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目次
1プロローグ
『──ここは、生も死も混じり合う場所。対立するものではない。時もまたしかり。ここでは過去も未来も、常に溶け合っている──』 老婆のしわがれた声が、虚空に響き渡った。
2エルシノア城
「敵対より友好と信頼を。わたくしは父さまの望む王女になります」 と父の目をまっすぐ見つめた。揺るぎない心からの敬愛を込めて。 アムレットは苦笑した。 「王女の前に君はひとりの女の子だ。気にせずのびのび生きなさい」 彼女は「できた」と言って、嬉しそうに描いた紙を見せた。そこには、幼い筆致でいくぶん歪んだアムレットの顔が描かれていた。 彼は絵を見て、 「アハハ。いい男だ。嬉しい」 と、心から楽しそうに笑った。
アムレットが王女に気がつくと、それまで冷静だった表情が瞬時に崩れた。娘を見上げて、眉を顰め悲痛な表情で何かを叫んだ。 「……○○○……」 しかし言葉は、人々の騒然とした声にかき消され、聞こえない。
3復讐
「自分だけは毒を盛られないと思うお前は、赤ん坊でなくて何だ?」 クローディアスは完全に覚醒しており、酔った様子は微塵も見られなかった。 傍らのガートルードが、哀れな子供よ、お前に王位など相応しくない、と嗤っている。 スカーレットは悔しさで涙をぽろぽろ流しながら、怒りと屈辱に震えた。 「許さない……」 全身が経験したことのない痛みに包まれる。それでも歯を食いしばってクローディアスを見た。 「絶対に……許さない」 クローディアスはその言葉を嘲るように笑いながら背を向け、大広間から立ち去っていった。 慌てて駆けつける侍女たちの声が聞こえる。 「……王女様? 王女様……?」 視界がぼやけ、深い井戸の中へ落ちていくように、意識が遠のいていく。 「王女様!?……王女様……!?」
4死者の国
──そう、私は死んだ──。 暗闇が、心の声を静かに吞み込んだ。 スカーレットの汚れなき白い顔が驚愕に引き攣り、現実を受け入れられない瞳は見開かれていた。純白のドレスを纏ったまま、ゆっくりと落下してゆく。 ──憎き仇への復讐に失敗して、死んだ──。 生の領域から足を踏み外し、ゆっくりと深淵へと堕ちていく。 血と泥の上へと着地した。 が、泥のように思えたものは、様々な時代の戦士たちの無数の遺体だった。古代ローマの軍団兵、遊牧民の騎馬兵、中世の騎士、中東の戦士……。赤黒い液体の中から次々と浮かび上がる。彼らの顔には恐怖や痛みの表情が刻まれ、この地が全ての戦いの終着点であることを如実に物語っていた。 スカーレットの純白のドレスが、どす黒い血に染まっていく。髪は泥で汚れ、顔にも血が飛び散っている。恐怖で青ざめた唇で、荒い息を繰り返していた。震える手で体を支え、よろめきながらも立ち上がろうとした。 そのとき、突如として戦士の遺体が動き出し、スカーレットの髪を摑んだ。 「!?」 朽ちかけた手が次々と伸びて、彼女のドレスを摑む。驚愕の声を上げる間もなく、遺体の山の中へと引きずり込まれる。必死に抵抗を試みるが、多くの手に捕らわれ、身動きが取れず、血と泥の中へと埋もれていく。 「ハアッ……ハアッ……」 荒い息遣いの中で、スカーレットの瞳から涙が溢れ出す。恐怖ではなく、悔しさの涙だった。震える唇を血が滲むほど嚙みしめた。どうしてこんなことになったのか? 生きた者の足音が届かぬ孤独の中、ポツリとつぶやいた。 「ここが死んだ後の世界なら、父さんと再会できるかな……」 せめてもの気持ちだった。
その声を聞きつけ、遠くから老婆の嗄れた嘲笑が風に乗って届いた。 「ヒヒヒ。人間とは愚かなものよ。もう既に死んでおるというのに、まだ死にたくないと願っておる」 と、崖の上から見物するように見下ろしている。
5聖
「俺は看護師です」 彼──聖は胸に手を当て、簡潔に答えた。 看護師──。彼女にとっては初めて聞く単語だ。 「僧侶なら寺へ行け」
…
見回すと、自然にできた岩のアーチが目に留まった。そこに刻まれたイタリア語の落書きを見つける。 『Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate(cancello dell'inferno)/この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ(地獄の門)』 「地獄? 地獄だって? 笑う」
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𝟎𝟔 | 古戦場跡
スカーレットと聖が出会う
<死者の国>にある場所。
"この地獄の門をくぐる者は、一切の希望を捨てよ"
という文字が彫ってある。
6砂漠
力任せに摑んで耳元で怒鳴りつけた。 「現実を受け入れろ! 目の前を見ろ、いい子ちゃん!」
…
「職場でよく言われた。看護師だったら、人が死ぬのに慣れていかないと仕事にならない。いちいち悲しんでいたらキリがないって。でも、死ぬのに慣れて心が麻痺したら、きっと別の何かを失う」
…
愛について教えてよ 誰もが知っている奇跡 この胸を満たして 愛のすべてを教えて 私が生きる意味を 心を無くしてしまう前に 歌は、病院の外の、渋谷の街並みにも届いた。宮益坂のいつもと変わらない日常。街路樹に差し込む夏の眩しい光──。
…
聖は、焚き火を見つめながら呟いた。 「何のために人は生きる? 人生は何のためにある? いつかわかる時が来るのか?」 「そんなもの、生きているうちに考えておけ。今更もう遅い」
7年寄りたち
「……どんな手を使ったんだ?」 「手なんてない。みんなの今までの頑張りを、ゆっくり聞かせてもらっただけだ」
8遺跡にて
「私には……何も聞こえなかった!」 「では知りたくはないか? 俺が伝えなければ、あんたは決して王の最期の言葉を知ることはできない」 ヴォルティマンドは、脂汗を浮かべながら、選択を迫るように問いかける。
…
視界を覆い尽くす古代と中世の、アジア、中東、アフリカ、ヨーロッパなど、様々な戦士たちが、狂おしいほどの思いで手を伸ばしている。 クローディアス王は両手を広げ、戦士たちに応えた。分厚い鎧に身を包んだたくましい姿は、全世界の運命を掌中に収めているかのように見えた。 「我と共に戦う者は、ひとり残らず見果てぬ場所へ迎え入れる」 戦士たちは歓喜の涙を流し、武器を天高く掲げて絶叫した。
9許せ
「俺の意見だが──。言ってもいいか?」 彼は確認するように見る。 「……なんだ?」 「『憎き叔父、クローディアスを、許せ』」 それを聞いて、スカーレットは怒りを隠すことなくヴォルティマンドを睨みつけ、拳を固く握りしめた。 「……なぜ? なぜだ? 叔父は父を殺し、国を、民を、故郷を、何もかもを奪った。そんな悪逆非道な男を許せる訳がない」 「その悪逆非道な男を、許せ、と、俺は解釈した」 「絶対に無理だ」 スカーレットは激しく首を振る。 「俺もそう思う。聖人だとしてもできない」 「なら、どうして」 「だが近くでその言葉を聞いた俺は、なぜかそうとしか思えない。そこには何か、王の真意のようなものを感じた」
軽快な膝上丈のシンプルな紺のワンピース。薄桃色の軽やかなショートボブの髪。ノースリーブの腕を広げ、生き生きと踊っていた。 その女性の顔を見て、スカーレットは、自分の目を疑った。 「あれは、私……?」 その女性は、スカーレット自身だった。 聖の時代に生きて、聖の時代の服を身にまとい、聖の時代の音楽に合わせて踊る、もうひとりの自分がいた。素肌の腕と足を大胆に放り出し、ワンピースの裾をふわりと広げてしなやかに回転している。この世界のありとあらゆる喜びを享受して、キラキラと輝いているように見えた。 「もうひとりの……私……」 スカーレットは呆然としたまま、自分自身を見つめ続けた。 再び、あの歌が聞こえてきた。
https://youtu.be/vOPY3hEYM4Y?si=f4Tazn4EQFOCH4Uh
…
唇を震わせ、子供のような無防備さで、聖の院外医療用の制服の裾を、ぎゅっと摑んだ。 そんな彼女の切実さが、聖の胸を打った。 「スカーレット。泣くな。俺がそばにいる。だから、もう泣くな」 そう聖が言ってくれて、スカーレットは心の底から救われた気がした。彼女は、求めるままに聖の頭に両手を回した。その温もりが、自分の存在を繫ぎとめる錨のように感じられた。聖も、彼女に応えるように抱き寄せた。湿った肌と肌が、初めて触れ合った。聖に抱かれて、スカーレットはいままでにはなかった新たな経験を得た。
10市場
だが少女は、憧れるような眼差しで言った。 「もしわたしがお姫様だったら、したいことがあるの」 「……なに?」 「わたしたちみたいな子供が、死なない世界にする」
11戦い
「見果てぬ場所への階段が……、ない……」
12見果てぬ場所
左右に逃げ場はない。左からの横一文字で斬りつけてくる剣を、咄嗟に彼女は体をうしろに反らせ、ぎりぎりのところで躱した。しかし間髪を容れずポローニアスが、仰向けになった王女に覆いかぶさってくる。彼女は反射的に両手で押し返すも、顔前に剣を突きつけられてしまう。 風が鳴る。戦いのせいで散らしたたくさんの粉雪が、宙を舞う。 「うううう……」
…
「ここまできたなら復讐を果たせ」 コーネリウスが、王女へ低く付け加えた。
…
空の海を見上げると、光が水面越しに静かにたゆたっている。 「……」 口から小さな驚きの声が漏れた。光は祝福するように優しく輝いた。それは希望の光であり、未知への入り口のように思えた。瞬きもせず、じっと光を見つめた。 胸の中は興奮と不思議な多幸感で満ちていた。これまでの人生で経験してきた全てのものが、今この瞬間、あまりにも小さく感じられた。復讐心も、憎しみも、恐れも、全てが遠い記憶のように感じられてしまう。 空の海の先には何が待っているのだろう? きっと想像を絶する光景なのではないか。現実とも幻想とも区別がつかない、まったく新しい世界なのではないか。 彼女の体が宙に浮かび、眩しい輝きの中へと溶け込んでいった。
13クローディアス
スカーレットは、はっとして目を見開いた。 「自分を……」 唇から、かすかな言葉が漏れた。 『許せ』 父の声が、深い記憶の底から響いた。 彼女はもう一度、声にならない声でその言葉を繰り返した。 「自分を……」 『許せ』 再び父の声が、胸の奥に静かに響いた。 彼女は空を仰ぎ見て、自分自身の唇で呟いた。 「自分を……、許せ……」 まるで長い闇の旅路の果てに、突如として光明を見出したかのように。 雷が鳴る。
14生と死
「……ええ。それは彼のことです。最初から言っていました。自分は死んでいないって。何かの間違いでここに来たんだって。だから──」 聖は彼女の言葉を遮った。 「違う。俺じゃない」 「え?」 「それは君だ。スカーレット」
「死ぬとは? 生きるとは? そして──、愛とは?」
15帰還
エルシノア城の教会は、荘厳な静けさに包まれていた。 巨大なステンドグラスから差し込む光が、赤や青、金色の光となって大理石の床に描かれた紋章を浮かび上がらせている。 スカーレット王女は、戴冠式用の衣装に身を包み、ゆっくりと歩みを進めながら、教会の奥にある祭壇へと向かっていた。大司教が王女の前に立った。デンマークの慣習に従い、スカーレットは聖油を両肩の間と腕に塗油された。大司教の手には、デンマーク王国の歴代の君主が戴いてきた王冠が輝いている。王女は軽く頷き、息を整える。 「新しい女王に神のご加護を」 大司教は厳かな声で宣言し、ゆっくりと王冠を頭に載せた。王女は、その重みを感じながら背筋を伸ばした。 貴族、諸侯、家臣たちが一斉に跪き、声を揃えた。 「新しい女王に栄光あれ」 エルシノア城の鐘が鳴り響いた。 鐘の音は遠く離れた村々にも届き、国中に新しい時代の訪れを告げた。
「みなさん」 彼女の力強い声が、広場全体に響き渡る。 「もしわたくしをこれからの国の責任を担う者として選んでくださるなら、みなさんの幸せのため、最善を尽くし奉仕します」 人々は驚きのあまり目を見開いて彼女を見た。 「隣国とは友好と信頼を。子供は絶対死なせない。たとえ苦しみながらでも、もがきながらでも、もう争わないで済む道を諦めずに探すことを約束します」 彼女は、誠実なまなざしで人々を見つめ、訴えた。言葉のひとつひとつに、過去の旅路で得たねばり強さが漲っていた。 人々は息を吞んで、彼女の声に聞き入った。 「これまで争いがなくなるように願って亡くなった、全ての人々のために。これから幸せを願い生まれてくる、全ての人々のために」 言い終えると、彼女の言葉の重みを受け止めるような沈黙が広場に漂った。 最初に声を上げた女性が、声を震わせながらその沈黙を破る。 「ほんとうに、争いがなくなる世界がやってきますか?」 と胸に手をあてて、切実そうに問いかけた。 「……はい」 とスカーレットは、真っ直ぐに女性を見つめた。「あなたが賛同して、協力してくれたら」

















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