2025年5月6日火曜日

Van Morrison 「Latest Record Project Volume 1」(2021) - telの日常三昧

Van Morrison 「Latest Record Project Volume 1」(2021) - telの日常三昧

Van Morrison 「Latest Record Project Volume 1」(2021)

 ヴァン・モリソンの創作力は止まらない。新作はCD2枚組で全て新曲。安全パイなルーツ回帰な姿勢を取らない姿勢は本来ならば高く評価したいのだが。
 今作ばかりはいけない。ファンは聴いて間違いなく楽しめる。しかし、これを聴いてヴァンをどうこう言ってはいけない。
 元気にしてくれるだけでいい、円熟味を楽しめればいい。これはそういうアルバムだ。

 ヴァンは「権力を持った頑固爺さん」だ。頭を冷やしたうえで本盤を受け止めたい。
 もともと老成してた音楽性だったが、近年は文字通りの後期高齢者。今、75歳だ。
 そんな立場で山のように新曲を作り、てらいなくリリースしてくれるのはファンにとってとても嬉しいこと。

 本盤のサウンドも、特段に突飛なことはしてない。バンド・サウンドを軸にライブっぽく作られた。
 ソウル、ブルーズ、カントリー、ジャズなどを混ぜ合わせ、彼の分厚いフィルターで漉し独特の風合いを出す。そして野太くも逞しい声で伸びやかに歌ってくれた。

 極上メロディや特筆するアレンジまで煮詰めた曲は、今のところピンと来ていない。どちらかと言えば手なりで作った風情。もっと聴きこめば印象変わるかもしれない。
 でもこの盤を聴きこむのは、良いことだろうか。それよりも彼の旧譜を聴いたほうが、なんぼかマシな気がする。

 現役感を保ち続けてるが、彼の喉はさすがに衰えてる。1-(1)のピッチが怪しい様子は、正直戸惑った。もっともアルバムを聴き進めてるうちに、それほど気にならなくなった。

 そしてぼくは、これが洋楽で良かったと思う。歌詞を聴いてはいけない。これは、年寄りの繰り言だ。頑固親父の一方的な意見だ。
 (1)からして、腰砕けになった。タイトル通り「最新曲集だっ♪」って無邪気に歌う。このネタだけで一曲を平然と作るセンスが凄い。詩を先に書いて、メロディつけてハイ出来上がりって感じ。

 現役引退した手すさびで、一人でスタジオ籠って作ったならば違う意味で微笑ましさがある。だがヴァンは権力を持っている。
 バンドの連中は音が弾んでおり、同世代の仲間でヨボヨボと作ったわけじゃなさそうだ。なんか超ベテランの仕事にいやいやもしくはビジネスライクで付き合っていそうな気がして、何とも物悲しい。いや、実際は知らないよ。心酔して演奏かもしれない。
 ただ、音を聴いてて生バンドの豪華カラオケで金持ち爺さんが気持ちよく歌ってる風にも聴こえてしまった。

 ヴァンの才能は枯れていない。新奇さは希薄ながら、次々と曲を生み出すバイタリティーは薄れていない。しかし75歳の爺さんに新しさなんて求めてはいけない。それは若手に要求すべきもの。
 もっと選りすぐってCD1枚にしたほうが集中力出たろう。だけどそこに労力を割かず、ヴァンは垂れ流してきた。おむつは使ってない。でもクソな作品じゃないので、自然体を受け入れよう。

 それにしても本盤を聴いてて、同世代のかくしゃく爺さんたちと大きな違いを感じてしまった。
 ヴァンは1945年産まれ。ポールは42年。しかし彼は「ノブレス・オブリージュ」を意識してるように思えてならない。隠居せずにファンに応えて経済を回すのが自分の義務だと思っていそう。

 ボブは41年産まれ。こっちはヴァンに比較的似てるが、評価のレベルが違う。ノーベル賞受賞すら、天狗にならぬほど圧倒的に評価されている。
 だからスタンダードを伸び伸び作り、新曲群もまったく構えぬ自由な姿勢だ。

 ヴァンも現地の評価は日本と全然違う。だけどもう少し、こじんまり。あくまでも地元レベルで、権力を駆使している。いわばヴァンは地方領主で、ボブは国王みたいな感じ。
 つまりヴァンを止め諫める人は、誰もいないだろう。だから彼は、好き放題いやいや自由奔放に活動している。

 これが洋楽で良かった。ヴァンは近年、歌詞が独善的と取りざたされている。この記事のように、コロナ禍へのロックダウンにも否定的だ。
https://amass.jp/139318/
 でもまあ、これは個人の自由。横丁のご隠居が床屋政談を非難してはいけない。問題は、ヴァンは権力ある爺さん、な点だ。だから歌詞を聴きながら本盤に触れると、どうにも居心地悪くなる。

 なお昨年の新曲群"Born To Be Free","As I Walked Out","No More Lockdown"は本盤に未収録のようだ。どんだけ曲を作ってるんだ。
 本盤もVol.1と銘打ってるし、もしかしたら近々に続編出るのかもしれないな。それもまた良し。ファンならば無条件で楽しめる。

 ちなみに本盤の歌詞も凄まじい。言及した記事が早速出ていた。
https://variety.com/2021/music/news/van-morrison-craziest-lyrics-album-latest-record-project-1234969093/
 たとえば2-(13)。「なんでフェイスブックを使う?」なんて歌詞を真面目に聴きながら音楽聴くのは、ちょっと居心地悪い。洋楽で良かった。意識しなければ、ほんのりファンキーな、ミドル・テンポなゴスペル風味を味わえる。

 本盤収録曲はどれも、あまり練ったり組み合わせたりして無い。ブルーズの姿勢で、ワンアイディアをそのまま繰り返してる。歌詞は脇に置いて、それぞれのメロディを合わせ濃厚にしても、さほどクオリティは変わらないかな。
 ある意味、メロディやアレンジが趣旨じゃない。煮えたぎる熱い思いを歌詞にぶつけ、音楽をつけたって風情だから。

 ここでヴァンの見解の是非を語るのは野暮だ。無意味、じゃない。野暮。
 どういう意見でも良いじゃないか。75歳のお年寄りは非難じゃなく労わるべき対象だ。

 重ねて言う。本盤はヴァンのお達者ぶりを楽しむもの。
 若い連中はこれを聴くな。本盤を聴いて彼をどうこう言うな。
 本盤は42作目のスタジオ作かな。本盤の前に旧譜群を5回、いや3回でいいから周回してきて。
 彼の豊富で芳醇なキャリアがあって、本盤に至ったことを理解して欲しい。CD2枚組のボリュームというが、"Hymns to the Silence"とは根本的に違う。このアルバムすら、30年前だ。あああ。月日の流れは速い。

 ヴァンは1945年生まれ。すなわちタモリと同い年。たけしは二歳若い。つまり、そういうことだ。

 本盤を聴いて、昔を懐かしむ必要はない。今のヴァンを素直に楽しもう。
 少しくらい声が衰えたって、古き良きアメリカン・サウンドを自分の血肉にして熟成させ創作するヴァンのパワーは衰えてない。
 相変わらずサックスは下手くそだが、もうそれもどうでもいいよね。ファンならば。
 
 この盤は出たばかりで、もちろん聴きこめてない。正直、聴きこみたい気にはなれない。それならぼくは旧譜を聴く。
 だが本盤を否定はしない。出してくれたことは嬉しいし、聴いて楽しんだよ。ぼくは彼のファンだから。
 

Track list
1-1 Latest Record Project 5:06
1-2 Where Have All The Rebels Gone? 4:14
1-3 Psychoanalysts' Ball 5:18
1-4 No Good Deed Goes Unpunished 3:08
1-5 Tried To Do The Right Thing 4:42
1-6 The Long Con 6:59
1-7 Thank God For The Blues 5:01
1-8 Big Lie 3:42
1-9 A Few Bars Early 4:53
1-10 It Hurts Me Too 3:04
1-11 Only A Song 4:01
1-12 Diabolic Pressure 5:27
1-13 Deadbeat Saturday Night 3:14
1-14 Blue Funk 4:22
2-1 Double Agent 4:52
2-2 Double Bind 5:24
2-3 Love Should Come With A Warning 4:04
2-4 Breaking The Spell 3:28
2-5 Up Country Down 4:55
2-6 Duper's Delight 6:12
2-7 My Time After A While 6:16
2-8 He's Not The Kingpin 4:07
2-9 Mistaken Identity 4:27
2-10 Stop Bitching, Do Something 5:06
2-11 Western Man 3:33
2-12 They Own The Media 3:13
2-13 Why Are You On Facebook? 4:56
2-14 Jealousy 4:17

関連記事

0 件のコメント:

コメントを投稿

ヒュームにおける懐疑論と心理学的説明 鵜殿慧(慶應義塾大学)

https://www.wakate-forum.org/data/2008/kresume12.php ヒュームにおける懐疑論と心理学的説明 鵜殿慧(慶應義塾大学)  デイヴィッド・ヒュームが『人間知性研究』(An Enquiry ...