2025年11月30日日曜日

夜の旅 (クルアーン) - Wikipedia


https://ja.wikipedia.org/wiki/夜の旅_(クルアーン)
夜の旅
الإسراء
Al-Isra
アル・イスラー
夜の旅
啓示マッカ啓示
章題の意味冒頭に聖預言者ムハンマドヒジュラ前年の7月27日の夜、マッカ聖なるマスジドから天馬に乗ってエルサレムにある至遠のマスジドに至り、そこから昇天するという夜の旅について記される[1]
別名بني إسرائيل
Bani Israel
詳細
スーラ第17章
アーヤ全111節
ジュズウ15番
ヒズブ29 - 30番
ルクー12回
サジダ節1回(第109節)
前スーラ蜜蜂
次スーラ洞窟
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夜の旅』とは、クルアーンにおける第17番目の章(スーラ)。111の節(アーヤ)から成る[1]

脚注・出典

関連項目

外部リンク

昇天の書 - Wikipedia

昇天の書 - Wikipedia

昇天の書

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

昇天の書(しょうてんのしょ、アラビア語: كتاب المعراج キターブ・アル・ミーラージュラテン文字:Kitab al Miraj、英語: Book of the Ascension)はムハンマド天国ミーラージュアラビア語版英語版として知られている)への昇天について記したイスラム教の書物である。天国への昇天に関しては、メッカからエルサレム(イスラー)への不思議な一夜の冒険に続いて触れられている。昇天の書は7つの節に分かれており、ナスフ体を用いたアラビア語で書かれている。

概説

昇天の書はアブー・ウッ=カースィム・アブダルカリーム・ビン・ハワーズィン・ビン・アブダルマリク・ビン・タルハ・ビン・ムハンマド・アル=クシャイリー・アル=ニサーブリー(ラテン文字:Abu'l-Qasim 'Abdalkarîm bin Hawâzin bin 'Abdalmalik bin Talhah bin Muhammad al-Qushairî al-Nisaburi、أبو القاسم عبد الكريم بن هوازن بن عبد الملك بن طلحة بن محمد القشيريヒジュラ暦376年-465年)によって書かれたと信じられている。

13世紀後半、昇天の書はラテン語(ラテン語の書籍名はLiber Scale Machometi)やスペイン語へと翻訳され、その後すぐ(西暦1264年)に古フランス語へと翻訳された[1]。この書物で触れられているイスラム教の地獄の描写はダンテ・アリギエーリ神曲やスペインのミゲル・アシン・パラシオス英語版、イタリアのエンリコ・チェルーリ英語版といった14世紀の文学に大きな影響を及ぼしたと考える学者もいる。

脚注

  1. I. Heullant-Donat and M.-A. Polo de Beaulieu, "Histoire d'une traduction," in Le Livre de l'échelle de Mahomet, translated by Gisèle Besson and Michèle Brossard-Dandré, Collection Lettres Gothiques, Le Livre de Poche, 1991, p. 22.

関連項目

外部リンク

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ダンテ『神曲』とイスラム文化:メモ 注




ダンテ『神曲』とイスラム文化:メモ


『神曲』を図解してみた。

ちなみに、地獄から煉獄へ出るところで引力の方向が逆転している。「下へおりる」から「上へ登る」になる(どこかスピノザ『エチカ』の構成を連想させる)。



なお、スぺースの関係で煉獄と天国が重なってしまったが、本来はもちろん重ならない。小さな数字はそれぞれの界を構成する圏の数。天国篇では月から至高天へ到る星?の数。

さて、(ここからが本題だが)地獄篇28歌でマホメットが苦しんでいる場面をダンテが描いたために、イスラムを蔑視するべきでないと考える人々からは『神曲』評判が悪いが、アヴェロエス(イブン・ルシュド)にも言及しているし(地獄篇4歌)、こうした物語の構造自体をダンテがイスラム文化から学んだものだと言う説がある。

より詳しく言えば、イスラムの凖聖典ハディースのマホメット昇天後の夜の旅、アル・ミーラージュ(Al-Miraj)からの影響があるという(『現代アラブ文学選』創樹社)。

アシン・パラシオスという学者が1919年に著作("La Escatologia Musulmana en la Divina Comedia"、『神曲におけるイスラム終末論』未邦訳、英語では以下。"Islam and the Divine Comedy")で発表したセツらしいが、その指摘された影響源であるハディースには、ムハンマドの昇天、すなわち「夜の旅」は以下のように描写されている。

《私の精神が上昇したとき、私は天国につれていかれた。私は天国の門の前に置かれた。天使ガブリエルが門のところにいたので、私は中に入れてくれるようたのんだ。ガブリエルはこう答えた。「私は神の召使にすぎない。汝、もし門が開かれることを欲するならば、神に祈れ」。そこで、私は祈った。すると神がこういわれた。「私は、最愛の者たちにだけしか門を開かないであろう。汝と汝にしたがう者は、私の最も 愛する者たちである」。》

イブン=アラビーなどを参照するとさらにはっきりするが、これは『神曲』のコンセプトそのままであり、サイードの『オリエンタリズム』などでは指摘されていないが、重要な指摘だと思う。
以下、楠村雅子著「ダンテとイスラム文学との接点」より

 《スペインのムルシアに誕生し、セビィリャで活躍したスーフィー教の神秘学者、イブン・アラビー(Ibn・'Arabi)は"メッカの天啓"一六七章、"幸福の魔術"の中で、哲学と理性に導かれた魂が人間、解脱、再生の遍歴をする様を描いている。彼はイスラム教神学者の伝統に則り、黄泉の構造を図式化し、それを前述の書に挿入した。
 彼のこの宗教思想を図式化したものは同心円を七区分し、中心にくればくる程重い罪の刑罰を配したものである。ダンテのそれと比較した場合、区分数に差異が認められるが、構造面から見れば、両者が基本的に同質であることに疑いをはさむ余地はないと言えよう 。》

ヘーゲルなども遵奉するトリアーデは新プラトン派経由だが、むろんその前にアラブ系の学者たちの研究があるのは歴史的事実だ。

とはいえ、最近河出書房から文庫化された『神曲』を読めばわかるが、こうした政治的な論争を超越してかつ世俗的(=身体的)なものとして『神曲』は屹立している。


参考:
~図解・『神曲』~『神曲』世界を図解しようと試行するページ
http://commedia.jakou.com/index.html

『現代アラブ文学選』創樹社306頁

「スーフィー・イスラムの神秘階梯」ラレ・バフティヤルー著、竹下政孝訳平凡社
http://www2.dokidoki.ne.jp/racket/sufi-kig.html
http://webcatplus-equal.nii.ac.jp/libportal/DocDetail?hdn_if_lang=jpn&txt_docid=NCID:BA50160964
(中公文庫の牧野信也訳のハディースではガブリエルはジブラールと表記されている。)

サイードの『オリエンタリズム〈上〉 (平凡社ライブラリー)』

http://ci.nii.ac.jp/vol_issue/nels/AN00015107/ISS0000160930_jp.html
ダンテとイスラム文学との接点」( 楠村雅子 「京都大学大学院 イタリア学会誌」)
以下上記サイトで公開されているpdf(8/11)より

以下のサイトで、この説を最初に発表したアシン・パラシオスについて紹介されている。
koguma-blog
http://koguma.wordpress.com/2007/07/21/asin_palasios/ 
樺山紘一講演
http://www.angel-zaidan.org/danteforum2004/www/session2_kabayama.htm 

 地獄篇4カ



地獄篇4歌

L'Inferno - Dante Alighieri - del 1911 - Film Completo by Film&Clips

 



ダンテ『神曲』とイスラム文化:メモ


ダンテの『神曲』を図解してみた。

ちなみに、地獄から煉獄へ出るところで引力の方向が逆転している。「下へおりる」から「上へ登る」になる(どこかスピノザ『エチカ』の構成を連想させる)。




なお、スぺースの関係で煉獄と天国が重なってしまったが、本来はもちろん重ならない。小さな数字はそれぞれの界を構成する圏の数。天国篇では月から至高天へ到る星?の数。

さて、(ここからが本題だが)地獄篇28歌でマホメットが苦しんでいる場面をダンテが描いたために、イスラムを蔑視するべきでないと考える人々からは『神曲』は評判が悪いが、アヴェロエス(イブン・ルシュド)にも言及しているし(地獄篇4歌)、こうした物語の構造自体をダンテがイスラム文化から学んだものだと言う説がある。

より詳しく言えば、イスラムの凖聖典ハディースのマホメット昇天後の夜の旅、アル・ミーラージュ(Al-Miraj)からの影響があるという(『現代アラブ文学選』創樹社306頁より)。

アシン・パラシオスという学者が1919年に著作("La Escatologia Musulmana en la Divina Comedia"、『神曲におけるイスラム終末論』未邦訳、英語では以下。"Islam and the Divine Comedy"で発表した説らしいが、その指摘された影響源であるハディースには、ムハンマドの昇天、すなわち「夜の旅」は以下のように描写されている。

《私の精神が上昇したとき、私は天国につれていかれた。私は天国の門の前に置かれた。天使ガブリエルが門のところにいたので、私は中に入れてくれるようたのんだ。ガブリエルはこう答えた。「私は神の召使にすぎない。汝、もし門が開かれることを欲するならば、神に祈れ」。そこで、私は祈った。すると神がこういわれた。「私は、最愛の者たちにだけしか門を開かないであろう。汝と汝にしたがう者は、私の最も 愛する者たちである」。》

中世のイスラム思想家・イブン=アラビーなどを参照するとさらにはっきりするが、これは『神曲』のコンセプトそのままであり、サイードの『オリエンタリズム』 (平凡社ライブラリー)などでは指摘されていないが、重要な指摘だと思う。
以下、楠村雅子著「ダンテとイスラム文学との接点」『京都大学大学院 イタリア学会誌』より

 《スペインのムルシアに誕生し、セビィリャで活躍したスーフィー教の神秘学者、イブン・アラビーは"メッカの天啓"167章、"幸福の魔術"の中で、哲学と理性に導かれた魂が人間、解脱、再生の遍歴をする様を描いている。彼はイスラム教神学者の伝統に則り、黄泉の構造を図式化し、それを前述の書に挿入した。…
 彼のこの宗教思想を図式化したものは同心円を七区分し、中心にくればくる程重い罪の刑罰を配したものである。ダンテのそれと比較した場合、区分数に差異が認められるが、構造面から見れば、両者が基本的に同質であることに疑いをはさむ余地はないと言えよう 。》

ヘーゲルなども遵奉するトリアーデは新プラトン派経由だが、むろんその前にアラブ系の学者たちの研究があるのは歴史的事実だ。

とはいえ、最近河出書房から文庫化された『神曲』を読めばわかるが、こうした政治的な論争を超越してかつ世俗的(=身体的)なものとして『神曲』は屹立している。


参考:
~図解・『神曲』~『神曲』世界を図解しようと試行するページ
http://commedia.jakou.com/index.html

『現代アラブ文学選』創樹社p306



「スーフィー・イスラムの神秘階梯」ラレ・バフティヤルー著、竹下政孝訳平凡社
http://www2.dokidoki.ne.jp/racket/sufi-kig.html
http://webcatplus-equal.nii.ac.jp/libportal/DocDetail?hdn_if_lang=jpn&txt_docid=NCID:BA50160964
(中公文庫の牧野信也訳のハディースではガブリエルはジブラールと表記されている。)

サイードの『オリエンタリズム〈上〉 (平凡社ライブラリー)』

http://ci.nii.ac.jp/vol_issue/nels/AN00015107/ISS0000160930_jp.html
ダンテとイスラム文学との接点」( 楠村雅子 「京都大学大学院 イタリア学会誌」)
以下上記サイトで公開されているpdf(8/11)より

以下のサイトで、この説を最初に発表したアシン・パラシオスについて紹介されている。
koguma-blog
http://koguma.wordpress.com/2007/07/21/asin_palasios/ 
樺山紘一講演
http://www.angel-zaidan.org/danteforum2004/www/session2_kabayama.htm 

ダンテ『神曲』とイスラム文化:メモ

以下のサイトを参考にして『神曲』を図解してみた。


~図解・『神曲』~

『神曲』世界を図解しようと試行するページ


ちなみに、地獄から煉獄へ出るところで引力の方向が逆転している。「下へおりる」から「上へ登る」になる(どこかスピノザ『エチカ』の構成を連想させる)。



なお、スぺースの関係で煉獄と天国が重なってしまったが、本来はもちろん重ならない。小さな数字はそれぞれの界を構成する圏の数。天国篇では月から至高天へ到る星?の数。


さて、(ここからが本題だが)地獄篇28歌でマホメットが苦しんでいる場面をダンテが描いたために、『神曲』はイスラムを蔑視するべきでないと考える人々からは評判が悪いが、アヴェロエス(イブン・ルシュド)にも言及しているし(地獄篇5歌)、こうした物語の構造自体をダンテがイスラム文化から学んだものだと言う説がある。


より詳しく言えば、イスラムの凖聖典ハディースのマホメット昇天後の夜の旅、アル・ミーラージュ(Al-Miraj)からの影響があるという(『現代アラブ文学選』創樹社p306)。


アシン・パラシオスという学者が1919年に著作("La Escatologia Musulmana en la Divina Comedia"、『神曲におけるイスラム終末論』未邦訳、英語では以下。"Islam and the Divine Comedy")で発表した説らしいが、その指摘された影響源であるハディースには、ムハンマドの昇天、すなわち「夜の旅」は以下のように描写されている。


<私の精神が上昇したとき、私は天国につれていかれた。私は天国の門の前に置かれた。天使ガブリエルが門のところにいたので、私は中に入れてくれるようたのんだ。ガブリエルはこう答えた。「私は神の召使にすぎない。汝、もし門が開かれることを欲するならば、神に祈れ」。そこで、私は祈った。すると神がこういわれた。「私は、最愛の者たちにだけしか門を開かないであろう。汝と汝にしたがう者は、私の最も 愛する者たちである」。>


参考:

「スーフィー・イスラムの神秘階梯」ラレ・バフティヤルー著、竹下政孝訳平凡社

http://www2.dokidoki.ne.jp/racket/sufi-kig.html

http://webcatplus-equal.nii.ac.jp/libportal/DocDetail?hdn_if_lang=jpn&txt_docid=NCID:BA50160964

(中公文庫の牧野信也訳のハディースではガブリエルはジブラールと表記されている。)


イブン=アラビー(後述)などを参照するとさらにはっきりするが、これは『神曲』のコンセプトそのままであり、サイードの『オリエンタリズム〈上〉 (平凡社ライブラリー)』などでは指摘されていないが、重要な指摘だと思う。


日本では以下の楠村雅子の研究がネット公開されている。

「ダンテとイスラム文学との接点」( 楠村雅子 「京都大学大学院 イタリア学会誌」)

以下上記サイトで公開されているpdf(8/11)より


 「スペインのムルシアに誕生し、セビィリャで活躍したスーフィー教の神秘学者、イブン・アラビー(Ibn・'Arabi)は"メッカの天啓"一六七章、"幸福の魔術"の中で、哲学と理性に導かれた魂が人間、解脱、再生の遍歴をする様を描いている。彼はイスラム教神学者の伝統に則り、黄泉の構造を図式化し、それを前述の書に挿入した。

(略)

 彼のこの宗教思想を図式化したものは同心円を七区分し、中心にくればくる程重い罪の刑罰を配したものである。ダンテのそれと比較した場合、区分数に差異が認められるが、構造面から見れば、両者が基本的に同質であることに疑いをはさむ余地はないと言えよう 。」


以下のサイトで、この説を最初に発表したアシン・パラシオスについて紹介されている。

koguma-blog

樺山紘一講演

ヘーゲルなども遵奉するトリアーデは新プラトン派経由だが、むろんその前にアラブ系の学者たちの研究があるのは歴史的事実だ。


とはいえ、最近河出書房から文庫化された『神曲』を読めばわかるが、こうした政治的な論争を超越してかつ世俗的(=身体的)なものとして『神曲』は屹立している。



【野村萬斎演出の秘密】長台詞を上手く喋る魔法〜間も無く開幕!野村萬斎演出「ハムレット」の稽古場で何が起きているか〜

【10分で分かるシェイクスピア】〜蜷川幸雄・野村萬斎・藤原竜也・小栗旬・吉田鋼太郎・ローレンスオリヴィエら名優を語り尽くす!〜翻訳家・河合祥一郎...

【シェイクスピアの台詞術】「弱強五歩格」の魔法〜藤原竜也・野村萬斎・ケネスブラナーら名優のモノマネと共に大研究〜

ダンテ『神曲』とイスラム文化:メモ 

地獄篇4カ



ダンテ『神曲』とイスラム文化:メモ


ダンテの『神曲』を図解してみた。

ちなみに、地獄から煉獄へ出るところで引力の方向が逆転している。「下へおりる」から「上へ登る」になる(どこかスピノザ『エチカ』の構成を連想させる)。




なお、スぺースの関係で煉獄と天国が重なってしまったが、本来はもちろん重ならない。小さな数字はそれぞれの界を構成する圏の数。天国篇では月から至高天へ到る星?の数。

さて、(ここからが本題だが)地獄篇28カでマホメットが苦しんでいる場面をダンテが描いたために、イスラムを蔑視するべきでないと考える人々からは『神曲』は評判が悪いが、アヴェロエス(イブン・ルシュド)にも言及しているし(地獄篇5カ)、こうした物語の構造自体をダンテがイスラム文化から学んだものだと言う説がある。

より詳しく言えば、イスラムの凖聖典ハディースのマホメット昇天後の夜の旅、アル・ミーラージュからの影響があるという(『現代アラブ文学選』より)。

アシン・パラシオスという学者が1919年に著作(『神曲におけるイスラム終末論』未邦訳)で発表したセツらしいが、その指摘された影響ゲンであるハディースには、ムハンマドの昇天、すなわち「夜の旅」は以下のように描写されている。

《私の精神が上昇したとき、私は天国につれていかれた。私は天国の門の前に置かれた。天使ガブリエルが門のところにいたので、私は中に入れてくれるようたのんだ。ガブリエルはこう答えた。「私は神の召使にすぎない。ナンジ、もし門が開かれることを欲するならば、神に祈れ」。そこで、私は祈った。すると神がこういわれた。「私は、最愛の者たちにだけしか門を開かないであろう。汝と汝にしたがう者は、私の最も 愛する者たちである」。》

中世のイスラム思想家・イブン=アラビーなどを参照するとさらにはっきりするが、これは『神曲』のコンセプトそのままであり、サイードの『オリエンタリズム』などでは指摘されていないが、重要な指摘だと思う。
以下、楠村雅子著「ダンテとイスラム文学との接点」より

 《スペインのムルシアに誕生し、セビィリャで活躍したスーフィー教の神秘学者、イブン・アラビーは"メッカの天啓"一六七章、"幸福の魔術"の中で、哲学と理性に導かれた魂が人間、解脱、再生の遍歴をする様を描いている。彼はイスラム教神学者の伝統に則り、ヨミの構造を図式化し、それを前述の書に挿入した。…
 彼のこの宗教思想を図式化したものは同心円を七区分し、中心にくればくる程重い罪の刑罰を配したものである。ダンテのそれと比較した場合、区分数に差異が認められるが、構造面から見れば、両者が基本的に同質であることに疑いをはさむ余地はないと言えよう 。》

ヘーゲルなども遵奉するトリアーデは新プラトン派経由だが、むろんその前にアラブ系の学者たちの研究があるのは歴史的事実だ。

とはいえ、最近河出書房から文庫化された『神曲』を読めばわかるが、こうした政治的な論争を超越してかつ世俗的(=身体的)なものとして『神曲』は屹立している。



NAMs出版プロジェクト: ダンテ『神曲』とイスラム文化:メモ

NAMs出版プロジェクト: ダンテ『神曲』とイスラム文化:メモ

ダンテ『神曲』とイスラム文化:メモ

以下のサイトを参考にして『神曲』を図解してみた。


~図解・『神曲』~

『神曲』世界を図解しようと試行するページ


ちなみに、地獄から煉獄へ出るところで引力の方向が逆転している。「下へおりる」から「上へ登る」になる(どこかスピノザ『エチカ』の構成を連想させる)。



なお、スぺースの関係で煉獄と天国が重なってしまったが、本来はもちろん重ならない。小さな数字はそれぞれの界を構成する圏の数。天国篇では月から至高天へ到る星?の数。


さて、(ここからが本題だが)地獄篇28歌でマホメットが苦しんでいる場面をダンテが描いたために、『神曲』はイスラムを蔑視するべきでないと考える人々からは評判が悪いが、アヴェロエス(イブン・ルシュド)にも言及しているし(地獄篇5歌)、こうした物語の構造自体をダンテがイスラム文化から学んだものだと言う説がある。


より詳しく言えば、イスラムの凖聖典ハディースのマホメット昇天後の夜の旅、アル・ミーラージュ(Al-Miraj)からの影響があるという(『現代アラブ文学選』創樹社p306)。


アシン・パラシオスという学者が1919年に著作("La Escatologia Musulmana en la Divina Comedia"、『神曲におけるイスラム終末論』未邦訳、英語では以下。"Islam and the Divine Comedy")で発表した説らしいが、その指摘された影響源であるハディースには、ムハンマドの昇天、すなわち「夜の旅」は以下のように描写されている。


<私の精神が上昇したとき、私は天国につれていかれた。私は天国の門の前に置かれた。天使ガブリエルが門のところにいたので、私は中に入れてくれるようたのんだ。ガブリエルはこう答えた。「私は神の召使にすぎない。汝、もし門が開かれることを欲するならば、神に祈れ」。そこで、私は祈った。すると神がこういわれた。「私は、最愛の者たちにだけしか門を開かないであろう。汝と汝にしたがう者は、私の最も 愛する者たちである」。>


参考:

「スーフィー・イスラムの神秘階梯」ラレ・バフティヤルー著、竹下政孝訳平凡社

http://www2.dokidoki.ne.jp/racket/sufi-kig.html

http://webcatplus-equal.nii.ac.jp/libportal/DocDetail?hdn_if_lang=jpn&txt_docid=NCID:BA50160964

(中公文庫の牧野信也訳のハディースではガブリエルはジブラールと表記されている。)


イブン=アラビー(後述)などを参照するとさらにはっきりするが、これは『神曲』のコンセプトそのままであり、サイードの『オリエンタリズム〈上〉 (平凡社ライブラリー)』などでは指摘されていないが、重要な指摘だと思う。


日本では以下の楠村雅子の研究がネット公開されている。

「ダンテとイスラム文学との接点」( 楠村雅子 「京都大学大学院 イタリア学会誌」)

以下上記サイトで公開されているpdf(8/11)より


 「スペインのムルシアに誕生し、セビィリャで活躍したスーフィー教の神秘学者、イブン・アラビー(Ibn・'Arabi)は"メッカの天啓"一六七章、"幸福の魔術"の中で、哲学と理性に導かれた魂が人間、解脱、再生の遍歴をする様を描いている。彼はイスラム教神学者の伝統に則り、黄泉の構造を図式化し、それを前述の書に挿入した。

(略)

 彼のこの宗教思想を図式化したものは同心円を七区分し、中心にくればくる程重い罪の刑罰を配したものである。ダンテのそれと比較した場合、区分数に差異が認められるが、構造面から見れば、両者が基本的に同質であることに疑いをはさむ余地はないと言えよう 。」


以下のサイトで、この説を最初に発表したアシン・パラシオスについて紹介されている。

koguma-blog

樺山紘一講演

ヘーゲルなども遵奉するトリアーデは新プラトン派経由だが、むろんその前にアラブ系の学者たちの研究があるのは歴史的事実だ。


とはいえ、最近河出書房から文庫化された『神曲』を読めばわかるが、こうした政治的な論争を超越してかつ世俗的(=身体的)なものとして『神曲』は屹立している。


naveさんによるXでのポスト

「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話を中心に:金沢八景・聖地巡礼レポート - xckb的雑記帳

「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話を中心に:金沢八景・聖地巡礼レポート - xckb的雑記帳

「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話を中心に:金沢八景・聖地巡礼レポート

先日「ぼっち・ざ・ろっく!」の第9話を見た途端に江ノ島に聖地巡礼に行ってきたわけだが、やはり神奈川県民としては第6話の金沢八景も馴染みのある土地なわけで、結局江ノ島の落穂拾いをしたついでに、帰りに金沢八景に寄って第6話のシーンを中心に聖地巡礼をしてきたぞ。ちなみに補完した江ノ島編はこちらだ。

xckb.hatenablog.comnormal

というわけで、今回の目次はこちら。少し第1話の分も入っているぞ(さっき見た第11話にも、ほんの少しだけ金沢八景が出てきたけど、第1話と同じ場所だから省略してもいいよね)。

  • 第1話「転がるぼっち」
    • 金沢八景駅構内
    • ステージみたいなベンチの前の道
    • ウイングキッチン金沢八景前
  • 第6話「八景」
    • 横浜金澤七福神 弁財天(1)
    • ステージみたいなベンチ(1)
    • ローソン 金沢八景駅前店
    • ステージみたいなベンチ(2)
    • 金沢八景駅前(東側)
    • 海の公園
    • 横浜金澤七福神 弁財天(2)
  • 第7話「君の家まで」
    • ステージみたいなベンチの近く
    • 八景橋
    • 後藤家近くの交差点
  • 第12話「君に朝が降る」
    • ステージみたいなベンチ(3)

(2022年12月25日追記)最終回に再び金沢八景の風景が出てきたのと、前回撮影した際にリテイクしたかった写真を撮り直して入れ替えた。

(2023年1月10日追記)見直していたら、第7話も金沢八景のシーンが多かったので、第7話の分も補完した。

第1話「転がるぼっち」

ということで、第1話の最初の部分に、ぼっちちゃんの自宅のある設定の金沢八景が少しだけ出てくる。ちなみに金沢八景が出てくる背景としては、あれやこれやのインスパイア元なんだろうアジカンが由来なんだろうな。

1996年、関東学院大学(筆者注:金沢八景にある)の音楽サークル内で結成された。入学時に後藤はとある音楽サークルから勧誘を受けるが、集合場所を間違えて別の集合場所に行ってしまい、そこで喜多建介と出会う。当時その部活にはUKロックファンが喜多しかおらず、話をしているうちに盛り上がり「バンドを組もう!!」となり結成。後藤曰く、「喜多君に待ち伏せされて結成した。」と言う。

出典:ASIAN KUNG-FU GENERATION - Wikipedia

第1話と最終話。

転がる岩、君に朝が降る

金沢八景駅構内

中学時代の回想シーン。京急線上りホーム。ちょっと細部が違うが、最近工事があったっぽい感じなのでおそらくそのせいだと思う。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第1話

ステージみたいなベンチの前の道

ぼっちちゃんと某酔っ払いが路上ライブをやった場所は、Google Mapsだと「ステージみたいなベンチ」といういい加減な表記になっていたので、それに倣うことにする。この道が通学路。って、いつも使ってる通学路で路上ライブやったんだなぼっちちゃん。このシーンはまさにそのステージみたいなベンチのあたりから金沢八景駅を見るアングル。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第1話

地図はこちら。

ウイングキッチン金沢八景前

金沢八景の駅前。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第1話

ぼっちちゃんがショーウィンドウに映った自分を見るのは花屋さんだ。(2022年12月25日、写真差し替え)


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第1話

第6話「八景」

そんなわけで第6話だ。いやーなんか俺もライブハウスだけじゃなくて路上ライブで出会ったアーティストさんとか結構いるしね。なんかあのぼっちファン1号さんと2号さんのエピソードにはなんか感じるものがあるわ。

八景

横浜金澤七福神 弁財天(1)

そんなわけで謎の酔っ払いと出会う場所は琵琶島神社の入り口のところにある、横浜金澤七福神 弁財天の像の横。江ノ島もそうだけれども、やっぱり琵琶を演奏してる弁天様の場所にこだわるところもいいよね。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

この鳥居は琵琶島神社の鳥居。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

この辺り、所々背景や弁天様の像の位置がアレンジされており、現実の場所と時々違っている。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

ここは再現度かなり高いな。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

酔っ払いの押しに負けるぼっちちゃんかわいい。でも一般論として酔っぱらいのいうことを真に受けてはダメだぞぼっちちゃん。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

なかなか再現度高いよね。でも画角が違っててなかなか再現できてない。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

そういえばあれだけ望遠レンズの画角を積極的に使ってたワンエグと同じCloverWorksの作品なんだよなーこれも。もう少し画角に気を配るべきか。

xckb.hatenablog.comnormal

この辺りは再現度はかなり高い。ぼっちちゃん裏に隠れている。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

その裏側のぼっちちゃん。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

実は弁天様の場所が変えられている。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

後ろは八景島方面。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

ここも実は弁天様の場所変わってるんだよね。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

ここなんて弁天様の場所が無茶苦茶が動いてる。この辺りは実際に場所に行って初めて気がつく感じだな。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

ローソンはちゃんとあるよ。道路の向かいにあるのは瀬戸神社。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

場所はこの辺。駅からも歩いてすぐだね。

ステージみたいなベンチ(1)

この辺り、ちょっと背景に微妙な改変が色々入っているのか、仮に画角をきちっと合わせたとしてもピッタリと合わないと思われるシーンが多い。この裏のマンションとの位置関係とかね。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

しかし本当に路上ライブやるには良さげな場所である。民家の目の前であることを除けばw


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

ちなみにこっちに夕陽が見えることはあり得ない。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

背景は駐輪場。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

この辺りも結構背景がアレンジされているので、再現は難しい。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

まあそれにしてもこのエビソードはいいですな。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

ローソン 金沢八景駅前店

このワンシーンだけは、一瞬だけ金沢八景の駅前に移動してる。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

ステージみたいなベンチ(2)

戻ってきたぞ「ステージみたいなベンチ」。(2022年12月25日、写真差し替え)


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

いえーい。(2022年12月25日、写真追加)


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

ここのぼっちちゃん好き。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

これね。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

ちょっと微妙にアングル合わなかった。後ろ向いてる。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

意外に望遠アングル。(2022年12月25日、写真差し替え)


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

ファン2号ちゃんかわいい。背景がちょっと違うんだけど、これは背景の駐車場のスロープが最近撤去されたかららしい。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

2022年7月時点のストリートビューではまだ存在しているから、かなり最近なんだろうな。


出典:https://goo.gl/maps/zAsnHAwU8KoRgHhE9

iPhone 14の超広角モードでも画角が足りず、かといってパノラマで撮るのもなぁ、という感じだったのでInsta360 One X2で撮影(Topaz Photo AIで補間した)。ここでもマンションの位置が移動しているようなので、多分このアングルがちょうど良いと思う。(2023年1月10日、写真差し替え)


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

面白いのは、ここで超広角アングルが、アナログな超広角レンズや魚眼レンズで実現された広角のパースではなく、スマホの広角モードやInsta360などの360度カメラの類でデジタル処理された超広角モード(直線が直線になる投影法)で、アニメの「絵」として表現されていることだ。これはこの「ステージ」を横から見た超広角アングル(後述)でも同じである。実に興味深い。ちなみにiPhoneでも、広角モードではなく昔からあるパノラマモードは古典的なアナログ超広角に近い。(2023年1月10日、追記)

Insta360 X3-プレミアムセット|360度 防水1/2インチセンサー付きアクションカメラ 、5.7K 360度、7200万画素360度写真、手ブレ補正、2.29インチタッチパネル、振動フィードバック、AI 編集、ライブ配信、Webカメラ、音声制御。

「ぼっち・ざ・ろっく!」でのこんな感じの「ギターにGoProつけました」的な感じのカメラアングルとってもいいよね。同じアングルで撮るのが難しすぎるけど。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

対岸の風景。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

このシーンはとても再現度が高い。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

やっぱりこのマンション、実際よりも左に位置がずらされていると思うな。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

これは道路の反対側から撮るべきだった感じ。まあ後日また補完しにいこうか。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

というわけでファン1号ちゃんファン2号ちゃんもできてよかったよかった。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

金沢八景駅前(東側)

ということで金沢八景駅前。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

このシーンは結構望遠アングル。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

駅前の風景は本当にそのままだな。再現度高い。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

海の公園

実際の花火大会は今年も中止になってしまったようだけれども、「海の公園」のビーチスポーツ場あたりのアングル。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

公共交通機関ではシーサイドラインの「海の公園南口」駅からのアクセスが便利かと。車の場合は「海の公園 磯浜駐車場(F駐車場)」からそこそこ歩くことになる。

横浜金澤七福神 弁財天(2)

ここは弁財天の場所の風景と、道路から見た瀬戸神社の風景が合成されている感じ。この写真は前者。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

ということで、良い金沢八景回だった…。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

第7話「君の家まで」

(この章は2023年1月10日に追加した)

ぼっちちゃんの家に向かうキターンさんと虹夏さん。ということはこの回も事実上金沢八景回。

ステージみたいなベンチの近く

最初のシーンは実は第6話で路上ライブやったところのすぐ向かい。ただし、後ろの駐車場のスロープが無くなったためだいぶ雰囲気が変わっている。また自販機はない。ちなみにこの付近はなぜか旅館がいくつかあるようだ。右の白い建物も民家のように見えるが旅館である。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第7話

八景橋

そのまま海沿いに歩く二人。足元を追うカメラアングル。ここは八景橋を渡り始めるところから渡っているところまで。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第7話


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第7話


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第7話

八景橋を渡り終わり、右折して川沿いを歩く二人。アングルはもう少し遠くからの望遠っぽいんだけど、遠くなると海を写すのが難しくなるので痛し痒し。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第7話

後藤家近くの交差点

次第に後藤家に近づいていく二人。ちなみに当然ながら後藤家はないぞ。ちょっとアングルしくじったな…。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第7話

二人がわたる横断歩道、白線の剥げ具合まで再現されている(おそらくロケハンの時の方が現在より綺麗だった)。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第7話

同じCloverWorksさんのワンエグで同じように白線の剥げ具合まで再現されたシーンがあったなぁ、などと。流石だ。



後者の出典:「ワンダーエッグ・プライオリティ」特別編
xckb.hatenablog.comnormal

第12話「君に朝が降る」

いやー素晴らしい最終回だっだな。そんな最終回のエンディング、ついに来たアジカンのカバー「転がる岩、君に朝が降る」のバックには金沢八景の景色も流れていった。

ステージみたいなベンチ(3)

オープニングにも出てくるこの場所。しかし普通に広角レンズで写真を撮ると、微妙にアングルが合わないんだよね。

ということで、こちらもInsta360で撮影した360度写真からリフレームして切り出すと、かなり似たアングルにできるようだ。これもまたデジタル超広角である。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

このシーンは全くマンションの位置がずれていない。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

このシーンもなかなかアングルが合わない。特に横の街灯がどう足掻いても合わないのだが、少し別の場所なのかもしれない。更なる再訪が必要か…。


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

そんなわけでまあ、いい最終回ではあったが、みんな飲み過ぎには注意だぞ!


出典:「ぼっち・ざ・ろっく!」第6話

日本酒 日本盛 鬼ころし 180ml × 1ケース / 30本 パック

(2023年1月6日追記)一度ぼざろの内容について書いてみたいと思っていたのだけれども年を越してしまったので、俺的年間アニメランキングのところでちょいと語ってしまったぞ。

xckb.hatenablog.comnormal

映画 『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ』 : 陽気なホラ吹き男の「孤影」|年間読書人 https://note.com/nenkandokusyojin/n/ne981640bfd54 映画 『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ』 : 陽気なホラ吹き男の「孤影」 2024年3月6日 19:18 見出し画像 映画評:オーソン・ウェルズ監督『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ』(1965年、スペイン・スイス合作映画) オーソン・ウェルズによる「フォルスタッフ」である。 なんで邦題が『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ』なのかと言えば、西欧では「フォルスタッフ」はあまりにも有名なキャラクターなので、タイトルだけでは、誰のどの作品を指しているのかわからにくいからであろう。同様の事例としては『ゴダールのリア王』もある。「リア王」が、あまりにも有名であるために、かえって日本では「ゴダールの」と付けているのだ。 もちろん、『リア王』は、ウィリアム・シェイクスピアの作品(戯曲)であり、「フォルスタッフ」も「リア王」と同様、シャイクスピアの創造したキャラクターなのだが、「リア王」の方は主人公であり、その名がタイトルになっているので、舞台を観たり、本で読んだりしたことがなくても、そのタイトルくらいなら聞いたことのある人も多いだろう。 だが、シェイクスピアに「フォルスタッフ」というタイトルの作品はない。彼、フォルスタッフはあくまでも「脇役」だからだ。 フォルスタッフは、シェイクスピアの戯曲『ヘンリー四世』で初登場する脇役キャラなのだが、そのあまりにも魅力的な人物造形に人気が高まり、のちには、シェイクスピア自身が、フォルスタッフを主人公とした『ウィンザーの陽気な女房たち』を書くことにもなる。 このあたりの事情については、「Wikipedia」の次の説明が簡明なものであろう。 『サー・ジョン・フォルスタッフ(Sir John Falstaff)は、ウィリアム・シェイクスピアの作品(ヘンリアド)に登場する架空の人物。言語によっては「ファルスタッフ」とも。 大兵肥満の老騎士。臆病者で「戦場にはビリっかす」、大酒飲みで強欲、狡猾で好色だが、限りないウィット(機知)に恵まれ、時として深遠な警句を吐く憎めない人物として描かれ、上演当時から現代に至るまでファンが多い。  フォルスタッフ「名誉だと? そんなもので腹がふくれるか?」 シェイクスピアの生み出した数多くの劇中人物の中でも、「劇を飛び出して生きた」息子は二人だけだと言われている(フォルスタッフとシャイロック)。 『ヘンリー四世』(2部作)ではハル王子(後のヘンリー5世)の放蕩仲間として登場するが、第2部の最後に即位してヘンリー5世となった王子に追放されてしまう。続編の『ヘンリー五世』では、追放後まもなく失意の中で、(フランスで汗かき病のため)死んだことが仲間(ピストール、バードルフ)の口から語られるという形で紹介される。  ピストール「地獄ででもいいから、ヤツと一緒にいたいよ…」 もっとも、このようなフォルスタッフの「殺害」については、当時から人気の高かったフォルスタッフを勝手に登場させた戯曲などがまかり通っており、シェイクスピアはそのような事態を防ぐために、自らの「息子」を死んだことにして守らなければならなかったといわれている。 イングランド女王エリザベス1世がフォルスタッフをたいそう気に入り「彼の恋物語が見たい」と所望したため、シェイクスピアはフォルスタッフを主人公とした『ウィンザーの陽気な女房たち』を書いたと言う説もある。同作では勝手な思い込みから2人の夫人に恋を仕掛ける愉快な好色漢として描かれている。』 このように、フォルスタッフは、いわゆる「ヒーロー(英雄)」ではないし、かといって「ヒール(悪役)」でもない。 いわゆる悪漢ではあるのだけれども、単純な悪党ではなく、人間的な魅力と愛嬌を兼ね備えた、その肥え太った巨体に相応しい「幅のある」キャラクターであり、そこが多くの人から愛されることにもなったのである。 画像 さて、私がなぜこの映画を観たのかというと、それはもちろん、敬愛するオーソン・ウェルズの作品だということと、昔からフォルスタッフというキャラクターには惹かれるものがあったからだ。したがって、この両者が交差するところに、興味を持たないわけにはいかなかったのである。 私が観たDVDには、小型パンフレットが付属していて、そこには映画評論家・吉田広明の「作品解説」と、英文学者・高山宏の寄稿文「フォルスタッフみたいなオーソン・ウェルズ」が収録されている。この高山文の中には、次のような部分がある。 『 神や名誉をキーワードにいわばどんどん精神化し始めていく時代(「近代」)に、これは未来永劫まったく変わることない人間の自然である「肉体」をまともにぶつけるとそれがそのまま、近代批判になるのだと言いだしたのも一九六〇年代の有力批評だった。ヤン・コットもその一人だったが、なにしろロシア人批評家ミハイル・バフチンによるラブレー研究や『ドストエフスキーの詩学』だった。バフチンが英訳されたのは『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ』完成の後にはなるが、ヤン・コットやバフチンによる、近代文明が人間の肉体的部分をいかに「追放」してきたか論じる仕事は時代全体の大きな潮流となっていた。肉体を通じての近代批判を実行したとされた道化たちへの研究が一九六〇年代に爆発的に流行した事情は、今なお世界に誇ってよい人類学者、山口昌男の道化研究がまさしく一九六〇年代に突発したこと一点を思いだせば明らかだろう。ヤン・コットの盟友であり、バフチンの最強力推せん者だった故・山口氏にこそ見せたかった今回のリマスター版である。一九六五年完成版の方について氏がきっと何か面白いことを書いているはずだ。著作量が多すぎて、今は確認できていないが、多分。』 私に「フォルスタッフ」の存在とその魅力を教えてくれたのが、ここで紹介されている文化人類学者・山口昌男である。私は若い頃に山口の著作を読んでおり、多大な影響を受けた。 今、昔つけていた読書ノートを確認してみると、山口の著作を7冊ほど読んでいるのだが、それらの目次の中には「フォルスタッフ」の名は見当たらない。だが、これは「フォルスタッフ」の名を冠したエッセイが無いというだけで、山口は何度も「フォルスタッフ」に言及していたはずで、私はその影響を受けて、「フォルスタッフ○○の研究」といったタイトルの、無名の友人を扱った人物論を書いたこともある(○○の部分に、友人の苗字が入る)。 山口昌男の主著は、やはり『道化の民俗学』ということになるだろうが、山口がこの「道化(道化師、ピエロ、アルレッキーノ)」といったものをどのように捉えていたのかというと、別のエッセイ集のタイトル『笑いと逸脱』という表現が、一番わかりやすいのではないかと思う。 (表紙イラストは山口昌男による「ヘルメス神」) つまり、道化は「笑っている」「ふざけている」存在であり、その意味で「真面目」の対極にある。また、「ふざけている」というのは、「王道」「正統」といったものから「逸脱」した存在であることを意味する。 つまり、道化というのは「正統派」でも「正義の味方」でもなければ、バットマンのような「ダークヒーロー」でもなく、むしろ「ジョーカー」的な存在であり、その意味で「悪漢」であり「悪魔」なのだが、しかし「暗く」はないのだ。いつも「ふざけている」し「笑っている」悪漢であり、その意味で、アメコミヒーローの一人、バットマンの宿敵であるジョーカーこそが、「道化」のイメージに近いし、事実、『バットマン』に登場するジョーカーは、「道化師=ピエロ」と「悪魔」の合成されたイメージなのだと言えるだろう。 画像 (ジョーカーを演じた俳優たち。左から『ジョーカー』のホアキン・フェニックス、『ダークナイト』のヒース・レジャー、『バットマン』のジャック・ニコルソン) しかし、それに比べれば、フェルスタッフは、そこまでの「悪魔性」は持っていないし、もっと「庶民的」であり「人間的」で、そんな「愛嬌のある」キャラクターだからこそ、多くの人に愛されたのだと言えるだろう。 言い換えれば、フォルスタッフの「道化性」とは、ジョーカーのような「(神性に対する)悪魔性」ではなく、「(神性に対する)人間性」なのだ。 例えば、アカデミー賞をとった、トッド・フィリップス監督の映画『ジョーカー』のジョーカーが、世間の「きれいごと」に対する怒りと絶望から「闇堕ち」して「悪魔」になったのは、言うなれば「きれいごと」という「神性」を信じる「真面目さ」があったれればこそである。真面目に「きれいごと」を信じていたからこそ、その信頼を無惨に裏切られた「反動」から「笑うしかない」という「悲しい悪魔」としてのジューカーになったのだと言えるだろう。 だが、フォルスタッフの場合には、もとからそうした「真面目さ」などを信じてはいない。つまり「神」などという「絵空事」を笑い飛ばしてしまう、そんな良い意味での「不真面目さ」であり「庶民性」を持った存在なのだ。 彼は決して「頭が悪い」のではなく、「真面目一辺倒」の人間こそが「頭が悪い」と考えており、だからこそ彼は『時として深遠な警句を吐く』こともできるのである。 また、そんな彼だからこそ、ジョーカーのように「頭の悪い」闇堕ちなどしないのだ。単細胞にも「きれいごと」を真に受けているからこそ、それが裏切られたといって傷つき、その結果、真逆の「悪魔」に堕ちてしまうのであり、言い換えれば「人間、そんな単純なものではない。人間とは、神と悪魔の〝あいの子〟なんだよ」という「リアルな人間認識」さえ持っていれば、悪魔にまで堕ちることもなく、人間に止まっていることもできたはずなのだ。 つまり、フォルスタッフは、決して「真面目な知識人」でも「正義の人」でもないけれども、きわめて「人間的な賢い人」なのである。 そして、その賢さを、ことさらに見せつけるようなタイプの人ではなく、「悪徳もまた人間ゆえのものである」と考える、庶民的に「人間的な存在」だと言えるのだ。  ○ ○ ○ さて、ここでやっと、『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ』に移ろう。 本作の「あらすじ」は、次のようなものである。 『ボリングブルック公(ジョン・ギールグッド)がヘンリー四世として即位した1400年はじめの冬。皇太子ハル(キース・バクスター)は、下町のいかがわしい居酒屋“猪首亭”で、悪名高いフォルスタッフ(オーソン・ウェルズ)と放蕩無頼の生活を送っていた。その頃、ヴォークワスの居城では、先王の世継ぎの婚姻であるパーシー一族の勇敢な若武者ホットスパー(ノーマン・ロッドウェイ)が、妻のケイト(マリナ・ヴラディ)に送られて出陣していた。ホットスパーに比べて無茶苦茶な生活を送るハルに頭を悩ませるヘンリー四世。従臣ポインズ(トニー・ベックリー)が仕組んだギャズヒルの森での追いはぎ事件の首尾を豪語するフォルスタッフ。彼の武勇談は猪首亭の名物だ。娼婦ドル(ジャンヌ・モロー)をまじえて、夜は果てることなく、騒ぎは続く。名誉と大義をかけたシュルーズベリーの合戦でハルは、見事にホットスパーを討ち倒した。やがてヘンリー四世が、たび重なる叛乱鎮圧に疲れ果て病床についた。ついにハルは王宮に戻ることになった。固い絆で結ばれていたハルとフォルスタッフは、お互いに別れを告げた。真夜中の鐘をなつかしむシャロー(アラン・ウェッブ)の城に、王の死の知らせが伝わる。わが子のことのように勇んでハルの戴冠式に馳せ参じたフォルスタッフに、しかし、国王ヘンリー五世となったハルの言葉は冷酷だった。フォルスタッフに対する追放、投獄の命だった。彼は心に深い傷を受けてやがて死んでゆくのだった。』 (「映画.com」の「ストーリー」より) 若い読者のために書いておくと、舞台は、今のイギリスである「イングランド」だ。今のフランスと、ヨーロッパの覇権を賭けての長年の戦争を繰り広げていた、戦乱の時代の話である。 つまり、イングランド王リチャード二世の下の「諸侯」の一人であったボリングブルック公が、先王のリチャード二世を倒して廃位させ、ヘンリー四世となってわけで、言うなればヘンリー四世は「先王を裏切った」人物である。 戦乱の世だから仕方がないとはいえ、そのためにヘンリー四世に対して敵意を持つ諸侯も多かった。当然、『先王の世継ぎの婚姻であるパーシー一族の勇敢な若武者ホットスパー』もヘンリー四世を敵視しており、ヘンリー四世の嫡男であるハルのことも認めていない。 ところが、その皇太子ハルは、父親のヘンリー四世が、相次ぐ反乱に苦慮している最中に、巷の悪漢どもと遊び呆けていたのであり、その親友がフォルスタッフであったということになる。 画像 画像 画像 (王様ごっこをしてふざけ合う、フォルスタッフとハル) やがて、ヘンリー四世が病いの床に伏すと、息子のハルは王城に呼び戻されることになり、フォルスタッフも自分の遊び仲間であったハルが王位に就けば、これで自分の身分も保証されて安泰だと喜び、喜んでハルを王城へと送り返す。だが、ハルは、イングランドの安寧を求める父王の苦悩を目の当たりにして心を入れ替え、父王の死に伴ってヘンリー五世となる。 画像 (ハルのもとに、父王が倒れたので城に戻れとの連絡が。) その戴冠式に喜んで馳せ参じたフォルスタッフは、立場も弁えずに、大勢の臣下たちの前で、親友の王位継承に賛嘆の言葉を投げるのだが、その時のハルの表情は、まさに「一国の王」に相応しく「威厳に満ちて」いっそ冷たくさえあり、フォルスタッフを見下すようにして、その行いを難じ、追放を言い渡す。そして、それに従わなければ投獄するとまで言うのである。 画像 (戴冠式で声をかけたフォルスタッフを、冷たい目で見るヘンリー五世となったハル) この時の、フォルスタッフの表情が実に素晴らしい。もちろん、名優オーソン・ウェルズの演技が素晴らしいのだ。 あっけに取られつつも、決してそこには「裏切られた怒りや悲しみ」ではなく、むしろ「そうか。お前は本物の王になっちまったんだな」という、まるで「かわいい息子が、偉くなって、父の元を巣立ちする姿を見るような」、そんな寂しさと嬉しさが同居したような、なんともやるせない表情を見せるのである。 画像 (オーソン・ウェルズの名演) だが、そのあと、王城を去っていくフォルスタッフは「あんなことを言ったけれど、あれはみんなの前だったから、体裁を取り繕っただけのことさ。そのうち、お召しがあるに違いない」と独りごちる。 そして、実際、ヘンリー五世となったハルは、フォルスタッフを罰する必要はないと臣下に指示し、臣下から「それでは示しがつきません」と反対されるのだが、彼は「人間、厳しいばかりではいけない。大目に見ることも必要なのだ」と、年長の臣下を諭すのであった。 だが、そんなヘンリー五世のもとに「フォルスタッフの訃報」が届けられる。フォルスタッフは、口では「新王は俺を召し抱えてくれるに違いない」などと、自分に言い聞かせるように言っていたけれど、しかし彼は、心の底では「自分は、役目を終えた存在なのだ」という自覚を持っていたということなのだろう。だからこそ、気落ちして死んでしまったのである。 この映画を見ていて、感心させられるシーンの一つに、ハルの父親ヘンリー四世を演じた、シェイクスピア劇の名優として知られるジョン・ギールグッドの、王としての苦悩を語る独白シーンでの演技の素晴らしさだ。 そのシーンは、いわゆる映画的なリアリズムではなく、舞台演劇的な独白を、ギールグッドが滔々と語るのだが、その迫力が素晴らしく、映画であることを忘れさせて、違和感などまったく与えない、見事なものなのである。また、ギールグッドのこうした名演があってこそのヘンリー四世であったから、皇太子ハルの改心も説得力を持ったのだ。 画像 (名優ジョン・ギールグッド演ずる、ヘンリー四世) だが、しかし、ここでひとつ言えるのは、DVD付属のミニパンフで、映画評論家の吉田広明も指摘していたとおり、ハルの実父であるヘンリー四世の「重厚さ」とか「王たる者の責任感」とかいった「真面目さ」とは、フォルスタッフの「軽さ」「無責任さ」の対極にあるものだ、という点である。 たしかにヘンリー四世は、「真面目な権力者」ではあっただろうが、そのために多くの者に血を流させることにもなった。その点、不真面目な悪漢であるフォルスタッフの犯罪とは、せいぜい追い剥ぎ程度であり、彼の語る「何人を殺した」とかいった自慢話は、所詮はホラでしかない。 つまり、ヘンリー四世とフォルスタッフは、「両極的」な存在であり、双方には「一長一短」があって、どちらか一方が正しいとは言えない、言うなれば「相補的」な存在なのである。 そして、皇太子ハルは、言うなれば、そんな二人を「父」として成長し、やがて「王」になったのである。 この物語の最後は、「ヘンリー五世」が、勇敢かつ情理を弁えた名君となったと語られて幕が閉じられるのだが、つまりヘンリー五世が、父王を超えた名君になれたのは、フォルスタッフという存在がいたからに他ならない。 無論、フォルスタッフの「子」のままでは、彼は堕落したチンピラのままで終わったけれども、フォルスタッフから学ぶべきことを学んだ後、フォルスタッフ的な限界を切って捨てたからこそ、彼は「名君」になれたのである。 だが、言い換えれば、フィルスタッフは、「名君を生むための捨て石」だったとも言え、その意味で、フォルスタッフには、その「陽気さ」にもかかわらず、「哀切感」がつきまとう。 だが、だからこそ、彼は多くの人に愛されたのであろう。単に陽気なだけではなく、この世を照らしたあと、やがてその役目を終えて沈んでいく夕日のような存在である彼に、人々は「人生」というものを見たのではないだろうか。 山口昌男の、あまりにも有名な「中心と周縁」理論も、言うなれば「王と道化」の、こうした弁証法的な関係を語ったものである。 どちらか一方だけが大切なのではなく、周縁は、中心を刺激し挑発することで「生気返し」をする必要不可欠な存在なのだ。決して、「神に対する悪魔」のような、単純に「中心に敵対する存在」などではない。そもそも周縁なくして、中心など存在し得ないのだ。 だが、それでも、そうした「周縁」の役目は、やはり「脇役」的であり、世間的には「不遇」なものとなりがちで、どこか「物悲しい陰」を帯ざるを得ない。 私がオーソン・ウェルズに惹かれるのも、彼にはそうした「陰」があるからだ。 「天才」だと謳われなからも、絶大な権力を揶揄ったために、今では「オールタイムベストワン映画」とも呼ばれる『市民ケーン』は、アカデミー賞を受賞することができなかったし、結果として、彼はハリウッドを追われることにもなる。 彼が作りたい映画は、ハリウッドが求めるような「明るく能天気」なものではなく、いつも独特の陰が差していた。 「破れ去るもの」「悪漢」「ペテン師」など、彼は、決して、人々が単純に憧れるような人物像のドラマを撮ることはせす、むしろ、そうしたものを「疑問に付す」ようなものばかりを撮りたがったがために、生涯、映画を撮るための予算を求めて、国々を渡り歩かなければならなかったのだ。 そして本作が、シェイクスピアの祖国「イギリス」の映画ではなく、「スペイン・スイス合作映画」の合作映画だというのも、そういう事情からなのだ。 スペインは、愚かにして聖なる騎士「ドン・キホーテ」を生んだ国であり、スイスは「どちらでもない国(中立国)」だというのは、いかにも象徴的なことではないだろうか。 したがって、オーソン・ウェルズが「フォルスタッフ」を演じたというのは、いかにも「そのまま」なのだ。 彼は「正統派の王」にはなれない「陰の王」なのであろう。私は、そんな彼の「孤影」に、どうしようもなく惹かれてしまうのである。 画像 (2024年3月6日)  

 ORSON WELLES: LO MEJOR DE FALSTAFF, 1965 (SUBTITULADO EN ESPAÑOL) https://youtu.be/UlZsyXmPb1s?si=8aCaexuyo3Vu9jNG @YouTubeより オーソン・ウェルズのフォル...