2025年11月7日金曜日

「七人の侍」の制作エピソード: 5001:a cinema odyssey

「七人の侍」の制作エピソード: 5001:a cinema odyssey

「七人の侍」の制作エピソード

 黒澤作品「七人の侍」は何度も観ているが、オリジナルの脚本は読んだことがない。

 橋本忍氏の本やインタビューではこの映画の脚本作りの段階では、たしか、普通の映画で脚本の長さは80ページ位にするものが、この映画では460ページになってしまったという。

 この長さは映画にすると5、6時間くらいになる量だったそうだが、贅肉をそぎ落とした段階でもまだまだ長く、編集段階でだいぶカットされている部分がある。

 ただし、カットするのは時間調整ということだけでなく、映画のテンポをよくするためでも行われる。

 そのカットされた一つは、村人たちが野武士の退治を代官所に直訴するシーンがあったと聞いているが、私の推測するものではもう一つ、侍探しに出かけた村人4人が木賃宿に投宿する前、手助けを了承した侍が、村人たちが出したメシを喰うだけ喰って逃げてしまうシーンがあったはずだ。

 与平の台詞「おしいことをしたなー、あの米がありゃ饅頭四十も買えたによ」とつぶやいているのと、後の馬喰(多々良純)の「ケッ!またただ飯喰われてーのか」という台詞の存在で判る。

 このような「七人の侍」の制作エピソードは他にも事欠かないが、私の最も好きな話は久右衛門のバッチャマ出演の話。

 「オラ、早く死にてーダヨ・・・・」と、おわんに山盛りになった銀シャリを拝んでいるウメボシ婆ちゃんの話。

 あのお婆ちゃんは撮影所近くの老人ホームから借りてきた素人で、助監督(たぶんセカンドかサード助監督)が仕込んだ台詞をまったく憶えられなかったという。 

 しょうがないので、演技をつけるために彼女の人生で最もつらかったこと、悲しかったことをしゃべってごらんとアドバイスすると、息子が戦争で死んだことを話し出し、その雰囲気がよかったので助監督は「その調子で台詞を憶えてください」と一安心した。

 さて黒澤監督もやってきた本番撮影。ヨーイ・スタートでカメラが回ると彼女の喋りだした台詞は・・・「わしの息子がB29の爆弾でやられて死んでしまった」。

 監督は「だれだこんな台詞教えたのは!!」と例のごとくカミナリを落としたが、婆ちゃんを気の毒に思ったのだろう、「まあいいか、雰囲気もでているしこのままやろう」ということであのシーンがOKとなった。

 だから映画で流されているセリフは当然、別の役者さんによるアフレコであり、よく見ると口の動きと声が合っていない。これをダビングをしたのは黒澤作品の常連といってもいいベテラン怪優・女優の三好栄子さんで、彼女は珍しく今回は本編に出演していないし、クレジットもされていない。

 この老人ホームの婆ちゃんは、その後、助監督にデパートに連れて行ってもらい、出演料で着物を買ったという。映画封切後、彼女は亡くなる前に、人生で一番楽しかったのは映画に出たことだと語ったという。

 逆に嫌なエピソードは、チーフ助監督だった堀川弘通氏が語っていたことだが、馬に乗った野武士が、村を臨む急峻な丘(実際は傾斜角30度ほどの崖)を下り落ちるシーンの撮影では、堀川氏は危険すぎるアクションで、ひょっとしたら死人がでるかもしれないと黒澤監督に忠告すると、監督は「死人が出てもしょーがないかな」とつぶやいたそうで、堀川氏は戦慄したという。

 死人が出なかったのは天使のように大胆な黒澤に、繊細な悪魔が味方したのかもしれない。

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