今まで観た限りでは、大藏流も和泉流も、小謡「大原木」を謡うようです。
「木買うし 木買うし 小原木召され候へ 小原 静原 芹生の里 おぼろの清水に 影は八瀬の里人 知られぬ梅の匂ふや 知られぬ梅の匂ふや 此の藪里の春風に 松ヶ崎 散る花までも 雪に凍りて 春寒し 小原木召されや 小原木召され候へ」、大原と小原、表記の違いなどあるかも知れません。狂言「若菜」で謡われる小謡ですが、この詞章、綾子舞の小原木踊の歌とたいへんよく似ています。どちらが先なのかは分かりませんが、いずれ関係あるものと思われます。
http://zagzag.blog72.fc2.com/blog-entry-3495.html
「木買うし 木買うし 小原木召され候へ 小原 静原 芹生の里 おぼろの清水に 影は八瀬の里人 知られぬ梅の匂ふや 知られぬ梅の匂ふや 此の藪里の春風に 松ヶ崎 散る花までも 雪に凍りて 春寒し 小原木召されや 小原木召され候へ」、大原と小原、表記の違いなどあるかも知れません。狂言「若菜」で謡われる小謡ですが、この詞章、綾子舞の小原木踊の歌とたいへんよく似ています。どちらが先なのかは分かりませんが、いずれ関係あるものと思われます。
http://zagzag.blog72.fc2.com/blog-entry-3495.html
寝音曲のつづき
主人自ら台所へ行き、酒を持ってきたという設定で葛桶の蓋を持って出ます。この間に太郎冠者は、迷惑な事を言い出されたと言い、ここで謡ったならば度々謡わされるだろうから何としたものか、と思案します。が、いや思い出した、謡いようがあると独り言ちします。
酒を持って出た主人と、太郎冠者は正中で向き合い、主人が酒をのませようという形になります。太郎冠者は酒好きの様子で「例の大盃が出ました」となどと言い、早速、一杯、もう一杯と呑みます。「たぶればたぶる程よい御酒」などと言いながら調子に乗った太郎冠者は、主人に酒を勧めますが「身共は下戸じゃ」と主人が答えます。それならばさらに「も一つ」と四杯目を求めると、さすがに主人は怒って早く謡えと叱責し、盃代わりの葛桶の蓋を太郎冠者から取り返します。
酒に酔った太郎冠者は、謡えと求める主人に、自分は悪いクセがあって「子持ち(自分の女房)が膝を枕にして寝て謡いますれば声が出まする。起きて居ては声が出ませぬ」と言います。主人が、そんなことを言わずに早く謡えと急かしますが、太郎冠者は近日夫婦連れで上がりまして、その節に謡いましょうなどと言います。
主人はやむなく自分の膝を枕にして謡えと言い、二人は正中あたりで寄り添って主人は右膝の上に両掌を重ねて置き、太郎冠者がその掌の上に左の肘を載せて頬を支える形になります。
太郎冠者が「女ども、女ども」などと言いながら主人の顔を撫で、主人は「ああこりゃ何とする」と驚いて立ち上がってワキ座に離れます。太郎冠者も常座に下がりますが、これは酔って子持ちに戯れついたところと説明し、再び膝を枕に寝ながら謡う形になります。この後、いくつか小謡を謡いますが、何を謡うかは台本上で決まっている訳ではなさそうですが、今まで観た限りでは、大藏流も和泉流も、小謡「大原木」を謡うようです。
「木買うし 木買うし 小原木召され候へ 小原 静原 芹生の里 おぼろの清水に 影は八瀬の里人 知られぬ梅の匂ふや 知られぬ梅の匂ふや 此の藪里の春風に 松ヶ崎 散る花までも 雪に凍りて 春寒し 小原木召されや 小原木召され候へ」、大原と小原、表記の違いなどあるかも知れません。狂言「若菜」で謡われる小謡ですが、この詞章、綾子舞の小原木踊の歌とたいへんよく似ています。どちらが先なのかは分かりませんが、いずれ関係あるものと思われます。
ともかくもまずは寝たままで一つキチンと謡ったという形です。これに主人は、起きても謡えそうだ、と太郎冠者に試させるのですが、太郎冠者は声が出ない振りをします。以前観た野村万蔵家の上演では「千秋万歳の・・・この玉をたてまつる」と息も絶え絶えの様子で謡いますが、ちゃんとした声は出ません。しかし主人はさらに立って謡えと命じます。起き上がって出ない声が、立って出る訳がないと太郎冠者は抵抗しますが、いいから謡えと主人に言われ、やむなく「きみは千代まで 八千代」と謡おうとしたところで、「あ、痛」と声が出ずに腰の痛みが出たという様子になります。
ここまでのところ、大藏流は家によって違いはあるようですが、和泉流に比べるとずっと簡単で、太郎冠者が酒を褒めたりするやり取りもありませんし、大原木は謡いますが、その後、和泉流で二つほど謡おうとして謡えないふりをする部分がありません。
ともかく両流とも、もっと長いものを謡えと主人が所望し、太郎冠者が寝ながら謡うことになりますが、このつづきはまた明日に
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
- 関連記事
-
- 班女(はんじょ)について…能の曲あれこれ (2024/06/19)
- 寝音曲のつづき (2024/06/08)
- 寝音曲(ねおんぎょく)について…狂言のあれこれ (2024/06/07)
- 正尊またつづき (2024/06/06)
もう一度、今度はもっと長いものを謡えということで、太郎冠者が再び膝を枕にした形になって謡います。ここで和泉流では謡曲「海人」の玉之段の部分を謡います。一方、大藏流は謡曲「放下僧」の小歌を謡います。ただし、必ずしもこれでなければならないと決めがある訳ではない様子で、他の謡とすることもあるようです。
ともかくも太郎冠者が、再び主人の膝枕で謡い始めます。膝枕といっても膝に直接に頭を載せる訳ではありませんで、昨日は太郎冠者が頬杖をついた形になり、その左の肘を主人が膝の上に重ねて置いた手のひらに載せる形を書きました。これは私が観た限りの和泉流の形ですが、大藏流では概して太郎冠者が両手を合わせて左耳の横に置き、主人が膝の上に置いた手の上に寝る形、こちらの方がより膝枕というに似合った形にするようです。
玉之段、あるいは放下僧小歌を太郎冠者が謡い始めると、主人は両掌をゆっくりと上げたり下げたりし始めます。上げると太郎冠者の声が出なくなり、下げると謡えるということを繰り返します。
私が観た限りでは、和泉流では玉之段の「その外悪魚鰐の口」まで謡い、「逃れ難しや我が命」のところで、主人が上げる下げるを途中で逆転させ、この後からは主人が太郎冠者を起こすと声が出、下げると声が出なくなるという、太郎冠者の主張とは逆の形になってしまいます。
また大藏流では善竹十郎さんの太郎冠者で観た折は「川柳は水に揉まるる」のところで、声が出る出ないが逆転しましたが、茂山あきらさんの太郎冠者で観た際は、「東には」で主人が太郎冠者の手を持ち上げて下ろし、「音羽の嵐に」で再び上げ、さらに「西は法輪」で持ち上げて声の出る出ないが逆転しました。
いずれも謡の途中で、主人が上げ下げを途中で逆にすることから太郎冠者が混乱する形になります。謡に調子付いた太郎冠者は、和泉流では「さるにてもこのままに」で立ち上がり、ついには謡い舞いとなります。主人がワキ座に下がって見ているのにも気付かず「玉は知らず、海士人は海上に浮かみ出でたり」まで舞い上げていきます。この最後で主人が「やいそこなやつ」と声を掛け、「おのれ其の声はどこから出た」と言うと、太郎冠者は「ああ違ひました」と言い、主人が「あの横着者、やるまいぞやるまいぞ」と叱って追い込みの留となります。ただし和泉流狂言大成には、主人が苦しゅうない、もそっと謡えと云って留になる形もあると記されています。
大藏流では、太郎冠者が舞いおさめると、主人が「声もよう出て面白かった」と褒めます。太郎冠者は「お、忘れました」と笑ってごまかし、二人笑いあった後、もっと謡えという方が一般的のようです。
さて鷺流の形ですが、これは続狂言記の寝声と似たような進行で、最初に登場した主人は一人使う下人の太郎冠者が暇を乞わずに何処かへ出かけ、前夜帰ったらしいが、まだ顔を出さないので、私宅へ行ってきつく申し渡そうと言い、太郎冠者の家に向かう形になります。これは呼声など多くの曲と共通の形。その後のやり取りもほぼ同じで、太郎冠者が京内参りをしたというので許します。太郎冠者は、都で乱舞がはやり珍しい謡を二三番覚えてきたと言います。主人は謡が聞きたいと所望しますが、これは酒を飲まねば謡えないと太郎冠者が言い、さらに酒を飲ませてもらうと、今度は膝枕でないと謡えないと言い出します。主が膝枕をしてやると、太郎冠者はいくつか謡いますが、いずれも主人も知っている謡。そうこうするうちに太郎冠者は主人の膝枕で眠ってしまいます。怒った主人が太郎冠者を起こし、追い込んで留となる形に書かれています。
(上演時間は10分少々から25分前後まで、概して大藏流は短く和泉流は長いようです)
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
ともかくも太郎冠者が、再び主人の膝枕で謡い始めます。膝枕といっても膝に直接に頭を載せる訳ではありませんで、昨日は太郎冠者が頬杖をついた形になり、その左の肘を主人が膝の上に重ねて置いた手のひらに載せる形を書きました。これは私が観た限りの和泉流の形ですが、大藏流では概して太郎冠者が両手を合わせて左耳の横に置き、主人が膝の上に置いた手の上に寝る形、こちらの方がより膝枕というに似合った形にするようです。
玉之段、あるいは放下僧小歌を太郎冠者が謡い始めると、主人は両掌をゆっくりと上げたり下げたりし始めます。上げると太郎冠者の声が出なくなり、下げると謡えるということを繰り返します。
私が観た限りでは、和泉流では玉之段の「その外悪魚鰐の口」まで謡い、「逃れ難しや我が命」のところで、主人が上げる下げるを途中で逆転させ、この後からは主人が太郎冠者を起こすと声が出、下げると声が出なくなるという、太郎冠者の主張とは逆の形になってしまいます。
また大藏流では善竹十郎さんの太郎冠者で観た折は「川柳は水に揉まるる」のところで、声が出る出ないが逆転しましたが、茂山あきらさんの太郎冠者で観た際は、「東には」で主人が太郎冠者の手を持ち上げて下ろし、「音羽の嵐に」で再び上げ、さらに「西は法輪」で持ち上げて声の出る出ないが逆転しました。
いずれも謡の途中で、主人が上げ下げを途中で逆にすることから太郎冠者が混乱する形になります。謡に調子付いた太郎冠者は、和泉流では「さるにてもこのままに」で立ち上がり、ついには謡い舞いとなります。主人がワキ座に下がって見ているのにも気付かず「玉は知らず、海士人は海上に浮かみ出でたり」まで舞い上げていきます。この最後で主人が「やいそこなやつ」と声を掛け、「おのれ其の声はどこから出た」と言うと、太郎冠者は「ああ違ひました」と言い、主人が「あの横着者、やるまいぞやるまいぞ」と叱って追い込みの留となります。ただし和泉流狂言大成には、主人が苦しゅうない、もそっと謡えと云って留になる形もあると記されています。
大藏流では、太郎冠者が舞いおさめると、主人が「声もよう出て面白かった」と褒めます。太郎冠者は「お、忘れました」と笑ってごまかし、二人笑いあった後、もっと謡えという方が一般的のようです。
さて鷺流の形ですが、これは続狂言記の寝声と似たような進行で、最初に登場した主人は一人使う下人の太郎冠者が暇を乞わずに何処かへ出かけ、前夜帰ったらしいが、まだ顔を出さないので、私宅へ行ってきつく申し渡そうと言い、太郎冠者の家に向かう形になります。これは呼声など多くの曲と共通の形。その後のやり取りもほぼ同じで、太郎冠者が京内参りをしたというので許します。太郎冠者は、都で乱舞がはやり珍しい謡を二三番覚えてきたと言います。主人は謡が聞きたいと所望しますが、これは酒を飲まねば謡えないと太郎冠者が言い、さらに酒を飲ませてもらうと、今度は膝枕でないと謡えないと言い出します。主が膝枕をしてやると、太郎冠者はいくつか謡いますが、いずれも主人も知っている謡。そうこうするうちに太郎冠者は主人の膝枕で眠ってしまいます。怒った主人が太郎冠者を起こし、追い込んで留となる形に書かれています。
(上演時間は10分少々から25分前後まで、概して大藏流は短く和泉流は長いようです)
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
- 関連記事
-
- 班女のつづき (2024/06/20)
- 班女(はんじょ)について…能の曲あれこれ (2024/06/19)
- 寝音曲さらにつづき (2024/06/09)
- 寝音曲(ねおんぎょく)について…狂言のあれこれ (2024/06/07)
0 件のコメント:
コメントを投稿