米映画監督 マーティン・スコセッシ(5)日本、黒澤明、そして『沈黙』
〈日本との関わりも深い。かつては黒澤明監督の映画『夢』にゴッホ役で出演した〉
黒澤さんには、ニューヨーク映画祭で初めてお会いしました。当時、映画の保存フィルムの脱色が始まり、世界の映画人に復元と保存の重要さを説明し、協力をお願いしたのです。4カ月後、「君の映画を見させていただいた。素晴らしかった」と協力を約束する電報をいただきました。
数年してフランシス・フォード・コッポラを通じ、黒澤さんが「ゴッホ役にはスコセッシという男が適役と思うんだ。あの狂気を帯びた目が素晴らしい。映画保存について話していた目だよ」と話していたと聞きました。黒澤さんから丁重な手紙をいただいて出演を決め、『グッドフェローズ』の撮影中の休憩や照明待ちの間にせりふを覚えました。1989年の8月、北海道・網走の撮影現場で再会しました。黒澤さんは「好きなように動いて」と言いましたが、後から細かい指示を受けました。
『七人の侍』や『生きる』は、本当に素晴らしい映画です。黒澤作品は『羅生門』もそうですが、ほとんどの作品が復元されています。
〈今年末、米国で公開を迎える最新作『沈黙-サイレンス-』も日本と縁がある。遠藤周作の小説『沈黙』が原作だ〉
『最後の誘惑』を見たニューヨーク聖公会のポール・ムーア大司教が「君が本当に信仰について知りたいのなら」と、この小説をくれました。テーマは宗教というより、人間の存在。自分の居場所を探し、魂のよりどころを求め、神への信仰を含む何かを希求して生きる、科学的に説明できないわれわれの存在なのです。
魂の遍歴や葛藤を十分に経験していない私には、「真の信仰を取り戻すため、自分の信仰を捨てること」をどう映像化するか分からず、友人のジェイ・コックスと脚本を書きました。その最中、複雑な訴訟問題がイタリアで発生し、20年ほど続きました。小説に対する権利が私にあることだけは死守しようと思いました。全てが解決したのは、良き友人らのおかげです。
〈「本書は私に滋養を与えてくれた数少ない芸術書の一つ」。小説の英訳版の前書きだ〉
この「滋養」は、生きる上で困難に直面し、打撃を受けた際に、回復性を持たせる能力を授けてくれるもの。これこそ、遠藤がこの小説で言わんとしたことではないでしょうか。
出演者の浅野忠信や窪塚洋介、それにイッセー尾形、塚本晋也、笈田ヨシ…。映画の基盤をなす彼らは脚本以上のものを、とても繊細に表現しようとします。彼らの目の表現が「もっと寄った方がいい」とか「少し引いても表現の強さは保たれる」など、画面のサイズを変えさせることさえあるのです。深みのある演技力と、そのレベルの高さは称賛に値します。
私は日本映画で日本文化を知りました。日本の石庭を見て、これこそ「自然と一体となった人間の生き方だ」と精神性を感じました。今回の「世界文化賞」受賞は、その日本から評価されたことであり、大変な栄誉だと感動しています。(聞き手 兼松康)
=次回は米ミュージシャンのボズ・スキャッグスさん
0 件のコメント:
コメントを投稿