2024年6月10日月曜日

映画「グラマ島の誘惑」〜宮様と軍人と9人の女(とカナカ族の男) - ネイビーブルーに恋をして

映画「グラマ島の誘惑」〜宮様と軍人と9人の女(とカナカ族の男) - ネイビーブルーに恋をして

映画「グラマ島の誘惑」〜宮様と軍人と9人の女(とカナカ族の男)

敗戦直前の昭和20年。

米軍に乗っていた船を撃沈され、南海の孤島グラマ島に流れ着いた
皇族軍人兄弟とお付きの武官、そして慰安婦と従軍記者、未亡人ら
3人の男と9人の女がそこでどうなって戦後どうなったかを描い作品、
それがこの

「グラマ島の誘惑」

です。

これが果たして戦争映画というジャンルなのかというと大いに疑問ですが、
東宝・新東宝の戦争映画コレクションに入っていたのでそうなんでしょう。

■ アナタハン島事件

本作は、飯沢匡作「ヤシと女」という戯曲が下敷きになっています。

大東亜戦争では実際にノブリス・オブリージュの意味で
士官学校・海軍兵学校を経た高級将校として皇族が勤務したのですが、
この戯曲の主人公はなんとその「宮様軍人」なのです。

よりによって無人島に慰安婦軍団を主とする女性と流れ着くのが
宮様軍人兄弟(森繁久彌とフランキー堺)とその御付き(桂小金治)だった、
という着想が、当時世間を騒がせた「アナタハン島事件」だった、
というのも、異色中の異色と言っていいでしょう。

アナタハン事件というのは、戦争末期、北マリアナ諸島アナタハンで、
一人の女性と32名の男性が共同生活を送った結果、
男たちの間に女一人をめぐる諍いが起こり、
終戦後6年経って全員が救出されたときには、全体の半分弱に当たる13名が
死亡・行方不明となっていたというショッキングな出来事でした。

センセーショナルで好奇心を煽らずにいられないシチュエーションに
世間は沸き立ち、「アナタハン」は一大ブームとなりました。
たった一人の女性というのが、決して美人でもなんでもなかった、
ということも、世間にかなりの衝撃を与えたようです。

世の、特に大衆娯楽ではこれにインスパイアされた創作物も生まれました。
この戯曲もブームを受けての便乗ものと言えなくはありません。

この事件を取り扱った創作者中、最も大物だったのは、間違いなく
「モロッコ」、ディートリッヒ主演の「間諜X27」「嘆きの天使」を監督した
ジョセフ・フォン・スタインバーグ監督でしょう。

その作品とは題名もズバリ「アナタハン」The Saga Of Anatahan。

YouTubeではフルバージョンも鑑賞できます。
まさかとは思いますが、観たいという方がいた時のために貼っておきます。

Ana-ta-han (1953)



戯曲「ヤシと女」は、スタインバーグのこの映画があまりに酷いので、
もう少しマシな「アナタハンもの」を世に出したいと
脚本家飯沢匡が負けん気を出して創作した作品となります。

しかし、「ヤシと女」は史実を喜劇・パロディ化するため、
女性と男性の比率を逆にして、「逆アナタハン」を作り上げました。

のみならず、制作当時の時事を盛り込むため、
皇族を主人公として当時の皇太子殿下ご成婚ブームを取り入れたり、
「ビキニ諸島」を想起させる名前である本作舞台の「グラマ島」で、
戦後水爆の実験が行われたりと、今なら絶対に
どこかからストップがかかりそうなギリギリのネタが登場します。

■ 宮様と軍人と9人の女



それでは始めましょう。
ここは復興を遂げつつある現代(昭和34年)の東京。



書店のショーウィンドに並ぶのは3週間連続ベストセラー、
坪井すみ子著「グラマ島の悲劇」。

映画はこの本の映像に重ねてタイトルロールが始まります。

黛敏郎先生が手がけたタイトル音楽は沖縄風のメロディに始まり、
ドラムの連打に続き、「葬送行進曲」が紛れ込むうち、
飛行機のエンジン音、機銃の音、爆発音に非常ブザー、叫び声が加わります。

タイトル音楽だけでお話の発端となる輸送船の沈没を表しており、
これだけでもなかなか画期的なアイデアだと思われます。



撃沈された船には皇族軍人、航空隊司令香椎宮為久海軍大佐と、
その弟宮の為永陸軍大尉が乗っていました。

「為永、タバコ持ってない?」

「あ、お兄様、ございます」


「濡れてるね・・・これ乾かしておいて」

無人島らしき島に漂着し、とりあえずなんとか
何日かを過ごしたばかりといった様子です。



この島は太平洋のグラマ島。(のつもり)

ロケは当初沖縄になる予定でしたが、スターを大量に集めたため
全員のスケジュールが合わず、結局千葉県安房郡太海海岸で行いました。

撮影は現鴨川シーワールドの近くの国定公園、仁右衛門島で行われました。

しかし千葉の海を南洋に見せることは至難の業です。
そこでスタッフは椰子の木を持ち込んで植え、小石川植物園に行って
南洋の植物の勉強をし、ベニヤや紙で熱帯植物を作って画面に配しました。

海面を近景に入れるときには、カメラのフレームに入る部分にだけ
青い泥絵の具を大量に流しているのだそうです。

なんでも画像を弄ってできてしまう現代の映像作家には考えもつかない
当時の映画関係者の苦労が偲ばれます。



森繁久彌演じる香椎宮為久殿下は、いかにも皇族らしく、おっとりと鷹揚。
悪く言えば現状に対し楽観的すぎます。

御付き武官の兵藤大佐(桂小金治)が、慌てて
漂流してきた兵隊たちが見えない、と言いにきても、

「どこか安全なところに(船を)移したんだろう。
ところで今朝の朝飯はどうなってるの?」



為永は漂流物に自分のトランクを見つけました。

「何か口に入るものはないの?」

「ああ・・ハーモニカが入ってございます」


3人の男たちはとりあえず漂着した女性たちを呼び集めてみました。



彼ら二人が皇族と聞いて俄に緊張する女たち。
女たちのほとんどは慰安婦です。

ちなみに為久と為永は軍任務から内地に帰還するため
揃って乗っていた民間船が撃沈されたというわけです。

夫の遺骨を持った未亡人の八千草薫は、
技師だった夫をサイパン島で亡くし、内地に帰る途中でしたが、
夫婦で以前ここに住んでいたため、島の様子を知っています。

それによると島の反対側に畑があり、飼っていた豚がいたはずだと。
食べ物に困っていた一同は一日がかりで行ってみることにしました。

かつての村落跡地に到着したところで、
兵藤大佐が仕切って全員に「官姓名申告」を行わせました。



9人の女のうち6名は、引率の女将(浪花千栄子)筆頭に、
海軍からの依頼で派遣された、公式には「特要員」と呼ばれる慰安婦です。



「お前も特要員だな」

「アタクシ詩人でございますわ。報道班員を拝命いたしまして」

「詩人が報道班員になって何をやるんだ」


「戦意高揚ですわ」

報道班員は、詩人の報道班員、香坂よし子(淡路恵子)と
画家の坪井すみ子(岸田今日子)の二人です。

従軍詩人、(というのがいたのかどうか知りませんが)
従軍画家などが、報道班員として戦地に従軍していましたが、
特に日中戦争以降は、多くの有名無名の画家が従軍しました。

有名なところでは小磯良平、藤田嗣治も従軍画家として作品を残しており、
藤田などは、戦後このため戦争協力者の誹りを受けて、
(戦後共産主義化した同業者にやっかみ半分で告発されたらしい)
このためすっかり日本に嫌気がさし、フランスに帰化してしまいました。

なまじ教養のあらせられる為久殿下は坪井すみ子に興味を持ったらしく、

「あ、会はどこ?二科?結婚してるの?
今度わたしの絵を描いてもらおうかな」

慰安婦の年齢は下は18歳から上は34歳(轟夕起子)まで様々です。

兵藤「18歳?騙されてきたのか?」


「お国のために来たんですう〜」

慰安婦の一人を演じた春川ますみは、浅草ロック座のヌードダンサーでしたが
この映画がきっかけで女優に転身しました。

スタンバーグ監督の「アナタハン」でダンサー根岸明美が起用されたので
それを意識したキャスティングと言われており、
世間ではこの抜擢はかなり話題になったものでした。

演技やセリフは多くありませんが、身体の線を出す衣装やポーズに、
彼女の職業を想起させずにいられない過剰な露出が窺えます。

沖縄出身の慰安婦名護あい(宮城まり子)がふらっとどこかに行ってしまい
帰ってきたと思ったらバナナを持っていました。

女将が頭の前で指をクルクルと回し、

「この子はここがちょっとアレでして」

と今では誰もやらない動作と説明をします。

原作の「ヤシと女」で、彼女は「金田あい」という朝鮮人慰安婦でしたが、
本作では、「アナタハンの女王」実物が沖縄出身だったこともあり、
全体的に沖縄色を出すために改変されました。



あい子にバナナをどこで見つけたか尋ねると、
カナカ族が食べていた、と言います。



一同が行ってみると、カタコトの日本語を喋るカナカ族の男
(三橋達也)が漁をしていました。

カナカはパラオ、ミクロネシア、マーシャル諸島の住民を指す俗称です。
厳密にそういう民族がいるわけでなく、サイパンやロタに住むカロリンや
チャモロ族のことを日本人はカナカ族と呼んでいました。



そのとき、カナカの男が沖を指差しました。
船が出航していきます。

攻撃を避けて島に上陸していた船の乗員と兵隊が、
彼らを置いて勝手に修理をしたであろう船を出港させてしまったのです。

仮にも皇族を乗せていた船が生存を確かめもせず出航はないと思いますが。


唖然として彼らが自分達を置いて出ていく船を眺めていると、
そこに米軍機が飛来し、そして・・・



沖の船を爆撃しコッパミジンコにしてしまいました。



みんな色を失って茫然と海を見つめた。
外の世界との連絡はこれで完全に断たれたのだ。
誰も石のように動かなかった。




宮様も、軍人も、



報道班員も、戦争未亡人も、そして慰安婦たちも。
こうしてグラマ島の悲劇が始まった。


ナレーターは岸田今日子、じゃなくて戦後作家となった坪井すみ子です。
これは彼女が戦後書いた本の一節という設定です。

この場面、映像は皆がストップモーション風にじっとしているだけで、
全員が髪を風に靡かせ、グラグラ動いているのが斬新です。

■島での人間関係

こうして島での閉ざされた生活が始まりました。
暇があれば未亡人の家に来て写真を撮る為永。



カメラを向けられるとついポーズを取ってしまう未亡人。



カナカのウルメルも未亡人が気に入った様子。
獲った魚を貢いで彼女の気をひこうとしています。

為久殿下は坪井に肖像画を描かせながら、話しかけずにいられません。

「君はブラマンクは好き?」


「嫌いです。造形が甘いと思います」


「そう?甘いかね?でも」

「今口を描いているので(黙れという意味)」



為久は彼女の絵を評価していませんし、内心馬鹿にさえしているのですが、
彼女の気が強く、小賢しいところがなぜかお気に召している模様。
 弟宮にそのことを指摘されると、

『まさかここで慰安婦を相手にできないから』

これが全くの口だけだったことは後に判明します。

弟宮の為永はというと、あの未亡人を慰めてあげなさいと兄に揶揄われ、

「ワタクシはそんなことは致しません!」

「京都の菊子姫に気兼ねをしているのか」

平民である兵藤大佐は身分については何の障害もないので、
いつの間にか年増女のたつ(轟夕起子)と懇ろになっていました。

それというのも権力者に媚びて得をしようと考えるたつが
兵藤に擦り寄ったからで、すっかりこので頃では女房気取りです。

島のヒエラルキーは、兄殿下を頂点とする厳然たるものでした。
慰安婦グループが僕(しもべ)として殿下にかしずく毎日です。

殿下の食事を皆で隊列を組んで運び、殿下のために
藁で編んだ食事用前掛けやフィンガーボールまで用意され、
食事中は肩を揉み、団扇で仰ぎ、配膳をし、毒見役も務めます。

慰安婦たちは、この島で皇族に仕えることはチャンスで、
我慢していれば、戦後褒美がもらえるかもしれないと考えているのです。

しかし、皇族や軍人に媚びることを潔しとしない報道班員二人は孤立し、
兵藤大佐にも露骨に嫌われてコロニーを去っていきました。

そんなある日、島に大事件が起こります。
慰安婦の一人、あいが妊娠していたのでした。

たつは、

「宮様がわたしらのような女を相手にするわけがない」

ゆえに父親は兵藤だと決めてかかって大騒ぎ。



身に覚えのない兵藤は、カナカのウルメルを問い詰めようとしますが、
肝心なところで言葉の壁が邪魔をします。



そこで、妊娠したあいちゃん本人に聞きました。
最初からそうすればよかったのにと思うのはわたしだけ?



真相はかうでした。
しかもこの二人、結構満更でもなさそう。
あいちゃんはもちろん、殿下は皆にそれが露見しても悠然としています。



しかし、月満ちて生まれた子供(女の子)は、
生まれて間も無く栄養失調でこの世を去ってしまいました。
(赤ちゃんの運命を表すシャボン玉画像)



海を見下ろす小高い丘に建てた「泡雲夢幻童女」の墓標の前で、
あいは一人、故郷の沖縄の歌を歌っていました。

続く。

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