素晴らしい映画と素晴らしい企画、ありがとうございました。
……質問は出来なかったがサインはいただきました。
用意していた質問は、
ヴィンランドサガの幸村誠氏がTwitterXでおおかみこどもを批判してもっと過酷な現実を描くべきだと書いたのを読んでそれへの応答としてもっと過酷な地獄を描いたのではないか?というもの。
https://x.com/makotoyukimura/status/227802527243051009?s=61
おおかみこども感想6。であれば、現実という毒は加減すべきではなく、致死量寸前まで盛り込むべきだ、とワタクシ思いました。でないと可愛らしいキャラなどの「ケーキ」部分の意味も薄らぐのでは、と。細田監督は優しい。キャラクターを、観客を大切にする方なのでしょう。つい手加減するほどに。
2012/07/25
(to be or not to beを二人の人間に振り分け変奏するのはハムレット読解として正しいし画期的だが論理的排中律は芸術のすべてではない。タルコフスキー も黒澤明も論理が世界を救うと考えていない)
黒澤明の晩年は美が世界を救うと考えていたと思うがそこが似ていると思うがどうか?
ソルジャーブルー、バスターのバラードなどネイティブ・アメリカンへの参照があるがかいつまんで言えばアメリカ批判があるのではないか?
スカーレットが目を覚ます時太陽の紋章を見ていいる、
王冠がメノラーの形という都市伝説のある新羅の王冠を使っている
デンマークもダン族の末裔が作ったという都市伝説がある
人民は太陽の方向へ向かう
これらは日ユ同祖論と関係するが意識していたか?
話題になった主観と客観について言えば、死者の国を写した最初のカットが透明な階段を上がるシーンでスカーレットの見た目として再度使われていた。初見では分からず気づいた時に驚愕した。主観と客観とは明確に区別できず、入れ替わり得るということか?
比較対象としての『急に具合が悪くなる』
濱口監督は演劇を脱ロマン化しており、中庭に留まる
スカーレットは中庭を逸脱する過激な面白さがある
以下引用:
https://x.com/gagaga21480621/status/2116550219630563430?a=gSrHN2ZfF7-zO7h1lg0&s=46
(中略)将来のたった1人の受け手のために作家は作品を作るのです。それこそが普遍性を獲得する道だからです。」
https://x.com/tokumegatajyoki/status/2116496078350827821?s=61
早大の細田守トーク、「親戚のおじさんで許せない人がいて、その人の圧政によって細田一族が苦しめられてきた」みたいな話を力強くしていたのが面白かった。サマーウォーズもスカーレットもそんな個人的な体験が元になってるのかも(これは明言してないが)っていう
https://x.com/bitingangle/status/2116451234337182182?s=61
果てしなきスカーレットのタイトルが
果しなき流れの果にが由来だというのは
知らなかった
これは高橋望プロデューサーが古いSFからタイトルを持ってこようと提案したもの
小松左京くらい巨大なスケールの物語をイメージして細田監督も同意したとのこと
https://x.com/bitingangle/status/2116448962974781706?s=61
「サクソ・グラマティカスはノースマンという映画になってる」という話を細田守監督から直に聞けるとは思わなかった
参考:
https://youtu.be/PjxW5vSHAFk?si=d_hkb2gO1ziYML0W
『ノースマン 導かれし復讐者』(ノースマン みちびかれしふくしゅうしゃ、The Northman)は、2022年のアメリカ合衆国の叙事詩的歴史アクションスリラー映画。監督はロバート・エガースが務め、脚本はエガースとショーンが共同で手掛けた。主要キャストとしてアレクサンダー・スカルスガルド、ニコール・キッドマン、クレス・バング、
アニャ・テイラー=ジョイ、イーサン・ホーク、ビョーク、ウィレム・デフォーが出演している。アムレートの伝説をモチーフにしており、ヴァイキングの王子アムレートが父を殺した叔父に復讐する物語で、作風は北欧神話からも影響を受けている[8]。2020年8月から12月にかけて北アイルランド・アイルランド・アイスランドで撮影が行われた。
https://x.com/bitingangle/status/2116544995268366388?s=61
果てしなきスカーレットを語ろう、堀内先生が寓話における寓意を作者が仕掛ける例にベルイマンの第七の封印、タルコフスキーのストーカーを挙げたのは神の不在という視点で面白かった。
スカーレットでも神の名の元に民衆を扇動する為政者が登場するけど、作中にはそんな都合の良い神は登場しない。
客席から作中で為政者が神を語るのに対し直接的な表象としてフラや竜のように原初的なものを選んだのは既存の宗教色を避けるためかとの質問に対し、細田監督からは竜が鳥に見える描写も含めて見た人の捉え方次第との回答があった。
宗教対立が戦争にもなる世界ではこういう解釈のほうが好ましく思う。
https://x.com/gagaga21480621/status/2116458732473512420?s=61
『果てしなきスカーレット』の「果てしなき」は、『果しなき流れの果に』から(高橋プロデューサー)。
https://x.com/kure2_tacorice/status/2116459016348143764?a=jcBgqVejjOSQsig4lkg&s=46
能の井筒が参考になっている部分もあって、本編に井戸も出てくるし、井筒の僧的なイメージで聖を僧のような髪型や立ち位置にしたのかも…という話など興味深かった。
細田監督の話もシェークスピアに留まらずたくさんの文献、世界史、宗教、社会情勢にまで広がっていて博学すぎて尊敬しかなかった。
王の没落/イェンセン, 長島 要一|岩波文庫 - 岩波書店
https://www.iwanami.co.jp/book/b570588.html
細田守氏が言っていた岩波文庫のデンマーク中世ものはこれだろう。





