2025年3月19日水曜日

評価は上がったのか?~『赤毛のレドメイン家』 | Jitchanの誤読日記

評価は上がったのか?~『赤毛のレドメイン家』 | Jitchanの誤読日記

評価は上がったのか?~『赤毛のレドメイン家』

赤毛のレドメイン家 (創元推理文庫)

 ミステリ好きを自称していながら、いまさらこれ?・・・と言われそうだが、実は若い頃に一度読んでいる。

 そのときは、あまり感心しなかった記憶がある。ところが、最近喜国雅彦の『本格力』を読んでいたら、喜国氏も初読のときは感心しなかったが、再読してみたら面白かったと書いてあった。そこで再チャレンジしてみる気になった。

 で、再読してみてどうだったのか。

 面白かった、かなり。その面白さを説明するのは難しいが、試みてみよう。

 前半ストーリーはもたつき気味だ。連続殺人が起きているというのに、いずれも肝心の死体が見つからない。だから、なんだか居心地が悪く、落ち着かない気にさせられる。本当に殺人事件は起きているのかと疑う気持ちまで起きてくる。そのもやもやが逆に一種のサスペンスとなって、先の物語展開への期待を湧きたてる。

 最初の事件で、夜の闇の中、オートバイで死体(?)をダートムーアからペイントンにまで運ぶシーンも印象的だ。田舎の道を疾走するオートバイが、月の光に照らされて闇夜の中に浮かび上がる、そんな映画のような情景が思い浮かぶ。

 中盤になってある人物が登場し、それまでもたついていた物語が一気に動き出すのも心地よい。その人物が折にふれて放つ洞察力に富んだ名言も面白い。そのいくつかを紹介しよう。

「闘いの半分は事件の発端がどこにあるかを突きとめるにある。事件の真の発端がわかれば、結末はほぼ約束されたようなものだ」

「(推論を考えて時間を無駄にすることなく)事実を追うべきだった。(中略)きみのいう動かしようのない鋳鉄の事実のほとんどは、そもそも事実でもなんでもなかった」

「人間はふたつのことにだけは最善をつくすものなんだ。(中略)愛と憎しみのためだ。(中略)愛と憎しみ、どちらもしばしば人の判断力を奪う」

 これらは名言であるとともに、事件の真相を解明するための強力なヒントでもある。現にぼくは、これらの言葉で、事件の真相についてある仮説を持った(大当たりではなかったけどあせる)。こうした名言を含め、この人物の人物像が鮮烈で、彼が登場してから俄然物語は面白くなった。

 しかし、この人物が登場しても事件の真相はすぐには解明されない。作者の引っ張ること、引っ張ること。しかしそのもどかしさが強烈なサスペンスともなって、読者を飽きさせない。

 最後に明らかになる事件の真相も驚愕だ。今となっては使い古されたトリックとも言える(この作品の発表は1922年なので、ミステリ黄金期の初期の初期であり、乱歩が処女作の『二銭銅貨』を発表する前なのだから、現代の視点で古いといってはアンフェアだろう)が、作者のミスディレクションが上手で見事に騙されたし、古さも感じなかった。そのトリックを使うにいたる事情がとても自然なのも(そうではない作品も多数ある)、高得点だ。

 ただ不満もいくつかある。そのうち主なものについて書きたい。

 その一番は、アンフェア(すれすれ?)な記述が見られること。ネタバレになるので詳しくは書けないけど、そのせいで(だけじゃないけど(^^; )、ぼくは事件の真相を見破り損ねた。それがアンフェアになったのは、「神の視点」で書かれている本作品で、その部分が地の文で書かれているからで、登場人物の証言として書くなりなんなりしていれば、何の問題にもならなかったはずだ。なぜ作者がこうしてしまったのか疑問だが、物語のビビッドさ、おもしろさを優先したのかもしれない。

 ※この部分、翻訳がまずいせいかとも考えて、原文にも当たってみたけれど、翻訳のせいではなかった。

 そのことも含め、作品全体を「神の視点」ではなく、登場人物(候補はひとりしかいないけど(^^; )の視点で描いたらよかったのではないかとも思った。その方がよりサスペンスフルになった可能性もある。

 第二の不満は、探偵役がことの真相をほぼ見抜いておきながら、最後の事件を防げなかったこと。その理由を作者は、探偵役の口を借りて「人間の能力の限界」で片づけているが、それではとうてい納得できない。事件の真相のすべてではなくとも、あらましを主だった関係者に告げておけば(読者には内緒にするにせよ)、簡単に防げていたのだから。探偵役が被害者の安全を最優先に思っているのなら(というか、自らそう公言している)、そうするのが当然だろう。

 第三の不満は、ネタバレになるから具体的には言えないけど、ある企てにおける犯人役の重大な手抜かり。アレを、アレだけでうまくいったと信じてしまうのは、「天才的な」犯人としては、うっかりではすまされまい。

 これらの不満があるために、この作品を乱歩のように大絶賛するにはためらいがある。しかし、それを割り引いても、この作品が名作であるのは間違いないところだ。おススメ。

<付け足し>

 この作品は当初集英社文庫版(乱歩が選ぶ黄金時代ミステリーBEST10(1))で読み始めた。 ところが、第2章の途中まで読んで、翻訳のひどさに閉口した。翻訳臭が強く、日本語としてこなれていないし、美しくないのだ。そこで地元の図書館で、この創元推理文庫版を借り、訳文を比較対照してみたら、創元推理文庫版のほうがはるかによかった。というわけで、これから読まれる方は創元推理文庫版を手に取ることをお勧めする。

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