2026年6月18日木曜日

films7さんによるXでのポスト ノーラン論

ティンパニで朝食を 「燃える秋」武満徹

ティンパニで朝食を 「燃える秋」武満徹

映画「燃える秋」は、当時の三越の岡田茂社長の企画によって、三越から10億円の資金を出して制作されました。
当時の映画界にとっても巨額の制作費に、原作:五木寛之、監督:小林正樹ら一流の人たちが集められました。音楽を担当した武満徹さんもその一人です。

しかし、岡田社長は三越の専属配送業者だった大和運輸(現ヤマトホールディングス)に映画の前売券の購入を強要したことから、大和運輸は三越と絶縁。
ほかにも岡田社長の公私混同・会社の私物化が問題となり、社長解任に発展します(=三越事件)。

この事件を機に、この映画も公開直後に「三越の恥」としてお蔵入りし、その後ソフト化もされていないため、幻の映画となってしまいました。

http://resolutely.blog6.fc2.com/blog-entry-1104.html

「燃える秋」武満徹



今の季節に聴きたい一曲。
「燃える秋」…同じ題名の映画(1979年)のために武満徹さんが作曲された曲です。


https://youtu.be/Ge0RhutCNqg

1曲目の「出会いと亜紀のテーマ」がメインテーマ。
劇中の音楽には、いかにも現代音楽の巨匠・武満徹さんらしい曲もありますが、メインテーマは哀愁を帯びたなじみやすく美しい旋律です。

ハイファイセットの歌でとくに有名になりました。
私がまだ学生の頃ですから、今からもう35年ほど前、懐かしいですね。

ハイファイセット「燃える秋」

https://youtu.be/a-y9K3f5AOA

武満徹さんのオリジナルと、ハイファイセットの歌う「燃える秋」では、メロディラインに若干の違いはありますが…

燃える秋20161011
♪ハイファイセットの歌バージョンで記譜(耳コピ)し、コードと歌詞を書き込みました。



◆映画「燃える秋」 制作の経緯と三越事件

映画「燃える秋」は、当時の三越の岡田茂社長の企画によって、三越から10億円の資金を出して制作されました。
当時の映画界にとっても巨額の制作費に、原作:五木寛之、監督:小林正樹ら一流の人たちが集められました。音楽を担当した武満徹さんもその一人です。

しかし、岡田社長は三越の専属配送業者だった大和運輸(現ヤマトホールディングス)に映画の前売券の購入を強要したことから、大和運輸は三越と絶縁。
ほかにも岡田社長の公私混同・会社の私物化が問題となり、社長解任に発展します(=三越事件)。

この事件を機に、この映画も公開直後に「三越の恥」としてお蔵入りし、その後ソフト化もされていないため、幻の映画となってしまいました。


大ヒットした音楽「燃える秋」

映画公開の前年1978年に「熱帯夜/燃える秋 Gloing Autumn」としてシングルレコードが発売されました。ハイファイセットの女性ボーカル(山本潤子さん)の澄んだ声がとてもこの歌に合っていたと思います。

武満夫人によると生前の武満作品の中でもっともレコードの売り上げが伸びて印税収入が多かったそうです。
この作品によって第2回日本アカデミー賞・最優秀音楽賞を受賞することになりますが、武満氏としては色々と思うところがあったらしく、授賞式でその思いの丈をぶちまけようとするのを司会の宝田明さんに止められたというエピソードもあるそうです。

おそらく、私の想像ですが…

「ノヴェンバー・ステップス」(=1967年に作曲された武満徹の代表作のひとつで、琵琶や尺八など日本の楽器とオーケストラをコラボさせた作品として世界でも高く評価された)など、本来の作曲家としての自身の作品と比べ、これはあくまで映画のための「ビジネス」として書いたもの。

原作の五木寛之さんから「歌詞には英語を入れた方が売れる」と言われるなど、本来の自分の作品としてというより商業ベースの色が濃いものだったのでしょう。
それが大ヒットして受賞…これを後世まで「武満の代表作」のように言われることに、なんとも複雑な思いがあったのかもしれません。

武満氏の作品として、やはり映画音楽として書かれた「怪談」「黒髪」「雪女」の3部作があります。
なんともおどろおどろしくて、これこそ「武満徹の世界!」という感じの曲。なので、「燃える秋」が武満徹さんの作品だと知ったとき(←わりと最近です)、正直ちょっと驚きました。


その時代に愛される音楽

音楽や映画に求められる優れた芸術性と、「売れる」ためのビジネスとのギャップ。

そして「企業メセナ」という言葉で言われますが、企業が文化・芸術に「出資」するとはどういうことなのか…?

このエピソードから、いろいろなことを考えさせられます。

過去の大作曲家たちも、自分の作品が必ずしもその時代の人々に理解され愛されたとは限りません。生活のために大衆受けする曲を書いた作曲家もいました。
その時代の大衆に受け入れられる作品と、本来自分が書きたい作品、何百年も後になってその高い芸術性が評価されることも…

ただ私は、必ずしも何百年のちになってから評価されるものだけが本当に優れた作品で、その時代の大衆に愛されるものが低俗だとは思いません。

その時代の人々の共感を呼び、愛され、親しまれてこそ優れた音楽なのではないでしょうか?
とすると、「高い芸術性」ってなんなんでしょうか…?


喩えですが、ケーキづくりの職人が、自身の腕を磨いてこだわりの作品を作ったら、一般のお店では売れないような高い値段がついてしまうでしょう。それじゃ売れませんね。
生活のため、仕事のためには、1個4~500円のケーキを毎日ある程度の数作らなくてはいけない。

でも、はじめから「売るためのもの」をただ機械的に作ってもだめでしょう。
「あそこのケーキはおいしい」と口コミで人が人を呼ぶには、その職人なりのこだわりと技術が必要です。

「高い芸術性」って、必ずしも何百年も後にならないと評価されないものではなく、その時代に愛されるためにも、それなりに求められるものではないか、と。



あらためて何度となく聴き返してみて、なぜこうも切なさがこみ上げてくるメロディなんだろう…と。
メロディラインを見ていて、ひとつ気づいたことが!

上昇する音形のところに、5度の飛躍が何度となく出てくることです。

「燃える秋」冒頭5度上昇

2度(隣の音)、3度、4度…8度(オクターブ)、上昇にもいろいろありますが…
ラーミ、レーラ、ファ―ド、ミーシ♭…最後の「ミーシ♭」だけは減5度ですが、ほかはすべて完全5度です。
完全5度の関係は、音の周波数の比率が2:3、とても調和した特別な関係なんですね。

これをもし…

燃える秋冒頭(5度上昇がなかったら…)20161012

5度の上昇を使わなくても、同じコード進行でメロディを作れなくはありませんが、やはり平板な感じになってしまって、こみ上げてくる感情は弱いように思います。

2026年6月16日火曜日

La javanaise Serge Gainsbourg|フランス音楽好き

La javanaise Serge Gainsbourg|フランス音楽好き

La javanaise Serge Gainsbourg

Serge Gainsbourgの「La javanaise」は1963年にリリースされました。直訳するのが困難な、ゲンズブールお得意の言葉遊びが使われたタイトルです。翻訳は私的感情が入り、翻訳の一人称をあえて女性である「私」にしましたが、不自然ではないはずです。その理由も含めて解説してみましょう。

J'avoue, j'en ai bavé, pas vous, mon amour
Avant d'avoir eu vent de vous, mon amour
Ne vous déplaise
En dansant la javanaise
Nous nous aimions
Le temps d'une chanson

正直に言うわ、私はずいぶん苦労したの
あなたは違ったでしょう、愛しい人

あなたのことを知る前はね

お気に召さなくてもいいけれど
ジャヴァネーズを踊りながら
私たちは愛し合っていた
たった一曲のあいだだけ

À votre avis, qu'avons-nous vu de l'amour?
De vous à moi, vous m'avez eu, mon amour
Ne vous déplaise
En dansant la javanaise
Nous nous aimions
Le temps d'une chanson

どう思う?私たちは愛の何を知っていたのかしら
あなたから私へ――私はあなたに夢中になってしまったの

お気に召さなくてもいいけれど
ジャヴァネーズを踊りながら
私たちは愛し合っていた
たった一曲のあいだだけ

Hélas, avril, en vain, me voue à l'amour
J'avais envie de voir en vous cet amour
Ne vous déplaise
En dansant la javanaise
Nous nous aimions
Le temps d'une chanson

ああ、4月はむなしく私を恋へと向かわせる
あなたの中に、その愛を見たかったのに

お気に召さなくてもいいけれど
ジャヴァネーズを踊りながら
私たちは愛し合っていた
たった一曲のあいだだけ

La vie ne vaut d'être vécue sans amour
Mais c'est vous qui l'avez voulu, mon amour
Ne vous déplaise
En dansant la javanaise
Nous nous aimions
Le temps d'une chanson

人生は、愛なしでは生きる価値がない
でもそれを望んだのは、あなたなのよ

お気に召さなくてもいいけれど
ジャヴァネーズを踊りながら
私たちは愛し合っていた
たった一曲のあいだだけ

ではまずはタイトルの件から。
結論から言いますが、色々調べましたがなかなか的確な説明が付きませんでした。まず一つ目は、表面的な意味として、ダンスの名前である「ジャヴァネーズ」。フランスでは、ワルツのようなリズムのダンスを指すことがあります。実際、この曲もゆったりとした三拍子で、踊るような雰囲気があります。しかし、このタイトルの本質はもう少し深いところにあります。「ジャヴァネーズ」とは、フランス語の単語に特定の音(“av”など)を挟んで崩す遊び言葉のことです。つまりこのタイトルは「言葉を遊びながら話すこと」を意味しています。しかし重要なのは、ここではないかと思いました。この曲の歌詞自体が、音の響きやリズムをとても重要とした言葉遊びで構成されている点です。無理やりとはなりますが、まとめると「La javanaise」にはダンス(軽やかさ・優雅さ)と言葉遊び(遊び心・曖昧さ)の二つの意味が重なっていると言えます。

では本題に入って、曲の解説にいってみましょう。繰り返されるフレーズ、「Nous nous aimions le temps d’une chanson(僕たちは一曲のあいだだけ愛し合っていた)」。早くも核心に触れます。“愛は永遠ではなくとても短いもので、音楽のように一瞬で過ぎ去るもの”として描かれています。さらに印象的なのがこの部分です。「La vie ne vaut d’être vécue sans amour(愛がなければ人生に価値はない)」。一見ロマンチックですが、直後に「Mais c’est vous qui l’avez voulu(でもそれを望んだのはあなた)」と続くことで、愛の美しさと同時に、別につながるすれ違いがにじみ出てきます。

この曲の魅力は、単なる恋愛の描写にとどまりません。軽やかなワルツ調のメロディと遊び心のある言葉、しかし内容は切なく皮肉的である点。このギャップがとてもフランス的です。表面的には優雅で軽やかですが、よく味わうと、短い恋の儚さと愛の不確かさが静かに伝わってくる、とても奥深い作品です。

最後に、この曲の翻訳の一人称を女性にしてもおかしくない理由は、60年代から現代の歌手まで、女性の歌手がカバーしているからです。女性歌手については、以下のように説明を加えたいと思います。
まず特に有名なのは、Juliette Grécoです。彼女がこの曲を初めてカバーしたことで知られていて、落ち着いた大人の雰囲気がとても印象的です。そのほかにも、多くのアーティストがカバーしています。ゲンズブールには一番近い存在であったJane Birkinは、やわらかく繊細な歌い方で、より親密な雰囲気があります。Madeleine Peyrouxは、ジャズ寄りのしっとりとしたアレンジで、歌い上げています。

"La Javanaise" Brigitte Bardot・Serge Gainsbourg 和訳|市川紀紗https://youtu.be/TT6jibchW70?si=sf_GtwhfQFDijaMQ

IVCさんによるXでのポストhttps://x.com/IVC_Tokyo/status/2066838196374405500/video/1?s=61

スタジオ地図

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https://www.instagram.com/reel/DTmYjR6j0Dw/?igsh=bjZmaDZic2V1Z3lm




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 『 #果てしなきスカーレット 』   

 プロダクションノート      

<動画編> 

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宴シーンのスカーレットの花ドレスは、当初CGとのハイブリッド作画のプランもあったのですが、全て作画で描くことに。 

花は原画でも大変ですが、動画さんの頑張りの賜物。似たような花が並んでいるなかで、違う花に中割しないように、形が崩れないように、追いかけていく必要があります。 実線が黒色ではなく赤・青・緑などのカラフルな箇所は、塗りの時に黒い線にしないようにするためのもので、動画の段階で色ペンで描かれます。撮影上がりと見比べてみてください!

ボブ・ディランが80代であることの最高と最悪の側面について考察 – Sunny 107.9

ボブ・ディランが80代であることの最高と最悪の側面について考察 – Sunny 107.9
“You’re an old king from some vanished country. You're harder to program. You're not rushing to become anything and you're not haunted by things that you did. You're haunted by how little of it really mattered in the way you thought it would.”
https://www.sunny1079.com/bob-dylan-reflects-on-the-best-and-worst-parts-about-being-in-your-80s/

ボブ・ディランは、80代であることの長所と最悪の点について振り返ります

ゲッティ・ボブ・ディラン

ボブ・ディランは、2019年7月12日にイングランド・ロンドンのハイド・パークで、ニール・ヤングと共にダブル・ビルの一環としてパフォーマンスを行いました。(写真:デイブ・J・ホーガン/ゲッティ・イメージズ FOR ABA)

ボブ・ディランは5月に85歳になり、ニューヨーク・タイムズの新しいオピニオン記事で、彼は80代の長女であることの良い点と最も悪い点について考察しています。

その記事は、ドナルド・トランプ大統領の80歳の誕生日である日曜日と結びついていましたが、ディランはトランプについて言及していません。

ディランは、80歳であることの最も良い点は、追いかけてくる時計に長く生きられることだと指摘しています。

「それは、すべてが常に管理下にあるという嘘からの自由です」と彼は書いています。もうパレードを追いかけません。あなたは、ある消えた国の古い王です。プログラミングが難しいです。あなたは何かになるために急いでいるわけではなく、あなたがしたことに取り憑かされているわけでもありません。

彼は付け加えました。「あなたは、思っていたように、実際にはほとんど重要でないという点に取り憑かされています。」

80歳になることの最も嫌な点について、ディランは次のように述べています。「心の古い炎はまだこれをやるようにと告げますが、体はすでにやったと言っています。」また、何も驚かれません。贅沢のように聞こえますが、そうではありませんし、また、あなたは幻想が尽きました。

「80歳になることの最も辛い点は、やっと過去のすべてを変えていたかもしれない何かについて、まだ何かが変わる可能性がある時代に来ていたかもしれないという理解ができたことです」と彼は続けた。若いときは、時間が前に進むと考えます。80の時点では、それがそうではないことはご存知でしょう。それは静止しています。私たちが動く者です。

しかし、85歳になることはディランのペースを遅くしていません。彼は現在、水曜日にサンタバーバラで開催される北米ツアーに参加しています。BobDylan.comで日付の完全な一覧をご確認いただけます。

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