2026年8月4日火曜日

【『果てしなきスカーレット』のプロデューサーが話すオリジナルアニメの意義(前編)】制作に携わったアニメプロデューサーに訊く/細田守監督のアニメ哲...

  


【『果てしなきスカーレット』のプロデューサーが話すオリジナルアニメの意義(前編)】制作に携わったアニメプロデューサーに訊く/細田守監督のアニメ哲... https://youtu.be/cf0Ntw-XY8c?si=GN09z-TVcb0CufU0 @YouTubeより


【『果てしなきスカーレット』のプロデューサーが話すオリジナルアニメの意義(後編)】映画が作りたかった世代、ジブリ作品に惹かれた世代/オリジナルア... https://youtu.be/es6O9EmD1lQ?si=PyzoJQwfnYHG5PXI @YouTubeより


プロジェクトとしてのジブリは共同体なき共同性の模索だろう。戦争やコロナを反映した私小説的側面と共に世代交代は主題として興味深い。スターウォーズにもそれは不可能だった。黒澤明はシナリオを書けと言ったが今なら漫画をかけと言ったかもしれない。ゴダールではないがシナリオは多様であるべき


‪プロジェクトとしてのジブリはここに登場する人たちを含めた共同体なき共同性の模索だろう。

別に物件としてのスタジオがジブリではない。東映動画の時と戦い方が変わったのだ。敵である資本主義の姿も変わったのだから当然だ。

果てしなきスカーレットはコロナに罹患した父親の娘への遺言だ。

そこにある思いがウィランドサガやソルジャーブルー、ハムレットや神曲とスパークした。それを受け入れる知的、感性的素養が日本のアニメファンにはなかった。

戦争やコロナを反映した私小説的側面と共に世代交代は主題として興味深い。スターウォーズにもそれは不可能だった。黒澤明はシナリオを書けと言ったが今なら漫画をかけと言ったかもしれない。鈴木敏夫の指摘するマーケティング的側面もあるがゴダールも言うようにシナリオは多様であるべき‬。それこそ初心がそこにあるのだから。


黒牢城のデデデおおきみのネタバレレビュー・ 内容・結末 | Filmarks映画

黒牢城のデデデおおきみのネタバレレビュー・ 内容・結末 | Filmarks映画

黒牢城のデデデおおきみのネタバレレビュー・内容・結末

本当に酷かった。悲しい。これほど未練がましい長尺で、ここまで原作小説の面白さを消せるか。

今回ばかりは原作を先に読んで本当に良かった。先にこの映画を見ていたら小説を読む気が失せていただろうと思う。

冒頭1時間は、謎と答えだけを順に並べられて、脚本も何もあったものではないなと思ったものの、その時点では「小説でしか読みようのない密度の物語もあろうから、ミステリ部分は薄まっても仕方ないか」と思っていた。思っていたのに、愉快味もないオリジナルな心情描写を、わけも分からぬタイミングで挟み込み、官兵衛・千代保の1番の見せ場の位置をずらし、本来の痺れるような見せ場をカットして、覆した。

全ての登場人物の格が低かった。動揺を隠せず、行き当たりばったりにしか見えず、思いつくまま誰の前でも心情を口に出す村重を、なぜあの小説を読んで同じ主人公と思えるだろうか?

この物語は、格合戦だった。
村重の格を高め、その格をもってして解けぬ難事件として謎の格を高め、さらにその格をもってその謎を解き(果ては利用する)官兵衛の格を高める。
武門の格を高め、その格をもって戦国を生きる難しさの格を高め、さらにその格をもって、民として戦乱の世を生きる苦の格を高め、苦から民を救わんと武門に報いる千代保の格を高める。
そんな構造が、小規模の戦闘から会話劇まで全てに含まれていた。
「凄い」という至極単純で分かりやすい優劣の価値観を、転じさせ続け揺るがされ続ける展開から抱く原作の面白みが、全くもって重視されていなかった。

草を刈る必要性を家臣に言わせる。映音として喜ばれるからと、「静かに忍び寄った」と詳細に書かれた元の描写を無視してガチャガチャと意味がわからないほど近くまで寄る攻め手。
村重の人物像をどう描くかは作品によって千差万別であるのは承知だが、「立場を重んじ、知略に長けている」という前提で描いている原作の文言を借りているせいで、動揺が透けたり官兵衛への頼り方が雑であったりするそのちぐはぐさが大変気持ち悪い。村重は将の器ではないと描くなら、そう描くなりの台詞の改変が必要だったろう。

土牢の広さと小綺麗さの違和感も凄い。なんだあの謎の鎖は。狭く暗く湿って虫蠢き、身動ぎにも難儀するようなその牢が官兵衛の足を不具にし頭の傷を膿ませたのに、相対しても表情の読めないその場こそが、格高く設定された村重が僅かに覗かせる動揺を浮き彫りにしたのに。そんな箱の中、格子の向こうの男に底知れぬ恐怖を得て、果ては籠絡されるから恐ろしいのに。牢番と成されたやり取りが全くもって分からないからこそ、奇襲を単身返り討ちにした村重の武力と官兵衛の底知れなさが際立つのに。「指1本触れられませぬ」と言った瞬間に触れ合うふたり。何コレ。酒を持ち込んだのも、いよいよもって万策尽きんとした村重の一献であり、それを官兵衛は籠城下の行いとして不適と嘲る、段々と力関係がさかしまになることを示すアイテムなのに、絵を持たせたいがために初手から用いたら、格が最初から低低のピュー。

驚きが強い。私は監督・脚本と同じ原作小説を読んだのだろうか?監督・脚本はなにをもってしてあの小説を面白いと考え、これを映画にしたいと思ったのか?全くわからない。

それとも格は高いままにしたつもりであるが、致命的なまでに演出からそれを受け取れなかったのだろうか?
そうは思わない。既存のレビューに「村重は将の器でなかった」と言われている。本来そうは映らないはずだ。
終盤の村重が「織田に着いていては倒れると思った。しかし少しばかり早すぎた」と言うのはまさにの立場理解であり、時流に乗り天運を祈るこの作品ならではのシーンなのだが、この映画内での描写では、ただの負け惜しみにしか聞こえなかっただろう。
使う言葉ひとつとっても、「命」とするか「武門」とするかで格は変わる。
「命を重んじる」という存在に矮小化された村重にも、「引けども御仏は救い給う」とのたまいつつ錯乱する千代保にも、とてもがっかりした。

村重が城を出るに至るまで、もっと言えば、城を出ざるを得ない心情となった、その心理描写と緻密な状況設定こそが膝を打つ名作であったのに、そこを全く通らず、城を出てからの戦闘と離脱にその分数を割く価値があったろうか?
格の高い村重が、確かに正しく選択したはずの村重が、それでもなお官兵衛の策にかかりうらぶれた、客体視すれば遁走した形になった、それでも、信があるのか無いのか100の確信は持てぬ家臣と、それでも我が武門の生きる道を信じたのだと、己が武運を信じているのだと落城へ進む、そういう悲哀のシーンなのであって、格の低さを2時間見せつけられたのちの遁走では、行き当たりばったりでさもありなん、となってしまう。

この作品のラストは、松寿丸との再会で正気らしきものを取り戻す(読者もまた、そこで初めて冷徹ではなく狂気であったのだと気付かされる)官兵衛の悔恨と、それもまた善悪分からず、禍福の絡みつきに惑う、そんな読後感であったはずだ。
なぜあのうらぶれ村重の背中を物語の締めとされねばならないのか……

びっくりした。


自分は改作したものへのアレルギーはないし、原作の再現こそが至高という主張をしたい訳では無い。ただひたすら今回の映画は面白くなく、その所以は既成の物語を無理に規定尺に押し込め、出てくるものだからで全員登場させた人物の心理描写も浅く、淡々と進めてみせたことにあると思っていて、それは原作付だったこと以上に、原作の勘所の抽出が下手すぎたことが原因だと思っていて、ならば本当に、この作品を映画化した意味はなんなのか?と思った、ということでしかない。

本当に、開始早々の村重で興醒めだった。
戦国×ミステリーというキャッチーさ、受賞歴が本映画のプロデューサーにこの本を選ばせたというなら、大変同情する。
頼むから、この映画が「本格ミステリ」「本格歴史ドラマ」として海外で紹介されないことを切に願う。

2026年8月3日月曜日

細田守の「原点」。アニメ業界に対する思いから女性像の描き方までを語る | CINRA

細田守の「原点」。アニメ業界に対する思いから女性像の描き方までを語る | CINRA

細田守の「原点」。アニメ業界に対する思いから女性像の描き方までを語る

細田守監督の代表作『時をかける少女』公開から今年でちょうど20年。「細田守の原点/展」と銘打たれた展覧会がスタートした。

『時をかける少女』『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』という監督作品初期3作で構成される本展。300点以上の原画や映像、さらには美大時代の作品までをとおして、細田監督がこれまで生み出してきた作品たちの「原点」を知ることができる。

今回は展示を巡りながら細田監督にインタビューを実施。家族、青春、女性の描き方、そして最新作『果てしなきスカーレット』で正面から描かれた「生と死」や戦争まで。20年の歳月のなかで細田守監督が変わらず見つめ続けてきたものと、変化してきたものについて、じっくりと話を聞いた。

若い人たちの生命力を描きたい。初期から変わらない作品テーマ

ー今回の展覧会では『時をかける少女』『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』で構成されていますが、この3作品が細田さんにとって「原点」と位置づけられているということでしょうか?

細田守(以下、細田):いままで自分の原点について考えたことがなくて。新しい作品を作るのに忙しくて振り返っている暇がなかった。むしろ作り終えたらすぐに忘れるようにしていたくらいなんです。

でも、「原点」というテーマで展覧会をやりましょうとお声がけをいただいたとき、やっぱりそれは『時をかける少女』からの3作品になるなと思いました。

ー今回、ご自身の振り返ってみて3作品に共通する、もしくはそれ以降の作品においても持ち続けているテーマや軸はあると感じましたか?

細田:あるかもしれませんね。展示を機に振り返ってみたら、意外と一貫してるなぁと。自分で言うのも変なんですけど。

共通することの一つは、学生とか子どもとか、若い人たちを応援したいなと思って描いているというところです。『時をかける少女』も、公開当時は「監督はタイムリープに興味があるんだ」とか「胸キュンの恋愛ものに興味があるんだ」なんて言われちゃいましたけど、そういうことではなく、青春時代のみずみずしい魂を描けたらという思いがありました。

細田:あと、よく言われるのは「家族」ですよね。いまだとわりと普通ですけど、昔はあんまりアニメーション映画で家族を描くことってなかった。特に『サマーウォーズ』のときなんか、家族を描いたオリジナル映画作品はほとんどなくて、「変わった映画を作っているなぁ」と自分で思っていたくらいですから(笑)。

たとえば宮崎(駿)さんの映画にも家族ってほぼでてこないですよね。家族を描いているのはどちらかと言えば高畑(勲)さんのほうで。高畑さんが描いてきたものの延長線上に、ひょっとしたら自分の作品もあるのかもしれないですね。

世界で起こっている戦争を、対岸の火事だと思いたくない

ーこれまでもインタビューで「家族」についてお話されていらっしゃいますよね。たとえば『未来のミライ』は娘さんの誕生がきっかけで描かれた物語とのことですが、ご自身の身近な出来事から物語のテーマや種を探すことが多いのですか?

細田:それはすごくあると思います。『サマーウォーズ』は、自分が結婚したのがきっかけです。結婚したら急に親戚が2倍以上になるという不思議さ、奇妙さが面白いなと思ったところからスタートしています。

『おおかみこどもの雨と雪』は、母が亡くなったことがきっかけで作ろうと思った作品なんです。母が危篤だと連絡を受けたとき、『サマーウォーズ』の仕上げ作業中で一睡もできないギリギリの状況だったので「とてもじゃないけど、こんな進行状況では(富山に)帰れない」と言ったら、叔父に「帰れないじゃないだろ、バカヤロー!」って怒られて。4日間だけ休みをもらって、喪主を務めるために富山に戻ってお葬式を出しました。そのときの気持ちや体験が、母についての映画を作るきっかけになったんです。

まさか自分の母についての映画を作るとは思ってもいなかった。でも、母が亡くなってしまうと、自分は母の幸せにどれだけ貢献できたかのか、何もできてないんじゃないか、とすごく後悔して。そういう思いから描きはじめました。

ー「家族」や「成長」といった身近なテーマを描いてこられたなかで、『果てしなきスカーレット』では戦争や生と死という、より大きなテーマに踏み込まれています。なぜこのタイミングでそうしたテーマに向き合われたのでしょうか?

細田:多分、戦争が多い時代だから、僕自身が反応したのかなと思います。

いま世界のいたるところで戦争が起きていますが、戦争って家族や友人など身近な人がいきなり亡くなってしまうことが当たり前に起きますよね。だから、「家族」や「青春」を描いてきた僕の作品と、いま世界で起きていることは全然無関係じゃない。ほかの国で起こっている戦争を、対岸の火事だとか、よその世界の話だというふうには思いたくなかった。

漫画やアニメってどうしてもエンターテインメント的に現実逃避な側面があって、現実の難しい問題から距離を置くべきだ、という考え方ももちろんあるのですが、だとしても距離を置きすぎなところもあって。

社会とのつながりをちゃんと持ったアニメーション映画があってほしいと思っているんです。現実逃避のための作品が別にあってもいいのだけど、それだけじゃなくて、「僕たちはこんな世界のなかで生きているんだ」という話を、アニメーションとしてどう表現するかということも大事なんじゃないかと思うんです。

テーマは変わっていますが、そういった思いは『時をかける少女』からずっと一貫しているかもしれませんね。

『時かけ』真琴は『ハウル』ソフィーから生まれた

ー細田監督が以前、インタビューで「『時をかける少女』は『ハウルの動く城』のリベンジマッチだった」(※)とお話されていました。細田監督がやりたかったことが、ジブリのスタッフにははまらなかったという記述もありましたが、どういったことをやりたかったのでしょうか? 『時をかける少女』でどう実現されたのですか?

細田:今回の展覧会のキャプションにも書いてあるんですけど、東映動画時代に演出を担当した『おジャ魔女どれみドッカ~ン!』第40話『どれみと魔女をやめた魔女』という作品を経て、『時をかける少女』ができたんです。

『どれみと魔女をやめた魔女』には『ハウルの動く城』でできなかったことが流れ込んでいるんですよね。『ハウル』のソフィーは、少女でありながら同時に老婆でもあるという二重性を持った人物です。それを面白く、興味深く描こうとしたけどできなかった。その後悔や不完全燃焼な思いが『どれみ』に流れ込んでいて。

※『ハウルの動く城』は宮崎駿が企画を立て、東映アニメーション所属だった細田守を監督に招聘し、東映からジブリへ出向というかたちで制作がスタート。しかし完成には至らず、最終的に監督・脚本は宮崎駿に交代し、2004年に公開された。

細田:その第40話というのは、魔女見習いの少女・どれみが、佐倉未来という「魔女をやめた魔女」と出会うという物語なんです。少女で魔女見習いのどれみと、長い時間を生きた魔女の未来、この2人のキャラクターが対話することによって、ソフィー1人で表現しようとしたことが、すごくうまく表現できたんです。

肉体と気持ちのずれ、少女であると同時に老婆であること、年をとること / とらないことの意味ーーそういったことの一部が、思っていたとおりに表現できた。この成功体験があってできたのが、『時をかける少女』です。

まわりの人からは、「細田は『時をかける少女』が作りたくてこの『どれみ』を作ったんじゃないの?」なんて言われましたし、実際『どれみ』があったから『時をかける少女』も生まれたのだけど、どちらの作品も『ハウルの動く城』のリベンジマッチをしたような気分だったんですよね。

ーということは、ソフィーと(『時をかける少女』の)真琴は地続きということですよね。細田監督の作品は女性主人公がいきいきと活躍しているのが印象的ですが、女性の描き方で大切にしていることはありますか?

細田:女性だからというよりは、僕自身がどう生きたいか、を結構反映していると思います。昔からアニメでよくある男性目線で描いている女性像が苦手だったんです。女性を差別的な目で見ているような気がして。僕自身、性別を問わず社会的な差別、無意識の差別っていうのが好きじゃないんですよね。

だから女性を描くときも、「女性として描く」というよりは、1人の人間として描きたいっていう思いがすごくあります。「自分がもしも女性だったら」と考えたときに、女性の生き方って想像した以上の抑圧を受けていると思ったし、自分だったらそういうものから解放されたいと思うだろう、という考えを映画のなかで表現しているのだと思います。

細田:これまで女性の描き方に関して、「表現が足りない」「艶が不足している」みたいなことを言われたりもしましたが心外でした。男性目線の表現にならないように丁寧に描いているのに。ある意味、アニメ界とか男性社会に対しての、「よくあるもので商売しよう」みたいなものへの反発があったんだと思いますね。

娘が生まれてから作った『未来のミライ』では、「男性社会に負けずに生きてほしい」「できるだけ抑圧されるようなことなく生きてほしい」という祈りみたいなものが加わりました。

描くべきことを描く。これまでも、これからも変わらないアニメーションとの向き合い方

ー最後になりますが、今回「原点」というテーマで20年を振り返ってみて、ご自身にとってアニメーションとは何だと思いますか。

細田:繰り返しになりますが、振り返ってみると描いてきたものは意外に一貫していて、その一つは若い人たちのみずみずしさとかバイタリティーを映画で表現したいなということですね。(『おおかみこどもの雨と雪』の展示を指差しながら)例えばこうやって、雪山を走っているだけのシーンでも、そこに一種の「生きることの喜び」が表現できたらいいなと思って描いているんです。

ただ、それを「生きることは喜びである」と言葉で言ってもつまらないわけです。映画のなかで、言葉を使わずにどう表現するか。この作品は僕の母への思いが出発点になっているわけだけど、母が「生きるのは喜びだ」なんて言っていたわけじゃない。言葉じゃないところで母から受け取った何かを、映画として伝えようとしたんじゃないかという気がします。

細田:今回、映像と一緒に原画も展示されていますけど、どのシーンも「生きてる、生きてる」って絵で言ってますよね。それがわかる展示になっているのが嬉しいです。アニメーションの画面だけだと伝わらないことも、こうやって原画と一緒に見ることで、いかにアニメーションが生命力や生命について描くことに向いているかがわかる。アニメーションの特性と、生きる力やみずみずしさを描くということは、すごく親和性があるんですね。

だから自分の描きたいものを描ける場所が、アニメーションなんだろうと思います。

これまでは、新作にとりかかるたびに、なるべく「違うことをやろう」「いままでに描いていないことを描こう」と気負っていましたけど、結局、同じところに繰り返し立ち戻っていますよね。孫悟空がどれだけ暴れ回っても、結局お釈迦様の手のひらの上だった、みたいな話で。なのでこれからも自分の描くべきことを描く、ということかなと思います。

プロフィール
細田守 (ほそだ・まもる)

1967年生まれ、富山県出身。91年に東映動画(現・東映アニメーション)へ入社。アニメーターおよび演出家として活躍。『時をかける少女』(06)、『サマーウォーズ』(09) を監督し、国内外で注目を集める。監督・脚本・原作を務めた『おおかみこどもの雨と雪』(12) 、『バケモノの子』(15)は大ヒットとなり、『未来のミライ』(18)ではアニー賞を受賞、米国アカデミー賞長編アニメーション作品賞にもノミネートされた。『竜とそばかすの姫』(21)では、カンヌ国際映画祭のオフィシャル・セレクション「カンヌ・プルミエール」部門に選出。『果てしなきスカーレット』(25) では第53回アニー賞長編アニメーション部門において、インディペンデント作品賞・監督賞・脚本賞の3部門に選出され、世界中で注目を集めている。



Boris Karloff in a Night of Terror - The Old Dark House (1932) 🎬 - Refur... https://youtu.be/e13gpLTt7To?si=WMr_2_Z3RLtYRyKu

one sided war

 


【期間限定】映画好き3人で「細田守の原点/展」に行ってきました!【シネマンション】 https://youtu.be/-JT-khPsZJo?si=UY0Jj7oHr5ig0inb @YouTubeより

楽しい動画ありがとうございました。自分も先日行ってきました。自分の一推しは『果てしなきスカーレット』なので少し寂しい気もしましたが。本当に見るべき展示は細田守監督が中学時代に作った一分間ほどのアニメ『one sided war』と大学時代に作った40分ほどの前衛映画『silent』だと思うのですが、そこまで辿り着けてないのかも…
大学時代のデッサン、油絵なども見応えがありました。

■中3の夏休みに初作品  紙への手描きによるラフな1分少々の作品、しかし、そこにものすごい衝動や勢い、熱量がギッシリ詰め込まれていることは伝わり、思わず脈拍があがる。  タイトルは『one sided war』、1982年、細田監督が中学3年生の夏休みに制作した「初の」8ミリアニメーション作品、真の意味での“原点”である。 「“原点”というタイトルであるからにはお見せしなきゃいけないと。中二病みたいな作品でお恥ずかしい限りですが」 

細田守監督の“原点”は中3の夏休み 900枚を一人で描いた初の8ミリアニメとは? 「中二病みたいな作品でお恥ずかしい限りです」

 アニメーション監督・細田守の展覧会が開催中だ。細田の名が広く世の中に知られることになった独立後最初の作品、『時をかける少女』20周年を記念しての開催だ。細田守の“原点”とは──。AERA 2026年7月20日号より。 【写真】「細田守の原点/展」の様子はこちら *  *  *  展覧会は、細田守監督が手がけた劇場版アニメーション作品の代表作『時をかける少女』(2006年)、『サマーウォーズ』(09年)、『おおかみこどもの雨と雪』(12年)の3作品を中心に、絵コンテや原画のほか、ダイジェスト映像やパネル、等身大フィギュアなどで細田ワールドに触れることができる。『サマーウォーズ』のアバター世界が、最初からCGで生み出されたものでなく、手描きの精細な原画をもとにしたものであることなど、大きな衝撃を感じる。  これら細田作品に共通するビジュアルイメージのひとつは、抜けるような青空と、そこにかかる真っ白な入道雲だ。これも、細田監督の思う「元気」につながる重要な要素であると明かす。 「青空のもと伸びる入道雲を見るときって、自然と頭が上がりますよね。いいことがないとうつむくのではなく、上を向いて雲を見上げて、嫌な気分から抜け出したい。そう若い人に思ってもらうためにこれらのアニメーション映画があったらいいなと思います」  舞台は「夏」が多い。 「夏っていうのはやっぱり『成長』の季節。草木が生い茂るように2学期になったら急に大人っぽくなってる奴がいたりね(笑)。子どもって夏に成長して、いつの間にか大人の手の届かないところまで成長する。夏の生命力のある強い日差しによってたくましく変化して、違う自分に出会えたらいいなという憧れを、みんな共通して持っているんじゃないかという思いがあるんです」  今回の展覧会に際し、スタッフから「まずはちょっと見てもらいたいんです」と言われた映像作品があった。

■中3の夏休みに初作品  紙への手描きによるラフな1分少々の作品、しかし、そこにものすごい衝動や勢い、熱量がギッシリ詰め込まれていることは伝わり、思わず脈拍があがる。  タイトルは『one sided war』、1982年、細田監督が中学3年生の夏休みに制作した「初の」8ミリアニメーション作品、真の意味での“原点”である。 「“原点”というタイトルであるからにはお見せしなきゃいけないと。中二病みたいな作品でお恥ずかしい限りですが」  と笑うが、これは、細田少年が雑誌「月刊アニメージュ」の自主アニメ制作のハウツー連載を参考に、セル画でなく紙だけでもアニメは作れるんだと、見よう見まねで2穴パンチでA4のコピー用紙に穴をあけ、木板とガラス、蛍光灯で作った自作の「トレース台」でひたすら描きつくりあげた短編作品だ。1秒間に12コマの計算、作画枚数は約900枚、これを一人で描き、カメラ店で1泊2日1500円でレンタルした8ミリカメラで1コマずつ撮影したという。 「映写機も持ってませんでしたからそれもお小遣いの範囲でレンタルして。だから自分自身、何回かしか見られてないんです。でも自分の部屋で映写して動いているものを見たときはむちゃくちゃ感動しました」  完成した作品は、その後中学校の文化祭で数回上映されたという。作品内に登場する巨大な竜やそれに立ち向かう戦闘機やミサイルの動き、爆発する炎や煙の躍動感は、のちのさまざまな細田作品の息吹、まさに“原点”がそこに詰め込まれている、そんな気がした。  この作品を、角川映画『少年ケニヤ』のアニメーター募集に応募し最終選考に通過したものの、作画打ち合わせ日が学校の中間テストと重なったため断念したというエピソードがあるが、『少年ケニヤ』の監督が大林宣彦氏だったこともまた、数奇な運命を感じる。 (ライター・太田サトル) 「細田守の原点/展」 会期|2026年8月31日(月)まで 会場|CREATIVE MUSEUM TOKYO[東京・京橋] 開館時間|10:00~18:00(最終入館 17:30まで) ※ただし毎週金・土曜日および祝前日、8月11日(火)~14日(金)は20:00まで開館(最終入館19:30) ※AERA 2026年7月20日号より抜粋

太田サトル

2026年8月2日日曜日

ゴールドフィンガーその他



【タワマン】壊す時は誰がお金を払う? https://youtube.com/shorts/yxRx872L6OE?si=G3PeiaeJDcfnkU4Z @YouTubeより

不動産投資の楽待の投稿動画を楽しみましょう!#TikTok https://vt.tiktok.com/ZS4AwSCnp/


@luminous woman: 元動画:https://www.instagram.com/reel/DbgndMAMCRZ/

紀元元年頃にはギリシア=インド間、インド=東アジア間の航路は既にあったといいます。
ですから文化的リレーで古代イスラエルの影響が日本に及んだ可能性はあり得るでしょう。
自分が海路を重視するのは台湾にも神輿のようなものを使った有名なお祭りがあるからです。
陸路にもレスリング、モンゴル相撲という文化の伝播が見られますが文献学的には残念ながら解明不可能です。
ちなみに神道の指導者を禰宜(ネギ)と言いますがこれはヘブル語を容易に連想させます。平安時代の日本にはペルシャ人もいたのですから文化的影響の可能性はやはり排除できません。


GOLDFINGER - EJECTOR SEAT https://youtu.be/PY8zxRjOuak

I am convinced that a car with a similar mechanism (in this case, a Ford) was used in the assassination of JFK in 1963, the year before *Goldfinger* was released. Lyndon Johnson had it sent to a repair shop in a great hurry without conducting a proper investigation.

ゴールドフィンガー公開の前年、1963年のJFK暗殺でも似たようなカラクリを持つ自動車(こちらはフォード社製)が使われたと確信している。リンドン・ジョンソンはろくに検証もせず大急ぎで修理工場送りにした。

I am convinced that a car with a similar mechanism (in this case, a Ford) was used in the assassination of JFK in 1963, the year before *Goldfinger* was released. Lyndon Johnson had it sent to a repair shop in a great hurry without conducting a proper investigation.

‪https://youtu.be/PY8zxRjOuak‬
‪I am convinced that a car with a similar mechanism (in this case, a Ford) was used in the assassination of JFK in 1963, the year before *Goldfinger* was released. Lyndon Johnson had it sent to a repair shop without conducting a proper investigation.‬

https://x.com/fukuko2025/status/2084120009685803052?s=61

ジャン=リュック・ゴダールは私の隣人。村、出会い、交流をエッセイ風に語ります。代表作「勝手にしやがれ」「軽蔑」「気狂いピエロ」他。フランソワ・ト... 自分自身にまで噛み付くような批評性がゴダール映画の魅力です。そうした記号論的操作はある時期限界を迎えましたが、自身が記号を体現しピエロ的に自作に出るようになってからもやはりその映画は魅了的でした。ご冥福をお祈りします。

地獄門

  https://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2018/02/25/192654 ↑山で見かける「石を積んで作った塔」を『 ケルン “Cairn”』と言い、主に登頂記念に尾根・山頂にピラミッド型に積まれた石を指します。 しかしケルンは記念だけで...