【大河ドラマ べらぼう】第14回「蔦重瀬川夫婦道中」のあらすじ 検校と瀬以、囚われの身に 4月6日放送 相関図や「徹底ガイド」も 横浜流星主演

第13回「お江戸揺るがす座頭金」回想 「蔦重はわっちの光」物語が紡いだ瀬川と蔦重の切れない絆 「神君」の威光で高利貸し、体制の軋み浮き彫りに 鱗形屋、ふたたびの偽板に沈む
再び「籠の鳥」の瀬川、「蔦重はわっちの光」涙の告白
妻になった瀬以(小芝風花さん)が、吉原を離れても蔦屋重三郎(蔦重、横浜流星さん)を思い続けていることを確信した鳥山検校(市原隼人さん)。瀬以に「(お前と自分は)どこまでいこうと女郎と客、ということだな」と冷たく言い放ち、座敷に閉じ込めてしまいます。再び、「籠の鳥」に戻ってしまった瀬以の姿があまりに哀れ。見る者の涙を誘いました。(場面写真はNHK提供)
瀬以と蔦重の魂の繋がりを示す『塩売文太物語』という"物証"を突き付け、蔦重に屋敷に来るよう求めた検校。のっぴきならない状況を察知した蔦重は、検校の付き人に従い、屋敷に向かいます。検校は、蔦重を交えてすべての決着を付けよう、という覚悟だったでしょう。一方、蔦重との不義密通は否定する瀬以ですが、検校から「いくら金を積まれても、心は売らぬ。そういうことであろう」と短刀を手に迫られると、さすがに隠し事はできないと覚悟を決めました。言葉遣いも昔の廓言葉に戻りました。そこにいたのは検校の妻「瀬以」ではなく、吉原の象徴の花魁、瀬川でしょう。

「この世に女郎の実(まこと)はない」 瀬川の悲痛
「蔦重はわっちにとって光でありんした。重三を斬ろうがわっちを斬ろうがその過去を変えることはできんせん」と自らの本心を明かしました。同時に、何度も検校を傷つけてしまったことへの謝罪の気持ちもウソではないのが瀬川の真っ当さです。「主さんこそ、わっちをこの世の誰より大事にしてくださるお方。人の心を察し過ぎる主さんを、わっちのいちいちが傷つけているということも」。小芝風花さんの迫真のセリフ回しに息を呑みました。
検校の刀を手にとって、自分の胸に突き付ける瀬川。蔦重を思う気持ちが消えてしまえばいい、と願っていたのに、それは叶わなかった、と告白します。「信じられぬというのなら、どうぞ。ホンにわっちの心の臓を奪っていきなんし」と泣くのでした。「この世にないのは四角の卵と女郎の実(まこと)」と自らを口にした瀬川。本気もウソも一切合切含めて、色恋沙汰をもてあそぶしかない色里の女郎。その過去を消し去ることの難しさを改めて示すエピソードでもありました。瀬川、蔦重、検校。この3人はどう決着するのでしょう。
『塩売文太物語』、瀬川と蔦重の絆の象徴
『塩売文太物語』がストーリーのカギを握る重要なアイテムとして、再びクローズアップされました。瀬川と蔦重の絆の原点であり、象徴でした。改めて2人にとって、この本がどういう重みを持っているのかを簡単に振り返っておきます。
2人が小さいころ。あざみ(瀬川の幼名)が大切にしていた根付を井戸に落としてしまい、幼馴染の柯理(蔦重の幼名)が何とか拾い上げようとしますが果たせません。
諦めがつかず怒り出すあざみに、「おいらの宝物をやるから、これで手打ちにしない?」と差し出したのがこの本でした。よほど大事にしていた証拠に、裏見返しのところに「からまる」と拙い文字で名前を入れていました。
以来、本がボロボロになるまで、折に触れては読んできた瀬川です。
しがない塩売の娘で、心優しく教養のある小しおが、貴族の若者に見初められて幸せになるシンデレラストーリーでした。2人はそれぞれ、小しおに瀬川を重ねてきたことでしょう。

『塩売文太物語 2巻』,鱗形屋,寛延2刊. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2533276

『塩売文太物語 2巻』,鱗形屋,寛延2刊. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2533276
蔦重も、平賀源内(安田顕さん)から書籍は人々の希望と救いになるよ、と諭された際にこの本のことを思い出していました。
「そうかもしれませんね。本が運んでくる幸せには、オレも覚えがあります」。
2人に本の楽しさ、吉原を生き抜く心構えを教えてくれた朝顔姐さん(愛希れいかさん)との愛おしい日々が、蔦重の脳裏に蘇ります。
互いの気持ちを確かめ合ったあと、蔦重が一緒に𠮷原から足抜けしようと瀬川に渡した通行切手の名前が「しお」でした。命がけの秘密にまつわる符号を『塩売文太物語』から取るほど、2人にとってこの本は命の次に大切なもの。この通行切手を破いた片割れも、瀬川は肌身離さず、検校邸に持ってきていました。
『塩売文太物語』をめぐる様々なエピソードの積み重ねは、2人の恋路の象徴というだけではなく、フィクションというものが人に与える夢や希望こそ、「べらぼう」の重要なモチーフであることを示しているのでしょう。現代においても不変の考察テーマです。
検校らの高利貸しの実態、明るみに
当時の目の不自由な人たちが組織する職能集団、当道座の一部勢力による高利貸しの実態が、江戸城中で明らかにされました。
坊主頭に裃という尋常ではない姿で将軍・家治(眞島秀和さん)と、世継ぎの家基(奥智哉さん)の前に姿を見せたのは、旗本の森忠右衛門と虎太郎の父子でした。「座頭金に手を出し、追い詰められました」。森らが将軍に会ったかどうかはともかく、この騒動は史実です。
「日本盲人史」(成光館出版部、中山太郎著、1934年刊)などによると、安永7年(1778年)7月、森父子とそれぞれの妻の計4人が姿を消しました。8月に発覚し、奉行所に届け出があったので大騒ぎになり、4人の行方を探すうち、森父子が出頭。上司に事情を説明しました。
「忠右衛門剃髪して衣に輪袈裟を懸、虎太郎は麻上下にて、小田原提灯を持たり、様子承る處不勝手に付、筋悪敷借金多く人前も不相成家出致候處、御尋厳く大勢及難儀候趣承り立戻候由(中略)最初出奔致し千住旅籠屋に一宿致し、翌日唯念寺知行の名主を頼み、店を借頭を剃玄忠と名を改醫者に成候處(後略)」
と当時の文献にはあります。ドラマでは容赦ない取り立ての様子も描写されました。こちらも当時の文献には「居催促、強催促」と表現され、「貸金の滞りたる時、先武士ならば玄関の眞中に上がり、聲高に口上を述、居催促・強催促など云て外聞外見を不構、又町家ならばいかにも近所合壁へ聞るやうに悪口を並べ罵るなり。(中略)老人小児などの衣服を脱とりて返済する事になれり」など。これではたまったものではありません。将軍家の威光をバックにした彼らの強引な取り立てに対し、武家や庶民の反発は強まる一方でした。
神君の旗印の元、公認の金貸し
当道座による金貸しは古くから行われていたとみられます。「日本盲人史考」(米子今井書店刊)などによると、家康が江戸に幕府を開いた際、家康とは旧知の間柄だった時の惣検校・伊豆円一が祝儀のため訪問しました。その折、家康から古来の当道の格式などが従前の通りに認められました。幕府は当道座に対して、①自治を許し、死罪や遠島などの重罪までの裁判権を持たせた②租税、労役の義務の免除③検校、勾当などの制度を公認し、その売官による金銭や、諸種の運上金を座中で配分することを許容④これらの当道が得た金銭を官金と称し、金貸業を営むことを許したーーといいます。生活に困窮しがちな障害者に対する福祉対策という側面があったのでしょう。

幕府を悩ませた高利貸し、根深い背景
当道座による高利貸しはその後、たびたび社会問題化し、幕府を悩ませました。元禄15年(1702年)には金銀訴訟に関する法令が出され、正徳2年(1711年)には座頭の官金について取り締まる法令が出されています。が、効果はあまりなく、結局今回の鳥山検校らに対する摘発にエスカレートしました。

田沼意次(渡辺謙さん)が指摘したように、根本には「己の旗本すら養えなくなっている将軍家」という、統治システムの問題がありました。「米の値段が下がる一方。昔のままのやり方で旗本八万騎を養おうというのは土台無理」と意次。日々の生活にも困る武家は、借金するほかありません。高利貸し問題には、社会の変化や経済の発展に追いつけない幕藩体制の綻びが示されていたのです。
法外な暴利で富を築いた一部の検校たちが取り締まりを受けるのは無理もない展開でした。当時の文献には、通例の金利に不法な金利を上乗せし、厳しく取り立てもしていた鳥山検校の高利貸しの実態が記録されています。
とはいえ、高利貸しが摘発されたからといって武士たちの暮しが楽になるものではなく、あくまで対処療法に過ぎません。年々、幕府のかじ取りは難しくなる一方、という時代でした。大きな自然災害も待ち受けています。
為政者であることの厳しさに直面した家基。彼はどう動くのでしょうか。
西の丸(家基)側の攻勢に苦しむ意次に助け船を出した一橋治済(生田斗真さん)。彼も不気味な笑みを浮かべます。怖いです。
伊達に𠮷原で遊んでいたわけではありません。市中に抱える豊富な人脈を生かし、捜査官として優秀なところをみせた長谷川平蔵(中村隼人さん)。幕府パートも役者が揃い、一気に緊迫してきそうな雲行きです。
偽板再び、苦境の鱗形屋
黄表紙の嚆矢『金々先生栄華夢』など、ヒットを飛ばして快調に見えていた鱗形屋。まさかの暗転でした。
「研究叢書 節用集と近世出版」(和泉書院)によると、鱗形屋が『新増早引節用集』の偽板に手を染めたのは安永6年(1777年)5月から同7年1月まで。安永4年(1775年)の時と全く同じ大坂の柏原屋制作の字引、『早引節用集』をひそかに作っていました。

『早引節用集』,柏原屋与左衛門[ほか4名],天保7. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13391581

前回は須原屋の仲介で、版木や完成した本を差し出させる穏便な処置で済みましたが、今回はさすがに厳しい処分が下りました。直接、偽板を担当した従業員の徳兵衛の家財は闕所(没収)となり、江戸から十里四方追放に。主人の鱗形屋本人も過料20貫文の罰金刑。手代の与兵衛・次兵衛は手錠(100日間)、版木屋も同罪でした。
黄表紙で当たりを取っていた鱗形屋がなぜまた偽板に手を染めたのか。後世の研究者らも首をひねるところです。ドラマでは想像力豊かに伏線を張り、鱗形屋側の行状に説得力を持たせて巧みでした。
1つは富本節。鱗形屋は蔦重に「オレから盗んだ商いを返してくれないか」と憤懣やるかたない調子でした。彼の念頭には当時、一世を風靡していた富本節の「正本」があったでしょう。浄瑠璃の歌詞をまとめた本人公認の「直傳」です。ドラマでは鱗形屋が出版企画では先行していたものの、馬面太夫(寛一郎さん)の信頼を勝ち得た蔦重に攫われてしまいました。

もうひとつは当道座に借金の証文が渡ってしまった、という設定。前述のように、貸した相手が民間の場合、「いかにも近所合壁へ聞るやうに悪口を並べ罵るなり。」が当道座の取り立ての手口。ドラマでも再現されました。客商売でこれをやられたら、客足は遠のくばかりでしょう。いずれにせよ鱗形屋、正念場を迎えました。
どうなる春町の才能
鱗形屋は落ち目が必至の情勢。となると、鱗形屋が抱えているアーティストたちはどうなるのか、が業界の関心の的になります。特にベストセラー作家の恋川春町(岡山天音さん)の帰趨が注目される事態になってきました。
春町が鱗形屋から刊行したばかりの黄表紙『辞闘戦新根』が話題に。

スター絵師で、もちろん出版業界の状況にも詳しい北尾重政(橋本淳さん)が「お前が版木を買い取って出し直せば?」と蔦重に水を向ける場面も。市中の版元との軋轢はありますが、蔦重の存在感が否応なく大きくなってきた、ということでしょう。義理堅く、蔦重には必ずしもよい感情を持っていない春町ですが、今後の動向には目を離せません。
山東京伝もいよいよ表舞台、次々スターが蔦重の元に
こちらも江戸時代を代表する才能です。北尾政演(古川雄大さん)。のちに山東京伝の名で知られることになる絵師であり、戯作者です。
北尾重政に絵を学び、その後、洒落本や黄表紙で徐々に頭角を現していくことになります。将来、蔦重にとっても重要なパートナーになります。
朋誠堂喜三二(尾美としのりさん)も含めて、キラ星の才能が次々と蔦重の元に集結し始めています。彼の出版活動のステージが、江戸全体を巻き込む形でもうひとつ上の次元に進むのも間もなくです。
(美術展ナビ編集班 岡部匡志)
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