2026年4月13日月曜日

いつも2人で - Wikipedia

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いつも2人で
Two for the Road
ヘプバーンとフィニー
監督 スタンリー・ドーネン
脚本 フレデリック・ラファエル
製作 スタンリー・ドーネン
出演者 オードリー・ヘプバーン
アルバート・フィニー
ジャクリーン・ビセット
音楽 ヘンリー・マンシーニ
撮影 クリストファー・チャリス
配給 20世紀フォックス
公開 アメリカ合衆国の旗 1967年4月27日
日本の旗 1967年7月15日[1]
イギリスの旗 1967年8月31日
上映時間 111分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国[2][3]
イギリスの旗 イギリス
※資料により異なる
言語 英語
フランス語
製作費 $4,000,000
配給収入 $3,500,000(北米、1968年1月)
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いつも2人で』(いつもふたりで、Two for the Road)は、1967年20世紀フォックス映画。主演はオードリー・ヘプバーンアルバート・フィニー。ヘプバーンのキャリアにおける代表作の一つで、『パリの恋人』と『シャレード』でオードリーを演出したスタンリー・ドーネン監督と3度目のタッグを組んだ作品である。

あらすじ・解説

1954年から1966年の12年間の1組の夫婦の軌跡を、6つの時間軸を交錯させながら描いたロード・ムービーオードリー・ヘプバーン演じるジョアンナの髪型と乗っている車で時代を見分ける。

監督のスタンリー・ドーネンは、「この作品は結婚の困難な一面を描いた作品だった。オードリー・ヘプバーンの作品は恋の喜びを描いたものがほとんどだが、これはその後の試練を描いている」と語っている[4]

以下の6回の旅が順不同で交錯する。

1:1954年、出会ったばかりでヒッチハイクをしながら旅をする学生時代の2人。

  • ジョアンナの髪型はロングヘアのおでこを見せたもの。前半はカチューシャ、後半は後ろで髪をくくっている。

2:結婚後2年で、夫マークの元の彼女のマンチェスター親子との5人での旅。ジョアンナは子供が欲しいと言っている。映画の前半のみ登場。

3:何かの記念日でのやっと買った中古の車で2人だけの旅。最初に出てくるシーンのパスポートのスタンプで1959年とわかる。途中でジョアンナが子供ができたと報告する。旅の途中でパトロンとなるモーリスと知り合う。

  • ジョアンナは前髪を下ろして、トップをクシャッとしたショートヘア。
  • 車は濃い緑色の中古の1950年MG-TD。

4:ジョアンナは生まれたばかりの子供の世話で留守番、画面に出てこない。1人旅のマークは途中で浮気。次の旅は家族3人で行きたいと語ってトンネルを抜けると、5番目の旅に切り替わる。映画の真ん中でのみ登場。

5:生まれた子供も3才くらいに大きくなってきたので、親子3人での旅。夫婦の危機。途中でジョアンナが浮気。映画の後半のみ登場。

6:1966年の現在。再度夫婦の危機。

映画のラストで、一瞬で全部の旅が時間軸順に登場する。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%84%E3%81%A4%E3%82%822%E4%BA%BA%E3%81%A7

いつも2人で

脚本と配役

作家フレデリック・ラファエルと彼の妻は恋人同士の頃から、何度も南フランスへ休暇旅行に出かけていた[6][7]。ある時、車を走らせながら、過去の自分に追い付いて追い越せたら面白いだろうなと考えた[7][6]。映画の台本のようだと思ったラファエルは、スタンリー・ドーネンにこの話を持ち込み、最終的には2人でオードリー・ヘプバーンに会いに行った[7][8]。はじめヘプバーンは1966年に結婚12年で夫婦間がギクシャクしており、1960年生まれの子供が一人いる、という設定が自分の状況にそっくりだということ、不倫や水着やベッドシーンがあるということで、非常に不安であったという[9][10][11][12]。しかし台本を読んで、夫メル・ファーラーの後押しもあり、最終的にはゴーサインを出した[13][14]。「10年前なら、いえ5年前でも、この脚本が私のところへ持ち込まれるとは考えられなかったでしょう」とヘプバーンは語っている[15][14]。この映画はヘプバーンにとって50年代への決別と、スウィングする60年代への大胆な再出発となった[16]

夫役には始めポール・ニューマンにオファーがなされたが、ニューマンはこれは監督のための映画であり、スターのための映画ではないとして断ってきた[13][16]マイケル・ケインも駄目であったが、のちにケインは『いつも2人で』は出演できなかったのを後悔している唯一の作品だと語っている[17]アルバート・フィニーは役を引き受けたことについて、「第一に脚本が素晴らしかったことです。そしてもう一つの理由はもちろんオードリー・ヘプバーンと共演できるからですよ。」と答えている[18]。ヘプバーンは『おしゃれ泥棒』で共演したピーター・オトゥールからフィニーの話を何度も聞いていた[16]。フィニーとオトゥールは同じロンドンの王立演劇アカデミーで学び、フィニーが舞台のために断った『アラビアのロレンス』の主役をオトゥールが演じていた[16]

撮影

撮影当時はカメラは動く車を内側からは捉えられなかったが、この映画は大半が車の中だった[45]。撮影のクリストファー・チャリスは「ケーブルもライトも全て車の中に持ち込み、発電機はトランクに積んでいたから、アルバートがあらゆるボタンを押して全部を作動させなければ始まらなかった。彼もオードリーも実によく吹きだすので、何度も撮り直した。その上アルバートがいたずら好きで、『監督しているのは僕とオードリーだってのに、スタンリー・ドーネンはなんで金をもらってるんだ!』ってなことを入れるんだ。おかげで音声も録り直しだった。」と述べている[45]

この映画では、ヘプバーンが初めて泳ぐシーンが撮影されたが、ヘプバーンは9歳の頃、オランダの池で溺れかけた経験があり、水に入るのを怖がっていた[18][46]。ヘプバーンは「あの頃、私は泳ぎ方も知らず、水草に絡まり、水をたくさん飲みました。やっと人が来て引き上げてくれましたが、死ぬほど恐ろしかったことを覚えています。いまではほんの少し泳ぐこともできますが、顔は絶対に水の中に入れません。子供の頃からうなされるのは、水をかぶり窒息する夢でした。」と語っている[47][46]。フィニーがヘプバーンを抱き上げてプールにドボンと落とすシーンでは、ヘプバーンは代役を希望した[46]。しかしドーネン監督はこのシーンではプールに投げ込まれたのは君だとわからなければならないと3日間説得してヘプバーンがやることになった[46]。助監督2人が待機したが、落とされてもがくヘプバーンを救出するタイミングを間違え、このシーンはもう一度撮り直しされた[46]。別カットで撮るシーンのため、ヘプバーンが潜ったように見せかけるためにドーネン監督がヘプバーンの頭に水をかける写真が残されている[18]

終わり近くのシーンは手直しが必要だと判断したフレデリック・ラファエルは脚本を書き直した[48]。ヘプバーンはそれを困ったように受け取り、最初の台本の方がいいと言った[48]。ラファエルは、最初のは会話がぼやけていて反対の意味に取られかねない、と言い、二人は両方の脚本を読み比べることになった[49]。ヘプバーンの見事な本読みにラファエルはうっとり聞き入り、ヘプバーンの判断が正しかったことを認めた[50]

『いつも2人で』の構造は革命的であった[15]。夫婦の愛情の変化は時間の経過とは無関係に個々のエピソードによって示される[15]。ドーネンはカットバックを多用して、12年間を自由に行き来した[15]

のちにドーネン監督はジョアンナ・ウォレス役はヘプバーンのキャリアの中で一番良かったと評価した[11]。「それまでの彼女とはかけ離れた役だったし、それまで要求されたことのない奥の深い感情表現、責任感、思慕と円熟さが要求された。彼女はその役にどっぷり入り込まなくてはならなかった。でも実際に彼女はそうしていたよ。」と述べている[11]

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