「死との約束」 ~ クリスティ―・プロジェクト その23
「クリスティ―・プロジェクト」第23回は「死との約束」(1938年)。記事を書くにあたって、既に読んでいたものも原則再読することにしているのだが、これはなかなか進まなかった。「アガサ・クリスティ―完全攻略」の霜月蒼氏は、本作にこれまでの最高得点をつけて絶賛しているが、私は今一つ。なぜだろう。 登場人物で印象的なのは、専制君主のような母親に支配されているボイントン一家と旅で一緒になり、次男のレイモンドと恋仲になる女医のサラ・キング。アガサの作品によく出て来る、活発で「愛のために戦う女性」だが、母親の言いなりになっていて、なかなか抜け出せない風情のレイモンドがそれほど魅力的には思えないので、またまたただの「ダメンズ好き」なのかしらん、と少々失望しないでもない。サラは母親の支配に無力感をもつきょうだいたちに積極的に助言し、ボイントン夫人に対してもその暴君ぶりを面とむかってなじるのだが、側にいるといささかアグレッシブすぎてでシンドイ女性かもしれない。旅行の一行には、フランス人の医師、ジェラールも加わるが、この二人の禅問答みたいなものもちょっとうっとおしく感じないでもない・・あら、もしかしたら私、疲れてるのかもね(笑)。
登場人物で印象的なもうひとりは、なんといっても殺されるポイントン夫人。もと刑務所の看守だった女性が大金持ちと結婚して大資産家になるとは少し強引だが、話の構成上、必要な設定である。この夫人の「わたしは決して忘れませんよ・・どんな行為も、どんな名前も、どんな顔も・・」という不気味なことばの意味は最後に明らかになるのだが、サディストが獲物をみつけたときの残忍さに慄然とする。このことばが発せられる状況には実は深い意味があり、後年のアガサの作品にも何度か顔を出すシチュエーションである。 本作はアガサの二度目の結婚生活を背景とした「中東もの」の一環で、舞台となったペトラの記述が詳しく旅情をそそられる。有名な「ばら色の町」は血のような赤い岩が脈々としているとのことだが、機会があればぜひ行って見てみたいものだ。
映像化作品は、まず映画「死海殺人事件」(1988年・米国)。ポアロはピーター・ユスチノフが演じている。一行は、エルサレムからクムラン(死海)に向かうツアーに参加している。ホテルや船上のゴージャスな様子、衣装などはさすが映画で目の保養。キャストも豪華で、殺されるボイントン夫人はバイパー・ローリー。原作では化け物のような醜悪な容姿なのだが、若い頃のかわいらしさの片鱗を残し、あまり憎々しくはない。ただし、昔、恋仲だった弁護士の設定のコープ(デヴィッド・ソウル)を毒殺しようとたくらんだりする。そのコープは原作と違って登場する女性陣皆にモテモテの色男で、キャリー・フィッシャー演じる長男の妻と不倫をしたり重要な役割を果たす。ポアロと共に捜査にあたる、カーベリー大佐を演じるジョン・ギールグッド、政治家のウェストホルム卿夫人のローレン・バコールは貫禄であったが、これだけのキャストにも関わらず、なぜかパッとしない作品になってしまった。 そうそう、サラ・キングを演じた役者さん(あまり有名な人ではないようだ)は、知的でさわやかな美人で気に入った。市川実日子ちゃんみたいな感じで原作よりも好感度大。
名探偵ポワロドラマシリーズは第61話「死との約束」(2009年・英国)。これは、もう原作とは別物です。しかも凝り過ぎていて、原作を読んで期待している視聴者にはなかなか設定が頭に入っていかない。なぜ、ここまで変えてしまったのか。 まず、ボイントン夫人の夫が生きていて発掘家だという設定に仰天する。いくら金儲けがうまいスポンサーの妻でも、このサディストを愛しているという男性がいるとは信じがたい。もっともこの夫も相当イヤミな奴で、外国人ポアロのことを露骨に嫌っている。 ボイントン夫人を演じるのはシェリル・キャンベル。「七つの時計」のキュートなバンドル、「牧師館の殺人」の牧師の妻グリエルダもこんなになってしまうのね。 サラ・キングは、同じく「牧師館の殺人」ではすっぱで奔放な娘を演じていた女性で、かわいいけれどあまり知性は感じられない。 ウェストホルム卿夫人を演じるのはエリザベス・マグガヴァーン。アメリカ映画「ワンス・アポン・ザ・タイム・イン・アメリカ」のヒロインだった、深いブルーの瞳が印象的な人である。 内容が変わってもかまわないのだが、ボイントン夫人のサディストぶりを強調するためか、子どもたちへの虐待の場面があったのは耐え難かった。荒野でシスターが倒れて終わったシーンは象徴的だが、このような娯楽作品で視聴者に解釈をゆだねるような作り方はいかがだろうか。あまり頭を使いたくないんですがね(笑)。
本作の映像化は、我が国でも三谷幸喜が果敢にチャレンジした。「死との約束」(2021年・フジテレビ)。あの名探偵、勝呂武尊(野村萬斎)のシリーズである。彼の独特の話し方にもずいぶん慣れた。設定を昭和30年代、舞台を熊野古道にしており、ご当地の様子が楽しめるものになっている。 ボイントン夫人に相当する本堂夫人を演じるのは松坂慶子だが、このキャスティングはどうかなあ。松坂さんと言えば、どこかカワイイ高齢女性役のイメージが定着していて、悪口雑言まくし立ててるつもりでもごう慢には見えないんです。草笛光子のような感じかなと思ったのだけれど、もうかなり御年ですものね。 医師、サラ・キングに相当するのが沙羅絹子(比嘉愛未)。実はこの方があまり好きではないので、私が原作に持っているイメージどおりね、という不思議な感想に。 傑作なのは、上杉代議士(鈴木京香)が旧姓「佐古」という宝石泥棒だったことで、これはポアロの心の恋人「ロサコフ伯爵夫人」へのオマージュですね。勝呂もほのかな恋情を感じていたのかもしれないけれど、残念な結末になってしまった。 勝呂はこのシリーズで毎回苦悩に満ちた表情で終わるのだが、最後にはどうなるのだろうか。三谷は大河ドラマの執筆でしばらく無理なのかもしれないが、これからもアガサ愛にあふれた良作を世に出してほしいものだ。
次回は「ポアロのクリスマス」です。 (2830字)
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