【村上龍さんを悼む】屹立し、先を照らす表現者…金原ひとみ
どこにもいたくないし、どんな場所も、どんな人も私を受け入れない。幼い頃からなぜかその確信だけ強くあった。すでにあらゆることを諦めていた小学五年生の頃、父の仕事の関係で一年住むことになったサンフランシスコで、父が与えてくれた本の山の中に、村上龍さんの『69 sixty nine』があった。それが龍さん、ひいては小説との出会いだった。
特に中学生の頃、『コインロッカー・ベイビーズ』を読んだ時の衝撃は、私を強力に小説の道に推し進めた。読みながら、初めて世界にしっくりきた。物語の激流の中で目まぐるしい感情と展開に飲み込まれ、自分を、足元を見失いそうになりながらも、おどろおどろしくうねる世界、登場人物たちの秩序、価値観に陶酔した。ここにいるべきだと感じた。そんなふうに、現実で息ができない人が息ができる場所を創造できる小説家に憧れた。
芥川賞の候補になった時、選考委員だった龍さんが『蛇にピアス』を一番に推してくれたと聞いた時の、血の気が引くような感覚は、感情というよりも激しい玉突き事故に遭ったような鳴動に近いものだった。
その後、解説を書いてもらったり、書かせてもらったり、私が責任編集した文芸誌に短編を寄稿してもらったりという
でも同時に思う。私は作家である前に龍さんの読者だった。自分は誰よりもあなたの作り出す世界で生きるべき人間だと信じる読者であり、あなたの世界に潜り込むことで戦火を逃れてきた読者であり、あなたの世界で初めて安眠できた読者であり、あなたの世界がなければ戦えない戦が、越せない夜があった読者であった。話したかったよりも、読みたかった。あらゆる世俗を調理してきたあなたが七十を前にして『MISSING 失われているもの』で己自身の
【村上龍さんを悼む】屹立し、先を照らす表現者…金原ひとみ
どこにもいたくないし、どんな場所も、どんな人も私を受け入れない。幼い頃からなぜかその確信だけ強くあった。すでにあらゆることを諦めていた小学五年生の頃、父の仕事の関係で一年住むことになったサンフランシスコで、父が与えてくれた本の山の中に、村上龍さんの『69 sixty nine』があった。それが龍さん、ひいては小説との出会いだった。
特に中学生の頃、『コインロッカー・ベイビーズ』を読んだ時の衝撃は、私を強力に小説の道に推し進めた。読みながら、初めて世界にしっくりきた。物語の激流の中で目まぐるしい感情と展開に飲み込まれ、自分を、足元を見失いそうになりながらも、おどろおどろしくうねる世界、登場人物たちの秩序、価値観に陶酔した。ここにいるべきだと感じた。そんなふうに、現実で息ができない人が息ができる場所を創造できる小説家に憧れた。
芥川賞の候補になった時、選考委員だった龍さんが『蛇にピアス』を一番に推してくれたと聞いた時の、血の気が引くような感覚は、感情というよりも激しい玉突き事故に遭ったような鳴動に近いものだった。
その後、解説を書いてもらったり、書かせてもらったり、私が責任編集した文芸誌に短編を寄稿してもらったりという
でも同時に思う。私は作家である前に龍さんの読者だった。自分は誰よりもあなたの作り出す世界で生きるべき人間だと信じる読者であり、あなたの世界に潜り込むことで戦火を逃れてきた読者であり、あなたの世界で初めて安眠できた読者であり、あなたの世界がなければ戦えない戦が、越せない夜があった読者であった。話したかったよりも、読みたかった。あらゆる世俗を調理してきたあなたが七十を前にして『MISSING 失われているもの』で己自身の



