2025年12月4日木曜日

Amazon.co.jp: 怪談・骨董 (河出文庫) eBook : 小泉八雲, 平川祐弘: 本


 それに私自身は、私にお迎えの番が来たときは、どこかのこうした昔風なお寺の墓地に葬られたい。──私としてはあの世でのおつきあいは古風な人、明治の流行や変化や瓦壊やらを気にしない人にお願いしたい。わが家の庭の裏手にあるあの古い墓地などがいい。あそこならばなにもかも美しい。並はずれて美しい場所で、驚くばかりに珍奇である。一木一石も古い理想によって形づくられたものばかりだ。そんな古い美の規範はもはや現存する人の脳裡には存在しないものである。影もいまどきのこの太陽の影ではなく、忘れ去られた世の影である。その忘却の彼方の世とは蒸気も電気も磁気も──灯油も、知らない世である。お寺の大きな釣鐘のごーんという響きにも妙に古雅な音色がある。それは私の体内の十九世紀風の近代的な部分からはいかにもほど遠い。だから奇妙な気分がする。なにか目に見えないかすかな感情の動きが生じて私は怯えずにはいられない。──それは美妙な怯えである。お寺の鐘の大波のように響きわたるあの音を耳にすると、私の魂の奥底の部分でなにものかが羽ばたきなにものかが立ち騒ぐ、その胸騒ぎを感ぜずにはいられない。何百万という死と何百万という生を繰り返してきた闇の中で、その暗黒の彼方へなおも光を求めてもがく記憶の感覚がよみがえるのが感ぜられる。そんな鐘の音が聞こえる中に私はとどまっていたいのである……。それに、食血餓鬼の境涯に堕とされるかもしれぬという可能性に思いをいたすと、それならどこかの竹の花立てか水溜めの中に生まれ変わる機会があることをむしろ望む者だ。そんな中からそっと出て、かぼそい、刺すような歌をうたいながら、誰か私が知っている人を嚙みに行きたいものと思うのである。

「蚊」より


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神曲 1911

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