https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1020293545
もちろん「倒叙」も、本格ミステリの変種なので、好きですね。 「乱歩さんの”心理試験”みたいな作品はお書きにならないんですか?」と聞かれた横溝正史は、「書いたこと無いです。倒叙は難しくてね・・・」と、答えています。 犯人の行動がすべて明かされていますので、作者は読者に対し、「完全なフェアプレイ」で対さなければなりません。隠しておいた伏線で・・・というわけにもいかない。 「刑事コロンボ」の脚本家が語っていますが、「一見完璧に見える、実は穴のある犯罪を考えなきゃならない」と言うのは非常に技量を必要とするスタイルといえます。 「再読」で伏線を探る、といわれるなら、むしろ倒叙のほうがそっち向きと言ってもいいほど。「犯人が完璧」と思った犯罪のどこに穴があったのか・・・?と改めて再確認できます。 「刑事コロンボ」が果たした”大発見”が、「映像で見せるミステリは、本格より倒叙のほうがいい」ということでした。 本格だと、人物が描けない、ラストで画面が”死んでしまう”セリフだらけのシーンが入ってしまう・・・という問題がありますけれど、倒叙なら犯人はあらかじめわかっていますから、犯罪全体の説明は不要という部分が向いているのです。 また倒叙は後で事件の再現をしなくていいので、本格ミステリでは扱いにくい「大胆な犯罪」が描かれることも多い。 「刑事コロンボ」の「白鳥の歌」や「権力の墓穴」、クロフツの「クロイドン発12時30分」などはまさにそうですね。 ニコラス・ブレイクの「野獣死すべし」や、アイラ・レヴィンの「死の接吻」など、倒叙フォーマットを崩した意外作、ロイ・ヴィカーズの「迷宮課シリーズ」のユーモラスさなどバリエーションも豊富ですね。
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