●ドキュメント『張込み』㉝ 標識まで出ていた宝泉寺温泉
大分県では標識まで出ていた! 宝泉寺温泉の旅館「宝泉荘」跡
映画「張込み」の後半の舞台は温泉である。しかし野村芳太郎監督がロケ地に選んだ場所は、佐賀県ではなく、大分県の宝泉寺温泉だった。この地は何度も訪れているが、本欄の「ドキュメント『張込み』」を単行本化するための再取材に、出版元(新潮社)の編集者と秋の九重に向かった。
その日の宿は、豊後中村から入った九酔渓。九州では最も紅葉が美しいといわれる名勝地だ。入り口に当たる河内トンネルは、「張込み」で柚木刑事(大木実)がタクシーで追跡する時、発破がかけられた場所。今でも気持ちが悪くなりそうな十三曲りのヘアピンカーブは、映画では桂茶屋の展望台から俯瞰で写されていた。
翌日は、日本一の長さを誇る九重〝夢〟大吊橋を尻目に、映画では温泉の全体像として写された筌ノ口温泉へ至る。この温泉に架けられた小橋に、大木実は腰かけて、佐賀署から来る応援のジープを待っていた。映画では木の橋だったが、現在はコンクリート橋に変貌している。
そこから宝泉寺温泉へは、新しくできた四季彩ロードを通って、車を走らせる。宝泉寺温泉は、撮影当時、旅館は三軒しかなかった。ロケ隊が宿泊したのは、最も奥の宝泉荘。映画には実名で登場し、撮影もされている。我々はそこに裏から入ったことになるが、現在は建設会社の所有地で、空き地になっていた。左側には、「映画『張込み』のロケ地」という標識が立てられていた。
この宝泉荘の主人が、地元の実力者だった池部弥八郎氏である。池部氏の娘である宇多子さん(新姓・永友)に聞くと、「たまたまロケハンに来ていた野村監督さんと出会って、意気投合。父は自家用車でロケハンに連れて行き、そのために、ロケ地が宝泉寺に決まったようです」と語ってくれた。ロケが始まってからも、スタッフの送迎、弁当の準備、警官の手配など、池部氏の協力度は大変なものだったという。
ロケ隊が到着した晩は、「宝泉荘」の大広間で、歓迎会が開かれた。野村監督、高峰、大木、田村の四人が上座に上げられ、宇多子さんは花束を贈呈した。当時、彼女は中学生だった。
宝泉寺温泉を後にして、国道387号線を南へ下る。この道は、映画にも登場した国鉄宮原線の線路跡である。湧蓋山が見えるこの周辺で、高峰と田村のラブ・シーンが収められた。
県境を越えて、熊本県に入る。小国両神社は、映画ではバスが到着する東多久に設定された場所。物産館「ぴらみっと」の真下の犬滝では、2人が川辺で遊ぶシーンが撮影された。
ロケ地を回って再認識することは、佐賀と同じように、野村監督は執念ともいえる熱意によって、まさに最高の風景を見つけ出して、映像に収めていたことである。
0 件のコメント:
コメントを投稿