「現代人の失っているもの。それは『静かで激しい拒絶』である。けっして狂信に陥らない拒絶の激しさこそ高い教養のしるしである」
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今こそ、亀井勝一郎を!
私は30代だが、20代〜30代の世代で亀井勝一郎を知っている人が今の時代にどれだけいるだろうか。もちろん「転向者」「戦争賛美者」などというレッテル貼りじみた文壇史的知識なら、かえって無いほうがいいとも言える。しかし、彼の場合にはその名前すら知られていないというのが事実であり、悲しいことだ。同じく「忘れられた」思想家でいえば、最近はリベラル論壇で福田恆存の再評価がなされているようだ。しかしそれは逆説的な言い方をすれば福田が「保守」の思想家だからなのだろう。安倍政権的なウルトラ保守に対する「対抗軸」として福田恆存という穏健な保守思想家が古棚の奥から引っ張り出された(利用された)という感がないでもないが、それはそれで悪いことではない。ひるがえって、亀井にはそのように当てはめるべきレッテルや色が無い。何でもかんでも政治的な二項対立図式で物事を捉えようとする現代において、保守やリベラルという「名札」なき亀井勝一郎のような思想家が埋もれてしまうのも無理はない。
つい前置きが長くなってしまったが、上記のようなことはこの思想家にこれから接しようという人にとっては案外長所であるかもしれない。このレビューを読んでいるあなたが亀井のことをまったく知らないなら、むしろ幸いである。なんの予備知識もいらないから、無垢な気持ちでこの本を読んでほしい。色艶やかに咲き誇る厚化粧の花ばかりが持て囃される時代に、この、静かに咲く一輪の花のような思想家の言葉に耳をすませてほしい。そのたおやかな一輪の花から、か細い声で発せられる言葉の一つひとつ(思想の花びら)は、今を生きる我々が心にとどめておかなければならないであろう言葉ばかりである。
そして、アフォリズムという本書の形式がこの思想家のあり方とマッチしているのかもしれない。それは多弁で流暢な演説家の言葉では決してない。相手の襟首をつかんで説き伏せようという言葉でもない。あたかも着流しの老紳士が、縁側で誰に語るともなく、呟くように発した言葉だ。その放たれた呟きを、我々は受け取ってもいいし、受け取らなくてもいい。呟かれた言葉はシャボン玉のように空に舞い上がって、スッと消えていく。そんなイメージがこの本にはある。
以下に本書の中の言葉をいくつか記しておくことにする。もしも心に触れる言葉があったなら、是非この本を探し求めて傍に置いてほしい。
「沈黙しているかぎり、おたがいに理解することはできない。しかし沈黙していることの重大さは、おたがいに理解しなければならない」
「小心者の特徴は、平凡さをおそれるところにある」
「あまりに丈夫な人は、真昼だけあって、夕暮も夜もないようなものだ。彼と話していて疲れるのはそのためである。陰翳の不在は一種の暴力である」
「口ごもるということは重大なことだ。話がすこしこみいってくると、誰だって口ごもるだろう。微妙なことを問いつめられたら、誰だってしどろもどろになるだろう。この経験を忘れずに耐えぬくことが精神形成の方法である」
「ある時代の文化の低下を示す最も端的な例は、質問が露骨になり、回答が単純になることだ」
「現代人の失っているもの。それは『静かで激しい拒絶』である。けっして狂信に陥らない拒絶の激しさこそ高い教養のしるしである」
「政治的発言における第一の心がけは、怒りに甘えてはならないということである」
「才能の欠如を『進歩的』であることによって補っている人がいかに多いか」
「多忙であることによって、自分は何か仕事をしたという錯覚を抱くことが出来る。多忙とは現代における怠惰の一形式ではなかろうか」
「独断的であることが、いいかわるいかは問題ではない。そこに詩があるかどうかが問題なのだ」
「あらゆる思想を説明出来る人間の、無思想性を警戒しなければならない」
「さまざまの政治的発言に接して、私の最もいらだたしく思うのは、性急に二者択一を迫る態度と、統計的断定である。いずれかに決定しなければならないとしても、そこに至るまでの無数の段階、無数のニュアンス、つまり附帯的条件や、『しかし』といった疑問や、ためらいがあるはずだ。ここに生ずる微妙な差異を抹殺する政治的発言を警戒しなければならない。統計の不可能な精神の動揺に対して、これを統計化して断定する粗雑さを否定しなければならない。これが現代の『政治的抵抗』である」
「政治的無関心ほどおそろしいものはないと言うが、その中でも最もおそろしいのは、関心をくりかえしているうちに、無関心と同じ状態におちいることである」
亀井勝一郎が、少しでも多くの人に読まれますように。
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