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李賀3[夢天、秋来、将進酒]、李賀の詩の特徴、漢詩の散文訳と自由詩的訳
中唐—21参照文献
一 松枝茂夫編 中国名詩選(下)(岩波文庫)
二 黒川洋一編 李賀詩選(岩波文庫)
松枝茂夫(1905—1995)元東京都立大学教授
黒川洋一(1925—2004)元大阪大学教授
文献一は全巻で600余りの詩の解説と訳が記されている。
散文訳と註には門下生と思われる方たちが協力している。
詩題、どんな詩であるかの簡単な説明、漢詩と訓読文、
散文訳、比較的簡単な語釈の順に読みやすくまとめ
られている。
但し、類書と同じく、それから詩の香りまで感じられる
散文訳は多くない。
一般には、訳詩(人により訓読文を含む)にするか、
エッセイ風の散文にしない限り、詩情を伝えるのは
難しいと思う。
文献二では訳を最初に記し、その後に漢詩と訓読文を
記し、ついで詳しい語釈を記している。
訳は自由詩的で新鮮に感じた。
この書はごく最近見たもの。
夢天(天を夢む) 李賀
老兎寒蟾泣天色 老兎 寒蟾(かんせん) 天色に泣き
雲楼半開壁斜白 雲楼(うんろう)半ば開き 壁斜めに白し
玉輪軋露湿団光 玉輪露に軋(きし)って団光(だんこう)湿い
鸞珮相逢桂香陌 鸞珮(らんぱい) 相逢う 桂香の陌(みち)
黄塵清水三山下 黄塵 清水 三山の下(もと)
更変千年如走馬 更変(こうへん)すること千年 走馬の如し
遥望斉州九点煙 遥かに望めば斉州(せいしゅう) 九点の煙り
一オウ海水杯中瀉 一オウの海水 杯中に瀉(そそ)ぐ
オウはさんずいへんに弘。
「漢詩の和訳文」
老兎と寒そうな蝦蟇(がま)が天空で泣いている
雲の楼が半ば開いて、壁は斜めに白い
玉輪が露にきしって、月の光を湿らせている
桂の香る道で佩玉を持った仙女たちが行きかっている
眼下の三山の麓には黄塵の陸地と青い海があるが、
その千年の変化も、走る馬のように瞬く間に変わってゆく
遥かに中国全土を望めば、九点の煙りにしか見えない
一面の海水も一個の杯に注いだほどのものだ
天を夢む
月に住む老いし兎と寒き蝦蟇(がま)が天に向かひて
涙流せば、
雲作る楼の扉が半ば開きその壁見れば斜に白し
露の中わだちきしらせ動きゆく玉輪の月の光が湿る
木犀の香る道にて佩玉を帯びたる仙女たちが行きかふ
眼下には黄色き陸と青き海が三神山の下に広がる
その陸と広き海とは千年の間(ま)に速やかに
入れ替はりたり
はるかなる中国見ればその陸地はただ九つの煙りの
ごとし
一面の海の水も杯にそそぎし水のごとくに見ゆる
註
「老兎寒蟾」月の中に棲むという兎と蝦蟇。
「桂香」木犀の香り。
月には桂(木犀)の大木が生えているという。
「雲楼」雲の峰を月宮にたとえたもの。
「三山」海上に蓬莱•方丈•瀛州という三つの神山
(神仙の住む島)があるという。
「千年如走馬」歳月の過ぎやすいことのたとえ。
「九点の煙」九つの点のような煙り。
古代、中国は九つの州に分けられていたという。
「一オウ海水」一たまりの海水。
「オウ」水が広く深いさま。
参考 黒川洋一の訳(文献二)
天を夢む
月に棲む老いたる兎と寒げなる蟇(ひき)とほの白き
天に向かいて悲しみ泣けば
雲の高殿は半ばその扉を開きそそり立つ壁は斜めに
白く輝けり
玉の車輪の露にきしり円き光の塊のしとどに
濡れそぼつなか
鸞珮を帯びるたる仙女たちは木犀のにおう道に
行きかう
下界なる三神山のほとり黄色き砂塵はたちまちに
清き水となり
その移り変わりの速やかなるは千年も走る馬にも似
遥かに見やれば中つ国は靄のうちに蠢(うごめ)く小さき
九つの点にして
ひとたまりの海原はさながらに杯に注がれし水の
ごとくなり
秋来(秋来(きた)る) 李賀
「漢詩の和訳文」
桐の葉を吹く風は心を驚かし壮士が苦しむ
灯火が弱くなり、月光のもとキリギスが
泣いている
私のこの一巻の書を誰が見るであろうか
紙魚(しみ)にむしばまれて空しく粉々に
なるのではないか
そうした思いに引かれていると、私の腸はまっすぐに
なり死にそうになる
雨は冷たく古(いにしえ)のすぐれた詩人がこの書生を
弔ってくれるであろう
秋の墓では死者たちが鮑照の詩を唄ってくれるであろう
私の恨みをこめた血は千年後には土中の碧玉となって
いるであろう
秋の訪れ
桐の葉を吹く秋風に驚きて心の中は苦しきばかり
灯火(ともしび)は暗く虫らは一面の月の光りに
か細く鳴き居り
わが書簡は紙虫(しみ)に粉々にむしばまれそれを空しく
見る人やある
今宵われ冷たき雨の降る中で死せば香魂われを弔はん
亡者らが墓の周りで鮑照の詩を唱ひつつわれを迎へん
恨(うらみ)こめし血が固まれば千年後土の中にて
碧玉とならん
註
「香魂」古人の香ぐわしい魂。
文献二では不遇な人生を送った過去の文人たちを
さすと見る。
「鮑照」南北朝時代、宋の詩人。
官位は低かったが、詩人として優れていた。
参軍であった時、反乱軍に殺された。
その生涯と詩が李賀の共感を呼んだのであろう。
「鮑照の詩」文献一、二によれば「代コウ里行」や
「代挽歌」をさす。
コウはくさかんむりに高。
「コウ里」墓地。
「挽歌」葬式の時に歌う、死者を弔う悲しみの歌。
「代挽歌の代」なぞらえるの意味。
「月光のもと」文献一では「寒素」は冷たそうな白絹。
月の光の形容。
文献二では貧乏ぐらしと訳している。
李賀の「傷心行」にある
「病骨幽素を傷む」の幽素と
同意とする説に従ったもの。
将進酒(しょうしんしゅ) 李賀
「漢詩の和訳文」
瑠璃の杯は濃い琥珀色
小さな桶から酒が滴って、紅の真珠のようだ
竜を烹て、鳳をつつみ焼きして玉脂を泣かせれば
薄絹の屏風と刺繍をした幕が香りを囲む
竜の笛を吹き、わに皮の鼓を打てば
白い歯と腰の細い美女たちが舞う
まして今は春、日はまさに暮れようとしている
桃の花が紅い雨のように乱れ散る
君に勧める、終日酩酊して酔い給え
酒はあの酒飲みの劉伶の墓まではやって来ないのだから
まさに酒を進めん
琥珀色のグラスを取れば小桶より紅の真珠の酒が滴る
竜を煮て鳳(おおとり)つつみ焼きをれば脂が哀れな
泣き声はなつ
うす絹の屏風と刺繍のたれ幕が香ばしき風を囲みたり
竜笛に鰐皮の鼓合はせれば皓歯細腰の美女が舞ひけり
春の日も暮れんとすれば桃の花は紅雨のごとく
乱れ散るなり
いざ君よ酩酊したまへ酒飲みの劉伶墓(りゅうれいぼ)にも
酒は届かず
註
「劉伶」竹林七賢人の一人。
大酒のみで自分が死んだら酒瓶(さかがめ)と
一緒に埋めてくれと言ったという。
参考 「蘇小小歌」黒川洋一訳(文献二)
「蘇小小墓」の詩題は底本の違いにより「蘇小小歌」と
なっている。
蘇小小の歌
幽蘭に置く露は
啼ける眼に宿る涙か
契りを結ぶ人の無ければ
春がすみ裁つによしなし
草を茵(しとね)とし
松を蓋(かさ)となす
風は裳(もすそ)と乱れ
水は珮玉(おびだま)と鳴る
油壁の車して
日の暮れに人を待つ
青白き鬼火の提灯(あかり)
ゆらゆらと侘しく燃ゆる
西陵のほとり
雨風のともども黒し
(漢詩が風雨晦(くら)しとなっている。)
註
「蘇小小歌」の訳の後半は佐藤春夫の訳を
「ややことばを変えながら引き継いだ」と
本の「まえがき」に記している。
「無物結同心」を契りを結ぶ人無し、
「煙花」を春がすみしとしていることが
この訳の特徴と思う。
「煙花」には「春がすみ」の意味がある。
しかし、「無物結同心」を恋人と「同心を結ぶ物が無い」
ではなく、「契りを結ぶ人が無い」となぜ訳すのか分から
ない。
余談 李賀の詩の特徴と訳の難しさ
「示弟」•「出城寄権キョ楊敬之」のような事実に基づく詩は
別として、「李憑箜篌引」•「夢天」•「蘇小小墓」•
「秋来」のような想像(幻想)に基づく詩は、想像をまじえて
訳すことになり、従って種々の訳が存在しうる。
それは詩人の憶いが言葉として明確に表されていない
ためである。
それがかえって李賀を特異な詩人として印象づけ、
不幸な夭逝の詩人であることも合わせて、魅力を感じる
人が多いように思われる。
李白にも「蜀道難」のような想像に基づく傑作があるが、
あいまいな表現はないと思う。
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