④ 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」登場人物の意味
これから先はネタバレです!
異国から来て、アメリカを描いた制作者たち
映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の原作は、1952年にハリー・グレイという作家が書いた「The Hoods」です。ユダヤ系アメリカ人として貧困から犯罪に手を染めた自身の半生を、一部フィクションも取り入れながら、描いた作品だそうです。 グレイは、当時のロシア帝国だったキーウで1905年に生まれます。そして、家族でアメリカに移住。まさに映画のヌードルスです。
監督セルジオ・レオーネはイタリア人です。イタリア人なのに長年西部劇を作ってきました。その集大成ともいえる「ウエスタン」(原題:Once Upon A Time In the West 1968)の次の作品として、この小説にのめりこみ10年以上も映画化交渉を続けました。かの「ゴッドファーザー」の監督するチャンスも断ったと言われています。
登場人物たちのバックグラウンド
ここで、映画の登場人物たちの背景になにがあるのか?アメリカにおける移民の歴史について勉強しました。
まずは、イングランドからの移民がアメリカにたどり着き植民を開始するのが1600年代から。特に1620年に、カトリックの改革を求めたプロテスタント、中でもさらに清教徒(ピューリタン)と呼ばれる人々がニューイングランドへたどり着いたことがよくアメリカ史の冒頭で語られます。そして、彼らがアメリカ社会のメインストリームとして活躍していくのです。
しかし、以降のアメリカの歴史は、終わりなき多様性を内包していく歴史でもありました。
ユダヤ系アメリカ人
まずは、この映画の主人公であるユダヤ系アメリカ人たちです。
17世紀からスペインやポルトガルからの移民が始まり、1880年代になると爆発的に増え、それまでの10倍に膨れ上がります。東欧でユダヤ人迫害の風潮が高まったためです。ロシアをはじめ東欧の貧しい田舎出身のイディッシュ語を使うアシュケナージが200万人超アメリカに移り住みました。この流れは1920年代半ばまで続きます。主人公ヌードルスや、マックスやデボラ、モーなど主要人物は、みなユダヤ人コミュニティの人々です。 たぶん幼いころにアメリカに引っ越してきたのだと思われます。
ニューヨークはいまだ最大のユダヤ人コミュニティを持つ土地で、映画の舞台もまさにニューヨーク。彼らは主にユダヤ教を信仰しており、映画でも過ぎ越しの祭りが描かれています。
イタリア系アメリカ人
次は、イタリア系アメリカ人です。
1930年代にヌードルスが出所すると、マックスが新しい仕事仲間を紹介します。ジョー・ペシ演じるフランキー・モナルディです。マフィアの貫禄を漂わせるその佇まい。イタリア系アメリカ人で、宗教はカトリックです。ユダヤ教とルーツを同じにしますが、イエスキリストの登場後の新約聖書も彼らにとっては聖典ですので、宗教が違います。
イタリア系アメリカ人も1880年代以降に移民した人が大半です。1870年代にイタリア統一が達成されたあと、旧シチリア王国に属した南部や島嶼部の住民は冷遇され、ニューヨークやニュージャージーを目指したというのです。彼らは先行したヨーロッパからの白人の移民に比べて、仕事・収入が限られていたことから、貧しい環境に甘んじざるを得なかったとされます。
奇しくもデニーロが、シチリア島で生まれ、ニューヨークのボスとしてのしあがるドン・コルレオーネを演じた「ゴッドファーザーPARTII」と同じ時代を描いています。(マフィアのイメージと結びつくことを嫌い、イタリア系アメリカ人からかなりの苦情が当時映画会社に寄せられたといいます)。
ユダヤ系ギャングとイタリア系ギャングが手を結ぶというのは史実でした。20世紀の初頭にニューヨークギャングとしてその後名を馳せるラッキー・ルチアーノやフランク・コステロはイタリア系で、彼らは、ユダヤ系だったマイヤー・ランスキーやバグジー・シーゲルらと民族を超えて結びつき黄金の禁酒法時代を生き抜きます。
「禁酒法」というワードがでてきました。
少年時代として描かれる1920年(イタリア系アメリカ人に密造酒運搬を手助けして大儲けするシーン)から1933年12月4日(ヌードルスたちが銀行強盗をする前日)まで施行されていた法律です。今では考えられないこの法律も、イングランドから来たキリスト教プロテスタントたちの禁欲的な価値観が出発点にあります。
その裏で、マックスやフランキーなど後からきた移民たちは、禁酒法に理解も共感もせず、ここぞとばかりに密造酒やそれにまつわる地下酒場スピークイージーを経営したり、売春宿を経営したりと世間の裏で儲けようとしています。実際のギャングたちもこれまで窃盗や賭博に限られていた活動から、20年代を経てより巨大化、組織化をすすめたのでした。固定化されていた民族による階級社会をひっくり返そうという動き。言い換えれば、もうひとつのアメリカンドリームがここにあったのです。
アイルランド系アメリカ人
アイルランド系アメリカ人も重要な役柄で登場します。それは、組合の闘士ジミー・コンウェイ・オドネルが体現しています。トリート・ウィリアムズが演じています。
禁酒法時代に、注目された業種が輸送関係の仕事です。運転手や港湾での肉体労働。タフな仕事でした。オドネルは、トラック運転手組合(チームスター)のメンバーとして、労働者をまとめあげて経営者/彼らの雇うギャングと対立しています。ヌードルスたちは、彼の命を助け、次第に裏社会の世界に彼を引っ張りこんでいきます。
アイルランド系も1840年代からジャガイモ飢饉などが原因でアメリカへの移民が始まります。しかし、新大陸にやってきたのは後発でしたので、警察官や消防士や軍人など危険な仕事につく人が多かったといわれています。またカトリック系であることから、アメリカでの多数派であるプロテスタントのイングランド系からの差別を受けてきました。
ここにもモデルがいます。実在したチームスターの伝説的人物・ジミー・ホッファです。1931年に、仲間と過酷な労働を押し付ける経営と闘うため、労働組合を作り解雇されます。やがて彼は、タフな働きぶりで組合員数150万人というアメリカ最大の労働組合のトップに上り詰めます。しかし、長らくマフィアと癒着し、組合費を非合法な人脈に注ぎ込んでいたといいます。大統領も恐れる権力にまで上り詰めたさなか、1975年に突如失踪。82年に死亡宣告されますが、現在に至るまでその死は確認されていません。
こちらもデ・ニーロ主演の「アイリッシュマン」として映画化されました。
中国系アメリカ人
そして、映画の冒頭とラストに登場するのが、中国系の人々です。
阿片窟のシーンで印象的に登場します。
中国系アメリカ人は、1880年には10万人いたとされています。西海岸のゴールドラッシュなどに沸く鉱山開発や大陸横断鉄道の労働者として多くが働いたといいます。しかし、金が枯渇して、その他の移民労働者と対立が鮮明化すると、1882年「中国人排斥法」が調印され、移民の流入を厳しく制限されます(1943年廃止まで続く)。彼らの中には太平天国の乱(キリスト教に刺激された)によって中国を追われた広東の人が多かったともいいます。宗教は、仏教・道教・儒教などが混交しています。
WASP
最後に、この映画では見えない存在になるアメリカのマジョリティーがいます。WASP、つまり白人でアングロサクソンで、プロテスタントという人たちです。
1968年のシーンで、マックスは「クリストファー・ベイリー商務長官」と名乗ります。このベイリーという姓は、イングランド系かスコットランド系に多い名字ということです。城壁に囲まれた砦などといった語源があるようです。まさにマックスが権力に上り詰め、秘密を守っていることを暗喩する名前ですね。
そして、クリストファーという名前。これもイギリスで一番多い名前だったこともあるイングランド系の名前だそうです。その意味も「キリストを担う者」。マックスはキリストが生まれる前の旧約聖書を聖典とするユダヤ人だったはずですが、ここでは完全にイングランド系でキリスト教由来の名前を名乗り、完全にマイノリティからマジョリティに自らのアイデンティティを逆転させていることがわかります。アメリカンドリームを実現させるために、アイデンティティを偽る…悲しい復讐があったと読み取れます。
書き出してみると「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の主人公たちは、アメリカに遅れてやってきて、差別に苦しんだ新移民たちです。
多様な民族、多様な信仰、多様な歴史を持つ彼らが、時に争い、時に手を組み、交錯した50年の時間の流れが行きつ戻りつ語られています。
同じ場所で同じ夢を見ていたはずの人々の「同床異夢」これが映画のテーマを大きくかかわってくるのです。
続きは次回です。
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