2026年5月13日水曜日

ゴドウィン『ケイレブ・ウィリアムズ』と大審問官

Though I was curious, it must not be supposed that I had the object of my enquiry for ever in my mind, or that my questions and innuendoes were perpetually regulated with the cunning of a grey-headed inquisitor.


好奇心はあったものの、私が常にその調査対象のことを念頭に置いていたわけでも、また、私の問いかけやほのめかしが、白髪の尋問官のような狡猾さによって絶えず計算されていたわけでもない。


ケイレブの方が大審問官?


"The Grand Inquisitor" is a poem in Fyodor Dostoyevsky's novel The Brothers Karamazov. It is recited by Ivan, who questions the possibility of a personal ...


Caleb Williams or Things As They Are by William GODWIN Part 1/3 | Full A... https://youtu.be/0fPY5BEy2LA?si=L5uaicDnGQ0sF8J0 @YouTubeより


https://youtu.be/0fPY5BEy2LA?si=hfWlP7laAoHepK4n

It brings to mind Dostoevsky’s *The Grand Inquisitor*.


アウグスティヌスが念頭にあっただろう。

アウグスティヌス『神の国』1:4→ゴドウィン『ケイレブ』→ドストエフスキー『大審問官』
という系譜。

推理小説に思想を入れるのはオイディプス以来の伝統か?


ゴドウィン『ケイレブ・ウィリアムズ』と大審問官


https://dylan2023bible.blogspot.com/2026/05/blog-post_334.html @


https://www.amazon.co.jp/dp/456007206X?ref=ppx_yo2ov_dt_b_fed_asin_title


ポーの言及した

ゴドウィン『ケイレブ…』(1794)はエドガー・アラン・ポーが生まれる前に出版された社会派ハードボイルド、冒険小説の冗長な元祖だが私見ではドストエフスキー大審問官の先駆を含んでいる。
第二部冒頭第一章後半の主要登場人物二人によるアレクサンダー大王関連談義がそのまま大審問官的だ。

《 ああ、旦那様。ここでこうして讃辞を連ねるのも結構ですが、彼の名声の記念碑を建てるのにどれだけ莫大な犠牲が払われたか、これは忘れるわけにはいきません。彼はあらゆる人々に迷惑をかけたではありませんか? 彼の侵略と破壊がなければ彼の名さえ聞くこともなかったような国々の国民を踏みにじったではありませんか? 生涯で何十万の人々を犠牲にしたでしょうか? 彼の残虐行為はどう考え たらいいのでしょう? 百五十年前の先祖の犯した罪のため一族全部が虐殺されました。五万人が奴隷に売られ、母国のために勇敢に戦ったが故に二千人が磔にされたのです。人間とは変な生き物ですね、 多くの国に破壊と滅亡をもたらした人を一番誉めたたえるのですから。 》

こうしたアレクサンダー大王論議はアウグスティヌス『神の国』1:4にも既にあったとは言え、あまり本作を論ずる際に言及されないので特記しておきたい。全三部。ゴシック小説的第一部が無駄に長いからこの第二部に辿りつかない読者が多いのかもしれない。

ちなみにドストエフスキーはバクーニン、プルードンを読みアナーキズムに精通していた。
ドストエフスキーが『大審問官』を書く前にゴドウィンとマルサスの論争を知っていたのは間違いない。
この邦訳は多くのセリフが鉤括弧で囲まれていなくて読みにくい。英語版は引用符が多用されているのでこの日本語訳独特のものかもしれない。
冗長で推理小説研究家以外にはお勧めできないが前述のように一部大審問官を主題的に先行するのは確かだし全体の封建的父権制の告発においてフォークナーにも先行する。




ドストエフスキー大審問官(1880)はゴドウィンとマルサスの論争を意識していた可能性はある。
ネーション、ステート、キャピタルに対応する三部構成。だが『嵐が丘』的第一部が無駄に長い。


ゴドウィンは観察眼も抽象能力もドストエフスキーより低い。
ただし封建的父権制の告発においてフォークナーに先行する。
推理小説研究家は必読


Godwin’s *Caleb* (1794) is like a verbose version of *The Grand Inquisitor*. From today’s perspective, the lack of quotation marks around the dialogue makes it difficult to read and feels like a failure. This might be due to the Japanese translation.

It’s possible that Dostoevsky’s *The Grand Inquisitor* (1880) was influenced by the Godwin-Malthus controversy.

It’s structured in three parts corresponding to *Nation*, *State*, and *Capital*. However, the first part of *Wuthering Heights* is unnecessarily long.

The debate regarding Alexander the Great at the beginning of the second part is essentially a Grand Inquisitor.


Dostoevsky read Bakunin and Proudhon and was well-versed in anarchism.


Godwin’s powers of observation and abstraction are inferior to Dostoevsky’s.

However, in his indictment of feudal patriarchy, he preceded Faulkner.


A must-read for mystery novel scholars.


‪Godwin(1794) is a verbose version of *The Grand Inquisitor*.‬
‪It’s possible that Dostoevsky’s *The Grand Inquisitor* (1880) was influenced by the Godwin-Malthus controversy.‬
‪The debate at the beginning of the second part is essentially a Grand Inquisitor.‬
‪However, in his indictment of feudal patriarchy, he preceded Faulkner and a must-read for mystery novel scholars.‬

ゴッドウィン(1794年)は冗長だが第2部の冒頭で行われる議論は、本質的に『大審問官』(1880)に先行する。

ドストエフスキーは、ゴッドウィンとマルサスの論争の影響を受けた可能性がある。

封建的な家父長制に対する彼の告発はフォークナーに先駆けるものであり、探偵物、ハードボイルド、ミステリー小説の研究者にとって必読の書である。


Although Godwin (1794) is verbose, the argument presented at the beginning of Part II essentially anticipates *The Grand Inquisitor* (1880).


Dostoevsky may have been influenced by the controversy between Godwin and Malthus.

His indictment of feudal patriarchy predates Faulkner’s, making it essential reading for scholars of detective fiction, hardboiled fiction, and mystery novels.


ゴッドウィン(1794年)は、『大審問官』を冗長に書き直したような作品である。

第2部の冒頭で行われる議論は、本質的に『大審問官』(1880)そのものである。

ドストエフスキーは、ゴッドウィンとマルサスの論争の影響を受けた可能性がある。

封建的な家父長制に対する彼の告発はフォークナーに先駆けるものであり、探偵物、ハードボイルド、ミステリー小説の研究者にとって必読の書である。


ゴッドウィン(1794年)の『嵐が丘』的第一部は冗長だが第2部の冒頭で行われる議論は、本質的に『大審問官』(1880)に先行する。

ドストエフスキーは、ゴッドウィンとマルサスの論争の影響を受けた可能性がある。

封建的な家父長制に対する彼の告発はフォークナーに先駆けるものであり、探偵物、ハードボイルド、ミステリー小説の研究者にとって必読の書である。


Although the first part of Godwin(1794)’s *Wuthering Heights* is verbose, the debate that takes place at the beginning of the second part essentially anticipates *The Grand Inquisitor* (1880).

Dostoevsky may have been influenced by the controversy between Godwin and Malthus.

His indictment of feudal patriarchy predates Faulkner’s, making it essential reading for scholars of detective fiction, hardboiled fiction, and mystery novels.


https://bunko.jp/books/pg_55749/chapters/1


構成の哲学
 チャールズ・ディケンズは、今私の前にある書簡の中で、私がかつて行った『バーナビー・ラッジ』の仕組みの検討に言及して、こう述べている――「ところで、ゴドウィンが『ケイレブ・ウィリアムズ』を逆算して書いたということをご存じですか? 彼は最初に主人公を困難な状況に巻き込んで第二巻を構成し、それから第一巻では、すでに行われたことを説明する方法を探し回ったのです」。
 私にはこれがゴドウィンの正確な手法とは思えない――実際、彼自身が認めていることも、ディケンズ氏の考えと完全に一致しているわけではない――しかし『ケイレブ・ウィリアムズ』の作者は優れた芸術家であり、少なくとも多少似たような過程から得られる利点を見抜けないはずがなかった。名に値するすべての筋書きは、ペンで何かを試みる前に、その結末まで練り上げられなければならないということほど明白なものはない。結末を常に念頭に置いてこそ、筋書きに不可欠な必然性、すなわち因果関係の雰囲気を与えることができるのであり、それは出来事、特にあらゆる点での調子を、意図の展開に向かわせることによって実現される。
物語を構築する通常の方法には根本的な誤りがあると私は思う。歴史が主題を提供するか――あるいはその日の出来事によって主題が示唆されるか――せいぜい作者が印象的な事件を組み合わせて、単に物語の基盤を形成するために取り組むかである――一般的には、事実や行為の隙間が、頁を追うごとに明らかになるのを、描写、対話、作者の註釈で埋めることを意図しているのだ。
 私は効果の考慮から始めることを好む。独創性を常に念頭に置いて――なぜなら、これほど明白で容易に達成できる興味の源泉を軽視する者は自分自身に対して偽りだからである――私はまず自分に言うのだ。「心や知性、あるいは(もっと一般的に言えば)魂が受容しうる無数の効果や印象のうち、今回私はどれを選ぶべきか?」 まず斬新で、次に鮮烈な効果を選んだ後、それが出来事によって最もよく作り出されるか調子によってかを考える――通常の出来事と特異な調子によってか、その逆か、あるいは出来事と調子の両方の特異性によってか――その後、効果の構築において私を最もよく助けるような出来事や調子の組み合わせを周囲に(というよりむしろ内部に)求めるのである。
 私はしばしば思うのだが、もしある作者が――つまり、できるならば――自分の作品のいずれかが最終的な完成点に達するまでの過程を段階的に詳述してくれたなら、なんと興味深い雑誌記事になることだろう。なぜそのような論文が世に出されたことがないのか、私は非常に困惑している――しかし、おそらく作者の虚栄心が、他の何よりもこの省略に関係しているのだろう。多くの作家――特に詩人たち――は、自分たちが一種の高尚な狂気――恍惚とした直感――によって創作していると理解されることを好み、大衆に舞台裏を覗かせることを――精緻で動揺する思考の粗雑さを――最後の瞬間にのみ捉えられた真の目的を――十分な見通しの成熟に至らなかった無数の着想の一瞥を――手に負えないものとして絶望的に破棄された完全に成熟した空想を――慎重な選択と拒絶を――苦痛な消去と挿入を――一言で言えば、歯車と歯車――場面転換の道具――脚立と悪魔の落とし穴――雄鶏の羽根、赤い絵の具、黒い斑点を、これらが百のうち九十九の場合において文学的役者の小道具を構成するのだが、これらを見せることに積極的に身震いするのである。
 一方で私は、作者が自分の結論に達するまでの歩みを辿り直せる状況にある場合は決して一般的ではないことを承知している。一般に、無秩序に生まれた示唆は、同様の仕方で追求され忘れられるのである。
 私自身については、言及された嫌悪感に共感することもなく、また自分の作品のいずれかの段階的な歩みを心に思い起こすのに少しも困難を感じたことはない。そして、私が望ましいものと考えてきたような分析や再構築の興味は、分析される対象への現実のあるいは想像上の興味とは全く無関係であるから、自分の作品の一つがどのような作業方法によって組み立てられたかを示すことは、私の側の礼儀違反とは見なされないだろう。私は最も一般に知られている『カラス』を選ぶ。その構成において、偶然や直感に帰せられる点は一つもないこと――作品が数学的問題の精密さと厳密な必然性をもって、段階的に完成に向かって進んだことを明らかにするのが私の意図である。
 詩そのものには無関係として、大衆の趣味と批評家の趣味の両方に適う詩を作ろうという意図を、最初に生じさせた事情――あるいは必要性と言ってもよい――を除外しよう。
それでは、この意図から始めることにする。



Caleb Williams



本文挿絵=ヘンリー・フレンチ

『イラストレイテッド・ロンドン・ノヴェリスト」(一八七二年頃)より


https://picryl.com/search?q=%23godwin%2Bwilliam%2B1756%2B1836%2Bthings%2Bas%2Bthey%2Bare 



THE ILLUSTRATED

LONDON NOVELIST.

CONTAINISO

THE ITALIAN,

BY MRS. BADCLIFFE;

THINGS AS THEY ARE, 現状

BE W. GODWIN;

AXD.

MERVYN CHASE,

BY E. M. STEWART.

TWENTY-FOUR ILLUSTRATIONS.

LONDON:

E. HARRISON, MENTON HOUSE, SALISTURY SQTARE, FLEET BTREET,


①70


②127

③174


④250


⑤275


⑥340



⑦406




Caleb Williams



Illustration by Henry French

From *The Illustrated London Novelist* (circa 1872)


①グライムズ、エミリー嬢に求婚す

②ティレル氏、フォークランド氏に暴行を働く


③フォークランド氏、秘書が秘密の櫃をこじ開ける現場を押さえる

④ケイレブの脱獄


⑤ケイレブ、盗賊団の防れ家に案内される

⑥スパレル、ケイレブを警察に売り渡す

⑦フォークランド氏、罪を告白する



①70



②127:




③174

④250

⑤275

⑥340

⑦406




ーーー








THE ILLUSTRATED
LONDON NOVELIST.
CONTAINISO
THE ITALIAN,
BY MRS. BADCLIFFE;
THINGS AS THEY ARE,
BE W. GODWIN;
AXD.
MERVYN CHASE,
BY E. M. STEWART.
TWENTY-FOUR ILLUSTRATIONS.
LONDON:
E. HARRISON, MENTON HOUSE, SALISTURY SQTARE, FLEET BTREET,





もできるが、私としてはやはりそれが疑惑の種になる。コリンズ氏は何も言うなと強く私をいましめた。
私の仕ぐさや彼の疑心暗鬼から、私が知っていて言わないことがあるらしいと感じると、フォークラン
ド氏は探るように私を見つめ、どの程度知っているか、どうして知ったかを問いたげな様子をする。し
かし、次に会った時には、私が快活で何でもないようなので彼も元通りに落ち着き、私のせいで生じた
不安も消えて万事前の通りになる。しかし何事もなく彼に仕えて暮していると、日が経つにつれて私は
次第に何か言いたくなる。 そしてフォークランド氏の方では、厳しく発言を禁じて私を圧えるのも、ま
禁じてかえって私を気にしているように取られることも望んでいないようであった。私はいろいろ知
りたかったけれども、その好奇心の的である彼のことばかり考えていたわけではなく、彼に尋ねたり遠
まわしの言い方をしてみる場合でも、老獪な審問官のようにいつも策略をめぐらせていたわけでもない。
フォークランド氏が隠している心の傷は私よりも本人が絶えず気にしていたことであった。彼は私の言
ったことをしばしば曲解し、彼の様子が変になってそれと気付くまではそんな曲解を受けようとは私に
は想像もつかない、ということがよくあった。 この病的な敏感さを自分でも意識し、その敏感さに自分
が支配されそうな気がするためであろうか、彼は再び強い態度に出て、我々の間の率直な関係を断つた
めに自分が思いついた計画は何でもすべて恥ずべきものだと思い込むようであった。
以上に述べたような種類の対話の一例を挙げよう。 それは全く一般的な当り障りのない話題から始ま
った。それからしても、彼のように鋭敏な感覚の人物が殆んど連日耐え忍んでいた心の動揺がいかばか
りであったか、読者は容易に想像できるだろう。
或る日のこと、清書すべき書類の整理の手伝いをしていた時に、私は主人にこう言った。
おさ
145 第二巻 第一章

旦那様、アレクサンダー大王はどうして大王と呼ばれるようになったのでしょうか?
何だと? 彼の伝記は読まなかったのか?
いいえ、読みました。
ウィリアムズ、そこには書いてなかったのか?
さあ、分りません。 彼が有名になったわけは判りましたが、有名な人がいつも崇拝されるとは限りま
せん。アレクサンダーのどこが偉いかについては意見が分れています。プリドー博士(年六魍臥国紙鋼)
は『旧・新約聖書論』でアレクサンダーは殺し屋大王としか呼びようがないと言っていますし、『ト
一七〇七一伍四年、小説家へ)は、アレクサンダーや歴史上のあらゆる征服者はジョ
ム・ジョウンズ』の著者(
)を書いています。
ナサン・ワイルドと同類だということを証明するために一巻の小説(棒ジョナサン・ワ
これを聞いてフォークランドは赤くなった。
とんでもない! そんなことを書く奴らは、口汚ない悪口を言えば彼が得てしかるべき名声をつぶす
ことができるとでも思っているのだろうか? 学識と感性と趣味を兼ね備えた人でも、そんな下品な非
難を免れることはできないのだろうか? ウィリアムズ、お前はアレクサンダーほど雄々しく、心広く
てこだわりのない人の話は本でも読んだことがないだろう。彼は利己心や身勝手さとはおよそ縁のない
人だった。高い理想を自らに掲げ、それを自分の生活の中で実現したいとひたすら念願していたのだ。
医者のフィリッポスへの英雄らしい信頼、部下のエフィスティオンへの変ることない深い友情を考えて
みるがよい。彼は捕虜にしたダリウス王の家族を実に丁寧に扱い、立派なシシガンビスへは実の母に対
するようなやさしい心遣いをした。ウィリアムズよ、こんな事柄については衒学坊主のプリドーやウェ
ストミンスターあたりの地区判事(アイコ)なんかの判決を信用してはいけない。自分でよく調べてみ
ることだ、そうすればアレクサンダーこそ誠実、寛大と無私の心の模範教養ある心の豊かさと、例の
ない雄大な計画にかけてはいつの世にも変らぬ唯一の鑑、崇敬の的だと気付くだろう。
かがみ
ああ、旦那様。ここでこうして讃辞を連ねるのも結構ですが、彼の名声の記念碑を建てるのにどれだ
け莫大な犠牲が払われたか、これは忘れるわけにはいきません。彼はあらゆる人々に迷惑をかけたでは
ありませんか? 彼の侵略と破壊がなければ彼の名さえ聞くこともなかったような国々の国民を踏みに
じったではありませんか? 生涯で何十万の人々を犠牲にしたでしょうか? 彼の残虐行為はどう考え
たらいいのでしょう? 百五十年前の先祖の犯した罪のため一族全部が虐殺されました。五万人が奴隷
に売られ、母国のために勇敢に戦ったが故に二千人が磔にされたのです。人間とは変な生き物ですね、
多くの国に破壊と滅亡をもたらした人を一番誉めたたえるのですから。
はりつけ
ウィリアムズ、お前の考え方も当然といえば当然、責めるつもりはない。しかし願わくはもっと広い
見方をしてもらいたい。十万人が死んだと聞けば誰でもびっくりする。が、そんな人間十万人と言って
も実のところ十万匹の羊とどう違うのかね? 我々が大切にすべきものは心だ、知識と徳を創造するこ
とだ。これこそアレクサンダーが企てたことで、人類に文明を与えるという大事業に乗り出したのだ。
彼は広大なアジアをペルシャ王朝の愚鈍と腐敗から救った。彼はその雄図半ばで倒れたが、企ての大き
な成果は誰の目にも明らかではないか。以前は野獣同然だった諸国民の間にギリシャの文学と教養が生
まれ、セレウコス王朝、アンティオコス王朝、プトレマイオス王朝と続いた。アレクサンダーが、都市
の破壊者というのなら、その建設者としても同じように有名だ。
147
第二卷
第一章
146





る。
せんぶ
でも旦那様、槍や戦斧は人を賢くする道具じゃありません。仮に、最高の善を実現するためには容赦
なく人の命を犠牲にしてよいとしても、殺人や大虐殺は文明と愛をもたらす方法としては大いに疑問が
あります。この偉大な英雄は一種の狂人だったとはお思いになりませんか? 彼がペルセポリスの宮殿
に火を放ったこと、もう征服する国がなくなったと泣いたこと、リビアの燃えるような砂漠を越えて全
軍を進めたこと、それも一寺院に詣でて世界に彼こそはジュピター・アモンの子なりと信じさせる、た
だそれだけの目的で。こうしたことをどう思われますか?
がんしよく
アレクサンダーはこれまでひどい誤解を受けている。彼が他の人間を顔色なからしめたので、その人
間たちがわざと偽り伝えて仕返ししたのだ。あの大事業を達成するためには、自分は神様だということ
にしなければならなかった。愚かで頑固なペルシャ人どもの尊敬をしっかりと克ち取るにはこれしか道
はなかったわけだ。彼の行動の根源にあるのはこれで、気狂いじみた虚栄心というようなものじゃない。
この点では、味方のマケドニア人の間にもある訳の分らぬ頑固さにも彼はさぞ苦労したことだろうなあ。
しかし、結局はアレクサンダーは、政治家なら誰でも用いると称する手段を、自分も使っただけの話
です。つまり、人民を教育すると称して弾圧し、幸福にしてやると言って騙すという手ですよ。さらに
悪いことに、かっとすると彼は敵も味方も見境がつかなくなりました。自分でもどうにもならぬ感情か
ら出た彼の行き過ぎを弁護なさるおつもりはありますまいね。一時の激情から人殺しに走るような人間
に対しては弁明してやる言葉は全くない筈です――。
だま
こう言った途端に、私は自分が何をしでかしたかを悟った。私と主人の間には不思議な心の交流のよ
うなものがあって、私の言ったことが彼にショックを与えるとすぐに、悪いことをした、彼自身のこと
にそれとなく触れたのは酷だったと私は思った。我々はふたりともどぎまぎしてしまった。 フォークラ
ンド氏の感情を隠せぬ顔から血の気がなくなり、次にまた激しい勢いで赤くなる。今犯したばかりの失
敗を繰り返しそうな気がして、私は一言も口が利けない。話を続けようとしてちょっとの間苦しい努力
をしたあと、フォークランド氏は体を小刻みに震わせながら語り始めたが、やがて言葉も落ち着いてく
お前は公平じゃないアレクサンダーはもっと温かい目で見てやらねばいけないアレクサ
ンダーをそう厳しく言わなくてもいい筈だ。彼の涙、悪いことをしたという後悔の心、食を断ってどう
しても断食を続けると言い張ったことなど、お前は覚えているだろう。これなど感じやすい心や借物で
はない無心の精神の証拠じゃないか。いや実際アレクサンダーは心から人間を愛した人で、彼の本当の
長所は殆んど理解されていない。
その時私はどう言ったら私の真情を彼に分ってもらえるだろうかと思った。 何かを思いつめると、そ
れが口に出ようとするのを抑えるのは難しいものである。一度犯した過誤は次の過誤に人を誘い込む魔
力を持っていて、話に聞くガラガラ蛇の眼のようなものだ。我々の徳を支えている自制心の力もそのた
め無力になる。好奇心というものは元来じっと落ち着くことはなくて、それに溺れる時の危険が大きけ
れば大きいだけ、一層抵抗し難くなって人を押し流そうとする。
クライタス(た
ランド氏に言ってみた。
戦いの神状圧を)は粗野で乱暴な人でしたね、と私はフォーク
フォークランド氏は私の言葉の意味を十分に感じ取った。彼は心の底を探るように鋭く私を見る。 次
149 第二巻 第一章
148

の瞬間に彼は視線をそらせた。彼が痙攣するように震えるのが判る。それを強く抑えたので表情には殆
んど出ないが、彼が何とも言えない恐怖を感じていることが私には判った。彼は話を止めて怒って部屋
中を歩きまわり、顔にこの上なく兇暴な表情が次第に現われたと思うと突然出て行き、家中が揺れ動く
ような音を立ててドアを閉めた。
かしやく
果してこれは罪の呵責のせいか、それとも身に覚えのない罪を着せられた名士の怒りのためか、と私
は思わず言ってしまった。
第 二 章
ふち
読者は私がまっしぐらに絶壁の縁へ突き進んでいると感じられることだろう。自分でも何をしている
のかよく分らなかったが、それでも立ち止まることはもうできない。世間を前にしていわれのない不名
誉を押しつけられたと感じ、打ちひしがれているフォークランド氏が、 青二才の寄る辺のない若者の存
在を今後長く辛抱できるだろうか? 忘れたいあの不名誉を絶えず思い出させ、怪しからぬことに自分
のことを犯人だと疑っている若者の存在を、と私は思った。
彼は性急に私を解雇する気にはなるまい、あまりに感じやすく不安定な感情の人だと思われそうな行
動を彼は避けているのだから、と私は思った。しかし、そう思っても私には慰めにはならない。彼が私







もできるが、私としてはやはりそれが疑惑の種になる。コリンズ氏は何も言うなと強く私をいましめた。

私の仕ぐさや彼の疑心暗鬼から、私が知っていて言わないことがあるらしいと感じると、フォークラン

ド氏は探るように私を見つめ、どの程度知っているか、どうして知ったかを問いたげな様子をする。し

かし、次に会った時には、私が快活で何でもないようなので彼も元通りに落ち着き、私のせいで生じた

不安も消えて万事前の通りになる。しかし何事もなく彼に仕えて暮していると、日が経つにつれて私は

次第に何か言いたくなる。 そしてフォークランド氏の方では、厳しく発言を禁じて私を圧えるのも、ま

禁じてかえって私を気にしているように取られることも望んでいないようであった。私はいろいろ知

りたかったけれども、その好奇心の的である彼のことばかり考えていたわけではなく、彼に尋ねたり遠

まわしの言い方をしてみる場合でも、老獪な審問官のようにいつも策略をめぐらせていたわけでもない。

フォークランド氏が隠している心の傷は私よりも本人が絶えず気にしていたことであった。彼は私の言

ったことをしばしば曲解し、彼の様子が変になってそれと気付くまではそんな曲解を受けようとは私に

は想像もつかない、ということがよくあった。 この病的な敏感さを自分でも意識し、その敏感さに自分

が支配されそうな気がするためであろうか、彼は再び強い態度に出て、我々の間の率直な関係を断つた

めに自分が思いついた計画は何でもすべて恥ずべきものだと思い込むようであった。

以上に述べたような種類の対話の一例を挙げよう。 それは全く一般的な当り障りのない話題から始ま

った。それからしても、彼のように鋭敏な感覚の人物が殆んど連日耐え忍んでいた心の動揺がいかばか

りであったか、読者は容易に想像できるだろう。

145頁

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 或る日のこと、清書すべき書類の整理の手伝いをしていた時に、私は主人にこう言った。
  旦那様、アレクサンダー大王はどうして大王と呼ばれるようになったのでしょうか? 
 何だと? 彼の伝記は読まなかったのか? 
 いいえ、読みました。 
 ウィリアムズ、そこには書いてなかったのか? 
 さあ、分りません。 彼が有名になったわけは判りましたが、有名な人がいつも崇拝されるとは限りま せん。アレクサンダーのどこが偉いかについては意見が分れています。プリドー博士(年六魍臥国紙鋼) は『旧・新約聖書論』でアレクサンダーは殺し屋大王としか呼びようがないと言っていますし、『ト 一七〇七一伍四年、小説家へ)は、アレクサンダーや歴史上のあらゆる征服者はジョ ム・ジョウンズ』の著者( )ナサン・ワイルドと同類だということを証明するために一巻の小説(棒ジョナサン・ワ を書いています。 
 これを聞いてフォークランドは赤くなった。 
 とんでもない! そんなことを書く奴らは、口汚ない悪口を言えば彼が得てしかるべき名声をつぶす ことができるとでも思っているのだろうか? 学識と感性と趣味を兼ね備えた人でも、そんな下品な非 難を免れることはできないのだろうか?  ウィリアムズ、お前はアレクサンダーほど雄々しく、心広く てこだわりのない人の話は本でも読んだことがないだろう。彼は利己心や身勝手さとはおよそ縁のない 人だった。高い理想を自らに掲げ、それを自分の生活の中で実現したいとひたすら念願していたのだ。 医者のフィリッポスへの英雄らしい信頼、部下のエフィスティオンへの変ることない深い友情を考えて みるがよい。彼は捕虜にしたダリウス王の家族を実に丁寧に扱い、立派なシシガンビスへは実の母に対 するようなやさしい心遣いをした。ウィリアムズよ、こんな事柄については衒学坊主のプリドーやウェ ストミンスターあたりの地区判事(アイコ)なんかの判決を信用してはいけない。自分でよく調べてみ ることだ、そうすればアレクサンダーこそ誠実、寛大と無私の心の模範教養ある心の豊かさと、例の ない雄大な計画にかけてはいつの世にも変らぬ唯一の鑑、崇敬の的だと気付くだろう。 

6:02:48 邦訳147頁

"Ah, sir! it is a fine thing for us to sit here and compose his panegyric. But shall I forget what a vast expense was bestowed in erecting the monument of his fame? Was not he the common disturber of mankind? Did not he over-run nations that would never have heard of him but for his devastations? How many hundred thousands of lives did he sacrifice in his career? What must I think of his cruelties; a whole tribe massacred for a crime committed by their ancestors one hundred and fifty years before; fifty thousand sold into slavery; two thousand crucified for their gallant defence of their country? Man is surely a strange sort of creature, who never praises any one more heartily than him who has spread destruction and ruin over the face of nations!"

 ああ、旦那様。ここでこうして讃辞を連ねるのも結構ですが、彼の名声の記念碑を建てるのにどれだけ莫大な犠牲が払われたか、これは忘れるわけにはいきません。彼はあらゆる人々に迷惑をかけたではありませんか? 彼の侵略と破壊がなければ彼の名さえ聞くこともなかったような国々の国民を踏みにじったではありませんか? 生涯で何十万の人々を犠牲にしたでしょうか? 彼の残虐行為はどう考え たらいいのでしょう? 百五十年前の先祖の犯した罪のため一族全部が虐殺されました。五万人が奴隷に売られ、母国のために勇敢に戦ったが故に二千人が磔にされたのです。人間とは変な生き物ですね、 多くの国に破壊と滅亡をもたらした人を一番誉めたたえるのですから。 

 ウィリアムズ、お前の考え方も当然といえば当然、責めるつもりはない。しかし願わくはもっと広い 見方をしてもらいたい。十万人が死んだと聞けば誰でもびっくりする。が、そんな人間十万人と言って も実のところ十万匹の羊とどう違うのかね? 我々が大切にすべきものは心だ、知識と徳を創造するこ とだ。これこそアレクサンダーが企てたことで、人類に文明を与えるという大事業に乗り出したのだ。 彼は広大なアジアをペルシャ王朝の愚鈍と腐敗から救った。彼はその雄図半ばで倒れたが、企ての大き な成果は誰の目にも明らかではないか。以前は野獣同然だった諸国民の間にギリシャの文学と教養が生まれ、セレウコス王朝、アンティオコス王朝、プトレマイオス王朝と続いた。アレクサンダーが、都市 の破壊者というのなら、その建設者としても同じように有名だ。 
  でも旦那様、槍や戦斧は人を賢くする道具じゃありません。仮に、最高の善を実現するためには容赦 なく人の命を犠牲にしてよいとしても、殺人や大虐殺は文明と愛をもたらす方法としては大いに疑問が あります。この偉大な英雄は一種の狂人だったとはお思いになりませんか? 
 彼がペルセポリスの宮殿 に火を放ったこと、もう征服する国がなくなったと泣いたこと、リビアの燃えるような砂漠を越えて全 軍を進めたこと、それも一寺院に詣でて世界に彼こそはジュピター・アモンの子なりと信じさせる、た だそれだけの目的で。こうしたことをどう思われますか? 
 アレクサンダーはこれまでひどい誤解を受けている。彼が他の人間を顔色なからしめたので、その人 間たちがわざと偽り伝えて仕返ししたのだ。あの大事業を達成するためには、自分は神様だということ にしなければならなかった。愚かで頑固なペルシャ人どもの尊敬をしっかりと克ち取るにはこれしか道 はなかったわけだ。彼の行動の根源にあるのはこれで、気狂いじみた虚栄心というようなものじゃない。 この点では、味方のマケドニア人の間にもある訳の分らぬ頑固さにも彼はさぞ苦労したことだろうなあ。
  しかし、結局はアレクサンダーは、政治家なら誰でも用いると称する手段を、自分も使っただけの話です。つまり、人民を教育すると称して弾圧し、幸福にしてやると言って騙すという手ですよ。さらに 悪いことに、かっとすると彼は敵も味方も見境がつかなくなりました。自分でもどうにもならぬ感情か ら出た彼の行き過ぎを弁護なさるおつもりはありますまいね。一時の激情から人殺しに走るような人間 に対しては弁明してやる言葉は全くない筈です――。

 こう言った途端に、私は自分が何をしでかしたかを悟った。私と主人の間には不思議な心の交流のよ うなものがあって、私の言ったことが彼にショックを与えるとすぐに、悪いことをした、彼自身のこと にそれとなく触れたのは酷だったと私は思った。我々はふたりともどぎまぎしてしまった。 フォークランド氏の感情を隠せぬ顔から血の気がなくなり、次にまた激しい勢いで赤くなる。今犯したばかりの失敗を繰り返しそうな気がして、私は一言も口が利けない。話を続けようとしてちょっとの間苦しい努力 をしたあと、フォークランド氏は体を小刻みに震わせながら語り始めたが、やがて言葉も落ち着いてく 
 お前は公平じゃないアレクサンダーはもっと温かい目で見てやらねばいけないアレクサ ンダーをそう厳しく言わなくてもいい筈だ。彼の涙、悪いことをしたという後悔の心、食を断ってどう しても断食を続けると言い張ったことなど、お前は覚えているだろう。これなど感じやすい心や借物で はない無心の精神の証拠じゃないか。いや実際アレクサンダーは心から人間を愛した人で、彼の本当の 長所は殆んど理解されていない。
  その時私はどう言ったら私の真情を彼に分ってもらえるだろうかと思った。 何かを思いつめると、そ れが口に出ようとするのを抑えるのは難しいものである。一度犯した過誤は次の過誤に人を誘い込む魔 力を持っていて、話に聞くガラガラ蛇の眼のようなものだ。我々の徳を支えている自制心の力もそのた め無力になる。好奇心というものは元来じっと落ち着くことはなくて、それに溺れる時の危険が大きけ れば大きいだけ、一層抵抗し難くなって人を押し流そうとする。 
 クライタス(た な 戦いの神状圧を)は粗野で乱暴な人でしたね、と私はフォークランド氏に言ってみた。
 フォークランド氏は私の言葉の意味を十分に感じ取った。彼は心の底を探るように鋭く私を見る。 次 の瞬間に彼は視線をそらせた。彼が痙攣するように震えるのが判る。それを強く抑えたので表情には殆 んど出ないが、彼が何とも言えない恐怖を感じていることが私には判った。彼は話を止めて怒って部屋 中を歩きまわり、顔にこの上なく兇暴な表情が次第に現われたと思うと突然出て行き、家中が揺れ動く ような音を立ててドアを閉めた。 
 果してこれは罪の呵責のせいか、それとも身に覚えのない罪を着せられた名士の怒りのためか、と私 は思わず言ってしまった。



ゴドウィンはアウグスティヌスを意識しているのだろう。

力と交換様式2:1:④

 正義がなくなるとき、王国は大きな盗賊団以外のなにであろうか。盗賊団も小さな王国以外のなにでもないのである。盗賊団も、人間の集団であり、首領の命令によって支配され、徒党をくんではなれず、団員の一致にしたがって奪略品を分配するこの盗賊団という禍いは、不逞なやからの参加によっていちじるしく増大して、領土をつくり、住居を定め、諸国を占領し、諸民族を征服するようになるとき、ますます、おおっぴらに王国の名を僭称するのである。そのような名が公然とそれに与えられるのは、その貪欲が抑制されたからではなく、懲罰をまぬがれたからである。ある海賊が捕えられて、かのアレキサンデル大王にのべた答はまったく適切で真実をうがっている。すなわち、大王が海賊に、「海を荒らすのはどういうつもりか」と問うたとき、海賊はすこしも臆すところなく、「陛下が全世界を荒らすのと同じです。ただ、わたしは小さい舟でするので盗賊とよばれ、陛下は大艦隊でなさるので、皇帝とよばれるだけです」と答えたのである(10)。

(10) 『神の国1』第四巻 第四章 岩波文庫、二七三頁

ウィリアム・ゴドウィン『ケイレブ・ウィリアムズ』(白水Uブックス) | 探偵小説三昧
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ウィリアム・ゴドウィン『ケイレブ・ウィリアムズ』(白水Uブックス)

sugata

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 ゴシック小説であり、ミステリの原点とも言われる『ケイレブ・ウィリアムズ』を読む。著者はウィリアム・ゴドウィン。
 この本を初めて知ったのは確か小鷹信光の『ハードボイルド以前』だったと思う。もう何十年も前の評論書だが、アメリカにハードボイルドが誕生する以前の小説において、ヒーロー小説がどのように育ち、ハードボイルドへと繋がっていくのかを検証するような内容だったかと思うのだが、その中に紹介されていた一冊が『ケイレブ・ウィリアムズ』である(ただ、記憶が曖昧なのでもしかすると別の本で知った可能性もあるが)。
 そんなわけで、当時は『ケイレブ・ウィリアムズ』をあくまでハードボイルの流れのなかで捉えていたのだが、その後、さまざまなミステリ評論に触れるうち、これはちょっと違うぞと気がついた。ハードボイルドというだけでなく、ミステリそのものの先祖であるというふうに認識が改まったのだ。
 そうなると自分の中でもポジションが高くなる。要するに猛烈に読みたい欲求に駆られたわけだが、如何せんその頃はネットもない時代だし、田舎に住んでいたこともあって、本自体が入手できない。それどころか国書刊行会の邦訳もまだ出ていなかったかもしれないのだが、これもまた記憶は定かではない。
 結局、それからン十年が経過して、白水Uブックスから刊行されたときにようやく買えた次第である。
 まあ、いざ入手してみるとすっかり満足してしまい、何年も積ん読してしまったのは読書アルアルだが、それでもこの度、ようやく本の山から発掘して読み終えることができた。

 ケイレブ・ウィリアムズ

 どうでもいい前振りが終わったところで、まずストーリーから。
 貧しい農民の子であるケイレブ・ウィリアムズは、両親をなくした後、地元の名士フォークランドの秘書として雇ってもらえることになった。人望の厚さで知られるフォークランドのもと、ケイレブは働きながら勉強もさせてもらい、満ち足りた生活を送っていた。
 ところがケイレブはフォークランドがときおり見せる不可解な言動に興味を抱き、その秘密を突き止めようとする。その結果、明らかになったのは、隣接する領主のティレルとフォークランドの過去の確執であり、ティレルが殺害された事件であった。一時期はフォークランドが犯人ではないかと疑われたこともあったが、結局はティレルに恨みを持っていた雇用人によるものとして事件は解決したらしい。
 こうしていったんは治まったかに見えたケイレブの好奇心。しかし真の犯人はフォークランドではないかという新たな疑念が生まれ、ケイレブは再びフォークランドの調査を進め、ついにフォークランド自身から真実を聞き出すことに成功する。しかし、それがケイレブの運命を大きく変えてゆくことになるのだった……。

 これは凄いわ。もっと観念的な作品かと思っていたが、確かにこれはゴシック小説にしてミステリの原型である。センセーショナルな事件を通して当時の社会の問題点や、人がいかに不確実な存在なのかということを考える普通の小説として読んでも十分面白いのだが、ジャンル小説的な見方をすることで、また違った味わいでより楽しむことができる。

 見るべきポイントは多いのだが、やはりケイレブの探偵的行動、ケイレブとフォークランドによる対立と追跡劇は外せない。それらがもたらす冒険要素やサスペンス、スリルこそががミステリの原型といわれる所以であり、魅力である。
 物語の序盤こそティレルとフォークランドの確執、さらには二人の間に挟まれた悲劇のヒロイン的女性の運命がみっしり書き込まれるため、ページを繰る手も鈍りがちだ。フォークランドとヒロイン的女性の行動がなんだかんだと裏目に出て、それが悲劇を増幅させ、こちらの精神的ダメージも大きい。
 しかしながら中盤に入り、ようやくケイレブが舞台中央に登場して、いよいよフォークランドとケイレブ、二人の争いが主軸となると、ガラリと空気が変わる。
 読者としてはこれまでフォークランドに肩入れしていたのに、その彼がどうも挙動不審。ケイレブもそんな主人フォークランドを気にして、秘密を突き止めようとする。ただ、そのやり方がねちっこく、おまけに大した動機もなく、単なる好奇心から探偵的に行動するものだから、本来はケイレブが主人公のはずなのにまったく感情移入できない(笑)。
 そしてケイレブはとうとうフォークランド自身から秘密を聞き出すことに成功するのだが、その結果、ケイレブは逆に監視され、自由を奪われてしまうのだ。だがケイレブも負けずに逃亡を図り、フォークランドに追われる羽目になり、捕まったと思ったらまた脱走、そしてまたも捕まり、またも酷い目に……といった二人の闘争が延々と描かれ、とにかくこれが滅法面白いのだ。

 もう一つ重要なポイントを挙げるとすれば、心理小説としての側面だろう。とりわけしつこいぐらいに描かれるケイレブの心理描写は面白い。上でも触れたように、ケイレブは探偵的に行動するものの、その動機は正義でも何でもなく、ただの好奇心だ。それを頭では理解しており、これ以上は踏み込むのはやめようと考えているのに、なぜか探求する気持ちを止めることができない。主人であるフォークランドに対しては本来深く敬愛もしているのに、それでもその秘密を暴かないではいられない。それらの結果として、ケイレブは次々と悲惨な目に遭っていくのに、それでも止められないのである。
 このケイレブの不可解な心理。好奇心のなせる業というのは簡単だが、もう少し勘ぐれば、これはケイレブの行動原理が真実に拠りどころを置いているからといえるだろう。ケイレブの中では、常に真実が絶対なのである。
 しかし、真実が必ずしも正義や幸福に直結するわけではないことを著者は知っている。むしろ探偵としての活動、つまり人の秘密を暴くことは非常に卑しき行いであり、それを主人に対して行ったケイレブには、当然ながら罰が下されなければならなかったのだ。好奇心の強さから人生をめちゃくちゃにしてしまったケイレブ。そんな男の複雑な意識や心理を体験し、理解するための小説として本作は大変魅力的なのだ。
 ちなみにそういった探偵的行為、真実の追求の正義といったものは、エドガ・アラン・ポオによる探偵小説の登場まで待たなければいけなかったわけで、それは論理や真実、科学といったものに対する人間の成熟を待った期間と言えなくもないだろう。

 ちなみに本作は1794年の作品である。なかには読みにくさを懸念する人もいるだろうが、訳がいいせいもあって変な読みにくさはまったくない。とはいえ改行は少なく、版面いっぱいに活字が埋まっているので若干気圧されはするだろうが(苦笑)、それよりは描写の密度にこそ目を向けてほしい。
 情報量が多いだけでなく、ストーリーや心理描写、会話が地の文で交錯し、くどいぐらいに繰り返され、重ねられていく。そこに慣れるまではちと辛いかもしれないが、先に書いたように文章自体は読みやすいので、慣れてくるとその絡み合う描写が気持ちよく、どんどん引きこまれるはずだ。

 ともあれ『ケイレブ・ウィリアムズ』をようやく読めたので、これをきっかけにミステリ以前のミステリも少し開拓していきたいものだ。

ゴドウィン『ケイレブ・ウィリアムズ』と大審問官

https://www.gutenberg.org/files/11323/11323-h/11323-h.htm#V2_CI Though I was curious, it must not be supposed that I had the object of my en...