ネタバレ考察 映画『近畿地方のある場所について』◯◯◯さまの正体は? 入場特典の短編&原作者の"答え"を解説

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映画『近畿地方のある場所について』公開
映画『近畿地方のある場所について』が2025年8月8日(金) より全国の劇場で公開された。原作は背筋が〈カクヨム〉で連載していた作品をKADOKAWAが2023年に書籍化したもの。2025年7月には内容が異なる文庫版が刊行され、今もなお話題となっている。
映画『近畿地方のある場所について』も公開直後からさまざまな考察が飛び交う事態となっているが、今回は映画版のオリジナル要素と入場特典の内容を踏まえて、あいつの正体について考察していこう。以下の内容は本編と入場特典の短編小説に関するネタバレを含むため、必ず劇場で映画を観て、特典の短編を読んでから読んでいただきたい。また、以下の内容は子どもの自殺に関するショッキングな内容を含むのでご注意を。
ネタバレ注意
以下の内容は、映画『近畿地方のある場所について』の内容に関するネタバレを含みます。
Contents
- 映画『近畿地方のある場所について』やしろさまをネタバレ考察
- 二つの怪異とやしろさま
- やしろさまと宗教団体の関係
- 入場者特典の短編にあるヒント
- 正体は神ではない何か?
- 入場者特典の短編小説を考察
- かき=柿ではない?
- やしろさまの目的は?
- ニギハヤヒ=やしろさま?
- 目の意味
- 原作者が明かした答え
映画『近畿地方のある場所について』やしろさまをネタバレ考察
二つの怪異とやしろさま
映画『近畿地方のある場所について』では、原作小説と同じく三つの怪異が登場した。女性を山に呼ぶモノ、赤い服を着てジャンプする女、首が後ろに垂れ下がった少年・了(あきら)の三者である。
このうち、赤い服の女と了はセットで現れるのだが、終盤で二人は親子であったことが明らかになる。了少年は団地の木で首吊り自殺をしていたというが、男子が女子を捕まえて"身代わり"を要求する「ましらさま」という遊びがエスカレートする中で殺されたと考えることができる。赤い服を着ていた了の母は、了を木からおろそうと何度もジャンプしていたのだった。
そして了を失った母の前に現れたのが黒い石だった。了の母は了を取り戻すために四隅に「了」と書いた札を全国に拡散し、母も怪異となりながら、了も生命を養分として喰らう怪異となった姿で蘇った。赤い服の女は了に養分を与えるために札を動画やチェーンメールといった様々な形で拡散し、人間を集めていた、というのがこの二人の怪異についての真相である。
残る問題は、この二人の背後にいる"山に呼ぶモノ"、つまり"やしろさま"と黒い石の存在である。やしろさまはなぜ女性を山に呼び、了と了の母を怪異に変えたのだろうか。
映画『近畿地方のある場所について』のラストでは、映画版のオリジナル要素として菅野美穂演じる瀬野千紘が小沢悠生を山奥のやしろさまの元へ連れて行き、死んだ息子たくみを怪異として復活させる。山奥で出現したのは、黒い石と無数の手が生えた白い人型の怪異だった。
やしろさまと黒い石は、赤い服の女と千紘、二人の母とその息子たちを怪異に変えたことになる。一方で、劇中で流れた日本アニメ昔話「まさるさま」では、山の中の神様のような存在が母を失った村の男まさるに「かき」を使って女性を集めるよう助言したという話もあった。この話には、男子が女子を捕まえる遊び「ましらさま」と共通する要素がある。やしろさまの正体と狙い、そして黒い石と柿は一体何なのだろうか。
やしろさまと宗教団体の関係
映画『近畿地方のある場所について』では、共同生活を営む「あまのいわやと」という宗教団体が登場。団体の名前は原作の「スピリチュアルスペース」という名前から改変されており、より日本的な響きになっている。原作小説では、信者たちは高みへ行くことでその名の通り「宇宙の真理を得る」ことができるとされていたが、映画版では少し違う描かれ方がされているように思える。
こちらのラスト解説の記事でも考察したが、「あまのいわやと」の語源は古事記の神話「天の岩戸(あめのいわやど)」だと考えられる。この神話は、岩屋に閉じこもってしまった天照大御神を外に出すために、他の神様たちが外で歌い踊り賑やかに聞こえる演出をしたことで天照大御神が外に出てきて世界に光が戻るというストーリーになっている。
「あまのいわやと」の映像には、大切な人を亡くした女性たちが踊る姿が捉えられていた。「天の岩戸」のお話に重ねれば、信者たちは踊って神様を呼んでいるということになる。そもそもこの団体が誕生したのは、黒い石が現れて御神体として祀られたからだ。千紘をはじめとする信者たちは、失った大切な人を取り戻せたわけではないので、女性たちは黒い石=やしろさまのために集められたと考えられる。
千紘によると「あまのいわやと」は10年前に石が消えて解散したという。劇中でチェーンメールを扱った「イッツテレビ最先端」が放送された2003年から、ツーリングVlogが配信された2013年までは怪異に空白の期間がある。怪異となった了が初めて映像に捉えられたのはおそらくニコ生で「首吊り屋敷」が配信された2015年のことだと思われる。
つまり、「あまのいわやと」に女性が集まり、黒い岩を「やしろさま」として祀っていた約10年の間、やしろさまは大人しくしていたのではないだろうか。しかし、赤い服の女の強い情念が黒い石を呼び寄せ、了を怪異として復活させた。それを知った千紘は自分の息子を蘇らせるため、赤い服の女と生贄の奪い合いを始めたということである。
入場者特典の短編にあるヒント
そうして祀られていたやしろさまは、ここまでの情報に拠ればやはり神のような存在だと考えることができる。「近畿地方のある場所」のモデルだと思われる生駒山には寺や祠、さまざまな宗教団体の施設が建っている他、古事記の日本神話の舞台にもなっている。
日本神話で近畿地方に稲作をもたらしたとされるニギハヤヒ(饒速日)が天磐船(あまのいわふね)で降り立ったのが生駒山で、生駒山の麓にある石切神社ではニギハヤヒが祀られている。「空から山に降り立った神様」というコンセプトは、アニメ「まさるさま」の前に神様が現れた状況と重なる。やはりやしろさまは山の神なのだろうか。
その謎を解き明かすヒントが、映画『近畿地方のある場所について』の入場者特典のQRコードを読み込むと読める原作者・背筋の書き下ろし短編小説の中にある。この短編は「超不思議マガジン 2000年6月号」に掲載された「オカルト新解釈 第二十五回〜岩石信仰編〜」という記事の体裁をとっている。
この文章では、石について語られており、石は神聖なものとして考えられがちだが、突然現れ祀られている石は隕石なのではないかという説が展開される。また、日本の民族伝承に登場する「虚船(うつろぶね)」の存在についても紹介されている。これは江戸時代に発見されていたUFOのような船のことで、時代や状況が異なれば異なるものの見方が生まれるということを示唆しているのだ。
空から落ちてきた隕石を、天から神様がやってきたと思ってしまう——この原稿の途中には赤い手書きの文字で「瀬野は嘘をついていた?」とメモが書き込まれている。映画版なら佐山、小説版なら小澤によるメモだろう。瀬野千紘は黒い石が隕石だと知りながらオカルト雑誌編集者を引き込むために話をオカルト側に導いていたということだろうか。
正体は神ではない何か?
また、特典の文章内では、地球外生命体の飛来は必ずしも宇宙船である必要はないとして、隕石に取り憑いてやってくるか、岩自体が生きているという可能性を指摘している。日本アニメ昔話「まさるさま」の空からやってきた神様が地球外生命体だったのではないかと想像させる文章だ。また、この部分のメモ書きには「かき=柿ではない?」という一文もある。
この文章は、隕石が神や霊に見え、岩に寄生した何かが宿主を(岩から)人間に変えることもあるという可能性を指摘して終わる。そして、手書きのメモには「あれは神なんかじゃない」と書かれ、大量の目玉のようなものと人型の存在の絵が描かれて幕を閉じている。
この入場者特典の書き下ろし短編が示唆しているのは、黒い岩=宇宙からやってきた隕石という説だ。それを私たちが霊や神と思い込んでしまっているということである。宗教団体の名前を、原作の「スピリチュアルスペース」という「宇宙(スペース)」の要素が入った名前から、映画版で「あまのいわやと」という日本神話を想起させる名前に変えたのは、「人は隕石を神だと信じる」という説を補強するためだったのだろうか。
入場者特典の短編小説を考察
かき=柿ではない?
気になるのは短編の中でも触れられた「かき」についてだ。日本アニメ昔話「まさるさま」では、まさるは空から降りてきた神様からかき=柿を与えられている。大好きな母を亡くして落ち込んでいたまさるは、かきで誘って嫁をとるよう助言された。しかし、そのかきは黒ずんでおり、柿の季節でもない時期に「かきもあるよ」と呼びかけるまさるは気味悪がられ、孤立を深めたという。
アニメ「まさるさま」は原作者の背筋が映画のために脚本を書き下ろしたものだ。原作小説では、まさるは「柿の木問答(女性の家に柿の実がなっているかどうかという会話を通して性的同意を確認する習わし)」を吹き込まれ、間違った形で「かきもあるよ」と女性を誘うようになってしまったというストーリーになっている。
ところが、映画『近畿地方のある場所について』の入場者特典の短編小説には、「かき=柿ではない?」という走り書きがある。やしろさまが猿のような見た目をしていることから、これまでは柿がキーアイテムになる「さるかに合戦」がベースになっているという説もあったが、映画では本物の柿は登場しなかったように思う。
「かき」=「牡蠣(岩のような見た目をしている)」、「かき」ではなく「餓鬼」、といった説も考えられるが、単純に「かき」というのは概念でしかなく、まさるが持っていた「黒ずんだかき」は大きさを変えた黒い石だったのではないだろうか。短編の中では意思を持った隕石が大きさを変えることもあるだろうとも指摘されている。
「まさるさま」の原作者である大森日出子は団地で「まさるさま」の言い伝えを聞き、その内容を絵本にしたという。それがアニメ化されたのが日本アニメ昔話「まさるさま」だ。つまり柿を含む「まさるさま」の作中のビジュアル描写は大森の想像によるものだということである。実際にはまさるは小さくなった黒い石を手に「かきもあるよ」と呼びかけていたのかもしれない。
やしろさまの目的は?
また、特典の短編では石=隕石自体が意思を持っている可能性についても触れられていた。ということは映画『近畿地方のある場所について』の最後に登場した白い猿のような存在がまさるの成れの果てで、全ての黒幕は黒い石自体だったのだろうか。
映画『近畿地方のある場所について』の公式パンフレットでは、本作の白石監督がこの白い生き物を「"ましらさま"本体」と表現している。つまり、ましらさま=やしろさまの本体は山から黒い石を操っているのだろう。やしろさまは山に女性を連れてくるために、まさるを利用しただけだったのかもしれない。
では、やしろさまの目的はなんだったのだろうか。やしろさまが地球外生命体だったのだとすれば、その狙いは地球での繁殖だと考えられる。1984年に行方不明になった少女、アニメ「まさるさま」、「ましらさま」の遊び、宗教団体「あまのいわやと」と、赤い服の女と了以外の件で狙われているのは全て女性である。
しかし、誘拐という方法や、まさると「あまのいわやと」を使った女性集めでは繁殖はうまくいかなかったのではないか。やしろさまの故郷と地球とでは、繁殖の方法が異なるのかもしれない。だから「あまのいわやと」も突然解散となった。
ただ、「ましらさま」の遊びだけは、了の死とその母の怨念という副産物を生み出した。そして赤い服の女と千紘は「死んだ子どもを甦らせる」という形で、やしろさまが介入した生命を生み出すことを望んだのである。
映画『近畿地方のある場所について』のラストでは、千紘は小沢を黒い石に取り込ませ、その後、やしろさまのように無数の手が生えた息子たくみを手に入れた。やしろさまは、小沢を生贄にしてたくみを自身に近い怪異として生まれ変わらせたことで、「繁殖」という目的の第一歩を踏み出したのかもしれない。
もしかすると、やしろさまにとって死んだ時の姿で蘇った了の復活は"失敗"だったのかもしれない。まさるを使った作戦や少女失踪、林間学校での呼びかけに「あまのいわやと」——様々な方法で繁殖を目指したが失敗してきたやしろさまが、初めて成功した例が千紘とたくみだったのだとすれば……。やしろさまの侵略も順風満帆ではなかっただろう。
ニギハヤヒ=やしろさま?
やしろさま宇宙人説というのは、「近畿地方のある場所」のモデルだと思われる生駒山とも繋がりがある。すでに解説したように、生駒山はニギハヤヒ(饒速日)が天磐船(あまのいわふね)で降り立ったという日本神話の舞台になっている。
実は、生駒山はUFOの目撃スポットとしても知られているのだが、転じて天磐船に乗って降臨したニギハヤヒはUFOに乗った宇宙人だったのではないかという都市伝説も存在する。まさに映画の入場者特典に記されていた、時代や状況によって解釈が「神」にも「UFO」にもなり得るという話の好例だと言える。
また、ニギハヤヒは天から地上に向かう際に天照大御神から十種の神宝を授かったとされており、その中には死者を蘇らせるアイテムもあったという。また、原作小説の資料の中には、神社の看板の文字として「鎮……祭」と書かれている。奈良県にある石上神宮で毎年行われる鎮魂祭は、ニギハヤヒの子のウマシマジが十種の神宝を使って神武天皇の安鎮を願ったことに由来するとされている。
やや強引かもしれないが、ニギハヤヒと『近畿地方のある場所について』は、生駒山、UFO、死者蘇生、鎮魂祭という要素で繋がっている。ニギハヤヒがやしろさまだった、あるいはやしろさまがニギハヤヒの伝説と混同されて神として祀られているという可能性は十分にあるだろう。
目の意味
もう一つ余談だが、特典短編の最後のページには無数の目玉が描かれている。映画『近畿地方のある場所について』の被害者の共通点には、目がなくなっており穴が空いているという特徴がある。映画の公式パンフレットでは、この演出について白石監督が「土偶」を意識していたことが明かされている。
土偶は縄文時代の作られた焼き物の人形で、多くは豊穣や出産を祈る儀式に用いるために女性を象っていたとされている。土偶は目が作り込まれていないが、その理由は女性の身体を表現することが主な目的で、個人の表情は重視されなかったからだという説がある。
やしろさまが少女から目を奪った理由は、繁殖だけにこだわっていたからかもしれない。徴収していた人間の目玉は、小沢を取り込む際に使用されたものと思われる。短編の最後に書かれていた目玉も同じものだろう。それを踏まえると、やしろさまが目を集めていたのは、意外と実用的な理由だったのかも?
原作者が明かした答え
ここまで長文を読んでいただいたが、映画『近畿地方のある場所について』のパンフレットでは、原作者の背筋が本作の謎について一つの答えを提示している。背筋は本作について、「原作も実はコズミック・ホラーなのです」と明かしているのだ。
コズミック・ホラーとは、宇宙に存在する人間の理解を超えた存在を描くホラーのジャンルだ。幽霊や悪魔を扱うホラーとは異なるもので、すなわち『近畿地方のある場所について』の怪異の原因は宇宙にあるということが宣言されたのである。
白石監督もまた、映画版をコズミック・ホラーとして作った上で、やしろさまを「山の精霊と勘違いする方がいても全然OK」という風に作ったとしている。黒い石は隕石で、やしろさまは宇宙からやってきた地球外生命体だったのである。
ラストの千紘の子どもについて背筋は、人間という種が進化した「なにか」と話しており、霊的な物語ではなくSF寄りの作品であったことを示唆している。映画版の黒い石も隕石を意識したデザインになっているということで、意外にも映画版のパンフレットによって全てのタネ明かしが行われているのである。
思いのほかあっさり明かされた、やしろさまと怪異の正体。だが、「あまのいわやと」の人々がやしろさまを神だと決めつけたように、背筋や白石監督もまた、やしろさまが地球外生命体で黒い石が隕石だと決めつけることによって、SF全盛期の現代で受け入れられ易い説を流布しているだけなのかもしれない。
そうして疑いを深め、考察とリサーチを繰り返し、「近畿地方のある場所」に出向こうとする者が現れる限り、『近畿地方のある場所について』の物語は続いていくのだろう。筆者もここまで考察と発見を重ねてすっかり本作の虜になってしまった。あなたはまだ引き返せるところにいることを願う。
映画『近畿地方のある場所について』は2025年8月8日(金) より全国で公開中。
背筋による原作小説『近畿地方のある場所について』は単行本版と文庫本版が発売中。
¥1,401
碓井ツカサによるコミカライズ版も発売中。
映画『近畿地方のある地域について』のネタバレ解説&考察はこちらの記事で。
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