世代を超えた豪華競演 12年ぶりの歌舞伎座『仮名手本忠臣蔵』通し上演が開幕 松竹創業百三十周年「三月大歌舞伎」

3月4日、歌舞伎座3月公演、松竹創業百三十周年「三月大歌舞伎(さんがつおおかぶき)」が初日の幕を開けた。そのオフィシャルレポートをお届けする。
劈頭を飾る3月公演は屈指の名作『仮名手本忠臣蔵』。歌舞伎座での『仮名手本忠臣蔵』の通し上演は、新開場柿葺落公演の平成25(2013)年以来となる。亡き主君の仇討ちを見事果たし江戸を賑わした衝撃的な事件「赤穂浪士の討入り」を題材とした全十一段の大作を昼夜に分けてお届け。ドラマチックな展開で、四十七士の仇討ちまでの困難や、彼らを取り巻く人々を大胆かつ鮮やかに描き上げ、長きにわたり人々の心をとらえてきた物語を、AプロBプロというふたつの配役で、世代を超えた豪華競演にて記念の年に相応しい舞台を堪能いただく。 (※初日はAプロにて上演)
昼の部の幕開きは、古式ゆかしい演出の『大序』から始まる。開幕前の10時50 分、口上人形が幕前に登場し、出演俳優と配役を紹介する『仮名手本忠臣蔵』ならではの演出。11時の開演時間までたっぷりと時間を使い、一人ひとりの配役を紹介。口上人形が最後に「大星由良之助 片岡仁左衛門」と配役を紹介すると、場内からは割れんばかりの拍手が起き、これから始まる壮大な物語世界への期待感が高まる。

口上人形が引っ込むと、柝が打たれ、ゆっくりと歌舞伎座の定式幕が引かれていく。「とざい、とーざい」の東西声が響き、人形に魂が入って動き始める様子を浄瑠璃に合わせて俳優が頭を上げ動き出す独特の演出で厳かに幕が開く。客席は水を打ったような静けさで、歌舞伎座で久しぶりに上演される『通し狂言 仮名手本忠臣蔵』は緊張感ある幕開きとなった。
鎌倉・鶴ヶ岡八幡宮の社頭。足利尊氏に討たれた新田義貞の兜改めが、尊氏の弟・足利直義(中村扇雀)の立ち合いで行われている。高師直(尾上松緑)の傲慢な態度に怒り募らせる桃井若狭之助(尾上松也)と、その間に入る塩冶判官(中村勘九郎)。そして兜の鑑定役で呼び出された塩冶判官の妻・顔世御前(片岡孝太郎)に横恋慕する師直は……。師直の憎々しさと存在感、それに対する若狭之助の正義感や判官の清々しさなど登場人物たちの明確な性格が衣裳の色にも現れ、美しい色彩美の中、遺恨の残る師直と若狭之助の様子が描かれる。
続いては、殿中で起きた前代未聞の刃傷沙汰を描いた『三段目』。

明け方近い足利館の門前では、若狭之助の家老・加古川本蔵(嵐橘三郎)が、登城する師直に賄賂の進物を贈る。その後、松の間で怒りが収まらない若狭之助が、師直から先日の鶴ヶ岡八幡宮の一件について詫びを入れられ拍子抜け。一方、賄賂を貰ったとはいえ、不本意にも若狭之助に平謝りした師直は、顔世からの恋の叶わぬ返事も重なり、鬱憤晴らしに判官に八つ当たり。罵詈雑言に耐えかねた判官はついに刀を抜いて師直に斬りかかるが……。あまりの師直の判官に対する憎々しさは客席をも圧倒。判官が刀に手を掛け、手に汗握る展開に。本蔵らに止められてもなお師直に斬りかかろうとする判官の姿、無念さが沁みる表情に客席はただただ見入った。

そして、『四段目』ではいよいよ主君判官の無念の思いに、忠臣由良之助が決意する場となる。

扇ヶ谷の塩冶館では、殿中で刃傷に及んだ判官が、石堂右馬之丞(中村梅玉)と薬師寺次郎左衛門(坂東彦三郎)から切腹を言い渡される。師直を討ち果たせなかった無念の思いを大星由良之助(片岡仁左衛門)に直接伝えたかったと思いながら、由良之助の到着を待つ。そして腹に刀を突き立てたその時、遂に由良之助が到着し……。その厳かな内容から上演中の客席の出入りを止めるため"通さん場"とも呼ばれる前半の「判官切腹の場」では、厳粛な雰囲気が場内に漂う。白の裃姿の判官がその時を前に、由良之助の到着を待つ姿に場内は緊張感に包まれる。やがて、腹に刀を突き立てながら伝えられる主君の無念の思いを由良之助が引き受ける場面は、最大の見せ場。固唾を呑んで見守る客席からは涙ぐむ姿も。後半では、いよいよ由良之助が仇討ちの決意を固める場面となり、その万感の思いを胸に立ち去る姿に割れんばかりの拍手が送られた。

幕間をはさみ、美しい景色の中逃避行する恋人たちを描いた『道行旅路の花聟』。

幕が開くと桜が咲き誇り、野辺には菜の花が咲き乱れる春盛りの東海道。先ほどまでの手の汗を握る場面と一転し、場内はぱっと華やかな雰囲気に包まれる。その中を塩冶判官の家臣・早野勘平(中村隼人)と顔世御前の腰元おかる(中村七之助)が人目を憚りながらやってくる。主君の判官が殿中で師直に刃傷に及んだ際、逢瀬を交わしていた恋仲のふたり。その罪を恥じて、おかるの実家がある京・山崎を目指しているが、そこへ、おかるに横恋慕する師直の家臣・鷺坂伴内(坂東巳之助)が現れて……。主君の大事に居合わすことのできなかった恋人の勘平を宥めるおかるの姿にほころびながらも、どこか哀愁に包まれる。伴内が登場すると、思わずくすりと笑ってしまう恋仲のふたりとのやり取りと、歌舞伎らしい花四天の派手な立廻りに拍手が送られ、華やかな雰囲気の中で幕が引かれ、夜の部へと続く壮大な物語へと期待を募らせた。

今月が復帰舞台となる愛之助に、場内からは祝福の拍手
夜の部の幕開きは、五十両の金を巡る闇夜の出来事を描いた『五段目』から始まる。

俄かに雨が降ってきた山崎街道。おかるの親元に身を寄せ狩人となっていた早野勘平(尾上菊之助)は、塩冶家に仕えていた朋輩の千崎弥五郎(中村萬太郎)に遭遇する。仇討ちに加わりたいと懇願する勘平は、金の工面を約束して別れる。一方、おかるが勘平のために内緒で祇園町へ身を売って拵えた五十両の金を持って家路を急ぐ父の与市兵衛は、夜道で斧定九郎(尾上右近)に襲われて……。雨音、雷の音など、様々な黒御簾音楽が駆使され、場内は不穏な雰囲気に包まれるが、『五段目』といえばお馴染みの猪が登場。その見た目から一瞬くすりとする場面も。この一連の事件が、今後このお芝居の中でどう展開をしていくのかと観客を釘付けにしたまま次の場へと続く。

続いては、勘平とおかるの悲劇の場となる『六段目』。一夜明けた与市兵衛の家では、祇園町の一文字屋の女房お才(中村萬壽)が、おかる(中村時蔵)を迎えに来ている。そこへ何も知らない勘平が戻ってくるが、おかるの母のおかや(上村吉弥)の話を聞くうちに、舅の与市兵衛が持っていたという財布と昨夜手に入れた財布が同じ縞の柄であることに驚愕。猪と誤って鉄砲で撃ったのは舅だったのかと狼狽した勘平は……。夫のために、自ら身を売る決心をしたおかるの仔細を聞いた勘平。

いよいよおかるの出立の場となると、別れを惜しむ夫婦ふたりの姿にその事情を知る観客はやるせない気持ちに。おかるが去ると『五段目』で起こった事件が絡み合いながら、おかると勘平に悲劇が……。絶望の末に迎えた勘平の結末には、おかるとの別れも相まって客席には涙を流す観客の姿も。5月から始まる襲名披露で大名跡"菊五郎"を八代目として継ぎ、30年間名乗り続けてきた名前で出演する最後の公演となる菊之助。菊之助の勘平は、非業の最期を遂げるまで仇討ちへの思いを強く持ち続け、観客にその姿を印象づけた。

そして、華やかな廓へと雰囲気変わり、由良之助の本心が明かされる『七段目』へと続く。京・祇園町の一力茶屋では、大星由良之助(片岡愛之助)が連日遊興に耽っている。おかるの兄で足軽の寺岡平右衛門(坂東巳之助)が仇討ちに加わりたいと懇願しに来るが由良之助は全く相手にせず、仇討ちの真意を探りに来る者にも、一切その素振りを見せない。しかし、顔世御前からの密書を読んでいた時、遊女となったおかるに二階から盗み読まれていたことに気付くと突然、おかるに身請け話を持ち掛ける。由良之助の真意を察した平右衛門は、妹おかるに突如斬りかかり……。

夜の部Aプロの由良之助は、今月が復帰舞台となる愛之助。廓遊びをしながら登場する愛之助が目隠しを取ると、場内からは復帰を祝福するかのような気持ちのこもった拍手が起こった。元気な舞台姿を見せた愛之助は、由良之助を初役で演じ、遊興に耽る姿と仇討ちの本心を垣間見せる鋭さをみせる。一方、平右衛門とおかるの件では、兄弟のほほえましいやり取りから一転、夫・勘平の死を知ったおかるのこの上ない悲しみ、そして平右衛門が妹を手にかけようとするまで、観客は固唾をのんでふたりを見守る。今回、初共演となった時蔵と巳之助のおかる勘平は愛之助と熱演をみせ、観客の心をつかみ、清新な舞台をみせた。

昼夜にわたり様々なドラマを繰り広げてきた物語の最後は、『十一段目』。雪の降りしきる高師直の屋敷の表門。勢揃いした由良之助率いる浪士たちは、陣太鼓の音を合図に屋敷の中へと討入る。奥庭の泉水では、師直家臣の小林平八郎(尾上松緑)と塩冶浪士の竹森喜多八(坂東亀蔵)が死闘を繰り広げる。

目指す仇の師直を見つけることができないまま、刻々と時刻が過ぎ、焦る浪士たちだったが、ついに師直を見つけると……。小林平八郎と竹森喜多八ら浪士の繰り広げられる激しい立廻りは、クライマックスに相応しい大迫力。亡君の墓前に首を供えるため菩提所へ向う一行は、旗本の服部逸郎(尾上菊五郎)に出会う。

花道から馬に乗った菊五郎が登場すると、場内からは大きな拍手と音羽屋の大向こうが歌舞伎座に響く。朗々と浪士を讃えるセリフをつらね、元気な姿を見せた菊五郎。服部は一行に通行を許すと、見事本懐を遂げた浪士たちを讃える。由良之助を中心とした浪士たちの忠義と義信に感銘を受けながら、勘平を含め彼ら四十七士を観客は服部と共に見送り、その背中に止まない割れんばかりの拍手と感動が送られた。
「三月大歌舞伎」は2025年3月27日(木) まで、東京・歌舞伎座で上演される。
<公演情報>
松竹創業百三十周年
「三月大歌舞伎」
【昼の部】11:00〜
通し狂言 『仮名手本忠臣蔵』
一、大序
二、三段目
三、四段目
四、道行旅路の花聟
【夜の部】16:30〜
通し狂言 『仮名手本忠臣蔵』
一、五段目・六段目
二、七段目
三、十一段目
2025年3月4日(火)〜3月27日(木)
※休演:10日(月)、18日(火)
※貸切:19日(水) ※幕見席は営業
会場:東京・歌舞伎座
※昼の部:5日(水)、7日(金)、11日(火)、12日(水)、13日(木)は学校団体来観。
※昼の部では、古式に則り、『仮名手本忠臣蔵』ならではの演出あり
・開演(午前11時)に先立ち、10時50分頃より幕前にて「口上人形」による当日の配役の読み上げあり
・「四段目 扇ヶ谷塩冶判官切腹の場」は、古くから「通さん場」と呼ばれ、演出の都合上、客席内への出入りを一部制限
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2504497
公式サイト:
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/929
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