2024年12月21日土曜日

#626: 風変わりな歌 - ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです

#626: 風変わりな歌 - ただの蚤助「けやぐの広場」~「けやぐ」とは友だち、仲間、親友という意味あいの津軽ことばです

#626: 風変わりな歌

スタンダード・ナンバーの中にはいろいろ毛色の変わったものがあるが、風変わりという点では、さしずめ"Miss Otis Regrets"という曲などはその最右翼に位置するかもしれない。スタンダードとはいっても、大向こうをうならせるような派手な曲ではないし、スタンダード・ファンの間でもあまり語られることのない、どちらかといえば地味な曲である。


まず、どんな内容の歌か紹介しておこう。煩雑なので繰り返しの部分は省略する。

Miss Otis regrets she's unable to lunch today, Madame
She is sorry to be delayed
But last evening down in lover's lane she strayed, Madame

When she woke up and found that her dream of love was gone, Madame
She ran to the man who had led her so far astray
And from under her velvet gown
She drew a gun and shot her lover down, Madame

The mob came and got her and dragged her from the jail, Madame
They strung her upon the old willow across the way
And the moment before she died
She lifted up her lovely head and cried, Madame
Miss Otis regrets she's unable to lunch today.....


"regret"は「後悔する、悲しむ、惜しむ、残念に思う」という意味で、"I regret I am unable to~"とくれば、招待されたことに対してあらたまって断る際の慣用句的な言い方になるのだそうだ。「残念ながら(あいにく)~することができません」という感じだろうか。

ミス・オーティスは残念ながら本日のランチにはお越しになれないとのことです、マダム
連絡を差し上げるのが遅くなって申し訳ありませんとのことです
でも昨夜「恋人たちの小路」で彼女は恋人とはぐれてしまったのです、マダム

今朝お目覚めになって愛の夢が消えてしまったことがわかったそうです、マダム
取り乱して男のもとに駆けつけ
ビロードのガウンの下から拳銃を抜いて恋人を撃ったのだそうです、マダム

暴徒が彼女を留置場から引きずり出したとのことです、マダム
通りの向かい側にある古い柳の木に吊るしてしまいました
そして死ぬ直前にその愛らしいお顔を上げて叫んだそうです、マダム
ミス・オーティスは残念ながら本日のランチにはうかがえません、と.....


♪ ♪


さるご婦人がミス・オーティスとランチの約束をしている。しかし、ミス・オーティスはやって来ない。その代わりに屋敷の執事が"マダム"と何度も呼びかけながら、女主人を襲った悲劇を伝えていくというドラマ仕立てとなっている。この展開は、どこなくビリー・ワイルダーの名画『サンセット大通り』(1950)を連想させるところがあってなかなか面白い。瀟洒な屋敷のロビーで、穏やかな口調で執事がマダムに語りかけるのである。ラストの断末魔で、ランチを一緒に出来ないことを詫びるというシチュエーションはまるで芝居を見ているようだ。また、フレーズの最後に"マダム"という気取った呼びかけが繰り返され巧まざるユーモアとなっている。

ミス・オーティスは恋人を撃ち殺す。それを知った民衆が暴徒化し、留置場から彼女を引きずり出し、柳の木に吊るして処刑しようとする。殺された男はよほど人望があったのだろうか。それとも、ミス・オーティスは町の人々からよほど忌み嫌われていたのか。はたまた、女性が男性を殺すとその逆よりもずっと重罪となるという時代だったのか。いずれにしてもこの町の人々の行為はあまりにも乱暴すぎるような気がする。舞台は「アメリカの西部」とする人が多いようだが、蚤助にはどことなく「南部」の感じがしてならない。木に吊るされる情景が、ビリー・ホリデイの"Strange Fruit"(奇妙な果実)を連想させるからであろう。こちらはより生々しい「私刑の歌」であった。

それにしても、息絶える直前に、「ミス・オーティスは残念だけど、今日のランチはご一緒できないって、マダムに伝えておいてちょうだい」と叫ぶミス・オーティスというのも何だかよくわからない。ひょっとして精神的に問題がある女性だったかもしれない。でも、だからといって吊るされても仕方がないと言うつもりは毛頭ないので、誤解なきよう…(笑)。

♪ ♪ ♪


作詞、作曲はコール・ポーター、1934年に出版された作品である。彼がレストランで食事をしているとき、他のテーブルから聞こえて来たウェイターの応対にヒントを得たとか、ラジオから流れたカントリー・ソングにインスパイアされたとか、曲の誕生のエピソードに複数説があるのだが、それにしても、刃傷沙汰や処刑まで登場するイメージの飛躍は、いかにも粋でダンディな才人ポーターらしい。しかも、悲劇的な歌詞とは裏腹にメロディはメジャー・コードで書かれており、ラヴソングのように優しく美しいのも心憎い。


この曲、世評名高いのはやはりエラ・フィッツジェラルドの"COLE PORTER SONGBOOK"(56)における歌唱だろう。ピアノの伴奏で、バラードとしてしんみりと歌い上げている。まるで命を落としたミス・オーティスの死を悼むかのようだ。

こちらが、その歌唱だが、この画像の冒頭に出てくるシーンにご注目あれ。NHKでも放映された英国制作のTVドラマ、アガサ・クリスティの「ミス・マープル」シリーズ(マープル役はジョーン・ヒクソン)の一篇「バートラム・ホテルにて」の導入部である。ホテルのフロント係が、電話口で話すセリフが"Miss Otis regrets she's unable to lunch today"なのだ。いかにも英国らしいウィットではありませぬか(笑)。もうひとつ、フレッド・アステアのTVスペシャル番組から、この歌をネタにしたコント仕立てのダンスを楽しんでいただこう(こちら)。ここでアステアと共演しているのは、彼の晩年のダンス・パートナーであったバリー・チェイスである。

♪ ♪ ♪ ♪


マダムやミス・オーティスに限らず、人はみなランチタイムは楽しみにしているはず。特にサラリーマンやOLにとってはどこで何を食べるかは頭を悩ます問題である。安くて美味い店は長蛇の列だし…、ということで、本日のランチは、手早くありつけるところで、なんて考えると…

行列を避けてやっぱり不味い店  蚤助

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