は、ハラスメントの温床にもなります。誰もが失敗できる環境を、予算の規模にかかわらずどう確保するのかが重要です。

──先ほどの現場全体のケアの話にもつながりますね。実際のところ、どうされているのでしょうか。

予算は自分の自由になるものではありません。ですから、常に「予算に対して企画そのものをちょっと小さめにしておく」しかない。一方で、じゃあ予算いらないですよね、とならないように、あの手この手で交渉したりしていく、ということも大事です。

ありがたいことに、『急に具合が悪くなる』はこれまでで最も予算をかけていただいている作品ではあります。それでも出来事の大半は介護施設で起きるようにしてあります。このことでシーンごとに撤収して人や機材を移動させる必要ができる限りないようにしている。「小さめに」というのは、例えばそういうことです。

ただ、空間そのものは限定されていても、そこに世界を立ち上げることはできるわけです。その見極めをしたうえで脚本を書き、失敗しながらどう撮っていけるかという環境を整えているわけなんです。

──なるほど。しかし先ほどの小津安二郎の“振り付け”と、濱口さんが目指す“偶然”は、一見すると正反対にも感じられます。

実のところ、そんなに変わらないと思います。小津の映像のようにあまりに人々の動きがピタリと揃っていて整っているような状況を、もし現実で見たら「こんな偶然もあるものだな」と思って眺めるものでしょう。セットで小津がしているのは、いわばそうした「偶然の再構築」です。ただ、人はいくら細かに決めたって、究極的には小津が望むように動いてくれるわけではないので、うまくいく瞬間っていうのは、結局は何らかの偶然が介在している。

わたしが求めているのも、そういう偶然のような気がします。みんなが自発的に動いている状況から、何かが連なったような瞬間を捉えること。人と人、場合によっては人とモノとの間で、カメラが捉えるひと連なりの偶然。「こんなものを見るなんて」と心震える一瞬は、何度も何度も失敗しながら取り組まなければ生じない。偶然を待たなきゃいけないんです。

濱口竜介(映画監督):失敗を重ねた先には、深い快楽が待っている

Photograph: Ren Gomi

──「WIRED Innovation Awards」はイノベーションにまつわるアワードです。イノベーションと聞いて、濱口さんはどのようなものをイメージされますか。

人生でイノベーションについて考えたことはほとんどないのですが、イノベーションを起こそうと思って起こしている人は、実はほとんどいないのではないでしょうか。いろんな技術の成果が合流した結果としてイノベート「されちゃった」世界を皆が生きている。そういう意味でそれはやはり、コントロールできないものです。

最近ではAI(人工知能)ですよね。もしかしたら開発者自身も、管理しきれないという点において「されちゃった」感覚を抱いているのではないか、とも感じます。生成AIは、あと数年で、少なくとも一般の観客の目には、人がつくる映画とほとんど見分けがつかない映像をつくるようになるでしょう。これは間違いない。そのとき、映画がどうなるかなんてことは、基本的にわかりません。

ただ、このうえフィジカルAIとかが出てくると、人間はおそらく地球上の唯一の知的存在であったというアイデンティティを失うわけです。そうなると、知的生命体としてのアイデンティティを失った、単なる「生命体」としての人間の特性として、おそらく相対的な「不器用さ」「愚かさ」「遅さ」といったものが強調されるようになる。

芸術の歴史を振り返ると、あるジャンルのアイデンティティを揺るがされるとき、芸術は、そのメディア特性は何かと探索する活動へと発展していきます。写真の誕生が、絵画を具象から抽象へと移行させたり、映画の誕生が演劇の、よりナマなパフォーマンス性を強調させたように。われわれの存在もAIによって“再照射”されることになるでしょう。

映画にできることは相変わらず、そうなった後の人間にカメラを向けてせいぜい記録することだろうと思います。「不器用さ」「愚かさ」「遅さ」という特性をより強調するような作業になるでしょう。それがおそらく「生命体」としての人類を捉えることにもなる。それがイノベーションになるかはわからない。むしろ、それってずっと映画がやってきたことではないか、という気もする。それでも、何がイノベーションになるかわからない以上、自分が価値があると思う活動に拘泥すること以外に、それを待ち受ける方法はないようにも思います。

──アワードでは「この革新は、未来のシアワセのために」をタグラインに掲げています。そこでお聞きしたいのですが、ご自身と社会の「シアワセ」について、どのように考えていらっしゃいますか。

幸福については、わたしなんぞには何もわからないというのが大前提ですが、しかし社会全体の幸せがどれほど設計・構想されるべきものかという問題はあると思います。幸せになるのは簡単なことじゃないですから、自分以外の誰かが自分の幸福をコントロールできてしまう状況はまずい。ですから、自分がつくる映画で誰かを幸せにするといったことは、あまり考えません。

わたしにとって、幸せとは「深い快楽」のことです。ただ、それは世界と接したときに、自分の身体に眠っている感覚が呼び起こされたり、組み合わさったりして起こるものです。それが生じるには、相応の時間がかかります。問題は、その深い快楽が生じるための時間や、注意力や集中力を、現代の社会がズタズタにしていることです。これは理性で抗える範囲を超えてきている。ある意味では社会設計が、かなり積極的に幸せを奪うようにできている。

であれば、快楽を先に知った人間ができることは、いまの社会状況に抗ってそうした快楽が起こりやすい状況を整えていくことでしょう。ただ、「ここに深い快楽があるよ」と指し示したって、短期的な快楽に夢中な人は容易に動きませんから、すべきことは、どちらかといえば“罠を仕掛ける”ことに近いかもしれません。

娯楽映画だと思って映画館に足を運んだら、まったくそれまでとは異なる映画を体験してしまった──。それが映画ファンとしての自分に起きてきたことなんですが、そんなことが起きてしまう状況を、わたしもできるだけ仕掛けていければと思っています。

濱口竜介|RYUSUKE HAMAGUCHI

濱口竜介|RYUSUKE HAMAGUCHI
映画監督。1978年神奈川県生まれ。東京大学文学部卒業後、東京藝術大学大学院映像研究科修了。2021年、『偶然と想像』でベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員グランプリ)、『ドライブ・マイ・カー』でカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞。22年、同作でアカデミー賞国際長編映画賞を受賞。23年、『悪は存在しない』でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞(審査員グランプリ)を受賞。26年、『急に具合が悪くなる』の主演ふたりがカンヌ国際映画祭最優秀女優賞を共同受賞。著書に『他なる映画と』(インスクリプト、2024年)など。


Photograph: Ren Gomi

(Edited by Daisuke Takimoto)


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シェリル・クロウ、曲が書けなくなるスランプ状態に陥っていた時 ボブ・ディランにアドバイスを求めたことを回想 - amass

シェリル・クロウ、曲が書けなくなるスランプ状態に陥っていた時 ボブ・ディランにアドバイスを求めたことを回想

シェリル・クロウ、曲が書けなくなるスランプ状態に陥っていた時 ボブ・ディランにアドバイスを求めたことを回想

Sheryl Crow
シェリル・クロウ(Sheryl Crow)は1990年代後半、曲が書けなくなるスランプ状態、いわゆる「ライターズ・ブロック」に陥っていた時、ボブ・ディラン(Bob Dylan)にアドバイスを求めました。クロウは、米国の公共ラジオ局NPRの番組『Fresh Air』の新しいインタビューの中で、当時を振り返っています。

「たしか90年代後半だったと思うんだけど、何も書き終えることができない、本当に苦しい時期があった。素晴らしいアイデアは次々と浮かぶのに、どうしてもそれを完成させることができなかった。ボブが長い間、ライターズ・ブロックに陥っていたという話を読んだことがあってね。彼から“何か困ったことがあったり、何かについて私の意見を聞きたかったりしたら、いつでも電話してくれ”と言われていたから、ボブに電話しました。

“ねえ、今、曲が書けなくて困ってるの。あなたも以前、そういうスランプがあったって聞いたんだけど”と言うと彼は“いや、一度もないよ”と言ったんです。それから“最後に曲を完成させてから、どれくらい経つ?”と聞かれたから、“もう8カ月くらい、ずっと苦しんでる気がする”と答えた。すると“うわ、それはひどいな”と。

で、彼はこうアドバイスしてくれた。“バンドを集めて、昔のマディ・ウォーターズの曲をやってみろ。しばらくそれでジャムって、それからその上に自分の歌詞を書き始めるんだ。そうすれば、気づいたときには曲ができてる”。

人生を振り返ると、そういうちょっとした出来事が、その後の人生に訪れた大きな転機を本当に形作ってくれたんだと思う。例えば、バンドを集めて何かをジャムして、そこから自分の道を見つけ出していく、そういうのもその一つ。だからボブは、私の人生における大きな節目の多くに、重要な影響を与えてくれた人なのよ」

[source] https://www.npr.org