2026年4月17日金曜日

シェークスピアが所有したロンドンの家屋、ついに所在地判明 CNN.co.jp4/16(木) 11:19

 






シェークスピアが所有したロンドンの家屋、ついに所在地判明

ロンドン(CNN) ロンドンの公文書館で偶然発見された資料により、ある研究者が英劇作家ウィリアム・シェークスピアのロンドンの住居の正確な位置を特定することに初めて成功した。 【画像】シェークスピアの家屋の特定につながった1668年作成の図面 シェークスピアが13世紀に建てられたドミニコ会修道院に由来するブラックフライアーズ地区に家屋を所有していたことは以前から知られている。その家屋は修道院の門楼の近くにあったと考えられていた。 しかし今回の新たな発見により、家屋の正確な位置、規模、間取り、そして周囲にどのような建物があったのかが明らかになった。キングス・カレッジ・ロンドンでシェークスピア研究および近世文学を専攻するルーシー・マンロー教授が14日にCNNに語った。 「本当に嬉(うれ)しい驚きだった」と振り返るマンロー氏によれば、きっかけはロンドン公文書館で地元の劇場に関するプロジェクトのための調査を行ったことだった。調査中に1668年作成の地区の図面を発見し、当該の家屋に関する情報が明らかになったという。 既存の研究論文に記載されている家屋の記述と図面を照合した結果、マンロー氏は家屋の位置と間取りを決定的に証明する証拠を見つけたことに気づいた。 「(家屋は)ある種のL字形をしており、一部は門楼の上に建っていたようだ」とマンロー氏は述べ、図面には門楼の上に建つこの建物と、近隣の酒場などの建物が描かれていると付け加えた。 「そこまで大きくはないが、それなりに立派な建物だ」とマンロー氏。「ある時点では2軒に分割できるほどの広さがあった」と言い添えた。 シェークスピアが1613年にこの家屋を購入した当時、ブラックフライアーズは由緒ある地域だったとマンロー氏は述べたが、時が経つにつれて社会階層は多様化。従来住んでいたジェントリ(下級地主層)に加えて職人も増えていったという。 今回の発見は、シェークスピアの晩年についても新たな光を当てるものだとマンロー氏は説明する。シェークスピアは1616年、52歳で亡くなった。 シェークスピアの晩年を巡っては、ロンドンのグローブ座が1613年6月に焼失した後、故郷のストラトフォード・アポン・エイボンに隠居したという説が広く信じられている。グローブ座はシェークスピアの戯曲のほとんどが初演された劇場。当該の研究はこの説に疑問を投げかけるものだ。 「グローブ座が焼失した時点でシェークスピアは劇作活動から手を引いたのではないかとの臆測もあるが、実際にはグローブ座火災後も彼は戯曲を書き続けていたことが分かっている」とマンロー氏は指摘。その上で当時の新進気鋭の劇作家ジョン・フレッチャーと共作した「二人の貴公子」に言及した。 マンロー氏はまた、シェークスピアがブラックフライアーズの地所を金銭目的で購入したという説にも疑問を呈している。 「もし単なる投資目的で地所を購入したのなら、ロンドンには他にも購入できる場所がたくさんあったはずだ」「グローブ座から徒歩5分以内のブラックフライアーズに土地を購入したという事実から、1613年当時も彼がロンドンでの仕事に何らかの形で関わっていたことが示唆される」(マンロー氏) マンロー氏はさらに「彼(シェークスピア)は屋根裏部屋に引きこもっているような孤立した天才ではない。他の劇作家と共同作業をしたり、劇場の株を所有したり、ブラックフライアーズ地区の不動産を購入したりしている人物だ」「従って、一般的なイメージとは恐らく少し違った人物像が見えてくると思う」と語った。 歴史的な劇場の跡地に建つ現代風劇場兼教育センター、シェークスピアズ・グローブの教育部長、ウィル・トッシュ氏はマンロー氏の研究を「素晴らしい発見」と称賛。キングス・カレッジ・ロンドンが発表した声明の中で「英国史上最高の劇作家にとって、ロンドンの街が仕事と私生活の両面でどれほど重要な意味を持っていたのかを理解する助けになる」との認識を示した。

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シェークスピアが所有したロンドンの家屋、ついに所在地判明 CNN.co.jp4/16(木) 11:19

   https://news.yahoo.co.jp/articles/1f905bdbbc00b62fc0205be6f396b4c4fda501d6 シェークスピアが所有したロンドンの家屋、ついに所在地判明 CNN.co.jp 4/16(木) 11:19 ロンドン(CNN...