2026年7月4日土曜日

映画『ザ・バニシング消失』ネタバレ感想。リメイク版までありながら日本未公開であったサスペンス秀作

映画『ザ・バニシング消失』ネタバレ感想。リメイク版までありながら日本未公開であったサスペンス秀作

映画『ザ・バニシング消失』ネタバレ感想。リメイク版までありながら日本未公開であったサスペンス秀作

映画『ザ・バニシング -消失-』は2019年4月12日(金)ロードショー

旅行先で突然消えた恋人。彼女はなぜ消えたのか、どうなってしまったのか。その真相を男が追っていくうちに、物語はどんどん恐ろしい局面に向かいます。

巨匠スタンリー・キューブリックも認めた心底恐ろしいサイコスリラーが遂に日本初公開です。

かなりハードルが高い宣伝文句がついた本作ですが、それに全く見劣りしない映画でした。

映画『ザ・バニシング-消失-』の作品情報

(C)1988 Published by Productionfund for Dutch Films

【日本公開】
2019年(オランダ・フランス合作映画)

映画

【原題】
Spoorloos

【脚本・監督】
ジョルジュ・シュルイツァー

【キャスト】
ベルナール・ピエール・ドナデュー、ジーン・ベルヴォーツ、ヨハンナ・テア・ステーゲ、グウェン・エックハウス

【作品概要】
1988年の公開当時、スタンリー・キューブリックが3回鑑賞して「今まで見た中で一番恐ろしい映画だ」と語ったという伝説のサイコサスペンス。

製作から30年を経て、遂に2019年に日本で公開されました。

監督はジョルジュ・シュルイツァー。後にハリウッドで同作のセルフリメイク『失踪』(1993)を撮りますが、オリジナルにあたる本作の恐ろしさは際立っています。

 映画『ザ・バニシング-消失-』のあらすじとネタバレ

(C)1988 Published by Productionfund for Dutch Films

映画

オランダ人のレックス・ホフマンとサスキア・ワグダーの夫婦は、7月のツール・ド・フランスが開催される頃、フランスの田舎へ自転車を積んだ車に乗って旅行にやってきます。

二人はフランスの別荘地を借りて、楽しく過ごす予定でした。

とあるトンネルを通っている最中、サスキアは最近見た奇妙な夢の話をします。

「金の卵に閉じ込められるの。そして永遠に宇宙をさまよい続ける。でも私がいる卵以外にもう一つ金の卵が現れてぶつかったら全てが終わったわ」

そんな話をしているうちに、真っ暗闇のトンネルの真ん中で車がガス欠し立ち往生してしまいました。

レックスは追突される恐れがあるから車を降りろと言いますが、サスキアは懐中電灯があったから探すと降りようとしません。

元々頑固なレックスは怒ってしまい、怯える彼女を車内に置き去りにして、ガソリンを取りに行ってしまいます。

レックスがガソリンを持って帰ってくると、車内にサスキアの姿はありませんでした。彼が車をトンネルの外まで走らせると、彼女は一人立っていました。

(C)1988 Published by Productionfund for Dutch Films

レックスは置き去りにしたことをサスキアに謝り、二人は和解します。やがて車はドライブインに着きますが、そこには怪我もしていないのにギプスを腕にはめているレイモンの姿がありました。

給油を終え広場の芝生でいちゃつくレックスたちは、旅の記念にとそこにあった木の根元にコインを埋めます。

サスキアはレックスにじゃれつきながら「2度と私から離れないこと」と誓わせると、「飲み物を買う」と言って売店のある方へと走ってゆきました。

その後、いつまで経っても帰ってこないサスキアをレックスは心配し始め、人々に写真を見せながら彼女を探し回ります。

その中である店員から「男と2人で歩いて行った」という証言を得られたものの、それ以上の手がかりは見つかりませんでした。

レックスの元から、サスキアは忽然と姿を消してしまったのです。

(C)1988 Published by Productionfund for Dutch Films

映画

やがて視点が変わり、物語の時間は過去へと遡ります。妻子持ちの大学教授であるレイモン・ルモンは、長い間女性を誘拐する計画を立てていました。

ある時、彼は山荘を購入し、そこにある屋外テーブルで家族と食事をとります。すると長女が蜘蛛を見つけ、悲鳴を上げてしまいました。

レイモンは凄い悲鳴だなと笑い、ふざけて次女と妻にも悲鳴を上げさせます。

翌日、レイモンは山の麓で暮らす老人の家を通り、昨晩悲鳴が聞こえたか訪ねます。老人は何も聞かなかったと答えました。

またある時は、クロロホルムを使って短時間で素早く女性を誘拐するため、レイモンは自身を実験台にして、クロロホルムを吸って睡眠状態になるまでの時間を調べます。

そして、「女性をうまい口実によって助手席に乗せ、クロロホルムの染み込んだ布の用意し、女性の口に押し当て気絶させる」という一連の行動を繰り返しシミュレーションしました。

準備を終えると、彼は街中で「道案内する」という口実で実際に女性を車に乗せようと試みますが、いつも断られてしまい上手くいきません。

ある日、レイモンは娘が通っている習い事の教師に声をかけてしまい、ナンパなら人の多いサービスエリアがいいと彼女に勧められます。

彼はその言葉に従い、レックスとサスキアがのちに訪れるサービスエリアへと通うようになりました。

(C)1988 Published by Productionfund for Dutch Films

映画

やがて、サスキアが失踪してから3年後にまで、物語の時間は進みます。レイモンは街中で「この女性は3年前に失踪しました」という文言とサスキアの写真が貼られたポスターを見かけます。

サスキアの失踪後、レックスはずっと彼女の捜索を続けていました。彼にはすでにリーネケという新しい恋人がいましたが、サスキアの身に何が起きてどうなってしまったのかを知りたがっていました。

レックスはフランスのTV番組に出演し、「犯人に言いたい。もう彼女が無事だとは思っていない。君を断罪するのももういい。ただあの時何があったのか知りたい。」とコメントをします。その番組を、レイモンは家族と一緒に観ていました。

(C)1988 Published by Productionfund for Dutch Films

番組への出演後、レックスの家にはイタズラの手紙がたくさん届きましたが、彼はその中から、犯人しか知らない情報が書かれた手紙を見つけます。

レックスは手紙に書かれていたレストランに向かいますが、店内に待機していたレイモンは話しかけることなく、彼の様子をこっそりと窺っていました。

その後も、レックスは取り憑かれたようにサスキアの捜索を続けます。しかし、彼が捜索活動のために借金までしていることを知ったリーネケは愛想を尽かし、彼の元を離れていきました。

そんなある日、突然レックスの前にレイモンが現れ「私が犯人だ」と名乗ります。

レックスは瞬時に激昂しレイモンを何度も殴りつけますが、彼が落ち着くと、レイモンは平然と「真相を教えよう」と告げます。

そして条件として、レックスに自分と一緒に車でフランスに来ることを要求しました。

レックスは真実を知りたい一心で車に乗り込み、2人はフランスに向かいます。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには 映画『ザ・バニシング -消失-』ネタバレ・結末の記載がございます。映画『ザ・バニシング -消失-』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

(C)1988 Published by Productionfund for Dutch Films

映画

フランスの国境を越えた辺りで、レイモンは真相を語りだしました。

レイモンは、自身が反社会性パーソナリティー障害だと自覚していました。16歳の時、ふと興味を持って自宅のバルコニーから飛び降り腕を骨折した記憶を回顧しながら、「普通なら思いとどまるところをやってしまうのが自分なんだ」と彼は語ります。

それでも、彼は「自分は正しい人間だ」と証明したいという願望を抱き続けていました。

それから十数年が経ち、家族ができた頃、レイモンは川で溺れていた幼女を助けます。娘からはその行為を賞賛され英雄視されますが、彼は満足できませんでした。

やがて、自分の「正しさ」を示すために、彼は「殺人以上に残酷な行為」を考え出します。そのために、彼はずっと女性を誘拐するシミュレーションをしていたのです。

シミュレーションと実践を繰り返す中で、彼は様々な口実を考案しますが、それでも女性を助手席に乗せることはできませんでした。

そんな時に、レイモンは誕生日に、自身の半生がまとめられたアルバムを長女からプレゼントされます。

彼はそこで、骨折しギプスをはめている16歳の自分が映った写真を見つけ、「怪我人のふりをして女性に介助してもらう」というアイデアを思いついたのです。

(C)1988 Published by Productionfund for Dutch Films

映画

そして、ついにあの日がやってきます。最初に誘拐しようとした女性は運悪く逃がしてしまったものの、偶然売店に来たサスキアと出くわします。

次女が誕生日にプレゼントしてくれたイニシャルである「R」のキーホルダーに、同じくイニシャルが「R」のレックスの妻だったサスキアが食いついたことで二人は意気投合し、レイモンは簡単に彼女を車に乗せること、そしてクロロホルムで気絶させることに成功しました。

レックスは、その後彼女が何をされたのかを彼女に尋ねましたが、そこにパトカーがやって来たことで話は中断されてしまいました。

警官はシートベルトを着けていないレイモンを咎めようとしましたが、彼自身が閉所恐怖症だと明かしたことでその場は落ち着きました。

真夜中、レイモンはかつてサスキアを誘拐したあのドライブインに車を停め、水筒に入れていたコーヒーをレックスに差し出します。

そしてレックスに、コーヒーには睡眠薬が入っており、自分がサスキアに何をしたのか教えるためにはこれを飲む必要があると伝えます。

一度は断ったレックスでしたが、サスキアとともに木の根元に埋めたコインを見つけたことで、意を決してコーヒーを飲み干しました。

しばらくして、目を覚ましたレックスは全ての真相を悟りました。彼は棺桶のような箱に入れられ、地中深くに埋められていたのです。

サスキアのことを想いながらも、レックスは叫び声をあげます。しかしどうすることもできず、唯一の灯りだったライターの火も、次第に消えてゆきました。

ある日の休日、レイモンの家族は地中に人が埋められているとも知らず、無邪気に山荘で遊んでいます。レイモンはその光景をじっと見つめていました。

(C)1988 Published by Productionfund for Dutch Films

映画

 映画『ザ・バニシング -消失-』の感想と評価

(C)1988 Published by Productionfund for Dutch Films

本作はとても恐ろしい内容であり、奇妙な映画でもあります。

「女性が失踪し、彼女を愛していた男が行方と真相を探る」という基本プロットは、ノワール映画としてはオーソドックスです。最近なら『アンダー・ザ・シルバーレイク』や『バーニング 劇場版』も女性が消える話でした。

しかし本作の独自性は、観客の興味をある一点だけに集約させてから恐ろしいオチをつけることに成功している点です。

映画冒頭、サスキアがいなくなった暗闇のトンネルを走っていくと、出口から光が差して、そこに彼女がいるという場面があります。

この場面で観客は無意識にでも「暗闇の中でもとりあえず進んでいけば彼女に会える」という思いを画的に刷り込まれるのですが、実際の物語はその逆へと展開していきます。この映画的なミスリードも巧みです。

その後、サスキアが失踪してしまう場面もスリリングなのですが、本作はその直後に犯人のレイモン側の視点に移ります。

つまり本作は、犯人が誰かを追う映画ではないということです。

時制が戻り、彼の周到な準備が描かれます。特に山荘で家族にわざと叫び声をあげさせて、周りにどれくらい声が聞こえるのかを確認するという描写はゾワッとします。

しかし彼が何回も失敗する場面や女性との会話のシミュレーションをしている様は中々滑稽であり、家族とも平和に暮らしているので、いつの間にかそんなに悪い人に見えなくなってきます。

そして、3年が経ってもまだサスキアを探しているレックス側に視点が戻ります。

消えた恋人を追っている一方で新しい恋人を作っていたり、「もう生きているとは思わないが真相だけ知りたい」と借金までして捜索をしているので、今度は彼の方が、何だか理解できない人物にも見えてくるのが奇妙です。

そして、元々サイコパスで余裕綽々の男と、事件のせいでサイコパスに片足を突っ込んでいる男が邂逅してから、物語は真相に向けてドライブしていきます。

レイモンが犯行に至った動機や、なぜサスキアが選ばれてしまったのかも語られ、どんどん謎は剥ぎ取られゆき、最後には「その後サスキアはどうなってしまったのか?」という一点に観客の興味が集まります。

その頃には観客もレックスと心情が重なっているので、「睡眠薬入りコーヒーを飲め」などという、普通なら絶対にあり得ない危険な要求に対しても、「真相を知りたいから飲め!」と思ってしまうところが恐ろしい点です。

そして遂に求めた真相を知った時にはもう後の祭り。「さあこれが真相だ。で?どうする?」と言われているような恐ろしいオチで、観客の気分は奈落の底に落とされます。

ここまで人の好奇心を手玉にとった 映画は中々ないでしょう。

映画

恐ろしい運命のいたずら

(C)1988 Published by Productionfund for Dutch Films

レイモンは自分が閉所恐怖症でありながら、人を地中に埋めてしまうという恐ろしい計画を立てていました。

サスキアも冒頭のトンネルのシーンで取り残されてパニックになるところを見ると、閉所恐怖症の気があったと思われます。彼女は、どれほど恐ろしい思いをしたのでしょうか。

そしてレックスも、真相にとりつかれた結果、彼女と同じ運命を辿ります。

レイモンは特定の人をターゲットにしていたわけではないため、この結果はたまたまだったとも言えます。

しかし、この結末に至るまでの様々な偶然の積み重ねや示唆的なシーンが丁寧に描かれているので、もはやこうなるのが運命だったのではとも思えてきます。

あのドライブインに行かなければ、サスキアが一人で買い物に行かなければ、レイモンが最初に狙った女性を乗せるところまでいった時にくしゃみをしていなければ、レイモンが「R」のキーホルダーをプレゼントされなければ、そもそもサスキアが”レックス(Rex)”と付き合っていなければ…。

また、レックスたちが地中に埋めるコインやサスキアの語る金の卵に閉じ込められる夢なども、後の展開を示唆しています。

ファーストカットで画面に映される蜘蛛の巣にかかった虫や、インサートされる蜘蛛や獲物に忍び寄るカマキリも、虎視眈々と誰かが罠にかかるのを狙っているレイモンの姿と重なります。

恐ろしい脚本と巧みな映画的語り口が光る、伝説の映画と言われるのも納得の一作でした。

映画

まとめ

本作は結果だけ見ればバッドエンドですが、恋人同士が最終的に同じ運命を辿れた、或いは一人の男が歪んだ悲願を遂に達成したという意味ではハッピーエンドにも見えてきます。

レックスの立場に立った時、あのまま真相を知らずに生きるのか、それともコーヒーを飲んで恐ろしい体験をするか、自分だったらどうするか考えてしまいます。

劇場では様々な新作が公開されていますが、人間心理を巧みに突いた本作は30年の時を経ても全く古びていません

公開館は少ないですが、ぜひ逃げ場のない劇場で見て欲しい一作です。

(C)1988 Published by Productionfund for Dutch Films

The Vanishing(1988年映画) - Wikipedia

The Vanishing(1988年映画) - Wikipedia

The Vanishing(1988年映画) - Wikipedia

プロット

若いオランダ人夫婦、レックスとサスキアはフランスで休暇を過ごしています。彼らが運転する中、サスキアは金色の卵の中で宇宙を漂う繰り返し現れる夢を共有します。最近の夢で、別の人物を含む別の卵が現れ、彼女は二つの卵の衝突が何かの終わりを示すと感じています。

彼らの車はガソリンが切れ、休憩所で止まります。レックスはサスキアを決して見捨てないと約束し、二人は二人のロマンスの象徴として木の根元にコインを二つ埋めます。サスキアは飲み物を買うためにガソリンスタンドに入り、戻ってきません。レックスは必死に彼女を探しています。

しばらく前、裕福な家族を持つレイモンドは、密かに女性を誘拐しようと企てました。彼は孤立した家を購入し、クロロホルムを実験し、女性を自分の車に誘い込む方法をリハーサルします。最初の誘拐未遂が失敗した際、彼は負傷した運転手として支援を必要とする姿を装い、町外の休憩所へと行き、そこでは認識されません。

サスキアが失踪してから3年が経ち、レックスは依然として彼女を探しています。彼はニームのカフェで誘拐犯と会うよう招待するはがきを何枚か受け取りましたが、誘拐犯は決して来ません。レックスには知られていませんが、カフェはレイモンドのアパートの正面にあり、そこでレックスが待っているのを見ています。レックスの新しい彼女、リーネケは、しぶしぶ彼がサスキアを探すのを手伝います。ある日、レックスはサスキアに似た夢を抱き、その夢の中で彼は金の卵に閉じ込められました。執着に耐えられず、リエネケは彼から離れました。

レックスはテレビで公に訴え、サスキアに起きたことの真実だけを知りたいと述べました。レイモンドはレックスに対峙し、誘拐を認めました。レックスが彼と一緒に来れば、彼女に何が起きたかを明らかにすると言っています。彼らが運転している間、レイモンドは自らの精神病を認め、幼い頃から良心がないことを知っていたので、何でもできると述べました。若い少女を溺れかけた少女を救った後、彼は娘の称賛に値するかどうかを試すために、想像できる最悪の罪を犯すことを決意した。彼の見解では、真に善良な人になるのは、悪事を成し得る能力があるが、それを行わない選択を得る。レイモンドは、旅行販売員を装ってサスキアを自分の車に誘い込み、休憩所でサスキアを誘拐した様子を語ります。

その夜遅く、レイモンドとレックスは荒涼とした休憩エリアに到着しました。レイモンドは、レックスが警察の行動を脅すことを退け、犯罪と彼を結びつける証拠はないと述べました。薬を飲ましたコーヒーを注ぎながら、レイモンドはレックスに、サスキアに何が起こったかを知る唯一の方法は自分で体験することだと告げた。レイモンドが車の中で待っている間、レックスは何をすべきか分からない様子で激怒しています。何年も前に彼とサスキアが埋めた硬貨を掘り起こした後、彼はコーヒーを飲みます。レックスはしばらくして目覚め、地下の箱に生き埋めにされました

レイモンドは、妻と子供たちに囲まれた田舎の家でくつろいでいます。彼の車に座っている新聞は、サスキアとレックスの二重失踪に関する見出しを掲載し、二人の肖像は卵形の楕円形に描かれています。

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これから先はネタバレです!

異国から来て、アメリカを描いた制作者たち

 映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の原作は、1952年にハリー・グレイという作家が書いた「The Hoods」です。ユダヤ系アメリカ人として貧困から犯罪に手を染めた自身の半生を、一部フィクションも取り入れながら、描いた作品だそうです。 グレイは、当時のロシア帝国だったキーウで1905年に生まれます。そして、家族でアメリカに移住。まさに映画のヌードルスです。

 監督セルジオ・レオーネはイタリア人です。イタリア人なのに長年西部劇を作ってきました。その集大成ともいえる「ウエスタン」(原題:Once Upon A Time In the West  1968)の次の作品として、この小説にのめりこみ10年以上も映画化交渉を続けました。かの「ゴッドファーザー」の監督するチャンスも断ったと言われています。

登場人物たちのバックグラウンド


 ここで、映画の登場人物たちの背景になにがあるのか?アメリカにおける移民の歴史について勉強しました。
 まずは、イングランドからの移民がアメリカにたどり着き植民を開始するのが1600年代から。特に1620年に、カトリックの改革を求めたプロテスタント、中でもさらに清教徒(ピューリタン)と呼ばれる人々がニューイングランドへたどり着いたことがよくアメリカ史の冒頭で語られます。そして、彼らがアメリカ社会のメインストリームとして活躍していくのです。

しかし、以降のアメリカの歴史は、終わりなき多様性を内包していく歴史でもありました。

ユダヤ系アメリカ人


まずは、この映画の主人公であるユダヤ系アメリカ人たちです。

 17世紀からスペインやポルトガルからの移民が始まり、1880年代になると爆発的に増え、それまでの10倍に膨れ上がります。東欧でユダヤ人迫害の風潮が高まったためです。ロシアをはじめ東欧の貧しい田舎出身のイディッシュ語を使うアシュケナージが200万人超アメリカに移り住みました。この流れは1920年代半ばまで続きます。主人公ヌードルスや、マックスやデボラ、モーなど主要人物は、みなユダヤ人コミュニティの人々です。 たぶん幼いころにアメリカに引っ越してきたのだと思われます。
 ニューヨークはいまだ最大のユダヤ人コミュニティを持つ土地で、映画の舞台もまさにニューヨーク。彼らは主にユダヤ教を信仰しており、映画でも過ぎ越しの祭りが描かれています。

イタリア系アメリカ人

 次は、イタリア系アメリカ人です。

1930年代にヌードルスが出所すると、マックスが新しい仕事仲間を紹介します。ジョー・ペシ演じるフランキー・モナルディです。マフィアの貫禄を漂わせるその佇まい。イタリア系アメリカ人で、宗教はカトリックです。ユダヤ教とルーツを同じにしますが、イエスキリストの登場後の新約聖書も彼らにとっては聖典ですので、宗教が違います。

 イタリア系アメリカ人も1880年代以降に移民した人が大半です。1870年代にイタリア統一が達成されたあと、旧シチリア王国に属した南部や島嶼部の住民は冷遇され、ニューヨークやニュージャージーを目指したというのです。彼らは先行したヨーロッパからの白人の移民に比べて、仕事・収入が限られていたことから、貧しい環境に甘んじざるを得なかったとされます。
奇しくもデニーロが、シチリア島で生まれ、ニューヨークのボスとしてのしあがるドン・コルレオーネを演じた「ゴッドファーザーPARTII」と同じ時代を描いています。(マフィアのイメージと結びつくことを嫌い、イタリア系アメリカ人からかなりの苦情が当時映画会社に寄せられたといいます)。
 
 ユダヤ系ギャングとイタリア系ギャングが手を結ぶというのは史実でした。20世紀の初頭にニューヨークギャングとしてその後名を馳せるラッキー・ルチアーノやフランク・コステロはイタリア系で、彼らは、ユダヤ系だったマイヤー・ランスキーやバグジー・シーゲルらと民族を超えて結びつき黄金の禁酒法時代を生き抜きます。
 
 「禁酒法」というワードがでてきました。
 少年時代として描かれる1920年(イタリア系アメリカ人に密造酒運搬を手助けして大儲けするシーン)から1933年12月4日(ヌードルスたちが銀行強盗をする前日)まで施行されていた法律です。今では考えられないこの法律も、イングランドから来たキリスト教プロテスタントたちの禁欲的な価値観が出発点にあります。

その裏で、マックスやフランキーなど後からきた移民たちは、禁酒法に理解も共感もせず、ここぞとばかりに密造酒やそれにまつわる地下酒場スピークイージーを経営したり、売春宿を経営したりと世間の裏で儲けようとしています。実際のギャングたちもこれまで窃盗や賭博に限られていた活動から、20年代を経てより巨大化、組織化をすすめたのでした。固定化されていた民族による階級社会をひっくり返そうという動き。言い換えれば、もうひとつのアメリカンドリームがここにあったのです。

アイルランド系アメリカ人

アイルランド系アメリカ人も重要な役柄で登場します。それは、組合の闘士ジミー・コンウェイ・オドネルが体現しています。トリート・ウィリアムズが演じています。

禁酒法時代に、注目された業種が輸送関係の仕事です。運転手や港湾での肉体労働。タフな仕事でした。オドネルは、トラック運転手組合(チームスター)のメンバーとして、労働者をまとめあげて経営者/彼らの雇うギャングと対立しています。ヌードルスたちは、彼の命を助け、次第に裏社会の世界に彼を引っ張りこんでいきます。

アイルランド系も1840年代からジャガイモ飢饉などが原因でアメリカへの移民が始まります。しかし、新大陸にやってきたのは後発でしたので、警察官や消防士や軍人など危険な仕事につく人が多かったといわれています。またカトリック系であることから、アメリカでの多数派であるプロテスタントのイングランド系からの差別を受けてきました。
 
ここにもモデルがいます。実在したチームスターの伝説的人物・ジミー・ホッファです。1931年に、仲間と過酷な労働を押し付ける経営と闘うため、労働組合を作り解雇されます。やがて彼は、タフな働きぶりで組合員数150万人というアメリカ最大の労働組合のトップに上り詰めます。しかし、長らくマフィアと癒着し、組合費を非合法な人脈に注ぎ込んでいたといいます。大統領も恐れる権力にまで上り詰めたさなか、1975年に突如失踪。82年に死亡宣告されますが、現在に至るまでその死は確認されていません。
こちらもデ・ニーロ主演の「アイリッシュマン」として映画化されました。 

中国系アメリカ人

そして、映画の冒頭とラストに登場するのが、中国系の人々です。
阿片窟のシーンで印象的に登場します。

中国系アメリカ人は、1880年には10万人いたとされています。西海岸のゴールドラッシュなどに沸く鉱山開発や大陸横断鉄道の労働者として多くが働いたといいます。しかし、金が枯渇して、その他の移民労働者と対立が鮮明化すると、1882年「中国人排斥法」が調印され、移民の流入を厳しく制限されます(1943年廃止まで続く)。彼らの中には太平天国の乱(キリスト教に刺激された)によって中国を追われた広東の人が多かったともいいます。宗教は、仏教・道教・儒教などが混交しています。

WASP

最後に、この映画では見えない存在になるアメリカのマジョリティーがいます。WASP、つまり白人でアングロサクソンで、プロテスタントという人たちです。

1968年のシーンで、マックスは「クリストファー・ベイリー商務長官」と名乗ります。このベイリーという姓は、イングランド系かスコットランド系に多い名字ということです。城壁に囲まれた砦などといった語源があるようです。まさにマックスが権力に上り詰め、秘密を守っていることを暗喩する名前ですね。

 そして、クリストファーという名前。これもイギリスで一番多い名前だったこともあるイングランド系の名前だそうです。その意味も「キリストを担う者」。マックスはキリストが生まれる前の旧約聖書を聖典とするユダヤ人だったはずですが、ここでは完全にイングランド系でキリスト教由来の名前を名乗り、完全にマイノリティからマジョリティに自らのアイデンティティを逆転させていることがわかります。アメリカンドリームを実現させるために、アイデンティティを偽る…悲しい復讐があったと読み取れます。
 

書き出してみると「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の主人公たちは、アメリカに遅れてやってきて、差別に苦しんだ新移民たちです。
多様な民族、多様な信仰、多様な歴史を持つ彼らが、時に争い、時に手を組み、交錯した50年の時間の流れが行きつ戻りつ語られています。
 
同じ場所で同じ夢を見ていたはずの人々の「同床異夢」これが映画のテーマを大きくかかわってくるのです。
 
続きは次回です。 

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ:謎/伏線/ネタバレ解説

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ:謎/伏線/ネタバレ解説

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ:謎/伏線/ネタバレ解説

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ 映画

イタリアの名匠セルジオ・レオーネが10年以上の歳月をかけ、1984年に発表した3時間49分の超大作映画が『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』です。

2020年には、宝塚歌劇団雪組により、望海風斗、真彩希帆が主演した舞台版が上演されたこともあり、再び熱い注目が集まりました。

入り組む時間構成とさまざまな解釈が可能な謎めいたシーンが多いことから、難解映画の一つに数えられていますが、映画史に残る傑作であることは間違いありません。

ここでは、鑑賞を終えた状態であることを前提に、あらすじや登場人物の紹介は簡単に留め、謎解きと伏線についてなるべく具体的な解明を試みたいと思います。

セルジオ・レオーネ監督の遺作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』作品紹介

マカロニ・ウエスタンで世界的人気を博したイタリア映画の巨匠セルジオ・レオーネが監督および脚本を手掛け、1984年に公開された大作映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』。

レオーネ監督の代表作であり、また『ウエスタン』(1968年)、『夕陽のギャングたち』(1971年)とあわせて「ワンス・アポン・ア・タイム三部作」と呼ばれることもあります。

映画の知られざる裏話やトリビアについては、以下の別の記事でご紹介しています。

■あらすじ(閉じたページにネタバレあり)

1920年代から30年代にかけてのニューヨーク、ユダヤ人街が拡がるブルックイン・ウィリアムズバーグを主な舞台に、ヌードルスとマックスを中心とする少年グループの友情、そしてギャングとなって犯罪に手を染めたことで迎える悲劇を描きます。

そしてもう一つの軸が、たった一人生き残り、老いたヌードルスの今です。

何者かから一通の手紙を受け取り、35年ぶりにニューヨークに戻ってきたヌードルスが、過去と向き合います。

以下、結末。

仲間を案じた上で決断したヌードルスの密告により、死を迎えたマックスら仲間の3人。しかし、みなで貯め込んだお金が忽然と消えているという不可解なことも……。

ヌードルスは罪悪感から一人ニューヨークを旅立ち、姿をくらましたのでした。

35年後、裕福なベイリー財団からのパーティー招待状をきっかけに、戻ってきたヌードルス。

女優となったかつて愛した女デボラを訪ねて、事情を訊きだそうとすると、絶対にパーティーに行ってはならないと……。

パーティー会場となった屋敷に行くと、ベイリー長官は、なんと死んだはずのマックスでした。

全てを告白し、殺してくれと願うマックスを無視し、ヌードルスは一人屋敷を去っていきます。

■主要登場人物とキャスト

・ヌードルス/ロバート・デ・ニーロ
・マックス/ジェームズ・ウッズ
・デボラ/エリザベス・マクガヴァン
・デボラ(少女時代)/ジェニファー・コネリー
・キャロル/チューズデイ・ウェルド
・フランキー/ジョー・ペシ
・ジミー/トリート・ウィリアムズ

■レオーネと名コンビだったエンニオ・モリコーネの音楽

1989年に他界したセルジオ・レオーネ監督の遺作となった『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』。

本作を語る上で、叙情あふれるノスタルジーに満ちた音楽の素晴らしさを触れないわけにはいきません。

手掛けたのは、2020年に他界した映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネ。セルジオ・レオーネとは、60年代のマカロニ・ウェスタンの時代から続く名コンビでした。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』の伏線と謎を考察/解説

複雑に絡み合う人間模様の中で、本作の重要なカギとなるのが言うまでもなく「死んだはずなのに生きていた」というテーマです。

そのテーマを強調すべく、全編に張り巡らされた伏線からまず考察します。

①死の偽装を暗示していた伏線4つ

伏線1

35年ぶりにニューヨークのブルックリンに戻ってきたヌードルスが、車を降りて最初に目にするのは、墓地を掘り起こしている工事現場。

最初観たときは、おそらく何の意味もなさないシーンですが、結末を知ると、実に意味深なシーンだったことがわかります。

そもそもヌードルスがニューヨークに戻った理由は、ユダヤ教会から届いた霊園売却のための改葬の案内でした。つまり、マックスはすでにヌードルスを呼び寄せた時点で、この後に起こることをそれとなく示唆していたのです。

伏線2

少年時代、港でマックスとヌードルスが小舟から海に落ちるシーン。

いつまでも水面に浮上してこないマックスが溺れたと思い、ヌードルスが焦ります。が、実は単にヌードルスをからかったマックスの悪戯でした。

この時点で、映画の結末がすでに暗示されていたことがわかります。

伏線3

刑期を終えて釈放されたヌードルスをマックスが出迎えるシーン。

出迎えの車がなぜか霊柩車。乗せられた女性の遺体が、実は生きており、マックスがヌードルスを驚かすために仕組んでいた悪戯だったことがわかります。ここでも、再び、同じテーマが繰り返されました。

ちなみに、このとき、マックスはヌードルスにこう言います。

「息を吹き返したみたいだな。よくあることだ」

伏線4

マックスとヌードルスが彼女連れでマイアミのビーチに遊ぶシーン。

連邦準備銀行を襲う計画を、ヌードルスに「気が狂ってる」と言われて激怒したマックスが、一人で水際の砂浜を歩きます。遠目にカメラがとらえるマックスの姿。ゆっくり、カメラのフレームから消えかかって、再び中央に戻ってきます。

いったん消えて、また戻る……。

テーマを、映像によって暗示させているのではないでしょうか?

②ゴミ収集車は何を意味するのか?

マックスがゴミ収集車に飛び込むことで自ら死を選んだという解釈があるようですが、個人的には何度観直してもそんな風には見えません。

解釈は人それぞれですが、次の客観的事実が、なんらかのヒントを指し示していることは確かです。

伏線1

1.ゴミ収集車の名前が、マックスを連想させる「マック(Mack)」である点。
2.車体にはっきり「35」という数字が見えます。「35」とは、マックスがヌードルスをあざむいていた空白の35年と結びつきます。

そして、ゴミ収集車を暗示するかのように、若い頃、2人の間でこのような会話がありました。

伏線2

ヌードルス「お前とはどこまでも一緒だ」
マックス「ゴミのようにお前を捨てたい」

つまり、ヌードルスの目の前を走りゆくゴミ収集車は、この35年という年月がまるでゴミのような無意味な時間だったことを(おそらくマックスにとってもヌードルスにとっても)、象徴しているのではないでしょうか。

同様に、その後にやってきた若者たちの車は、新しい世代の到来、時代の移り変わりそのものを暗示しているように映ります。

③ヌードルスが微笑むラストシーンについての考察

ゴミ収集車と並び、最も多くの議論を呼ぶのが、映画のラストシーンで見せる、ヌードルスの不思議な笑顔です。

映画の冒頭につながる若きヌードルスの姿であり、すべては夢だったと見る解釈もありますが、個人的には、笑顔そのものに、あまりに深い意味付けを与える見方はどうかと思っています。

平常時ではなく、アヘンの摂取後であるという事実が重要だと思われます。やはり、アヘンがもたらした多幸感による見せかけの笑顔だとみるほうが自然ではないでしょうか? あえて深く解釈するならば、陶酔でありながら、辛い現実からの逃避と見ることは可能でしょう。

この不思議なラストシーンによって、物語は再び冒頭に戻り、映画全体が一つのループのようにつながる構成にこそ、壮大なる意図を感じます。

④アヘン窟で上演されている影絵の意味

伏線

影絵で映し出されているのは、男が女を追いかける芝居。

男と女は、ヌードルスとデボラを連想させます。

つまり、ヌードルスのデボラに対する叶わぬ純愛が本作の重要なテーマの一つであるとすると、それを暗示していると見ることも可能です。

さらに深く掘り下げるならば、それを知っているマックスの嫉妬の物語だとも言え、嫉妬の対象はヌードルスにではなく、ヌードルスの愛を独り占めしているデボラに向けられているように感じます。

同性愛と紙一重ともいえる、マックスのヌードルスに対する執拗な想いは尋常ではありません。

何度も観直したい映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』

セルジオ・レオーネ監督が多くを語らぬまま他界してしまった今となっては、謎や隠された意味について、我々は想像し、推測することしかできません。

ここでは伏線を中心に考察を試みてみましたが、あくまでも一個人の見方です。それに、まだまだ見落としている伏線があるかもしれません。

上記に述べたとおり、ループのように結末と冒頭がつながった映画であり、つまり、否応なく何度も観直すことを要求する作品だと言えるでしょう。

229分のディレクターズカット版に、著名映画評論家による音声解説、製作舞台裏のドキュメンタリーなど特典映像を収録した完全版ブルーレイは、本作のファン必見です。

さらに、2014年のニューヨーク国際映画祭(上記写真はそのときのもの)では、「完全版」にさらに22分のシーンをくわえた「エクステンデッド版」(251分)が公開され、大きな話題をよびました。そのブルーレイも発売されています。

「エクステンテッド版」で追加されたシーンについての説明は、以下の記事に詳しく書いてあります。

ビッグ4(アガサクリスティ)のあらすじ・ネタバレ解説・感想 │ 足コツ

ビッグ4(アガサクリスティ)のあらすじ・ネタバレ解説・感想 │ 足コツ

ビッグ4(アガサクリスティ)のあらすじ・ネタバレ解説・感想

ビッグ4(アガサクリスティ)のあらすじ・ネタバレ解説・感想

アガサ・クリスティのポアロシリーズ長編第四作となる『ビッグ4』。この物語は、アガサ・クリスティ史上最駄作という汚名を持ってしまった作品です。

スリラー、犯罪、ミステリー小説

そこでこのページでは、あらすじや感想のご紹介と、「物語のポイント」を確認しながらの解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。

物語について

解説する前に、主な登場人物あらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。

主な登場人物

■ エルキュール・ポアロ

物語の主人公。私立探偵。

■ アーサー・ヘイスティングズ

ポアロの友人。南米で農場を経営している。

■ リー・チャン・エン

ビッグ4のナンバーワン。東洋を裏で支配している頭脳的存在。

■ エイブ・ライランド

ビッグ4のナンバーツー。全世界でいちばんの大富豪。

■ マダム・オリヴィエ

ビッグ4のナンバースリー。フランスの有名な女流科学者。

■ クロード・ダレル

ビッグ4のナンバーフォー。デストロイヤーと呼ばれる変装の名人。

■ ジョン・イングリズ

イギリス内で中国の地下組織にもっとも精通した人物。

■ ヴェラ・ロザコフ伯爵夫人

ロンドンを拠点に活躍していた元宝石泥棒。ビッグ4に仕えている。

■ ジェームズ・ジャップ

スコットランドヤードの警部。ポアロの友人。

あらすじ

◆ はじまり

ポアロは、南米から久しぶりにやってきたヘイスティングズと話に花を咲かせていた。すると突然思いがけぬ客がやってきて謎の組織「ビッグ4」について語り気絶。その後、精神病院の医者に扮した組織の一員ナンバーフォーによって亡き者にされてしまった。

スリラー、犯罪、ミステリー小説

ビッグ4に興味を持ったポアロは、中国に詳しいジョン・イングリズから話を聞く。さらにビッグ4について知っているイングリズの知り合い会おうとするが、時すでに遅く先回りされてしまっていた。

◆ ナンバーツーとナンバースリー

ジャップ警部から情報をもらい失踪者の捜索を始めたポアロとヘイスティングズは、フランスで有名な女流科学者のマダム・オリヴィエと会う。するとその屋敷でかつての仇敵ロザコフ伯爵夫人と再会。このことからポアロは、失踪者の居場所とナンバースリーの正体がマダム・オリヴィエであることを突き止める。

続いてポアロは、調査依頼を受けていたアメリカの大富豪エイブ・ライランドがナンバーツーではないかと睨んでいた。そこでヘイスティングズを囮にしつつ罠を仕掛け、正体を暴くことに成功する。

◆ ナンバーフォーの正体

その後もいくつかの事件に遭遇し、ナンバーフォーとの攻防を繰り広げるポアロたち。その中にはヘイスティングズの妻を人質にとった卑劣極まりないものまで存在した(実際は人質にとられていない)。

ポアロは、少しずつわかってきたナンバーフォーの特徴をもとに候補者のリストを作成。そして彼らの情報を得るため新聞に公告を掲載すると、一人の女性の話からナンバーフォーには「パン屑をいじるクセ」があることがわかる。しかしその女性はナンバーフォーの写真を家に撮りに行く途中、自動車にはねられてしまうのであった。

◆ 最後の勝負

依頼されたとある捜査から帰ってきたポアロは、ビッグ4によって仕掛けられた爆発物によって命を落とし、生き残ったヘイスティングズは復讐を誓う。しかしポアロの残した手紙の勧めで南米へ帰ることを決意。するとその途中で別の場所に連れていかれ、実は生きていたポアロと涙の再会を果たす。

亡きイングリズの奉公人から得たヒントをもとにビッグ4のアジトへ向かったポアロたちは、出し抜いたかに見えたナンバーフォーに捕らえられてしまう。しかしこれこそがポアロの 当の狙いで、アジトは完全包囲されていた。

ナンバーワンのリー・チャン・エンが亡くなったことにより、トップすべてを失ったビッグ4は壊滅。精魂尽き果てたポアロは引退を決意し、「カボチャでも作りますか」と笑うのだった。

書籍

解説と考察

本物語は、「ポアロ対ビッグ4の攻防」と「ナンバーフォーの変装」がポイントです。そこで、ここではこの2つの点について解説と考察を行います。

ポアロ対ビッグ4の攻防

何回にもわたるポアロ対ビッグ4の攻防の勝敗を表にすると、以下のようになります(勝敗はビッグ4の企みを基準に付けています)。

ポアロ 勝負の内容 ビッグ4
メイアリングの命
ホェイリイの命
マダム・オリヴィエとの勝負
エイブ・ライランドとの勝負
ペインターの命
マダム・ゴスポーシャの遺産とウイルスンの命
ヘイスティングズの手紙によるポアロのつり出し
フロッシー・モンローの命
ビッグ4全体との勝負

肝心なところでは勝利を収めているものの、ポアロはビッグ4の企みを何度も阻止することができませんでした。しかし、「フロッシー・モンローの命」以外の敗北はすでに起こってしまったことを後日聞いたもの。したがって本当に敗北したと言えるのは一件のみかもしれません。

そして最後の勝負に勝利しビッグ4は壊滅。作中ではポアロが次の言葉を吐いていました。

スリラー、犯罪、ミステリー小説

おわりよければ、すべてよし

出典元:ハヤカワ文庫『ビッグ4(9 黄色いジャスミンの謎)』アガサ・クリスティー/田村隆一訳

とはいえ、ビッグ4によって多くの命が奪われたということを忘れてはならないと思いますが…。

ナンバーフォーが変装した人物

物語の中で、ナンバーフォーは数多くの人物に変装しました。以下の表は、その人物と特徴をまとめたものです。

名前 職業/他の登場人物との関係 特徴
精神科医の男 ・赤ら顔
・いかつい大男
・濃い口髭
・しゃがれ声
・特徴のない耳と目
・義歯
サンダーズ 出所者救世会の親方/肉屋の男 ・黒いソフト
・眼鏡
・歯が1  ない
・気取った喋り方
ポアロに手を引くよう忠告に来た男 ・背が高い
・やせ型
・鉤鼻
・顔色が悪い
・顎のところまでオーバーのボタンをかけている
・ソフトを目深にかぶっている
ジェームズ エイブ・ライランドの下男
クエンティン ペインター氏を診た医者 ・頭のよさそうな男
・もったいぶった態度
・鼻眼鏡
サヴァロノフ 世界2位のチェス選手 ・背が高い
・やせ型
・ふさふさした眉毛
・純白の顎鬚
・やつれた容姿
・頭の形が高い
ミッキー テンプルトンの前妻の息子 ・丸顔
・持ちあがった眉毛
ポアロたちの泊まったホテルの食堂にいた男 ・肥満
・髭跡のきれいな顔
・土色の皮膚
・目の下にたるみ
・深いほうれい線

並べてみるとわかりますが、変装した人物との間にまったくつながりがない、そして誤魔化せそうな容姿ばかりです。ポアロは逆にこの特徴の無い容姿をもとにして、ナンバーフォーの候補者リストを作り上げます。

また、容姿だけではなく性格もさまざま。ポアロもまったく気づかなかったと認めているので、本当に一流の演技だったのでしょう。ただ、女性の変装ができないことを考慮すると、『名探偵コナン』の怪盗キッドや『金田一少年の事件簿』の怪盗紳士の方が実力は上かもしれないですね。

書籍

感想

推理小説というよりは、アクション小説の方が正しい表現のように感じました。基本ナンバーフォーの変装を利用して何かをすることがメインなので、トリックらしいトリックと言えば電気の流れるチェステーブルくらい。謎解きを期待して読み進めていくと、落胆してしまうかもしれません。

「いいな」と思ったのは、ポアロとヘイスティングズの関係性。ヘイスティングズは、ポアロが爆発によって命を落としたと知った後こんなことを言っていました。

仇敵に一矢もむくいず、だれがおめおめと南米になどかえれるものか!

出典元:ハヤカワ文庫『ビッグ4(16 瀕死の中国人)』アガサ・クリスティー/田村隆一訳

スリラー、犯罪、ミステリー小説

情に厚いヘイスティングズらしい言葉です。自分のせいで命を落としてしまった責任も感じていると思いますが、愛する妻を差し置いてまでビッグ4に一矢報いてやろうとした。ヘイスティングズの中にあるポアロの存在が、それだけ大きかったということなのでしょう。

また、ポアロはヘイスティングズのことを想うあまり、次の言葉をかけています。

わたしは、自分の命が危険にさらされるのはなんとも思いませんが、あなたの生命までたえずおびやかされるのを見ているのが、なによりつらかったのですよ。

出典元:ハヤカワ文庫『ビッグ4(16 瀕死の中国人)』アガサ・クリスティー/田村隆一訳

お互い自分の命を顧みず相手を心配している。簡単にできることではありません。

『ビッグ4』は、アガサ・クリスティが失踪や引退を考えていたほどの情緒不安定な時期に書かれた作品です。したがってこれまでの作品のような勢いはなく、ペンが走っていないような印象を受けます。しかしその後に発表した数々の名作を書くことができたのは、このときの苦悩があったからこそかもしれません。そう考えると『ビッグ4』という作品は、かなり重要な意味を持っていると言えるでしょう。

少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。

ビッグ4 - Wikipedia

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