2026年8月1日土曜日

ロイ・ウィリアム・ニール - Wikipedia

Roy William Neill - Wikipedia

ロイ・ウィリアム・ニール(本名ロランド・ド・ゴストリー、1887年9月4日生まれ、1946年12月14日没)は、アイルランド生まれのアメリカ人映画監督で、バジル・ラスボーンナイジェル・ブルースが主演するシャーロック・ホームズ映画のほぼすべてのプロデュースと監督を務めたことで最もよく知られ、これらは1942年から1946年にかけて制作され、ユニバーサル・ピクチャーズから公開されました。[1]彼はまた、人気のユニバーサル・モンスターズ・フランチャイズの作品である『フランケンシュタイン・ミーツ・ザ・ウルフ・マン』(1943年)を監督しました。

伝記

1919年の映画クルー(左から):トーマス・ウォルシュ(助監督)、ネッド・ヴァン・ブエン(カメラオペレーター)、エドワード・ジェームズ(助監督)、エドワード・ウィナード(カメラオペレーター)、ニール(監督、座っている)

父親が船長であるロイ・ウィリアム・ニールは、アイルランド沖の船で生まれました。ニールはキャリアの大半をアメリカ合衆国に住み、アメリカ市民でした。彼は1917年に無声映画の監督を始め、その後111本の映画を監督し、そのうち55本は無声映画でした。彼はまた、いくつかの作品でRとしてクレジットされました。ウィリアム・ニール、ロイ・W.ニール、そしてロイ・ニール。

ニールは、その印象的なビジュアルスタイルで知られていました。緻密に照明されたシーン、慎重な構図、そして層状の影が1940年代後半のフィルム・ノワールの基調となった(彼の最後の作品である『ブラック・エンジェル』(1946年)はフィルムノワールと見なされています)。ニールの想像力豊かな演出と構図は、当時低予算だったコロンビア・ピクチャーズに注目され、1928年に彼を雇用しました。

ロイ・ウィリアム・ニールはコロンビア大学の信頼できる取締役の一人となりました。彼の最もよく知られているコロンビアの長編は、ジャック・ホルトを題材とした映画『ウィルプール』で、コロンビアの主要スターの一人であるジーン・アーサーを登場させました。また、1935年の『ザ・ブラック・ルーム』という、ボリス・カーロフが二重の役で主演する衣装スリラーです。ニールは、フランク・キャプラ監督の1932年の長編映画『アメリカン・マッドネス』で、クレジットなしの追加シーンも監督しました。

1935年、ニールはコロンビアを離れ、ロンドンで5年間滞在しました。そのロンドンでは、アメリカ人監督にとってより良い機会がありました。イギリスの映画プロデューサー、エドワード・ブラックは、ニールを『レディ・ヴァニッシュズ』の監督に起用しました。しかし、制作の遅延により、ブラックはアルフレッド・ヒッチコックを監督に起用しました。[2]

1942年、ニールはユニバーサル・ピクチャーズのプロデューサー兼ディレクターに就任しました。スタジオ初のシャーロック・ホームズ・ミステリー(ハワード・ベネディクトがプロデュースし、ジョン・ロウリンズが監督)を制作した後、スタジオはロイ・ウィリアム・ニールにプロデューサー兼監督としてシリーズを引き継がすよう任命しました。ニールのユニバーサル映画の大半は雰囲気のあるスリラーですが、彼はミュージカル『リズム・オブ・ザ・アイランド』(1943年)を監督しました。彼の最も有名なユニバーサル作品で、シャーロック・ホームズ作品を除くと、フランケンシュタインが狼男に出会う(1943年)です。

1942年、ユニバーサルの主要作品『Flesh and Fantasy』がプレビューで4つのシークエンスから3つにカットされた際、グロリア・ジーンアラン・カーティスフランク・クレイヴンが出演する削除されたシークエンスは棚上げされました。1944年8月、スタジオはロイ・ウィリアム・ニールに、30分のシークエンスを『The Fugitive』という長編映画に拡大するよう委託しました。ニールは新しい素材を制作しましたが、監督は行いませんでした。グロリア・ジーンが利用できる間、プロジェクトは2週間未満で制作が急ぎで完了し、したがってニールはオリジナルの演出を準備する時間がありませんでした。フィーチャーバージョンは最終的に1944年12月に「Destiny」としてリリースされました。[3]

Destinyの後、ニールはシャーロック・ホームズシリーズをほぼ専ら監督し、1946年までユニバーサルに在籍し続けました。彼はイングランドのロンドン心臓発作により亡くなりました。

ジョー・ダンテ監督は、ニールを監督としてのお気に入りの一人として挙げました。[4]

フィルモグラフィー

参考文献

  1.  テッド・ストラウス(1943年10月8日)シャーロック・ホームズ、死に直面する(1943年)宮殿にてニューヨーク・タイムズ
  2.  Vagg, Stephen(2024年12月1日)忘れ去られたイギリス映画界の大物たち:テッド・ブラックフィルムインク2024年12月1日取得。
  3.  スコット・マクギリヴレイとジャン・マクギリヴレイ、グロリア・ジーン:小さな天国、pp. 163-164、iUniverse、2005年。ISBN 978-0-595-37080-1
  4.  https://www.filmcomment.com/article/guilty-pleasures-joe-dante/ [ベアURL]
https://en.wikipedia.org/wiki/Roy_William_Neill

Roy William Neill

Biography

With his father as the captain, Roy William Neill was born on a ship off the coast of Ireland. Neill lived in the United States for most of his career and was an American citizen. He began directing silent films in 1917 and went on to helm 111 films, 55 of them silent. He was also credited in some works as R. William Neill, Roy W. Neill, and Roy Neill.

Neill was known for his striking visual style: meticulously lit scenes, careful compositions, and layered shadows that would become the tone of film noir in the late 1940s (his last film, Black Angel (1946), is considered a film noir). Neill's imaginative direction and compositions were noticed by then-low-budget Columbia Pictures, which hired him in 1928.

Roy William Neill became one of Columbia's dependable directors. His best-known Columbia features are Whirlpool, a Jack Holt vehicle that introduced one of Columbia's major stars, Jean Arthur; and The Black Room (1935), a costume thriller starring Boris Karloff in a dual role. Neill also directed additional scenes, without screen credit, for Frank Capra's 1932 feature American Madness.

In 1935 Neill left Columbia for a five-year stay in London, where better opportunities existed for American directors. British film producer Edward Black hired Neill to direct The Lady Vanishes. However, due to delays in production, Black engaged Alfred Hitchcock to direct instead.[2]

In 1942 Neill became a producer-director for Universal Pictures. After the studio's first Sherlock Holmes mystery, produced by Howard Benedict and directed by John Rawlins, the studio assigned Roy William Neill to take over the series as both producer and director. Most of Neill's Universal films are atmospheric thrillers, although he did direct one musical, Rhythm of the Islands (1943). His best-known Universal feature, apart from the Sherlock Holmes pictures, is Frankenstein Meets the Wolf Man (1943).

In 1942, when Universal's major production Flesh and Fantasy was recut after its preview from four sequences to three, the deleted sequence starring Gloria Jean, Alan Curtis, and Frank Craven was shelved. In August 1944, the studio assigned Roy William Neill to expand the half-hour sequence into a full-length feature called The Fugitive. Neill produced the new material but did not direct; the project was rushed through production in less than two weeks while Gloria Jean was available, so Neill had no time to prepare any original direction. The feature version was ultimately released in December 1944 as Destiny.[3]

After Destiny, Neill supervised the Sherlock Holmes series almost exclusively; he remained with Universal through 1946. He died in London, England, from a heart attack.

Director Joe Dante cited Neill as one of his favorites as a director.[4]

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追悼:喜劇王ニール・サイモン『名探偵登場』
『名探偵登場』DVD: 1,410円+税 発売中 販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント ※2018年11月の情報です。

群を抜いて変な怪作『名探偵登場』

2018年8月26日、劇作家で脚本家のニール・サイモンが91歳でこの世を去った。ニール・サイモンが本拠地としたのはブロードウェイの舞台だが、脚本家として数々の映画に関わっている。今回は、彼が脚本を担当した中でも群を抜いて変な怪作『名探偵登場』を紹介しよう。

大富豪ライオネル・トウェイン(トルーマン・カポーティ)からの招待状を受け、とある土曜日の午後、有名な名探偵たちがトウェイン邸にやってくる。ニューヨークからディック・チャールストン(デヴィッド・ニーヴン)と妻ドーラ(マギー・スミス)、カタリナ島からシドニー・ワン(ピーター・セラーズ)と日本人の養子ウィリー(リチャード・ナリタ)、ブリュッセルからミロ・ペリエ(ジェームズ・ココ)と運転手兼秘書マルセル(ジェームズ・クロムウェル)、サンフランシスコからサム・ダイヤモンド(ピーター・フォーク)と秘書兼愛人テス(アイリーン・ブレナン)、英国からジェシカ・マーブルズ(エルザ・ランチェスター)と付き添い看護婦ウィザース(エステル・ウィンウッド)の5組10人、トウェイン邸で彼らの世話をするのは盲目の執事ジェームズサー・ベンソンマム(アレック・ギネス)と聴覚障害者で英語がわからないメイド兼料理番イェッタ(ナンシー・ウォーカー)だ。晩餐の席で、これから起きるはずの殺人事件は自分たちを狙ったものではないかと疑心暗鬼に陥る探偵たち。そこにトウェインが現れ、真夜中の12時にこのうちの誰かが殺されると予言し、その犯人を突き止めるよう要請する。これこそ自分こそが世界一の犯罪学者だと自負するトウェインの挑戦だった。そこに執事が死んだというメモを持ってメイドがやってくる。真夜中の殺人は、これから起こるはずなのに…。

悪のりすれすれのパロディ

『名探偵登場』の原題はMurder by Death(死による殺人)という。死なない殺人などありえないから、題名から人を食っているが、その通り、悪のりすれすれのパロディである。名探偵にはモデルがいて、チャールストン夫妻は『影なき男』のニックとノラ・チャールズ夫妻、シドニー・ワンはチャーリー・チャン警部、ミロ・ペリエはエルキュール・ポワロ、サム・ダイヤモンドはサム・スペード、ジェシカ・マーブルズはミス・マープルである。

脚本はニール・サイモンの書き下ろしで、アガサ・クリスティの名作<そして誰もいなくなった>を基に、サイモンならではの洒落の効いた会話と謎解きの面白さが見どころ。といっても、名探偵たちはどんどん謎を解いてはいくものの、謎が謎を呼び、かえって話がこんがらがっていく。そして最後には、お決まりのアッと驚く結末が待っている、という具合。とにかく徹底的にバカバカしい。目の見えない執事と耳と口がきけないメイドなど、サイモン以外のいったい誰が考えつくだろう?

豪華名優揃い!ピーター・フォークからトルーマン・カポーティ本人まで

もう一つの見どころは、名優中の名優が揃って出演していること。何しろ40年前の作品なので、<ダウントン・アビー>のグランサム伯爵未亡人のマギー・スミスも、まだ若くて美しいし、「刑事コロンボ」が始まった頃のピーター・フォーク(なので、サム・スペードというよりコロンボ警部に見える)や、「ピンク・パンサー」シリーズでフランス人のクルーゾー警部を演じた変幻自在のピーター・セラーズ、「スター・ウォーズ」シリーズのオビ=ワンを演じる前のアレック・ギネス、最新作『ジュラシック・ワールド/炎の王国』では枯れた老人だったジェームズ・クロムウェルの若き姿、ジェームズ・ホエールの『フランケンシュタインの花嫁』が忘れられないエルザ・ランチェスターなど。極めつけは『冷血』や『ティファニーで朝食を』で知られる小説家トルーマン・カポーティ本人で、カメオ出演の『アニー・ホール』を除けば、唯一の映画出演作となる。ベネット・ミラーの『カポーティ』で彼を演じたフィリップ・シーモア・ホフマンと比べてみるのも面白いだろう。

言葉の境界を超えた、喜劇の心髄

喜劇というのは最も国境を越えにくいジャンルである。文化を背景にする言葉の笑いは異なる言語に置き換えられないからだ。ニール・サイモンの戯曲も、英語でしか表現できない洒落とウィットに満ち満ちているので、すべての意味を日本語に訳すことは不可能である。それでも、サイモンの戯曲が日本を含む全世界で上演されているのは、言葉の境界を超えた、喜劇の心髄がそこに込められているからだ。

『名探偵登場』もまた翻訳しにくい作品で、劇場公開時の字幕翻訳者の苦労がしのばれるが、こういう作品はやはり吹替で見るのが一番。声優も名優揃いである。

文:齋藤敦子

クリスティーの『そして誰もいなくなった』の先駆的作品 | 株式会社扶桑社のプレスリリース

クリスティーの『そして誰もいなくなった』の先駆的作品 | 株式会社扶桑社のプレスリリース
The Ninth Guest - Remastered (1934) Whodunnit with Donald Cook and Genev... https://youtu.be/gx9Jtug7Qt0?si=VOXcAaboMuUErFIh @YouTubeより




第9のゲスト - Wikipedia

プロット

匿名の電話により、ニューオーリンズのペントハウスで開催されるパーティーに、ゲストのグループが電報で招待されます。その中には、マレー・リード教授、キャンパス急進派のヘンリー・アボットとその恋人ジーン・トレント、マフィアのボスであるジェイソン・オスグッド、弁護士シルビア・イングレスビー、地区検事ティモシー・クローニン、社交界のマーガレット・チショルム、そして作家のジェームズ・デイリーが含まれます。

合流すると、ゲストは互いに敵であることに見出します。匿名の司会者の指示により、ラジオがゲストが招集され、知恵のゲームが行われ、最終的に「第9のゲスト」が死そのものになるというアナウンスを放送します。その直後、パーティー参加者はクローゼットで死体を発見しました。夜遅く、オスグッドは他の客を毒殺しようとした後、死亡しました。

ジーンは、マーガレットが最近、夫を誤って精神科病院に入院させた重婚者であることを暴露する手紙を受け取ったことを明らかにした。マーガレットは、曝露に動揺し、真夜中に自殺しました。残りの客が議論している間、ティモシーが銃を振りかざしていることが判明しました。シルビアはティモシーを守ろうとしますが、その過程で不本意に彼を射殺し、さらに電気ゲートに体を投げつけて自殺しました。

午前2時に電気が停止し、住宅は暗闇に包まれます。暗闇の中で、マレーは銃撃され、ヘンリーは重傷を負いました。ジェームズは負傷したヘンリーを縛り、彼が黒幕であり殺人犯であると信じた。ジェームズは、クローゼットで見つかった遺体が、ヘンリーのためにアパートを配線した電気技師のものであり、ヘンリーの椅子にあるスイッチを通じてラジオの操作を密かに許可したと主張しています。ヘンリーはついに、自分が実はマーガレットに対する復讐計画の一環としてグループを結集させた黒幕であり匿名の発信者であることを認めます。マーガレットの夫はヘンリーの兄であり、シルビアと腐敗したティモシーは、彼の兄の精神科病院への入院を支援しました。

ヘンリーは、彼が入所した後、生き残ったジャンとジェームズが自ら感電死する前に出発することを許可した。


https://www.amazon.co.jp/九番目の招待客-奇想天外の本棚-オーエン・デイヴィス/dp/4336074100

九番目の招待客 (奇想天外の本棚) 


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◆『そして誰もいなくなった』先駆作の本命はこれか⁉

夜の十一時、八人の著名な男女が、差出人の名前のない謎の電報によってニューオーリンズの二十階建ての高層ビルの屋上にあるペントハウスで開かれるパーティーに招待される。電報で主催者は独創的なパーティーの夜を約束していたが、主催者が何者であるかは誰にも知らされていない。彼らは奇妙な取り合わせのメンバーで、全員が互いに特定の人物を憎んでいた。
主催者の正体をめぐって各自がさや当てをしていると、突然、部屋に据えられたラジオから主催者の声が流れてくる。ラジオの声は彼らに、これから生死をかけた最も刺激的で愉快なゲームをすると告げる――ゲームに勝たなければ、彼らは今夜、ひとりずつ死ぬことになると。思わぬ状況に直面した彼らは部屋から逃げようとするが、ドアには触れれば死に至るほどの電気が流れ、電話もなく、地上二十階にあるペントハウスでは脱出するいかなる手段もないことに気づく。パニックに襲われた彼らひとりひとりにやがて死が忍び寄る――。
『そして誰もいなくなった』の謎の招待主U・N・オーエンを思い起こさずにはいられない「オーエン」・デイヴィスが、劇場で観客が耐えうる限りのスリルと興奮、恐怖とサスペンスを詰め込んだ傑作戯曲の幕が開く!

https://deep-place.hatenablog.com/entry/2023/12/31/150254

『姿なき招待主』と『そして誰もいなくなった』の「差異」、あるいはメディアミックスの功罪

---本稿は『姿なき招待主』、『そして誰もいなくなった』、『九番目の招待客』のネタバレを含みます。読了の上でお読みください。---

2023年、二冊の本がさほど時間をおかず刊行された。9月末に国書刊行会から出た『九番目の招待客』(オーエン・デイヴィス、白須清美訳、以降『客』)と、12月頭に扶桑社ミステリーから出た『姿なき招待主』(グウェン・ブリストウ&ブルース・マニング、中井京子訳、以降『主』)である。『客』は、『主』を翻案した戯曲版であるが、世に出たのは前者の方が先であるという。この奇妙なねじれ現象については、『主』巻頭に収録されたカーティス・エヴァンズによる序文を参照されたい。

さて帯にもあるように、『主』(と、それを翻案した『客』)のプロットにはアガサ・クリスティーそして誰もいなくなったのそれと類似している部分がある。1930年と1939年。この二作の発表年代から言えば『主』は「先行例」と言って間違いではない。しかしその一言で片づけてよい作品でないのも確かだ。作品の価値は共通点ではなく、その作品独特の「差異」の部分にこそ現れる。『主』と『そして誰もいなくなった』との、大きな差異とは何か……ズバリ、それは「動機」の部分に現れる。

そして誰もいなくなった』の犯人の動機は、端的に言えば「裁かれざる罪人を裁くこと」である。そのために「犯人」はイギリス中から「知られざる犯罪者」を「兵隊島」に集め、次々に殺していく。この作品の犯人は本来裁かれるべき者が縛鎖を逃れ、のうのうと生き延びているという「現実」、「司法の限界」に直面した。彼にとって罪の軽重は問題ではない。「裁かれない」ことへの憤りが彼をして自らを狂わしめたのだ。「人は量り、神は裁く」とはマタイ福音書の言葉だが、まさに彼は「人」の矩を超えて神たらんとした存在であった(その彼が、「死してのちに蘇る」というトリックは宗教的に意味深である)。

それに対して『主』の犯人が、その実呼び集めた客のほとんどを殺す動機を持たないことには驚かされる。「優秀な人間に勝つことで己の優秀さを証明したい」「不道徳な人間を皆殺しにする道徳の守護者として振る舞いたい」「重要人物が死んだ後に生ずるだろう様々な利益を独り占めしたい」と支離滅裂に動機を語る犯人の姿について私は、一人一殺の冷酷な殺人トリックを弄する冷徹さと比較して「子供っぽい」と解説に書いたが、改めて読み返してみてもそれらは薄っぺらくて、嘘くさい、後付けのものであるようにしか見えない。

『主』の物語の「動機」面で興味深いのは、実は殺意が円環様になるように登場人物が設定されているという点にある。Aを憎むBは、実はCに憎まれている。そのCはDに憎まれていて……という殺意の連鎖が、犯人の正体を見破らせない仕掛け(「Bが犯人として、Aを殺したとしてもCやDを殺す理由はないはずだ」という認知)に繋がっているのだ。それは犯人にとっても同じことである。(自分を除く)七人の招待客のうちで唯一彼が本心から憎んでいたのは、彼を大学から放り出したマレイ・チャンバーズ・リード教授であり、それ以外は付け足しに過ぎない……いかに彼が妄言を吐こうと、そう考えるのが自然ではないか。

よく思い出してみて欲しい。この物語の中で殺される(あるいは殺されかけた)六人の被害者のうち、犯人によって直接殺害されたのは教授ただ一人であるということを。それ以外の人物が、自ら盛った毒で中毒死、秘密を暴露される恐怖に心停止、怯えた時の脚癖を突かれて中毒死、自滅に近い感電死、万年筆の頭を噛む癖を突かれての中毒死、と犯人の弄するトリックで殺された(殺されかけた)ことを考えると、「銃殺」という殺害方法には違和感を持った人も少なくないと思う。作者は種切れになったのか? そうでなければなぜただ一人直接手を下したのだろう……発想を逆転させよう。つまり「彼だけはどうしても自ら手を下したかった」のではないだろうか。

多くの死の中に自分にとってどうしても殺したい相手を被害者として混ぜ込む。「一人を殺すよりも大勢を殺す方が捕まりにくい」というこの逆説的欺瞞がチェスタトンの短編から、その後多くの作品に(もちろんクリスティーの某長編にも)取り入れられたのは周知のとおりである。とはいえ、まさかクリスティーが本作を読んであの連続殺人物の小説を構想した、と語る酔狂な人はいないだろうが(笑)

そう考えると、本作はクリスティー的発想が一つどころかいくつも盛り込まれた大変贅沢な作品と言えるのではないだろうか。

---
ところで、『主』の解説でも書いた通り、『客』は『主』の肝心な部分をいくつも改変している。時間的制約や、殊に「戯曲」という媒体の都合上どうしても必要な変更であったようだが、残念ながら上記のチェスタトン・トリックの香りはまったく抜けてしまっていて、サスペンスは三割減というところである。もちろん、出たこと自体は慶賀すべきことであるが、わざわざこの戯曲を読むくらいなら、小説を読む方が数段面白い、値段も半分だし、というのは付け加えておこう。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001110.000026633.html

クリスティーの『そして誰もいなくなった』の先駆的作品

話題の戯曲『九番目の招待客』の原作小説ついに登場!

A・クリスティーの名作『そして誰もいなくなった』の9年前に刊行されていた記念碑的作品が、ついに邦訳!

■あらすじ

奇妙な電報によって、摩天楼のペントハウスに集められた、街の名士8人。

夜のパーティーと思いきや、それはおそるべき死のゲームの開幕だった――。

ラジオを通して語りかける、姿なき招待主(ルビ: ホスト)が、1時間に1人ずつ、客を殺してくというのだ!

密室状況のなか進められていく殺人計画。

犯人は、そしてその目的は?

『九番目の招待客』の原作となったサスペンスフルなミステリー。

〈解説・三門優祐〉

■書籍情報

姿なき招待主(ルビ: ホスト)

著者 : グウェン・ブリストウ&ブルース・マニング

中井京子 /訳

出版社 : 扶桑社

発売日 : 2023/12/2

扶桑社ミステリー文庫

定価:1,320円(1,200円+税)

ISBN978-4-594-09470-6

■購入リンク

Amazon    https://www.amazon.co.jp/dp/4594094708/

楽天ブックス https://books.rakuten.co.jp/rb/17716356/

■著者プロフィール

Gwen Bristow & Bruce Manning

グウェン・ブリストウ&ブルース・マニング

ブリストウ(1903-1980)とマニング(1902-1965)は夫婦作家。

ニューオーリンズで新聞記者をつとめる傍ら執筆した本書が成功をおさめ、つづけてミステリー小説を出版。本書は『九番目の招待客』として舞台化され、さらに映画化される際にマニングがハリウッドに招かれ、夫婦で移住。以後、マニングは脚本家、ブリストウは歴史小説家として活躍した。

翻訳/中井京子(なかい きょうこ)

立教大学大学院博士前期課程修了。英米文学翻訳家。主訳書:『コンドリーザ・ライス自伝』(扶桑社)、メイナード『夏の翳り』(ハーバーコリンズ・ジャパン)、コッタリル『渚の忘れ物』(集英社)他、多数。

ロイ・ウィリアム・ニール - Wikipedia

Roy William Neill - Wikipedia ロイ・ウィリアム・ニール (本名 ロランド・ド・ゴストリー 、1887年9月4日生まれ、1946年12月14日没)は、 アイルランド 生まれのアメリカ人 映画監督で、 バジル・ラスボーン と...