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保志雄・増村による映画における「エロティシズム」について:
「インタビュアー:あなたにとってエロティシズムとは何ですか?
増村:それは最も人間的なものです。人間が『人間らしい方法で』服を脱ぐとき、それは必然的にエロティックになります。このエロティシズムは、フロイトを指すことも、柳宗悦を指すことも、より複雑なものになることもあります。しかし私の考えでは、エロティックなものはまず第一に非常に人間的です。なぜなら、人間は部分的に動物だからです。だから私にとって、エロティシズムはたとえ非常に『大胆』であっても、健康的な精神の一部です。私が想像するエロティシズムは、女性という生き物の本質的な質です。男はただの影に過ぎないのに対し、女は本当に存在する存在であり、極めて自由な存在です――それが私が考えるエロティシズムです。
インタビュアー:映画はエロティシズムを表現する効果的な手段になり得ますか?
増村:そうは思いません。私は映画は芸術的な媒体として二次的なものだと考えています。しかし、映画が他の可能性を提供することを願っています。それが私が今も映画を作り続けている理由です。とはいえ、純粋に芸術的な観点から言えば、映画は完璧ではありません。映画は絵画や彫刻、音楽のような他の芸術が持つ芸術的な純粋さに決して到達しません。」
(保志雄・増村の1969年の『カイエ・デュ・シネマ』誌へのインタビュー。クリスティアン・プラナスによる英語訳)
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保志雄・増村の『盲目怪獣』(1969年)。本日、日本で公開されて57年前の作品。
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