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鍾乳洞ロケは、岩手に続いて満奇洞(岡山)、秋芳洞(山口)、水連洞(鹿児島)をはじめ、全国を縦断する撮影が続いた。これは、それぞれの鍾乳洞の特徴を活かしたものでもあった。天井が高いのは岩手、天井が低く横に広いのは山口など、それぞれの特色に合わせて鍾乳洞の場面が割り振られた。
水連洞は鹿児島沖永良部島にある鍾乳洞で、撮影の前日にはスタッフ36人が1日がかりで電源ケーブルを660メートル奥まで敷く作業が行われた。ここでは黒革のコートをはおった美也子が、村人から逃れて鍾乳洞に身を隠す辰弥を献身的に介護する場面や、2人が鍾乳洞の奥へ奥へと進んでいくカット、やがて、すさまじい形相となった美也子が水しぶきをあげながら辰弥を追いかける場面を中心に撮影された。
美也子の表情が、この世ならざる者へと変貌する様子を、橋本忍は脚本に「形相が見る見る変り、頭の毛が全部逆立つてくる」「火のような荒い呼吸、口が裂け、まるで炎でも吹き出しているような形相」「顔には凄い隈――毒酒で紫色に腫れ上つた尼子義孝と同じ顔になる」と記したが、さて、これを具体的に映像で見せるには、どうするか。
野村は「歌舞伎の隈取りではありきたりだし、下手をするとお岩さまのように醜悪になるし」(『報知新聞』 77年12月16日)と悩んだが、そのとき、数年前に地下鉄の中吊り広告で目にしたパルコのポスターを思い出した。それが山口はるみのイラストだった。野村は400年に渡る怨霊のメイクアップ・イメージを描いて欲しいと依頼し、山口も一風変わった依頼に好奇心をおぼえて快諾した。なお、山口はプライベートで渥美と俳句の会を共にする間柄でもあった。
まず、山口は「変容する女の顔を五枚に描き進めて、最後の顔はすべてが昇華された美しい死に化粧」(『報知新聞』 77年12月17日)というイメージ画を用意したものの、これを基に小川真由美へメイクを施し、さらに照明を当てた上で撮影を行ってイラストのイメージに近づけようとしたものの、これは至難の業だった。「腕の良いメークアップ・アーチストの力をお借りして回を重ねて再現を試みたのですが、動きの中での汗とか、フィルムの現像により紫系の色が赤紫に傾く点とか思わぬ困難に出くわして、結果的には、せっかくチャンスをいただきながら、あまりお役に立てなかったのがとても心残りです」(前掲)と、意欲的な試みが成功とは言い難い結果になったことを悔やんだ。
こうして全国各地の鍾乳洞を切り取っていくことで、八つ墓村の地下に存在する巨大な鍾乳洞が誕生したわけだが、このロケで最も苦心させられたのは俳優ではなく、コウモリだった。劇中、鍾乳洞の場面が終盤に差し掛かると、中で生息する無数のコウモリが動き出して、大きな変動が起きる。そして外界へと飛び出したコウモリの群れは八つ墓村の空を染めるほど舞い、遂には多治見家の屋敷を延焼させるという、アルフレッド・ヒッチコック監督の『鳥』(63)を思わせるスペクタクルシーンとなる。多治見家の邸宅を炎上させる場面は、ミニチュアやセットを用いて火を付けたが、それ以上にコントロールが難しいコウモリをどう扱うかがスタッフを悩ませた。
野村は、「いろんな方法で実際のコウモリをロケーションで撮りに行きましてね。それも本当に瞬間しか撮れないんですね。今度は作りもののコウモリを、いろんなものを作ってみて、ほんとうに見えるというところまでやっていったんですけど、それを機械で動かしても、ワンカット一秒が限度ですね」(『映画時報』前掲)と、実物と作り物のコウモリを混在させながらリアリティを損なわずに描く困難を語っている。
本物のコウモリは、高知県の龍河洞に多く生息していることがわかり、1976年5月と、77年3月の二度に渡るロケが行われた。高さ5メートルほどある洞窟の天井にぶら下がっているコウモリを撮影のタイミングで飛び立たせる方法を、撮影助手の木村隆治が前掲の『映画テレビ技術』で記している。
「蝙蝠は赤い色に対して、反応が鈍いということなので、懐中電灯に赤いフィルターをはって、天井のくぼみに集っている大群を捜し、カメラを準備して、タングステンと切り変えると同時にカメラのスイッチを入れる。するとカメラの音が洞内に反響して、一斉に飛び出し、レンズ前は一瞬にして、蝙蝠でうまった。(略)1時間位経つと、もとの巣に集ってくる。さあ、もうワンカット、アップ、ロング、etc」
いやはや、大変な時間のかかる撮影で、時間に余裕のある現場でなければ、このような撮影は不可能である。それでも、本物のコウモリでは撮れないカットも出てくる。外に飛び出したコウモリの群が夕方の八つ墓村の空を染めるカットでは、ムクドリが代用されている。これは埼玉県北越谷にある宮内庁が管理する埼玉鴨場で撮影されたものだ。
さらには、アニメーションも使用することになった。撮影の川又昂によると、「劇中、洞窟内で人をめがけて飛んでくるところや、洞窟内を飛んでいるシーンはアニメ(合成)」(『FUJIFILM INFORMATION』77年12月号)とのことだが、多治見家の外観をコウモリが飛び交うカットもアニメーションだろう。そして最も大掛かりとなったのは、多治見家の炎上シーンに登場するコウモリである。
多治見家の仏間で佇んでいる小竹の前に、障子を突き破ってコウモリが侵入して室内を舞い、仏壇の蝋燭を倒したことから引火し、炎が燃え広がっていく。小竹は意に介さず一心に拝み続け……という場面だが、これは山口県の秋芳洞の入口前に多治見家の仏間をオープンセットで建て、このセットを金網で囲んで洞窟とセットを接続し、コウモリをここに追い込むという、何とも荒っぽい手法が取られた。引火するコウモリは本物に見えるが、後ろ姿の小竹は人形である。実際の撮影ではスタントマンが小竹に扮して、火だるまになって立ち上がるカットも準備されたが、火の回りが早く、使い物にならなかったという。
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