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『果てしなきスカーレット』の作画はなぜ切り替わっているか。
『果てしなきスカーレット』では、非現実の仮想世界は死者の国(仮称)に置き換わった。
仮想世界ほど極端ではなく、気づかない人もいるくらいだが、実は作画技法が、途中で切り替わっている。
毒で苦しみ、絨毯の上に転がって泡を吹くスカーレットの顔がアップになるシーンまでは従来のアニメの2D作画。
次の瞬間、死者の国に落ちていくスカーレットが、顔のアップからどんどん遠ざかるが、このシーンは同じ衣装なのに3Dに替わっている。
この切り替わりの瞬間こそ、3Dモデリングに新しい2Dセルのようなルックを与え、かつ『SLUM DUNK』と違って2D/3Dを融合させようとした、本作の技術的挑戦がもっとも強く出ている。
スカーレットが現世に戻って来た時の顔のアップが2D作画に戻っているシーンも含めて、ぜひ再鑑賞で確かめていただきたい。
ざっくり言うと
冒頭の現世 2D作画
前半の煉獄 3Dモデリング
キャラバン 古風な2D
後半の煉獄 3Dモデリング
終幕の現世 2D作画
前後で対称的につくられている。
再鑑賞するほど響く、なぜかクセになる、無性にオアシスでのキャラバンたちのシーンが(大仕掛けの渋谷以上に)気になるのは、この構造も一因だ。
この構造や、作画技法の切り替わりを、劇場で「違和感」として捉えることができた方は、鋭い感性をお持ちだ。
なのに、それを予算不足や未完成や失敗などと解釈するのは本当にもったいない。同じく群衆を前に演説するシーンでも、クローディアスが煉獄山の城で演説する時は3D、スカーレットが現世に戻ってエルシノア城で演説する時はすべて2D作画になっている。予算不足や工数削減なら、3Dを使いまわす方が圧倒的に有利だが、わざわざ別の作り方をしているのだ。
墓掘りやリミナル空間の演出同様、細田守は本作で、前後半を分ける部分に、異常なほど仕掛けを凝らしている。
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