2026年6月19日金曜日

バザーリア『プシコ ナウティカ』&最も些細な事柄が、最も重要であり得る:濱口竜介、映画『急に具合が悪くなる』1万字インタビュー|ヒルズライフ HILLS LIFE&濱口竜介が考えるケアと資本主義──映画『急に具合が悪くなる』ロングインタビュー | GQ JAPAN

濱口竜介が考えるケアと資本主義──映画『急に具合が悪くなる』ロングインタビュー | GQ JAPAN
 またしばらくして、たまたま久しぶりに観たアンドレイ・タルコフスキーの映画『ノスタルジア』にこんなシーンがあった。ロシアの詩人アンドレイは、通訳のエウジェニアと一緒に訪れたトスカーナの温泉で狂人のドメニコと出会う。そこでは湯治客がドメニコの噂話に興じている。その会話を聞いたアンドレイはエウジェニアに言う。

 「なぜ彼のことを狂人(pazzo)だと言うのだ、彼は狂人じゃない、信仰があるだけだ」 「イタリアにはこういう狂人がたくさんいるの。精神病院を開放したけど、多くの家族は家に置くのを望まなかったから。それで彼らはまた自分の内にひきこもるしかなくなったのよ」  
 
 タルコフスキーがこの映画をトスカーナで撮影したのは一九八二年だが、調べてみると、その四年前の一九七八年に法律一八〇号が成立し、この法律を契機として精神病院が開放されることになったという。そして、一九九九年には最終的にイタリア全土の公立精神病院がすべて閉鎖されていた。このことを知って初めて、あのラヴェンナでの出来事の背景にあるものが少し見えてきた。その後、シエナからイタリア中部の別の町に移り、そこの大学で学んでいたとき、まさに私が講義を受けていた建物が、以前には精神病院のなかの一つの病棟だったということを知った。そのとき、どうやらこのことについては一度きちんと調べなければいけないと私は思ったのである。

──映画では、真理が演出し、長塚京三さん演じる俳優・吾朗による舞台作品「Da vicino nessuno è normale. 近づいてみれば、誰もまともな者はいない」が登場します。この映画内演劇で表象されるのが、『プシコ ナウティカ——イタリア精神医療の人類学』でも論じられている、イタリア精神医療改革における中心的人物だったフランコ・バザーリア。舞台のタイトルは、改革後のイタリア精神医療におけるモットーとされる言葉だそうですね。

濱口 医療人類学者の松嶋健さんによる『プシコ ナウティカ』を中心にした主題は、ユマニチュードとはまた別軸から抱いていた興味から、映画に合流しています。磯野さんや、宮野さんのご遺族にインタビューをしたり、リサーチをしたりしながら、原作の宮野さんと磯野さんのやりとりをどう映画化するか考えていく作業のうちに、その本流に私の関心事が寄り集まってきた、という感じです。

『プシコ ナウティカ』の存在を知ったのは、立命館大学で映像人類学を専門とされていたふくだぺろさんと、同じく立命館でバレリーナとして身体の人類学的研究をされていた木田真理子さんに、「手について」というワークショップに招いていただいたことがきっかけでした。人類学者の方々もたくさん参加されていて、西浦(土田)まどかさんが、この『プシコ ナウティカ』という本に言及されたと記憶しています。

たしかその時の話題は、20世紀後半に活躍したポーランド出身の演出家イェジイ・グロトフスキによる実験劇場のプロジェクト〈演劇実験室〉が、2005年以降、イタリアのある精神保健センターの利用者によって構成される劇団のプロジェクトとして引き継がれているということでした。演じることについての自分の関心も刺激されて、読んでみようと本を手にとったところ、イタリアにおける精神医療の歴史、そして精神病院の廃絶を主導したフランコ・バザーリアのことにかなりのページが割かれていました。彼はいわば、どうやって「精神病者を人間として扱うか」ということに心を砕いていた人であり、ユマニチュードと重なる部分もあって、非常に印象に残りました。


最も些細な事柄が、最も重要であり得る:濱口竜介、映画『急に具合が悪くなる』1万字インタビュー|ヒルズライフ HILLS LIFE
https://hillslife.jp/culture/2026/06/18/all-of-a-sudden/

All of a Sudden: Ryusuke Hamaguchi

待望の映画が、公開を迎える。今や世界に名だたる監督となった濱口竜介の最新作『急に具合が悪くなる』だ。第79回カンヌ国際映画祭ではコンペティション部門に正式出品され、ヴィルジニー・エフィラと岡本多緒が最優秀女優賞を共同受賞した。原作は、哲学者・宮野真生子と人類学者・磯野真穂による、同名の往復書簡(晶文社刊)。2019年に刊行されるその直前まで、進行するがんと向き合った宮野、その生に伴走した磯野のやりとりを、濱口はフランスと日本をまたいだ映画として花開かせた。介護施設の変革に挑むディレクターであるマリー=ルーと、舞台演出家でありステージⅣのがん患者である真理。ふたりの偶然の出会いが紡ぐ、3時間16分にわたる物語である。

今回、カンヌから帰国して間もない濱口に、インタビューする機会を得た。いったい、何を聞くべきか。約30分という取材時間にして1万字をこえることになったインタビューで語ってもらったのは、今回の映画プロジェクトから見え隠れしていた、濱口の胸のうちにある現代社会への思いと、問題意識だった。自分が他の誰かに接するとき、相手を本当に大切な存在として尊重し、それを伝えることができれば、その誰かも、そして自分自身も、すこしだけ救われていく──。それだけのことがとても難しい、私たちが生きるこの世界に、果たして光明は差すのか? 問いの渦へと、共に巻き込まれてほしい。

TEXT BY FUMIHISA MIYATA
PHOTO BY KENSHU SHINTSUBO

──カンヌでの上映後、スタンディングオベーションに応じてられている様子が、日本でも報じられていました。

濱口 スタンディングオベーションというのは、なかなか慣れるということがないものでして……。ありがたく思いながら、こうしていただいている拍手は半ば習慣としておこなわれているものなのではないかと、半信半疑の念がどうしてもぬぐえないところがありました(笑)

ただ、主演を務めたヴィルジニー(・エフィラ)さんと(岡本)多緒さんが、会場の反響に非常に感銘を受けている、つまりは自分たちの仕事が受け入れられていることに感動している──何よりもそのことに、感動していた気がします。原作者のおひとりである磯野真穂さんも感極まっていらして、届くべきところに届いた、この映画をつくってよかったと、改めて思えた瞬間ではありました。

──その後、ヴィルジニーさんと多緒さんが最優秀女優賞を共同受賞されました。

濱口 おふたりの演技が評価されて、とても嬉しく思います。共同受賞というのは、この映画に最もふさわしいかたちではないかとも思います。映画『急に具合が悪くなる』は、原作である哲学者・宮野真生子さんと人類学者・磯野さんによる往復書簡、おふたりの女性のやりとりなしには生まれ得なかった。私自身、原作のおふたりのやりとりや関係に体ごと震えるような感動を覚えました。そのことをずっと原動力としてやってきた。

映画の主人公であるマリー=ルーと真理は、設定こそ大いに原作と異なるけれど、原作のおふたりの「分身」として作中を生きています。このふたりの女性を演じたヴィルジニーさんと多緒さんが共同受賞されたというのは、おふたりの素晴らしい演技に対して、ということはもちろんですが原作から映画に至るまでプロジェクト全体に対しての評価とも受け止めて、嬉しく思っています。

© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

──松田広子プロデューサーが紹介した原作『急に具合が悪くなる』に、濱口さんが心動かされたことで企画化された映画ですね。一方で濱口さんは、かねてフランス発のケアの哲学・技法「ユマニチュード」に関心を寄せていたとのことで、映画ではヴィルジニーさん演じるマリー=ルーが介護施設でユマニチュードを実践しようと試行錯誤する様子が描かれる。さらにはユマニチュードと異なる文脈ですが、松島健『プシコ ナウティカ──イタリア精神医療の人類学』(世界思想社、2014年)を参考にしたとされる描写も組み込まれています。これらは日本の映画界に対する濱口さんの視座にもつながっているようですが、おおもとの問題意識は、どのあたりにあったのでしょうか。

濱口 何なのでしょうね……。生きづらい。とだけ口にすればあまりにも単純ですが、どこまでいっても、とかくこの世は生きづらい、と私自身が感じたことが、おおもとのきっかけになっていると思います。

──生きづらい、ですか。具体的に、どういう生きづらさを覚えられたのでしょうか。ユマニチュードは、医療・介護の現場でケアを受ける人が「対象」としてないがしろにされがちである状況に対して、ひとりの「人間」としてきちんと向き合おうとする実践的な哲学・技法とのことですが……

濱口 私がユマニチュードに大いに興味を抱いたのは、日本の商業映画の現場を体験した後だったと記憶しています。その前作に当たる長編『ハッピーアワー』は、言ってみればインディペンデントに近い、特殊な映画制作でした。『ハッピーアワー』のときは、出演者の皆さんは職業俳優ではなく、基本的に平日はお仕事があったので、毎週末のみの撮影で、平日はスタッフも休養や準備に当てることができました。ただ、そんな撮り方だったので、撮影期間は8カ月ぐらいかかってもいます。日銭は皆、別のところで稼いで、寄り集まって撮っていた。

その後にはじめて監督として、商業映画の現場に飛び込んでみて、自分が上手く適応できていないと感じました。自分がそれまでやってきた制作と引き比べて、シンプルに「時間が足らない」。そして、そのシワ寄せはどこかにいっている。私が感じたのは、それは私にとっては現場の中心とも言える俳優にいっている、ということでした。商業的な映画制作の習慣──それは必ずしも日本に限ったことではないとも思いますけれども──のなかに、あるいはカメラを用いて演技を撮るという行為のなかに、そもそも俳優に対する無関心のようなものが存在している。

──俳優に対する無関心、ですか。

濱口 一点補足をすると、どの現場でも結果的によい仕事ができたと思っています。ただ、インディペンデント的に撮るときとはまったく違うプレッシャーを感じていました。これは誰が、特に悪いということではありません。日本の商業映画一般の、企画の成り立ちそのものに、俳優の仕事への関心が含まれていない。特に感情的な仕事に対して無関心なのだ、という印象を私は持っています。そのために多くの時間が必要となるとは考えられていない。たとえば非常に大変なアクションシーンがある場合などは、多くの現場では皆で「安全性に気をつけつつ、きちんと準備しましょう」という合意を形成しやすい。時間もそれなりにかけられるでしょう。しかし……。そもそもの話としてお尋ねしますが、俳優が自分の感情をつかって仕事をするということ、感情を表現するというその仕事の内実について、想像することなんてできますか?

© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

──映画を好きで見ていても、俳優の方々のなかでどんなことが起こっているのか、実はずっと理解できないままでいます。

濱口 私も同じです。だから、それはどこか魔法のような技術があるんだろう、と考えて「俳優個人の仕事」として外部化して終わってしまう。ただ、もし自分がやると考えれば、それが想像を絶するほど大変な仕事であることは明らかに思えます。約四半世紀、映画を撮ってきて、突き詰めれば「カメラの前で演じる」という仕事自体に、ほとんど無理にも近いものが含まれている、と私は考えるようになりました。

それでも、その仕事の準備は、たいていの場合は俳優に「家でやってきて」という感じで割り振られる。俳優は独りで台詞を覚え、役を自分なりにあれこれ想像した状態で現場にやってくる。現場でカメラの前に立ったら、「ここからここまでの動線で、この台詞」と言われて、メカニックに物事が進んでいく。単にカメラの準備ができているから、という理由で、ほとんどの撮影は始まっていく。俳優が準備できているかどうかは、「泣き芝居」みたいなわかりやすく負荷のある場面を除いて、問われることはほぼありません。俳優たちは互いにどんな演技をするのかも、その場の手探りであることがほとんどです。違和感を覚えて、それを止める俳優は無能やワガママとも見做されるでしょう。俳優が感情的な準備に要する時間や、アンサンブルをつくっていく時間が、前提とされていない。そのため予算は低く見積もられ、スケジュールは切り詰められていく。そして、まるで最終的な商品の納期に間に合わせるための部品を発注するかのように、俳優に演技が求められている状況がある。

──俳優の側もその発注に応じるように必死に納品せざるをえない、と。濱口さんが20世紀の巨匠ジャン・ルノワールの手法を参考に『ハッピーアワー』(2015年)から本格的に導入された「本読み」は、じっくりと時間を設けてニュートラルな声で台詞を読み、繰り返すというものですが、そうした時間のかけ方はほとんどの商業映画では不可能な体制が敷かれてきたのだろうと想像します。

濱口 「なんでこうなってしまうのかな」と考えていたとき、ユマニチュードのことを知りました。ユマニチュードはケアの哲学・技法であり、私が従事している映画の仕事と直接の関係はなく、プライベートにおいて介護が喫緊の問題として迫っているわけでもありません。それでもユマニチュードについて書かれたものを読んでいると、そこで取り組まれている介護のフィールドにおける問題というのが、今お伝えしてきた映画の話と非常に似ている、という印象を抱きました。

当時、コミュニケーションがとれないと見做されていたアルツハイマーの認知症患者にどう接するかを、ユマニチュード創始者たちは考えました。多くの介護施設で、経済的に回るように運営・経営するため、たとえ入居者が嫌がっていたとしても、半ば強制的・暴力的に介護をするしかないという状況があった。いわば認知症者を精神や知性を持った存在ではなく、モノのように扱う態度がここにはあります。介護士たちもそのような状況に対して、「だってしょうがない」と自分を納得させなければいけない状況もまたあった。そうした構造に対して、フィジカルな構造の面からアプローチしていったのが、1979年からユマニチュードを開発してきたフランスの体育学者、イヴ・ジネストさんとロゼット・マレスコッティさんです。もともとは認知症患者や高齢者をどうやって運搬するか、その知恵を授けてほしいということから介護のフィールドに呼ばれた人たちでした。

──介護する側の腰痛予防プログラムを指導することが当初の目的だったようですね。

濱口 そうして介護の業界に深くかかわるようになるにつれ彼らは、モノのように扱われる入居者たちはもちろん、むしろ介護する側の心が深く傷ついていくことに気がついていった。いったいどうやったらこの状況から抜けられるのか、試行錯誤をひたすら繰り返します。彼らがたどり着いたのは、認知症患者は精神や知性を失ってしまったのではなく、単に認知能力が非常に弱まってしまっているのであり、弱った認知能力を補完するような形でコミュニケーションをとることで、その精神にアクセスできる可能性がある、ということ。そして、その理解と、それを基にした技法が現場で必要とされている、ということです。

その技法の基本は、「4つの柱」と呼ばれます。「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4要素があるのですが、「見る」「話す」「触れる」は文字通り、五感を活性化するコミュニケーションです。近い距離で目を合わせ、大きな声で語りかける。単に大きな声を出すと暴力的になってしまうので、歌うように、微笑んで、映画内でも語っているように、「あなたに会えて嬉しい」といった自分から相手への好意を伝えながらコミュニケーションをとっていく。「触れる」にしても、手は敏感な部位なのでいきなり接触すると驚いてしまうため、他の部位から触れていく。

© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

──映画のなかでも、マリー=ルーが実践し、他の介護士にも広げようとしていましたね。

濱口 こうした根本的なコミュニケーションをとっていくと、段々と抵抗行動が減って、介護がしやすくなるということがまず起こる。ただ、私が感銘を受けたユマニチュードの核心的な考えは、「介護をする人たちが他者をより大切に扱うことによって、自分自身を傷つけないで済む」ということでした。他者をモノのように扱うとき、人は心のどこかで、本当に求められるべき行いはこういうものではないのではないかと感じている。それでもなお構造に呑み込まれながら他者をないがしろにするとき、その人自身の尊厳もまた大いに傷ついている、という認識がユマニチュードの哲学のなかにはあります。この見立ては非常に正しく思えました。それは映画という産業で起きていることも同じことではないかと思えたし、介護や映画という業界の枠組みをこえて、今の社会そのもので起きていることであると感じました。

──先ほどおっしゃられた「生きづらさ」は、ここでつながってくるわけですね。

濱口 そうですね。ユマニチュードは優しさを「伝える技術」として定義づけられています。単なる精神論ではなく、技術である点が重要と感じました。非常に原理的に、フィジカルな面を突き詰めていくところが、私にとっても大いに参考になります。単に自分が優しい気持ちで他者と接するのでは、十分ではない。伝わらなければ、その応答もなく、そのことでそもそも「優しさ」もまた摩耗していってしまいます。技術を使ってちゃんとコミュニケーションし、相互作用するようにしないと、持続的なものにならない。そのためにはフィジカルな条件をきちんと見つめて、ひとつの技術として確立する必要がある。日本で行われた看護師の方たちへのユマニチュード研修に私も参加をしてみて、驚いたのは、この介護方式で反応を返した患者に対して、看護師の方たちが「反応してくれたね、ありがとう」とその反応に驚きながら、感謝の言葉をかけていたこと、それが本当に嬉しそうなことでした。言ってみれば、ユマニチュードがしているのは、この互いの応答能力の活性化、ということではないかという気がします。

──映画では、真理が演出し、長塚京三さん演じる俳優・吾朗による舞台作品「Da vicino nessuno è normale. 近づいてみれば、誰もまともな者はいない」が登場します。この映画内演劇で表象されるのが、『プシコ ナウティカ——イタリア精神医療の人類学』でも論じられている、イタリア精神医療改革における中心的人物だったフランコ・バザーリア。舞台のタイトルは、改革後のイタリア精神医療におけるモットーとされる言葉だそうですね。

濱口 医療人類学者の松嶋健さんによる『プシコ ナウティカ』を中心にした主題は、ユマニチュードとはまた別軸から抱いていた興味から、映画に合流しています。磯野さんや、宮野さんのご遺族にインタビューをしたり、リサーチをしたりしながら、原作の宮野さんと磯野さんのやりとりをどう映画化するか考えていく作業のうちに、その本流に私の関心事が寄り集まってきた、という感じです。

『プシコ ナウティカ』の存在を知ったのは、立命館大学で映像人類学を専門とされていたふくだぺろさんと、同じく立命館でバレリーナとして身体の人類学的研究をされていた木田真理子さんに、「手について」というワークショップに招いていただいたことがきっかけでした。人類学者の方々もたくさん参加されていて、西浦(土田)まどかさんが、この『プシコ ナウティカ』という本に言及されたと記憶しています。

たしかその時の話題は、20世紀後半に活躍したポーランド出身の演出家イェジイ・グロトフスキによる実験劇場のプロジェクト〈演劇実験室〉が、2005年以降、イタリアのある精神保健センターの利用者によって構成される劇団のプロジェクトとして引き継がれているということでした。演じることについての自分の関心も刺激されて、読んでみようと本を手にとったところ、イタリアにおける精神医療の歴史、そして精神病院の廃絶を主導したフランコ・バザーリアのことにかなりのページが割かれていました。彼はいわば、どうやって「精神病者を人間として扱うか」ということに心を砕いていた人であり、ユマニチュードと重なる部分もあって、非常に印象に残りました。

濱口竜介|Ryusuke Hamaguchi
1978年、神奈川県生まれ。映画監督。東京大学文学部を卒業後、映画の助監督やテレビ番組のADを経て、東京藝術大学大学院映像研究科に入学。08年、修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され高い評価を得る。15年、映像ワークショップに参加した演技未経験の女性4人を主演に起用した5時間17分の長編『ハッピーアワー』が、ロカルノ、ナント、シンガポールほか国際映画祭で主要賞を受賞。『寝ても覚めても』(18)がカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出。『偶然と想像』がベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞。商業長編映画2作目である『ドライブ・マイ・カー』(21)がカンヌ国際映画祭で脚本賞をはじめ4冠、米アカデミー賞®で日本映画初の作品賞含む4部門にノミネートされ、国際長編映画賞を受賞。続く『悪は存在しない』(24)がヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員グランプリ)を受賞、この受賞により米アカデミー賞®と世界三大映画祭すべてで主要賞受賞を果たした黒澤明以来2人目の日本人監督となった。新作を発表するごとに、その動向が注目される、日本を代表する映画監督である。なお、第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出された『急に具合が悪くなる』は自身初の海外撮影作品となる。

──なるほど。より具体的に、どのあたりが濱口さんの琴線に触れたのでしょうか。

濱口 この本で特に感銘を受けたのは、松嶋さんによる「〈人間〉に対するアニミズム」という議論ですね。アニミズムといえば部族社会において、モノに人間の精神・魂を投影することです。日本でも八百万の神々とか言いますけど、必ずしもあらゆる部族がすべてのモノに魂を感じるわけではない。たくさんある石のなかから、自分と関わりのある石は何かが違うと感じて、特別な関係性を結ぶ。簡単に言えば愛着を持つわけです。ここで翻って人間のことを考えたとき、そもそもこの社会は人間を、魂をもった存在として扱っているかどうかが、精神医療の問題として出てくるわけですね。

これを読んだとき、ああそうか、と膝を打ったんです。この社会は、われわれ人間を知性、精神、魂を持ったような存在として扱うことを許していない、という自分がそれまでもモヤモヤと抱いていた感覚に、明確に言葉を与えてもらったような気がしたんです。このようにして原作の『急に具合が悪くなる』のもとに、ユマニチュード、フランコ・バザーリアといったさまざまな主題が合流していき、結果的に映画『急に具合が悪くなる』での演劇の題材となりました。

──「人間をモノ化しようとする趨勢に抗する『〈人間〉に対するアニミズム』」だと、『プシコ ナウティカ』には書かれていますね。それらの問題意識と、原作の往復書簡『急に具合が悪くなる』を映画化するプロセスが結びついていった、と。

濱口 本当に、一歩一歩進んだ、という感じです。すこし時間をさかのぼりますが、原作をどう映画化していいのかずっとわからなかった状態の2022年の秋に、フランスのプロダクションであるシネフランス・スタジオから、日仏合作のオファーをいただきました。ここで「ピンとくる」ものがありました。

前提として、原作の核にあるのは、ある種のエモーションだと思うんです。宮野さんの「死」の気配に直面したときの、宮野さんと磯野さんのあいだに生じる感情ですね。しかしこれは、日本語で言う「センチメンタル」という言葉とは無縁の、宮野さんと磯野さんの知性によって切り詰められた、とても純度の高いエモーションです。原作ではおふたりは学者として、知的かつ抽象的なやりとりを交わします。でも、最終的に学者は「こういうことを言わない」というような言葉や、一般的に「友人同士がする会話」も飛び越えた言葉を選んでいく。磯野さんからも言われたことですが、ここにたどり着くには、二人の学問的なバックグラウンドが不可欠で、かなり抽象的な会話が必要になる。そうした会話を全編にわたって展開する映画が、日本の商業映画として成立するかというと、しないだろうと思っていました。

──映画化の仕方がわからなかったというのは、そうした背景ゆえなのですね。そこから日仏合作の枠組みに、『急に具合が悪くなる』の映画化が結びついていったと。

© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

濱口 念頭にあったのは、エリック・ロメール監督の『モード家の一夜』(1969年)という映画です。哲学的な対話をずっとしているんだけれども、その実はただの恋のさや当てみたいな作品で、公開当時、フランスでは大ヒットしました。そうした“言葉の映画”の系譜は、ジャン・ユスターシュといった監督たちを含めて存在します。一般的にも、フランス映画と言えばおしゃべり、会話劇というイメージがあると思います。フランスを主な舞台とすることで、これは企画として成り立つのではないか、と考えました。

要するに、この映画には観客がつくとプロデューサーが見込めて、予算をある程度の規模で集めることができ、そのことによってキャストやスタッフに十分なサラリーを支払えて、かつ制作に必要な時間も確保するような状況をつくることができるであろう、という見立てができた。ここで、シネフランスと日本側の制作会社オフィス・シロウズが結びついて日仏の国際共同製作体制ができました。最終的にはフランス=日本=ドイツ=ベルギー合作となったわけですが、まず主人公ふたりをフランス人と日本人にしようと考えて、両国をつなぐ要素として、私がもともと興味を持っていたユマニチュードが導入された、ということです。長くなりましたが(笑)

それで、日本でここ10年以上ユマニチュードの普及に取り組んでいらした医師の本田美和子さんをはじめ、国内の方々には2023年から取材をし、2024年3月から4月にかけてフランスに滞在して脚本を執筆する際には、創始者のジネストさん、そしてジネストさんに紹介いただいた介護施設に取材にいきました。映画で登場する、マリー=ルーが働く「自由の庭」のモデルとなる介護施設にも、その過程で出会いました。女性の施設長の方がユマニチュード導入の道半ばで苦労されている状況を目にして、これは映画になり得る状況だと感じました。

──映画では、ユマニチュードの導入を進めようとするディレクターのマリー=ルーと、現場の介護士や看護師たちがぶつかる場面が度々描かれます。

濱口 ドラマの面白さの根本は「葛藤」とよく言われます。この施設の困難な状況において、施設長やスタッフたちは苦しそうに見えました。しかし、人間の行動が真に磨かれ、活気づいていくのは実は、ほとんど不可能にも思える困難と出会ったときです。それは当然、映画自体も活気づける。では映画の前半がまさにこの葛藤を基に展開するとして、その葛藤はいかに昇華されるのかを考えないといけない。つまり、なぜ、この施設はこんなに大変なのか、という問いをそれなりに現実に即して考えないといけない。ユマニチュードが非常に優れた方法だということにはほとんど疑問は持ってはいませんでしたが、そうだとしたら、なぜその導入がうまくいかないのか? 実際に現場に取材をすると、まずそれは資金の問題だと。そして、介護業界全体に蔓延した人手不足が見えてくる。それを突き詰めて考えていくと、私たちが生きる社会の構造、システムの話に帰結します。

──介護や医療をめぐるシステムが経済性や合理性にもとづくなか、ユマニチュードは現実的に不可能な技術だと現場から反駁されますね。詳細は伏せますが、マリー=ルーと真理は、そうした私たちが生きる世界の構造について、熱く議論を交わします。

濱口 哲学者の千葉雅也さんがドゥルージアン・オーティズム・スタディーズ(DAS)という彼が参加する勉強会で主催したシンポジウムで、「資本主義社会のなかで、人は個人の個人性というものを奪われ、そのトラウマを負っている」と発言したことがあります。それを最初に聞いたときは、「ずいぶん大きな話だな」というぐらいのことしか感じられていなかったのですが、この映画をつくる準備をするうちに、それはまさに正確な現状把握だと思えてきました。

ユマニチュードやバザーリアの活動、あるいはがんを患った宮野さんが、自分の個別性を奪われて、単にがん患者とその周囲という「役割」に押し込められそうになっていくことへの抗いは、すべて個人の個人性が奪われていく社会構造に対抗するものとして、だんだんと見えてきたように思います。

──なるほど。改めて振り返れば、いま濱口さんがお話しくださったことをすべて受け止めることができる、人が人として扱われる豊かな言葉のやりとりが、原作の往復書簡『急に具合が悪くなる』にはあったということですよね。

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濱口 往復書簡の中盤以降、宮野さんの状態が急激に悪化することによって、単に学者としてやりとりするだけでは済まなくなってくる。その人の生が失われるということが、どんどんと確実に近づいてくるなかで、言葉を真に投げかけ、受けとめるためには、全人格的なやりとりが必要になってくるわけですね。そのためには学者としての立場からもはみ出して、“人間と人間”として向かい合わなくてはいけないという状況になっていった。

ふたりが最終的にその言葉を選び取るうえで、どれだけの勇気が必要だったろう、と脚本を書きながら思いました。そして、ふたりが互いに勇気を出し合ったからこそ、われわれはこのやりとりを読むことができる。宮野さんと磯野さんにとって、学者というアイデンティティも、とても大事なわけです。それぞれに自分の人生を賭けて取り組んできた学問の成果、自分の得た言葉を対話のなかで絡み合わせていく。単に自分の学説や見識を開陳しているのではなく、ふたりでつくっていく言葉というものがここにはあるように思えます。

──ひとりでは決して生まれなかった言葉ですね。

濱口 「私」が「私」という存在になっていくことは、実はひとりでできることではありません。他者との「出会い」がそこでは必要なんです。その他者は、「私」の予測を超えた何かであって、それはすべてが好ましいものとは限らない。病や死もそういうところがある。それが自分の身に生じた理由は完全には明らかにできず、突き詰めれば偶然でしかない。それでも自分の人生にとってその偶然を受け入れるかどうか、そこから自分の生をつくっていくか、という問いが、宮野さんと磯野さんのあいだで展開されていった。このふたりの姿勢——テキストではなく、それを生み出した覚悟とか勇気とか、お互いへの思いそのものを、映画に置き換えようとしていました。

──本作を観た多くの人の記憶に残るであろう、出会った直後のマリー=ルーと真理がゆっくりと街を歩いていく、長いシークエンスがありますね。画面の外で鳴り響く街のざわめきが特徴的で、まるでふたりを、世界の広がりのなかに解き放っているかのように感じました。あのシーンは、同時録音だったのですか。

濱口 同時録音がベースになっている以上、聞こえている音はまず基本的には現場で鳴っていた音です。ここではノイズも相当にありました。フランス-ベルギーの音のポストプロダクションは、かなり再構築の度合いが高いんです。おそらくそれが世界の標準的なサウンドデザインなんでしょうが、かなり、新たにサウンド・エディターのポール・エイマンスさんが録音してきた音、新たに集めた音が付けられている。そして、それをミキサーのトマ・ゴデールさんが全体のバランスを整えています。このおふたりの優秀さには驚きました。近年、音声にかんする技術の発達はすさまじいので、ノイズのなかでも台詞だけを抽出して聞かせられるようになってきています。ただ、自分が聞いていて、このセーヌ川沿いを歩く場面で台詞だけがよく聞こえるのは、現場にいた自分の体感からは非常に人工的な印象も受けた。なので、その感覚に準じて、トマさんにかなりノイズも意図的に残してもらっている。そういうバランスになっている場面ですね。

──なるほど。劇中では、人々が互いに足のつぼを押し合うような美しい場面があり、その関係性のなかにマリー=ルーと真理の身体も連なっていきますね。人々の連なりのなかに主人公ふたりを置く、そのイメージが印象的でした。

濱口 念頭に置いていたのは、原作で10便にわたる往復書簡、その終盤である9便で宮野さんが書いていることでした。ご自身がこの手紙を書く直前に参加された、ジェンダーをめぐる問題を語り合うトークイベントのことが書かれているのですが、そこには本当に多種多様な人々が集まって、宮野さんが長らく取り組んでこられたことが何か結実していくような出来事が起きていたことが伝わってきます。参加者の感想が「意味がわかりません」「カオス」「わけがわかりません」「ハチャメチャ」とあり、宮野さんは「ともかく何か、新しい何かが生まれたようです」と表現しています。そのことが印象に残っていました。

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往復書簡のなかで宮野さんと磯野さんは、ふたりのみで言葉をやりとりしていますが、当然にそれぞれ普段の生活は、他のいろんな人とのネットワークのなかで生きている。映画で主人公たちの生活を描くにも当然、周囲の人間関係が必要になってきます。そうした人間関係は彼女たちを支えるものであり、抱えている問題そのものでもある。映画では真理というキャラクターが人生を通じて取り組んできたことが、原作で宮野さんが体験されたように、ある広がりをもって感じられるようになればいいな、と思っていました。そのために、ダンサー・振付家の砂連尾理さんにもパリまで来てもらい、「足のツボを押し合う」場面を一緒につくってもらいました。

磯野さんは原作のなかで人類学者ティム・インゴルドの言葉を引きながら、人は一歩一歩を踏み出し、踏み跡を刻むことで、ラインを描くと書いておられます。特に心に残ったのは次の部分です。「関係性を作り上げるとは、握手をして立ち止まることでも、受け止めることでもなく、運動の中でラインを描き続けながら、共に世界を通り抜け、その動きの中で、互いにとって心地よい言葉や身振りを見つけ出し、それを踏み跡として、次の一歩を踏み出してゆく。そういう知覚の伴った運動なのではないでしょうか。」狙ったわけではないけれど、この場面はまさにそのことの視覚化のように撮影しながら思えました。私も原作からのラインを引き継いで映画をつくっていると感じていましたし、「ラインを引き継ぐ人たち」を描きたいと思いました。

──そうしたお話が、このインタビュー冒頭からの生きづらさをめぐるお話ともまたつながっているように思います。カンヌから帰国した際の記者会見では、日本の映画製作の予算規模を、おそらくは大作を中心にあえてスケールダウンさせることでの、労働環境の適正化を提言していらっしゃいました。ヒルズライフでも以前、濱口さんの『悪は存在しない』(2023年)という作品を支えたクリエイティブ・ファームにして有限責任事業組合「Incline」のメンバーの方々に取材させていただいたことがあります。何が濱口さんを、いま当然とされている構造やシステムではない、別の可能性の模索へと向かわせるのでしょうか。

濱口 スケールダウンと言うとネガティヴに響くでしょうが、単に、本当に各人が「身の丈から始める」と考えたらよいのではないかと思います。今のままの予算感や時間感覚を維持するのでは、若い人が日本の映像産業に残りたいと考えることもないでしょうし、それは早晩、産業が成り立たなくなることを意味します。ただ、単に産業のために言っているのではない。

結局、何が「生きづらい」かといえば、私たちはだいたいの時間、仕事をしていたり、単純にプライベートとはいえないような人間関係のなかで生きていたりするわけですよね。いや、プライベートでも同様なのかもしれませんが、そうした関係性のなかでは、役割が固定されています。映画監督は映画監督として、インタビュアーはインタビュアーとして、役割の間の関係に固定されていく。そのなかで──今こうしているあいだも取材時間のリミットが近づいていますが(笑)、どれだけのインタビューの取れ高が確保できるかといった、効率性が求められていく。

社会全体が効率を、優先順位の上位に置くように迫ってくる。その結果として、われわれは人を役割でしか扱わなくなる。「あなたはこの役割を果たしてくださいね、私はこれをやりますんで」と、ユニットやネットワークの一部としてしか人を扱わなくなり、他の部分は見ないということがある。それは自分自身に対してさえも同様です。むしろ、私たちがモノのように扱ってしまっているのが、何より自分自身である可能性があります。これらのことは実は、依存症にとてもよく似ていると最近思います。

──依存症ですか?

濱口 われわれは今「効率」や「生産性」の依存症状態になっているように思えます。ドラッグやアルコールを「濫用する」ことを英語では“アビューズ abuse”と表現しますが、これは「ab-use」、つまり本来のありようから離れて、誤って使用するということです。依存物質を過剰摂取することを指しますが、別の文脈では「虐待する」ことを意味する動詞です。モノを誤って使用することと、人を本来あるべきではないかたちで遇してしまうことを、共にabuseと言うわけです。そして私たちは、どこか人間をabuseするように迫られる社会のなかで暮らしている。役割をこえて、より全人格的に人と人が接しようとしても、非常に難しい。そのための時間は奪われていく。システム全体が既にそのように構築されていて、まず役割を担うようにわれわれに迫ります。

ここで提案したいのは、依存症の先達が取り組んできたことを参考にすることです。彼らが試行錯誤の末に育ててきた「知恵」に学ぶことができます。重度の依存症者は、ドラッグやアルコールの依存物質の過剰摂取によって、脳機能の一部を毀損されて、いつ何時スリップしてもおかしくない状態になります。それに向き合いながら、一日、一日を「今日はドラッグをやらなかった」「今日はアルコールに手を出さなかった」と重ねていく。そのことが新たな一日の目標になる。

われわれにできるのも、同じようなことだと思います。脳機能こそ破壊されていないのかも知れないけれど、われわれが他人と関係性を築く力が、社会構造そのものによって毀損されている。われわれはこの社会構造に、日々、人間をアビューズ abuseするように迫られている。人間を人間として扱わないこと。他者をモノのように扱うことを通じて、高い生産性を達成しろと常に迫られている。だとすれば、その状態を脱するわずかな可能性は「今日は人をモノのように扱わなかった」「今日はあの人に、人間として接することができたような気がする」という日を、一日ずつ重ねていくことのなかにしかない。

──その積み重ねしかないのだ、と。

濱口 依存症の先人に学ぶべきもう一点は、もしできなくても、必要以上に自分を責めないということです。「今日は望むようにできなかった。けれど、しょうがない」と。あまりにもシステムが強固なので、本来私たち個人に太刀打ちができる範囲を超えているからです。それでまた「次の一日」を、一から始める……。まず、システムに毀損されている自分自身をいたわる必要があるでしょう。依存症によってアビューズ abuseされているのは何より、すべての起点である自分の肉体でしょうから。誰もが、自分自身の肉体と、精神の回復に専念して然るべきと私は思っています。あくまで余裕ができたら、それを他者に向けるので構わない。ただ、ユマニチュードが示すように、他者に関心を示すことが却って、自分を活気づけることもある、とも言っておきたい。関心というのは相互的なものだからです。

私が「人をモノのように扱わなかった」「人間として扱った」一日は必ず、誰かの余裕になる。そうやって余力を分け合うものになるはずです。あまりに小さなことですが、よい点は、それが「今ここ」から始められるということです。そうした一日一日を重ねることは、十分にシステムに対する抗いなのではないかと、最近思っています。どれだけ小さくても、それすら難しいのだし、そこから始めることが妥当ではないか、と思っています。最も些細な事柄が、最も重要であり得る。

最後に、『プシコ ナウティカ』を最近読み直した際に、改めて感銘を受けた言葉を引用しておきます。松嶋さんがインタビューした、イタリアの精神病院廃絶の過程に立ち会った看護師の言葉です。

「根底にあったのは、経験にもとづいて進めていくというやり方とメンタリティで、かなり逆説的なことだけどミニマリズムでやっていたんだ。私たちができるごく小さなことをやっていたんだよ。でも、気がついていなかったのだけれど、あるいは知っていたのかもしれない、混乱した仕方でね……それは巨大なことだったんだ! われわれは、施設をひっくり返していたんだ、覆していたんだ、でも重要なのは、そう欲することなく、そう計画することなく、覆すことだったんだ。」 

濱口竜介監督最新作『急に具合が悪くなる』
6月19日(金)より
TOHOシネマズ 六本木ヒルズほか全国ロードショー

監督:濱口竜介
出演:ヴィルジニー・エフィラ 岡本多緒 長塚京三 黒崎煌代
原作:宮野真生子・磯野真穂著『急に具合が悪くなる』(晶文社)
製作:Cinéfrance Studios, オフィス・シロウズ, ビターズ・エンド, Heimatfilm, Tarantula
配給:ビターズ・エンド
提供:Soudain JPN Partners フランス=日本=ドイツ=ベルギー合作 
公式HP

宮田文久|Fumihisa Miyata
1985年、神奈川県生まれ。フリーランス編集者。博士(総合社会文化)。2016年に株式会社文藝春秋から独立。津野海太郎著『編集の提案』『編集の明暗』(黒鳥社)の編者を務める。各媒体でポン・ジュノ、タル・ベーラらにインタビューするほか、対談の構成や書籍の編集協力などを担う。

#TOHOシネマズ 六本木ヒルズ#急に具合が悪くなる#濱口竜介


https://www.gqjapan.jp/article/20260618-ryusuke-hamaguchi-all-of-a-sudden-hype

濱口竜介が考えるケアと資本主義──映画『急に具合が悪くなる』ロングインタビュー

『ドライブ・マイ・カー』(21)で米アカデミー賞®国際長編映画賞とカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞し、『偶然と想像』(21)でベルリン国際映画祭銀熊賞、『悪は存在しない』(23)でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞に輝いた映画監督・濱口竜介。最新作『急に具合が悪くなる』(6月19日公開)では、第79回カンヌ国際映画祭で主演のヴィルジニー・エフィラと岡本多緒が最優秀女優賞を共同受賞し、名匠として不動の地位を確立した。これまでのフィルモグラフィーを振り返りながら、その思考の軌跡と最新作について話を訊いた。

濱口竜介が考えるケアと資本主義──映画『急に具合が悪くなる』ロングインタビュー

わからない状態が発酵するのを待つ

「資本主義は、ケアという誰かに配慮する時間や関心を向ける時間を食い潰していく構造を持っている」と濱口は語る。哲学者・宮野真生子と人類学者・磯野真穂による往復書簡集『急に具合が悪くなる』(晶文社)を原作にした本作は、異なる物語でありながら、原作と温度と核を共有する作品だ。介護施設長のマリー=ルーと演出家の森崎真理。同じ名前の響きを持つ二人の偶然の出会いと関係を通して、ケアと時間、そして思うようにはならない身体の問題に触れる。『ドライブ・マイ・カー』の各国での公開や、世界の映画賞・映画祭でのノミネーションにまつわる怒涛のプロモーションで体験した感覚が、本作の根底に流れ込んでいるという。過去作を振り返りながら、映画作家としての現在地を語る。

ギャラリー:濱口竜介が考えるケアと資本主義──映画『急に具合が悪くなる』ロングインタビュー

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──今回の作品『急に具合が悪くなる』について、プロデューサーの松田広子さんから企画をもらった際、どうやって映画にすればいいかわからないまま動かされたとおっしゃっていました。そういう「わからない」状態に対して、いつもどう向き合っていますか?

基本的には、放っておきます。よく言えば「発酵させる」ということだと思います(笑)。その時々のさまざまな興味のあることをやっていると、何かしらの刺激が次々と入ってきます。どうやってそういうことが起きるか、その条件は未だにわかりませんが、ある時にふと「この方向でまとまるかもしれない」ということが起こります。今回は、フランスのプロデューサーからの依頼という、道が開けたわかりやすいきっかけがありましたが、それだけではなくて、読んでいる本や日常のものごとによって、「おや?」と、これまでとは違う道が開けるきっかけをもらうこともあります。

──本作は、効率や速さが優先される社会に対して、人間として当たり前の感覚を取り戻そうとする映画だという印象を受けました。今回は、どんな社会への「おや?」が作品の根底にあったのでしょうか。

そうですねえ。遡ると、『ドライブ・マイ・カー』で評価をいただいて、各国で劇場公開されました。これ自体は当然ありがたいことなんですけど、ちょうど『偶然と想像』の公開のタイミングと重なってしまったために、ほぼ1年間ずっと日本と海外でプロモーションをしなくてはならなくなった。当時はコロナ禍で、海外への移動に付随するホテル隔離なども重なって、精神的・肉体的な疲労が溜まる状況にありました。海外に行かないとしても、「30分か1時間、オンラインでインタビューできませんか?」という依頼が各国から来るようになりました。できないことはない。でも、ネット環境の安定した場所にいなければならないし、その時間以上に拘束されるわけです。時差があればそれは早朝か深夜になる。本当にじわじわと自分の時間が奪われていくような感覚がありました。「奪われる」というと言葉が強いですが、多くの人が、自分一人の有限な体力や時間から、できる限りのものを取っていこうとしているような感覚があったんです。どうやらこの状況において、一人一人には何の悪意もないようだ、と。それぞれの仕事を誠実に果たしているだけなのですが、しかし、この奪われていく感じは何なのか。自分の体に降りかかるものとして、システムの暴力のようなものを感じるところがあったわけです。それがシンプルに、おそらく『急に具合が悪くなる』にも『悪は存在しない』にも、ある種の「こんちくしょう」という気持ちとして流れ込んでいるところはあると思います(笑)。

濱口竜介が考えるケアと資本主義──映画『急に具合が悪くなる』ロングインタビュー

わからないままの状態が発酵するまで

──「こんちくしょう」が映画になっているというのは、健康的な昇華法ですよね。ユマニチュード(フランスの体育学者イヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティによって1979年に開発されたケア技法)を導入しようとしながら、必ずしもすべてが上手くいかない施設長の姿が直接の着想源になったそうですが、理想と現実の間で動く人間は、ご自身が監督として携わった映画の現場での体験とも重なるものですか?

長らくそういう思いはあったと思います。完璧なものを作ったことは全くないので、もっとこうだったら、という気持ちは常に、随所にあります。ただ、それをどうすればいいかはやっぱりわからないという地点にいつも戻っていく。非常に愚かに、あちらを立てればこちらが立たず、ということをずっとやっています。ただ、「右往左往する力が身についた」というところはあるかもしれません。よく言えば(笑)。

──これまでのフィルモグラフィーを振り返り、酒井耕さんとの共同監督である東北記録映画三部作、東日本大震災の被害者へのインタビューから成る『なみのおと』(11)『なみのこえ』(13)、東北地方の民話の記録『うたうひと』(13)、神戸に移り住み、年月をかけ、即興演技ワークショップから誕生した『ハッピーアワー』、商業映画デビュー作となった『寝ても覚めても』(18)、アカデミー賞®国際長編映画賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』、石橋英子さんとのコラボレーションから派生した『悪は存在しない』(23)などの作品がありますが、今振り返ってみたときのターニングポイントがあればお聞きしたいです。

結局はどれも決して外せないものばかりですが、特に大きいものは二つだと思います。震災後にドキュメンタリー、東北記録映画三部作を撮ったこと、そしてその経験をフィクションとして『ハッピーアワー』に昇華させたこと。この二つがターニングポイントとして非常に大きい気がします。

──特に、どんな側面で変化したと思いますか?

人との関わり方、という面ですね。例えば、20代の頃、フィクションで俳優に出てもらうというのは、ある種のギブアンドテイクであると思っていた。向こうは演じたいという気持ちがあって、演じる機会を欲している。それをこちらが提供する代わりに、彼らの力や時間をもらう。でもドキュメンタリーの場合、そこに非対称がある、ということを強烈に意識するわけです。被写体が出てくれるとして、その理由やモチベーションは基本的にはこちら側にしかほぼない。特に被災体験を語ってもらう、というのは色々なリスクがあります。しかし、インタビュイーに還元できるものはほとんどありません。そうなると、その体験を語ることに歴史的な、もしくは未来にとっての意義を感じてもらえるか、ということが一つ。もう一つは、こちらが「どんな話でもあなたのことを聞きたい」という関心を、できる限り示すということが、被写体にカメラの前に立ってもらううえで必要になります。そのうえで、その語りが映画になるためには、その人が自由に話しているときにのみ出てくる、その人自身の人間性や魅力が溢れてくるような時間を捉える必要がある、というふうに考えていました。その人の本質を見せてもらうためには、安全な空間を作らなければならない。そういったことを共同監督の酒井耕とも話し合いながら、自分たちの方法を作っていきました。

──どのように、安全な空間を作っていったのでしょうか?

まず、自分たちがその話を心から聞きたいと思っているということを言葉でも伝えるし、肯定的な雰囲気を態度からも発していく。特に『なみのこえ』以降は、「どんな話でもしてもいいのだ、それが被災体験でなくてもいいのだ」とインタビュイーの方たちに安心して話してもらうために、撮ったものを編集段階で本人に見せると約束をして、撮影しました。編集で実際に話してもらったことの順番を変えたり、時間をものすごく圧縮するわけなので、本人が言った意図とずれていないか、この提示の仕方は許容できるかどうかを確認して許諾をもらう。「許諾をもらえるまでは世に出しません」と撮影時に約束することで、安心して話してもらう。そしてこのカメラの前に立つ人にとっての「安心」の重要性は、劇映画の制作においても同じだろうと気づきました。俳優が輝きを放つかどうかは、単なるスキルの問題ではなく、その人が自分自身を表現してよいと感じるに足る安全な環境がなければ、観客を深く引きつけるような在り方にはならない、と。ただ、演じることを完全に安全な環境にすることもできません。だとしたら、俳優が飛び込む価値を感じられるような役柄や、そこに込められた感情が必要になるだろうと。おそらくそうした考えが、『ハッピーアワー』の制作を通じて作られていったのだと思います。

濱口竜介が考えるケアと資本主義──映画『急に具合が悪くなる』ロングインタビュー

──それ以前の作品において、例えば、大学在学中に監督された『何食わぬ顔』(03)などにおける、現場や作品との関わり方はどうだったと感じますか?

まあ、当時も一生懸命やっていましたし、好きな人に出てもらえていた幸福はあったと思います。そういう人たちを「とてもいいなあ」と思いながら見ていたこと自体は、そんなに変わらないかも知れません。ただ技術がもっとあればよかったな、という反省はありますね。『PASSION』(08)も、それまでのコントロール志向を一旦手放して、俳優さんたちに自由に演じてもらった結果、今まで映らなかったようなものが映った気がしました。こういうことがあるんだな、と。そのこともまた自分の制作を変えたと思います。ただ、その後、単純に俳優の皆さんに自由にやってもらえば映ってほしいような何かが映るわけでもなさそうだ、ということもわかってくる。では、どうすれば?と自問をするうちに、役者が「これを演じたい」と思うようなテキストが必要なんだろう、と強く感じるようにもなりました。なので、第一部が新作舞台に向けた稽古、第二部が作中舞台劇となっている『親密さ』(12)では、出演する当時ENBUゼミナールの演技コースに在籍していた平野鈴さんと佐藤亮さんに、自分が書いた作中戯曲の演出を任せています。この演劇の映像を記録しているときにまた、自分がそれまで見たことのないようなものが映ったような気がしました。この第二部は、自分が演出したというより、ドキュメンタリーを監督したという感覚があって。その感覚が東北記録映画三部作につながっていきます。こうして辿っていくとやっぱり、はっきりした分岐点があったというよりは、自分の変化はすごく段階的な、徐々に徐々に生じたものだったとは思います。

──過去作を見返したりするのでしょうか?

基本的にあまり観ません。ただ、たまに見返すと「この頃はこの頃で頑張っていたな」とか、「今はもう映せないものが映っているな」と素直に思えたりはしますね。

──「今は映せないもの」というと?

その年齢の自分、その時の被写体やスタッフとの関係の結び方でしか映らないものがあると思います。同じことは再現できない。だから一生懸命やったものに対しては、一生懸命やったと思えるし、あの頃の自分に負けないようにしなければとも思いますし、「自己模倣」とは言われないようにしたいですね。

──自己模倣にならないためには、時間的な距離が必要なものですか?

そうですね……。『ドライブ・マイ・カー』で演劇を扱って、その後に『悪は存在しない』を挟まないと、また演劇を取り扱うという気持ちにはなかなかなれなかったと思います。実際のところ、それなりにかつてやったことを反復しながら、ここまで制作を続けて来てはいますが、単なる自己模倣にしかならないような段階ではそれをしたくはない、とは思っています。何か違っていなければならない。何か離れていなければいけないというのは、卑しい心かもしれないけれど、確かにあります。

──本読みも、現場でのコントロールを手放すまでの準備だとすると、現場でコントロールできないものへの忍耐力は育まれてきたと感じますか?

演出家である以上、コントロールしたいという気持ちはどこか消せないものとして、あるわけです。でも、そもそもそんな思惑を超えて、俳優というのはコントロール不能な存在なのだ、というのが最近の感覚です。と言うか、狙い定めている部分に関しては、間違いなくコントロール不能である、と。それは自発的にでてきてもらわないといけない。では、俳優がそれをコントロールできるかと言えば、実はこの部分は俳優もコントロール不能なんだと私は思っているんです。ではこの、皆がコントロール不能に動いている状況でどうしたらよいのか。基本的には準備をして、どうなるかわからないまま、待つしかない。それを受け入れる耐性というのが、『偶然と想像』や『悪は存在しない』ぐらいから徐々についてきたという気がしています。たとえば、実際はフレームのここに来てほしいと思っていても、多くの場合、それを俳優には言わなかったりします。すると、フレーム自体もそこそこ厳密なので、そこにはなかなか来ない。

──言うと、意識してしまうからですか? 間接話法で伝えるということもしないのでしょうか?

そうですね。俳優が意識してやらなきゃいけないことをできるだけ減らしたい、という気持ちがあります。フレームを理解している俳優もいますが、俳優の精神的なリソースを「立ち位置」に使ってほしくない。もちろん、「ここにあるコップを取りに行きます」とか「ここに座ります」みたいにドラマの流れの中で、登場人物のモチベーションとしても違和感なく狙った場所に俳優を誘導することができるシチュエーションだったら、そのように指示します。ただ、そればかりではないので、そういうときは申し訳ないけれど、狙いも言わず、たまたま、まさにそこに来るまで何度もやる、みたいなことをしたりします(笑)。本当に愚かなことをやっているな、「何か狙っているなら、言えばいいのに」と皆思っているだろうな、という気持ちにもなりますが、ああでもない、こうでもないと繰り返していると、結果として狙いではない何かが、たまたまやってきたりもします。本当に狙っているものはそういう偶然、とも言えるかもしれません(笑)。

濱口竜介が考えるケアと資本主義──映画『急に具合が悪くなる』ロングインタビュー

──『不気味なものの肌に触れる』(13)の振り付け・演出や、『ハッピーアワー』(15)のワークショップ・演劇指導をされている砂連尾理(じゃれお・おさむ)さんが本作にも関わっていますが、彼との対話でダンスとケアについて考えたことがあればシェアしていただけますか。

友人でもある砂連尾さんとは月1回の勉強会のようなものをずっとやっていて、共通の映画を観たうえで、動きをひたすら観察するということをしています。砂連尾さんは、手の動き一つとっても、動きのノイズすべてを捉え尽くすような観察をします。何でそんなところを見てるんだ、と。「物語、本当にわかってます?」と聞くこともあるぐらい(笑)。自分にとって砂連尾さんの、人と物をあまり区別しないという見方、そこにあるもの全てを等しく感じとるという感覚は、是非とも学びたい、映画の中にも取り入れられるならそうしたいと常々思っているものです。今回の映画は、自分だけの手に負えないと思ったので、久しぶりに直に参加をしてもらいました。我々が「足裏ダンス」と呼んでいた足裏マッサージのシーンは、元々は砂連尾さんのレパートリーです。自分ひとりではまだまだその境地には行けないけれど、砂連尾さんに手伝ってもらえば、そういうものが映るかもしれないという信頼がありました。

──本作は、ケアをする側、される側の分断を超えていく可能性についての映画だと感じました。最後に、濱口さん自身のケアに対する考え方を聞かせてください。

私自身の考え、というほど大層なものは持ってはないです。ただ、脚本執筆時に参照したナンシー・フレイザーが、資本主義というのは、まず社会の中のケアを食い潰していくシステムだと指摘しています。つまりその部分に賃金を払わない、ということですね。このことは介護産業における資金不足だけを指すのではなくて、家庭内で主に女性が担わされる家事労働、高齢者や子どものケア、そして仕事先から帰ってきた人間の感情的ケア、そういうものが無料で行われることが慣例となって、社会がそこに対価を払わないまま、ただ乗りしている事態を指しています。私が、さっき言ったような自分の経験も踏まえて感じるのは、資本主義的な社会システムは何よりも、人間を人間として扱う余裕や、本来なら「ケア」の根本にあるべき他者への関心そのものを奪ってしまう、ということです。関心というのは、ただ持っていればいいというものではありません。関心を寄せるとは実際に、誰かを見つめたり、耳を傾けたり、ときに触り合ったりする、そういう具体的な行為を通じて伝えられるものです。つまり、それには時間が必ず、一定程度かかるということです。そして、肉体は主に食事と睡眠によって、そして疲弊した精神は特に他者の関心を得ることで回復するように、私には思えます。この、他者への関心を表現するための時間や余力を、社会システムそのものが奪ってしまう。こうした状況で、多くの人が人間関係を維持できずに苦しむ、ということも当然、頻繁に起こります。

なので、現代の社会で最も欠乏している資源は、実のところ「関心」であるという実感を持っています。劇中で真理が、資本主義のシステムの中で「外部」に置かれた人たちの怒りに正当性を認める箇所があります。SNSを追っていると、人びとがどこで強烈な反駁を始めるか、人びとの怒りが特にどこで火がつくかを見ることができます。それは特に知的・道徳的に劣っている、というジャッジを受けたときです。そして、この知的・道徳的なジャッジがある程度妥当であることも多いとは思っています。ただし、ジャッジする側が知識において、必ず劣っているものが一つあるとも思っています。それはジャッジを受けるその人の人生についての知識です。ジャッジする側は、それを受ける側の人生についてはほとんど無知です。例えば、「ネトウヨ」や「陰謀論者」としての平板な生しか想像しない。批判されるような「その意見」を持つに至る過程は、その当人にとっては合理的なものであるはずです。でも、そう考えるに至った人生のプロセスに、ジャッジする側はほとんど「関心」がない。無関心だからこそ、相手の人生に無知であることにもほとんど頓着しないわけです。ここで生じる怒りは、私もまた一定の正当性があると思っています。それが、自分自身の生への無関心に対する、根源的な怒りだからです。

濱口竜介が考えるケアと資本主義──映画『急に具合が悪くなる』ロングインタビュー

この怒りは簡単には解きほぐしがたいものだと思います。これは映画の中でのマリー=ルーと看護師のソフィのあいだに生じているわだかまりとも近いものです。自分自身が物語の語り手として、いったいどうすれば、この状況を解きほぐす糸口があるか、というのは必死に考えました。でも、できることはほとんどない、というのが結論です。魔法のような解決策はない。ただ、それこそが、映画でマリー=ルーが認めることとも言えます。自分の能力の限界を認める、ということ。自分の無知や無能力を認め、さらには敬意のなさを相手に謝罪をし、許しを乞うこと。そして改めて敬意を示し、相手の人生を、無知な自分に教えて欲しいと願うこと。これはもちろんフィクションだからこそできる振る舞いかも知れません。でも、自分の中ではマリー=ルーの中で真理と出会ったことから生じた変化として、納得できるものがありました。そしてソフィの側にも「このぐらいのことは起こるかもしれない」と思える変化を描けたと感じています。それが自分の人生でも常にできる振る舞いかと言われたら、そうではない、と言わなくてはなりません。でも、偶然を引き受けて、新たな自分になる、新たな「私たち」になるという原作に描かれた道筋は、こういう想像力を与えてくれました。おそらく「想像もしなかった偶然」という各々の人生に訪れる、個別具体的なできごとのなかに、「不可能を可能にする抜け道」があるのではないか。と言うか、あるとしたら、そこにしかない、と今は考えています。

濱口竜介が考えるケアと資本主義──映画『急に具合が悪くなる』ロングインタビュー

──カンヌでのお披露目を終えて、恐怖心はありますか。各国で公開され、多忙を極める日々がまた始まるという。

ありますね(笑)。これはとてもありがたいことではあります。だからこそ、そこで制作と、身近な人との関係を第一とする自分のバイオリズムをどう守っていくかはとても難しい。ただ、最近は「No」と言うことを意識しています。ただし先方に、単に「拒絶された」と思われてしまわないように、その背景にある事情も、ある程度丁寧に伝えるようにしています。相手にとって、その事情まで読むことも一つの負担だとは思ってはいますが、これは相手との関係のもう一端を占める自分を守るための「No」であって、単純な「No」ではない。むしろ根本にあるのは関係性そのものを長く続けたいという「Yes」なのだという、そういうニュアンスまで伝えることが、今の自分にできる最善のコミュニケーションなのかなと、考えています。

原作の中に、がん患者である宮野さんの荷物を持ってあげたいけれど、どうしたらいいのかという磯野さんの逡巡に対して、そういう簡単にはわりきれない関わり方でいいのではないか、と宮野さんが書いています。そうやって、簡単には決めきれないような関係性っていうのは、要するに人間的な関係性を結ぶっていうことです。これはシステムが決める「役割」からは零れ落ちる部分を拾うように、絶えず揺れながら、相手と関係を結ぶということです。それを仕事の場なんかでやるのは、とても面倒くさいことですよね。でも、どうもそれをやらないとあまり幸せになれなそうだということもわかってきました。常にそれができるわけでもない。けれど、無理をしなければ少しずつ、色んな人と、ある程度は作っていけるのではないかと、そういうわずかながらの希望を、今は持っています。

濱口竜介/Ryusuke Hamaguchi

濱口竜介が考えるケアと資本主義──映画『急に具合が悪くなる』ロングインタビュー

1978年12月16日、神奈川県生まれ。08年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され高い評価を得る。その後、東日本大震災の被害者へのインタビューから成る『なみのおと』、『なみのこえ』、東北地方の民話の記録『うたうひと』(11-13/共同監督:酒井耕)、4時間を超える長編『親密さ』(12)、染谷将太を主演に迎えた『不気味なものの肌に触れる』(13)を監督。15年、映像ワークショップに参加した演技未経験の女性4人を主演に起用した5時間17分の長編『ハッピーアワー』が、ロカルノ、ナント、シンガポールほか国際映画祭で主要賞を受賞。商業映画デビュー作『寝ても覚めても』(18)がカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出、短篇集『偶然と想像』(21)がベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員大賞)受賞する。商業長編映画2作目である『ドライブ・マイ・カー』(21)がカンヌ国際映画祭で脚本賞をはじめ4冠、米アカデミー賞®で日本映画初の作品賞含む4部門にノミネートされ、国際長編映画賞を受賞したほか、各国の映画賞で多数受賞した。続く『悪は存在しない』(23)はヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員賞)を受賞、この受賞により米アカデミー賞®と世界三大映画祭すべてで主要賞受賞を果たした黒澤明以来2人目の日本人監督となった。なお、第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出された本作は、自身初の海外撮影作品となる。

『急に具合が悪くなる』

6月19日(金)全国公開 配給:ビターズ・エンド © 2026 Cinfrance Studios  Arte France Cinma  Office Shirous  Bitters End  Heimatfilm  Tarantula...

6月19日(金)全国公開
配給:ビターズ・エンド
© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners


写真・熊谷勇樹
文・小川知子
翻訳・Lena Grace Suda
編集・遠藤加奈(GQ)


濱口竜介が考えるケアと資本主義──映画『急に具合が悪くなる』ロングインタビュー

Ryusuke Hamaguchi on Care and Capitalism

Filmmaker Ryusuke Hamaguchi has received wide acclaim, winning Best International Feature Film at the Academy Awards and Best Screenplay at the Cannes Film Festival for Drive My Car (2021). He also won the Silver Bear Grand Jury Prize at the Berlin International Film Festival for Wheel of Fortune and Fantasy (2021), and the Silver Lion Grand Jury Prize at the Venice International Film Festival for Evil Does Not Exist (2023). His latest film, All of a Sudden, features costars Virginie Efira and Tao Okamoto, who won the Best Actress Award at the 79th Cannes Film Festival. We spoke with Hamaguchi about the path that led to his philosophy as well as his latest film while looking back at his filmography.

Waiting for the Unknown to Marinate

Ryusuke Hamaguchi says that capitalism systematically consumes the time and interest it requires to care for others. All of a Sudden is a loose adaptation of You and I – The Illness Suddenly Gets Worse, a book of correspondences between philosopher Makiko Miyano and medical anthropologist Maho Isono. Although the film's plot differs, it shares the same tone and spirit as the source material. Through the fateful meeting between Marie-Lou, a nursing home director, and Mari Morisaki, a theater director who shares the same name, the film explores concepts of care and time, as well as the obstacles posed by deteriorating health. According to Hamaguchi, the sensations he experienced from the release of Drive My Car across different countries and the whirlpool of film promotion at various international film festivals lie at the root of the film. Below, he talks about where he is today as a filmmaker while reflecting on his past films.

—You’ve mentioned that after your producer Hiroko Matsuda came to you with the project, All of a Sudden, you started working on it without knowing how to turn it into a film. How do you usually deal with not knowing something?

I usually let it be. I believe people often say, “Let it marinate” (laughs). When I do various things I’m interested in at the time, I get so inspired. I’m still not sure how this happens, but there suddenly comes a time that makes me go, “Things might go in this direction.” For this film, there was a clear catalyst that opened up new possibilities: my French producer commissioned me. But there are other cases that open up new, unprecedented possibilities, like having a moment that makes me go, “Hm?” when reading a book or experiencing different things every day.

—I get the impression that this film is an attempt to regain the fundamental feeling of being human in the face of a society that prioritizes efficiency and velocity. What kind of question against society served as the foundation for this film?

Looking back, Drive My Car was received well and screened in theaters across multiple countries. Of course, I was grateful for it, but it was released at the same time as Wheel of Fortune and Fantasy, so I had to promote it in Japan and overseas for about a year. It was during the pandemic, so I had to quarantine at hotels whenever I went abroad, which exhausted me physically and mentally. Even when I didn’t have to travel overseas, I started getting asked by people in other countries, “Can we do an online interview with you for 30 minutes or an hour?” It's not like I couldn’t do it. But I had to stay put in an environment with stable internet access beyond the agreed-upon time. If there were a time difference, it would either be early in the morning or late at night. It really felt like my time was gradually being taken from me. “Taken from me” is a strong way to put it, but it felt like a lot of people were trying to get as much as possible out of my limited energy and time. But none of these people had any malicious intent regarding the situation. They were just doing their jobs in earnest, but I couldn’t help but wonder what this sensation of something being taken away from me was. There was a part of me that felt like a form of systemic violence was befalling my body. I do think that manifests itself as a feeling that makes you go, “Damn it,” in both All of a Sudden and Evil Does Not Exist (laughs).

Until the Unknown Marinates

—The feeling of “damn it” manifesting itself in your films is an example of healthy sublimation. I heard that your source of inspiration was a facility director who incorporated Humanitude (a care methodology developed by French former physical education teachers Yves Gineste and Rosette Marescotti in 1979), even when things didn’t always go smoothly. Do people who work between ideals and reality speak to your own experience as a director?

I believe so. I've never made anything perfect, so I constantly feel like, “If only it were more like this.” But I always end up at the same point of not knowing what to do to make that happen. Foolishly, I’ve always tried to fulfill one aspect, while failing to fulfill another. But on a positive note, I think I developed the ability to keep moving while feeling my way forward. (laughs).

—Your filmography includes a trilogy on the Tohoku region co-directed with Ko Sakai and comprised of interviews with victims of the Tohoku earthquake, titled The Sound of Waves (2011), Voices from the Waves (2013), and Storytellers (2013), a documentation of folk tales of the region. It also includes Happy Hour (2015), which was born from an improvised workshop you worked on for a long time after moving to Kobe, Asako I & II (2018), your first commercial film, Drive My Car, which won Best International Feature Film at the Academy Awards, Evil Does Not Exist, scored by Eiko Ishibashi, and more. In hindsight, was there a turning point for you?

Every film has been important, but I believe there were two things that were especially significant: filming the Tohoku trilogy and the documentary after the earthquake, and sublimating that experience into the fictional story in Happy Hour. I feel like these two were major turning points.

—What exactly changed?

The way I interact with people. In my 20s, I thought having an actor in a narrative film was a form of give-and-take: the actor has a desire to act and the opportunity to do so, and the filmmaker takes the actor’s energy and time in exchange for offering that opportunity. But with documentaries, there’s an asymmetry. I became intensely aware of that. When the subject agrees to be filmed, the reasons and motivations usually belong only to the filmmaker. There are many risks, especially when it comes to having natural disaster victims speak. There was almost nothing I could give in return to each interviewee. So, one key thing was whether they could feel the historical or future significance of speaking about their experiences. Another necessary thing to get the subjects to stand in front of the camera was to express, as much as possible, my interest in listening to everything they had to say. To turn their stories into a film, it was necessary to capture moments that reflected their humanity and uniqueness. I needed to create an environment where people feel safe for them to show their true essence. My co-director, Ko Sakai, and I discussed these issues and developed our own method.

—How did you create a safe space?

First, we communicated verbally that we wanted to listen to their stories from the bottom of our hearts, and created an affirming environment with our attitudes. From Voices from the Waves onwards, during filming, we promised the interviewees that we would show them the footage during the editing process so they could feel at ease when they spoke, knowing they could discuss anything, even topics unrelated to the natural disaster. Because we would change the order of what they said or compress their interviews into a very short time, we would get their consent by checking whether we hadn’t skewed their intentions or whether they approved of the way they were being presented. By promising not to release the film until we got their approval, we ensured the interviewees could speak safely. I realized that the importance of the person in front of the camera feeling safe also applies to making narrative films. Whether an actor can really shine isn’t simply a question of their skill; unless there’s a safe environment where they can feel like they’re allowed to express themself, they can’t present themself in a way that would draw the audience in. However, you can’t make a completely safe environment. So, what becomes necessary is creating a role that an actor would feel is worth diving into, or that evokes an actor's emotions. I developed this sort of thinking from filming Happy Hour.

—How was your relationship to filming or your earlier films as a whole, like Like Nothing Happened (2003), which you made while you were in school?

I gave it my all back then, too, and I was happy that the people I liked starred in my films. I think the way I watched them, thinking, “They’re brilliant,” hasn’t really changed much. But I do wish I had more skills back then. With Passion (2008), I let go of my controlling tendencies and let the actors perform freely. As a result, I feel like I was able to make something I hadn’t before; it made me realize what was possible. I think that also changed my process. With that said, I later realized that just because the actors can act freely doesn’t mean I can capture what I want. As I questioned what I should do, I began to feel strongly that a text that would make the actor think, “I want to perform this,” would be important. In Intimacies (2012), in which the first part shows the making of a new play and the second part shows the stage production of said play, I entrusted Rei Hirano and Ryo Sato, who were students in the acting course at ENBU Seminar, to lead the play that I wrote. Documenting the play, I felt like I had captured something I had never seen before. The second part felt like I was directing a documentary rather than a film. That sensation ties into the Tohoku trilogy. In hindsight, instead of having clear turning points, it seems like the changes I went through were incremental, something that happened gradually.

—Do you ever go back and watch your old films?

I usually don’t. But when I sometimes do, it simply makes me think, “I did my best at the time” or “This is something I can’t capture now.”

—What do you mean by something you can’t capture anymore?

I believe there are things you can only film at a certain age, with the relationships you build with the subjects and staff at the time. You can’t recreate the same thing. That's why I can feel like I’ve given my all to things I worked hard on, and it makes me not want to lose to my past self. I want to make sure people don’t think I’m self-imitation.

—Is some temporal distance necessary to avoid repeating yourself?

Well... I couldn’t have brought myself to make a film about a play again unless I had worked on Evil Does Not Exist after making Drive My Car, which portrayed a play. In reality, I’ve made films by repeating some things I had done to a certain extent, but I don’t want to do it if it means self-imitation. Something has to be different. It might be a small thing, but there has to be some distance for sure.

—If table reads could be counted as preparation for you to relinquish control on set, do you think your patience to deal with things you can’t control has been nurtured?

As a director, there will always be that desire to be in control, something you can’t quite get rid of. But beyond all that, I’ve lately been realizing that actors aren’t in your control. Or rather, when it comes to the very thing you're aiming for, that’s undoubtedly out of your control. It has to happen spontaneously. I also believe it’s out of the actor’s control, too. The question then becomes: what should we do in a situation where everyone is working without being able to control everything? You basically have to prepare and wait without knowing what’s going to happen. My ability to accept this gradually came about around the time I made Wheel of Fortune and Fantasy and Evil Does Not Exist. For instance, even if I want an actor to stand in a specific part of the frame, I often don’t tell the actor that. The act of framing is quite precise, so they seldom stand where I want them to.

—Do you not tell them because they’ll be too conscious of it? Do you not even try to tell them indirectly?

I don’t. I want to minimize the things actors need to be conscious of as much as possible. There are some actors who understand how framing works, but I don’t want them to spend their mental resources on figuring out where to position themselves. If there’s a moment where I can naturally guide them to a particular spot, because it aligns with their character’s motivation in the narrative, such as needing to pick up a cup or take a seat, I’ll do so. However, this isn’t always the case. This is my bad, but I sometimes get an actor to do a scene over and over again until they accidentally end up at a certain spot, without telling them that’s where I want them to be (laughs). It makes me feel like I’m doing something so foolish. It makes me feel like everyone’s thinking, “If you’re going for something, say it.” But when you repeatedly say, “That’s not right, this isn’t right,” you could end up with something you weren’t aiming for. Perhaps you can say what you aim for is just a coincidence (laughs).

—Osamu Jareo, who was the movement choreographer and actor in Touching the Skin of Eeriness (2013) and also provided guidance on the workshop and performances in Happy Hour, is involved in your latest film. Did your conversations with him about dance and care make you ponder?

Osamu Jareo, who’s also a friend, and I have been having a kind of monthly study session for a long time now, where we watch a film and closely observe the movements in it. Even with just one movement of the hand, he observes every single thing about it, even the excess parts. It makes me go, “Why are you looking at that?” I sometimes even ask him if he really understands the story (laughs). The way he doesn’t really distinguish between people and objects, and the way he treats everything he sees as equal, is something I’ve always wanted to learn and incorporate in my films. I felt like I couldn’t handle this film by myself, so I asked him to join me for the first time in a long time. The foot massage scene, which we call the “foot dance,” was originally in Osamu’s arsenal. I couldn’t reach that realm on my own, but I trusted that I could perhaps capture it with his help.

—To me, All of a Sudden is a film on bridging the divide between the carer and care recipient. Last but not least, could you talk about your thoughts on care?

My thoughts about care aren’t grand. But Nancy Fraser, whom I referenced when I was writing the script, writes that capitalism is a system that first devours care within society. Meaning, people don’t get paid for care work. This doesn’t only point to the lack of funding in the care industry, but also to the reality that society doesn’t compensate for care work. Rather, it freeloads on work predominantly done by women in the household, such as housework, care for the elderly and children, and emotional care for a family member coming home from work. What I feel from my experiences, such as the ones I mentioned, is that, more than anything, the capitalist system of society takes away people's capacity to treat others as human beings and their interest in others, which should be at the root of care. Interest isn’t something you should just feel. To take an interest in someone’s well-being is to look at them, listen to them, and, when appropriate, touch them. It’s something you can communicate through specific acts. Meaning, these things take a certain amount of time. I believe your physical body can be restored through food and rest, while your tired mind gets restored through others caring for you. Society robs people of the time and capacity needed to express care for others, so it's only natural that many frequently struggle to maintain interpersonal relationships.

I strongly believe that the resource most lacking in modern society is genuine interest in others. In the film, there’s a scene where Mari acknowledges the validity of the anger of those marginalized by the capitalist system. On social media, you can see what makes people refute intensely and what stokes the fire of their anger. They react this way especially when they feel judged as intellectually and morally inferior. I think these intellectual and moral judgments are usually legitimate to a certain point. But those who pass such judgments are always lacking in one department of knowledge. And that is knowledge of the life of the person who’s being judged. Those who judge know virtually nothing about the other person’s life. For instance, they can only picture a one-dimensional online right-winger or conspiracy theorist. The process the person went through to reach their opinion, which is prone to criticism, is rational in their eyes. But those who judge have almost no interest in that person’s past process in life. They’re also unconcerned with the fact that they’re ignorant of the other person’s life because they’re indifferent. The anger that arises there is also valid to a certain extent, in my view, because it is a fundamental anger directed at the indifference shown toward one's own life.

This anger isn’t something you can easily undo. This is something close to the unpleasant feeling between Marie-Lou and nurse Sophie in the film. As the person telling the story, I thought hard about how to find the key to resolving their conflict. But my conclusion was that virtually nothing could be done. No magical solution. But it can be said that Marie-Lou accepts this fact in the film. In other words, she accepts the limits to her abilities. She accepts her own ignorance and inabilities, apologizes to the other person for her lack of respect, and asks for forgiveness. Marie-Lou then shows her respect again and hopes to learn about her life as someone who doesn’t know. Of course, this might be something that can only occur in fiction. But I was satisfied with the changes that occurred in Marie-Lou after she met Mari. And I feel that I was able to portray a believable change within Sophie. If someone asks me if her approach is something I can consistently have in my life, I’d have to say no. But the trajectory illustrated in the film, one in which people accept serendipity and become a new person and a new “us,” gave me the ability to imagine the following. Perhaps the path that makes the impossible possible lies in individual events—coincidences beyond our imagination—that occur in our lives. I mean, if there is a way out, it’d have to be within said events. That’s what I think.

—Do you feel any fear now that the film has been unveiled at Cannes? Your days will be dizzyingly busy again once the film is released in theaters across the globe.

I do (laughs). I’m grateful, though, which is why it’s very difficult to figure out my own biorhythm, one which prioritizes my work and my relationships with my loved ones. I'm trying to say “no” more recently. But I also try to explain the circumstances surrounding it to some extent, so the other party doesn’t think I’m simply rejecting them. I know it’s burdensome for them to read my reasoning, but it’s not just a simple “no.” It’s meant to protect myself, which is one part of the relationship with the other party. If anything, at its root, it’s a way of saying “yes” to wanting a long-lasting relationship; I feel that the best I can do right now, in terms of communication, is to express such nuances.

In the original book, Miyano, a cancer patient, writes that perhaps it’s all right to have a relationship that isn’t so easy to define when she talks about how Isono wants to carry her bag but doesn’t know how to go about it. Relationships that are hard to define mean having human relationships. It means creating a relationship with the other person, one that’s constantly changing, as though you’re picking up the pieces that have spilled over from the roles society has defined. Doing this at the workplace is a big hassle. But I’ve come to realize that you can’t be happy unless you do it. It’s not like I can do it all the time, but now I feel a glimmer of hope that I can create such connections with different kinds of people, bit by bit, if I don’t strain myself.

Ryusuke Hamaguchi

Ryusuke Hamaguchi was born on December 16th, 1978. His 2008 film, Passion, which he shot for his graduation from the Tokyo University of the Arts Graduate School of Film and New Media, received critical praise after it was selected for the San Sebastian Film Festival and Tokyo Filmex. Afterward, he directed The Sound of Waves and Voices from the Waves, comprised of interviews with victims of the Tohoku earthquake, and Storytellers, a documentation of folk tales of the region (2011-2013, co-directed with Ko Sakai), Intimacies (2012), which has a runtime of over four hours, and Touching the Skin of Eeriness (2013), which stars Shota Sometani. His 2015 film, Happy Hour, a 5-hour-17-minute film starring four women without acting experience who joined an acting workshop, won awards at the Locarno International Film Festival, Three Continents Festival, Singapore International Film Festival, and more. His commercial debut film, Asako I & II (2018), was selected to compete for the Palme d’Or at the Cannes Film Festival, and Wheel of Fortune and Fantasy (2021) won the Silver Bear Grand Jury Prize at the Berlin International Film Festival. His second commercial feature-length film, Drive My Car (2021), received many awards, such as four awards at Cannes, including Best Screenplay, and was nominated for four categories at the Academy Awards, including Best Picture, a first for a Japanese film. Evil Does Not Exist (2024) won the Silver Lion Grand Jury Prize at the Venice International Film Festival, making him the second Japanese director, after Akira Kurosawa, to receive awards from the Academy Awards and all three renowned international film festivals. Further, All of a Sudden, which was selected to compete for the Palme d’Or at the 79th Cannes Film Festival, is his first foreign-language film.

All of a Sudden

Out in theaters nationwide, June 19 (Friday)
Distribution: Bitters End
© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

PHOTOGRAPHS by YUKI KUMAGAI
WIRDS by TOMOKO OGAWA
TRANSLATION by LENA GRACE SUDA
EDIT by KANA ENDO @GQ

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