2026年1月15日木曜日

細田守監督の出した『ハムレット』への答え――『果てしなきスカーレット』(角川文庫)レビュー【評者:河合祥一郎】 | カドブン

細田守監督の出した『ハムレット』への答え――『果てしなきスカーレット』(角川文庫)レビュー【評者:河合祥一郎】 | カドブン

細田守監督の出した『ハムレット』への答え――『果てしなきスカーレット』(角川文庫)レビュー【評者:河合祥一郎】

2025年11月21日に公開となった、細田守監督の最新作『果てしなきスカーレット』。
同作に取材協力したシェイクスピア研究者・河合祥一郎さんによる、原作小説『果てしなきスカーレット』(角川文庫)のレビューをお届けします。

『果てしなきスカーレット』レビュー

評者:河合祥一郎

「生きるべきか、死ぬべきか」というハムレットの問いへの答えがここにある。最愛の父を憎き叔父クローディアスに殺されて復讐すべきか、すべきでないかと激しく苦悩する主人公の葛藤を少女スカーレットに託したとき、この葛藤は私たち現代人が向き合わなければならない根源的な問いなのだということが見えてくる。
ハムレット』よりも仇クローディアスは明確な悪となり、彼と手を組む母ガートルードが主人公にあからさまな敵意を向けるなど、異なるアレンジが多い。『果てしなきスカーレット』のクローディアスは「奴の耳に毒を注ぐこと」を夢見てきたとガートルードに語るが、これは『ハムレット』のクローディアスが先代王(主人公の父)を暗殺した方法にほかならない。『果てしなきスカーレット』では暗殺を公開処刑に変え、先代アムレット王は、エルシノア城の中庭で衆人環視のなか、首を斬られる。そのとき、死を前にしたアムレット王が遠くにいるスカーレットに向かって言う聞こえぬ言葉――この言葉の謎をめぐって作品は独自の展開を見せていく。
『ハムレット』を知る読者は、新王の忠臣ポローニアスや、ローゼンクランツとギルデンスターンなどお馴染みの人物が違ったキャラとなって登場するのが楽しめるだろう。『果てしなきスカーレット』は『ハムレット』のみならず他のシェイクスピア作品も取り込んでいる。たとえば死者の国で玉座に坐るクローディアスがつぶやく言葉――「蛇に傷を負わせたが殺してはいない。父親を殺してもその娘が向かってくる……(中略)ああ、私の心はサソリでいっぱいだ……」――は、マクベスの名ゼリフだ。細田監督のシェイクスピア愛が垣間見えるところである。
 終盤で、見果てぬ場所への門を前にして、「我が罪はおぞましく」と懺悔をしようとするクローディアスのセリフも『ハムレット』どおりだ。どうやって祈ればいいのかと苦悶し、「罪を犯して得たものを持ったままで? 冠、野心、妃……。それで救われるものか」と悩みながら彼がひざまずくとき、その背後から主人公が「今ならやれる」と剣を振り上げようとするくだりは、『ハムレット』第三幕第三場にしっかり基づいている。主人公は、叔父の形ばかりの祈りにだまされてしまうのだ。細田監督が『ハムレット』を丁寧に扱っていることが確認できる場面である。
大きく違うのは、主人公が死者の国をさまよい、そこで未来の渋谷から来た看護師の聖(ひじり)と出会うという展開だ。ハムレットの恋人オフィーリアの名の語源がギリシャ語の「助け、援助」であるとわかれば、つながりがないとも言い切れないが、古い物語を現代とつなげる重要な工夫と言えよう。
 映画を観ただけでは見逃しがちな意味も、この小説で確認できる。たとえば終盤で、閉ざされた門の前に現れた老婆(『ハムレット』には登場しない)は、こう言う。「人間はいまだにここを、死者の国だの見果てぬ場所だのと勝手に呼んでいるが、大きな間違いだ。ここは生も死も混じり合う場所。対立するものではない。生死だけでなく、時もまたしかり。ここでは過去も未来も常に溶け合っている」。この言葉の深い意味に気づいた人がどれほどいるだろうか。これは、実は作品の最初に語られる言葉の繰り返しにもなっている。本を丁寧に読み返すと、「過去も未来も溶け合う場所」とは何だろうと考えられずはいられなくなる。それは、たとえばC・S・ルイスの「ナルニア国物語」のアスランの国のような、死んだ人と再会ができる死後の世界なのかもしれない。キリスト教では、そこは時間の流れを超越した神の国であり、そのような人間の視座を超えた物の見方ができるようになったとき、人は初めて真の意味で「生きる」ことができるようになる。ハムレットが最終幕で得た悟りの本質はまさにそこにあるのである。細田監督は、ハムレットが最後に至る悟りの意味を深く理解したうえで、そのことを現在の私たちにもわかるように描き直してくれていたのだと腑に落ちる。
 この本を読めば、作品世界の深い理解に降り立つことができる。「そういうことだったのか」と初めてわかる部分もある。たとえば冒頭部。「ここは、天国……?」というぼんやりと意識のなかに、遠くにぼんやりとした人影が見えてくる。このときスカーレットがそれを見つめながら何を思ったのか。それはこの本にしか書かれていない。知りたい人は、本書を読むしかないだろう。

河合祥一郎(かわい・しょういちろう)
1960年生まれ。東京大学およびケンブリッジ大学より博士号を取得。現在、東京大学教授。著書に第23回サントリー学芸賞受賞の『ハムレットは太っていた!』(白水社)、『シェイクスピア 人生劇場の達人』(中公新書)、『NHK「100分de名著」ブックス シェイクスピア ハムレット』(NHK出版)など。角川文庫よりシェイクスピアの新訳、『不思議の国のアリス』、「新訳 ドリトル先生」「新訳 ナルニア国物語」シリーズなどを刊行。

作品紹介

角川文庫版

書名:『果てしなきスカーレット』
著者:細田 守
発売日:2025年10月24日

生きる意味を問う、感動の最新作――細田守監督書き下ろしの原作小説!
叔父に愛する父を殺された王女・スカーレットは、復讐に失敗し、《死者の国》で目を覚ます。略奪と暴力が荒れ狂う世界で再び復讐を決意した彼女の前に、現代の日本からやってきた看護師・聖が現れる。敵味方関係なく手を差し伸べる聖の優しさに反発しながらも、理想の地「見果てぬ場所」を目指してともに旅をする中で、スカーレットの心は大きく揺らいでいき……。時を超えた出会いと長い旅路の果てに、彼女が辿り着いたある"決断"とは。

▼作品詳細(KADOKAWAオフィシャルサイト)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322408000676/

角川つばさ文庫版

書名:『果てしなきスカーレット』
作:細田 守
挿絵:YUME
発売日:2025年10月24日

生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ。細田守監督書き下ろし原作小説!
叔父のクローディアスに父を殺された王女・スカーレット。
復讐に失敗し、目が覚めると、そこは《死者の国》だった!
人々が互いの物を奪い合う、争いばかりの世界。
そんな中で出会ったのは、現代の日本から
やってきた看護師の青年・聖。
二人はクローディアスを追って、みんなが夢見る
理想の地、"見果てぬ場所" を目指すことに。
敵・味方関係なく、誰にでも優しい聖と旅をするうちに、
スカーレットの固く閉ざされた心は変わっていき――。
「生きること」について問いかける、感動の物語!

▼作品詳細(KADOKAWAオフィシャルサイト)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322505000194/

原作特設サイトはこちら!

https://kadobun.jp/special/scarlet/

映画『果てしなきスカーレット』情報

キャスト:
芦田愛菜
岡田将生
山路和弘 柄本時生 青木崇高 染谷将太 白山乃愛 / 白石加代子
吉田鋼太郎 / 斉藤由貴 / 松重豊 
市村正親
役所広司

監督・脚本・原作:細田守
企画・制作:スタジオ地図
公開日:2025年11月21日(金)
©2025 スタジオ地図

映画の最新情報はこちらから!

・公式HP:https://scarlet-movie.jp/
・公式X:https://x.com/studio_chizu
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