2024年4月2日火曜日

映画『オッペンハイマー』を楽しむために:科学者名鑑|タロー @ Crush On Cinema

映画『オッペンハイマー』を楽しむために:科学者名鑑|タロー @ Crush On Cinema
映画『オッペンハイマー』を楽しむために:科学者名鑑|タロー @ Crush On Cinema
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映画『オッペンハイマー』を楽しむために:科学者名鑑

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先日、アメリカに『オッペンハイマー』を観に行ってきたんですが、初見時、割と面食らったのが「登場人物の多さ」だったんですね。序盤からどんどん人が出てくるんですが、『キル・ビル』みたいに名前と所属をスーパーで入れてくれたりしないので、ついていくのが結構大変で。

なので、今後日本で公開された時のために、初見でも「誰が誰だか分からない」ということのないように、マンハッタン計画に関わった科学者たちの中で、本編中である程度、出番のある人物を一覧化しておきます。これさえ見ておけば、脳のリソースを時系列とプロットだけに当てることができます(時系列とプロットも複雑なので)。劇中でどんな「作劇上、あるいはマンハッタン計画においてどんな役割を負うのか」というところは深入りはしませんので、ネタバレの危険はないかと思います。

J. ロバート・オッペンハイマー

言わずと知れた本作の主人公です。演じているのは『ダークナイト・トリロジー』や『ピーキー・ブラインダーズ』でお馴染みキリアン・マーフィーです。この人が主役を張ってなければ、わたしもわざわざアメリカまで観に行かなかったかもしれません。本当に素晴らしい役者さんなので、これを機に、みんなNetflixで『ピーキー・ブラインダーズ』を観ましょうね。

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J. ロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)

本作品の主人公、タイトルにもなっているロバート・オッペンハイマー博士は、マンハッタン計画の主導的人物であり、史上初の原子爆弾の開発という空前のプロジェクトを成功に導いた立役者です。本作は、この「原子爆弾の開発」というプロジェクトを描きつつ、それが彼の人生にどんな影響を与え、またそれが世界にどんな影響を与え、そして最終的にそのことがまた彼の人生の上に何を反射させ、その運命をどう変えていったか、を180分かけてがっつりと描く、一大ドラマです。本稿は、彼を取り巻く「今となっては科学史上の巨人たち」として教科書に並んでいるような科学者たちがどういう形で本作に登場してくるかを整理する目的で書くつもりですが、ちょっと手に余るかもしれません。あしからずご了承ください。

アーネスト・オーランド・ローレンス

劇中ではヨーロッパ留学から帰国してカリフォルニア大学バークレー校に着任したオッペンハイマーが最初に出会う同僚の科学者としてさらっと登場します。演じているのは『パラサイト』でお馴染みのジョシュ・ハートネット。ガタイが良すぎてパツンパツンのスリーピース姿がとても魅力的です。

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アーネスト・ローレンス(ジョシュ・ハートネット)

なお、登場時に彼が作っていたサイクロトロンこそが、後にノーベル賞(1939年受賞)につながる偉大な発明であり、マンハッタン計画の重要な第一歩でもありました。映画『オッペンハイマー』はガチガチにフォーカスを効かせて、被写界深度も極浅にした、ものすごく強度の高いドラマなのでそういう「サイドトラックの事実」にほとんど触れないんですが、ローレンス博士はじめ、本物の「物理学史の巨人たち」がどんどん出てきて、そっちの観点で見ていると、ちょっとしたパワーインフレの趣があります。

ニールス・ボーア

劇中ではヨーロッパ留学時にあれこれと懊悩していたオッペンハイマーに道を示す恩人のような立場で登場してきます。演じているのは最近、エルキュール・ポアロに凝っているケネス・ブラナーですが、『ダンケルク』『テネット』と最近ではすっかりノーラン作品のレギュラーという趣もあります。

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ニールス・ボーア(ケネス・ブラナー)

ボーアの原子模型、ボーアの量子条件、ボーア半径、ボーア磁子、と、量子力学の育ての親とも称されるほど、業績については枚挙のいとまもない巨人ですが、その一方で、ドイツのハイゼンベルク博士との交友や、ドイツ占領下のデンマーク在住のユダヤ人だったという背景、核分裂の武器化ということに対する姿勢、など、『オッペンハイマー』のメインテーマとなっている要素に非常に深く関わっていた人物でもあります。

エドワード・テラー

劇中ではオッペンハイマーが立ち上げたマンハッタン・プロジェクトに招聘され、最初に現地に現れた科学者として登場します。演じているのは『リコリス・ピザ』で市長選候補を演じていたベニー・サフディですが、この人もガタイの良さがなかなか際立っています。

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エドワード・テラー(ベニー・サフディ)

実はこの人は、歴史を振り返る観点においては今作が扱っている「マンハッタン計画」の後にも非常に重大な話に関わっているのですが、劇中で描かれている範囲でもオッペンハイマーに対して一筋縄ではいかないというか、なかなかに複雑な関係性を随所に垣間見させてくれます。とても難しい役だったと思うのですが、エドワード・テラーという人間の人物像と、オッペンハイマーとの関係性、という点を、シンプルな理解に落とし込ませない、なかなかの好演だったと思います。

イジドール・イザーク・ラービ

劇中では冒頭、孤独だったヨーロッパ時代のオッペンハイマーと意気投合する気のいい友人、みたいな形で登場します。この登場シーンと出会いのシーンがなかなか素晴らしいのですが、そこはまぁ本編を見ていただくとして、演じているのはデビッド・クラムホルツですが、この人、色々出ている割に、これ、という代表作がないんですよねぇ。『ジャッジ 裁かれる判事』とか『女と男の観覧車』とか、個人的に結構好きな作品にも出てるんですが。そういう意味では、今作が彼の代表作になった、と言えるかもしれません。それくらい、いい役なんですよね。

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イジドール・イザーク・ラービ(デビッド・クラムホルツ)

この人、作中では「いい人」ポジションなのですが、業績方面を見るとやはり当たり前のようにノーベル賞を取っていて、マグネトロンを始めとする彼の業績が電子レンジからMRIまで、現代に生きる我々にとって非常に重要な様々な発明の基礎となっていたりします。また、学問的な業績だけでなく、科学が人類や世界に対してどのような影響を持ちうるか、という視座から、積極的に社会や政治に関わっていった人物でもあり、そういう意味でもまさに二十世紀の知の巨人の一人と言っても過言ではないんですが、本作ではむしろ良心的な人格者として、オッペンハイマーを取り巻く科学者の中でも、一つの灯火のような存在としてハイライトされているような気がします。

リチャード・P・ファインマン

劇中ではマンハッタン計画立ち上げのためにオッペンハイマーがいろんな科学者たちを口説いて回るシーンの一つで登場してきますが、初登場時から身長の高さと笑顔の爽やかさで一部界隈を瞬殺してきます。まさにご冗談でしょう、という感じなのですが、演じているのはジャック・クエイド、デニス・クエイドとメグ・ライアンの息子ということで、その身長と笑顔の魅力の秘密をきっちり納得させてくれます。

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リチャード・P・ファインマン(ジャック・クエイド)

この人も当然ながらノーベル賞受賞者ですが、扱いは割と淡白です。とにかく人気の高い物理学者なので、大量のエピソードが残っており、一つ一つ見ていくと本当に映画が二、三本作れそうな感じなのですが、今作ではさすがに軸がブレないように、マンハッタン計画中の妻の死去とかそういうのは割愛されていて、強いて言えばボンゴを叩いてるくらいです(かわいい)。

エンリコ・フェルミ

劇中ではマンハッタン計画発足後、シカゴ組として「持続/制御可能な核分裂反応」を初めて実現したCP-1(Chicago Pile-1)原子炉の開発者として登場してきます。演じているのはダニー・デフェラーリですが、この人の出演作って観たことないかも…と思ったらPS4で遊んでいた『レッド・デッド・レデンプションII』で街の通行人に声を当てておられたとのことで、意外とお世話になってました。

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エンリコ・フェルミ(ダニー・デフェラーリ)

ある意味、ファインマンと並ぶビッグネーム中のビッグネーム、という感じがありますが、劇中、シカゴ側はあまり登場しないので、実質、彼が率いていたシカゴチームの存在感はそれほどではありません。しかし、今作の登場人物の中では比較的早期から「反・核兵器」の立場を明確化していた人物であり、プロット上のもう一つの重要な要素を担ったデビッド・ヒル(次節参照)と共に、物語の方向性に大きく関わった存在とも言えます。

後年、オッペンハイマー自身が、彼の名を冠するエンリコ・フェルミ賞を受賞していたりして、本当に別格的な巨大な存在なんですが、この辺をざっくりと処理している辺りが脚本の妙味というか。この作品、本当に無数に枝分かれするいろんな背景がどこまでも奥深く広がっていて、調べだすとキリがないんですよね。

デビッド・L・ヒル

劇中ではシカゴチームの一員、フェルミの助手のような描かれ方で登場してきます。気弱な若手科学者といった趣で、彼とオッペンハイマーとの初対面はある意味で非常に印象的なエピソードなのですが、これがまた後々、ということで本当に油断ならないというか何というか。そういうこともあって(というのもアレですが)結構重要なポジションであるこの役は、押しも押されぬアカデミー賞受賞俳優、ラミ・マレックが演じています。

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デヴィッド・L・ヒル(ラミ・マレック)
後ろのジト目はロバート・ダウニーJr演じるルイス・シュトラウス(ストローズとも)

この人はマンハッタン計画的にはあくまでシカゴチームの一員というくらいの立ち位置で、研究業績等も他の錚々たる面々とは比べるべくもないのですが(まぁそれは比べる対象が悪すぎるだけですが)、劇中では本当に重要な役割を果たすんですよね。物語の核心の一つではあるので詳細は触れませんが、現実の社会、それも戦争という大きな枠組みの中で、まさに暴風吹き荒れるような時代に、さまざまな場面でなすすべもなく蹂躙されていた科学者の矜持のようなものが垣間見えるプロットで、この辺が本作の一筋縄では行かない傑作っぷりに繋がっていると個人的には思います。

ハンス・ベーテ

劇中、マンハッタン計画立ち上げと同時に、オッペンハイマーの「良き同僚」といった風情で登場し、それ以降もある意味、「科学に対して誠実」という科学者たちの一つの側面を象徴するような真面目な学者(あるいは、真面目なプロジェクトへの貢献者)としてオッペンハイマーの横で働き続けます。

演じているのは北欧の至宝スカルスガルド・ファミリーの次兄グスタフ・スカルスガルドです。ヘアスタイルのせいか、長男アレックスよりも年上っぽい役をやってる印象がありますね。

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ハンス・ベーテ(グスタフ・スカルスガルド)

この人もまた、普通にノーベル賞受賞者であり、ファインマンの師匠筋にも当たる偉大な物理学者である割に、劇中の出番はそれほど多くなく、クローズアップされることもあまりないのですが、彼がソフトに象徴する「科学者脳」みたいな部分は、個人的には作品全体のテーマを描くのに欠かせない大きな要素の一つかという気はします。それは決して批判的に描かれるわけではなく、それ自体の描かれ方としてはどちらかといえば好意的に描かれているのですが、この純粋な科学に対する姿勢というものが、一方では、オッペンハイマー本人が矢面に立たされるように直面した「現実側」の話と、ある意味悲しい対比になっている気がします。そういう意味ではオッペンハイマーを「越境者」として描くための一つの足場というか。劇中で彼が任される「計算」の結果と、その結果に対する本人の姿勢とオッペンハイマーの反応なんかも、さらっと描かれてはいるんですがその意味で
結構重要なポイントです。

ヴェルナー・ハイゼンベルク

これまたビッグネーム中のビッグネームという感じですが、劇中ではヨーロッパ時代のオッペンハイマーが、ラービに「絶対にあっておくべき人物」として引き合わされる形でちょっとだけ登場します。演じているのはマティアス・シュヴァイクホーファー、『アーミー・オブ・ザ・デッド』での金庫破り師の好演が印象深いドイツ出身の俳優です。

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ハイゼンベルクを演じた笑顔がキュートなマティアス・シュヴァイクホーファー
(※ちょい役すぎて劇中のカットが見つからないのでご本人の笑顔のショットで)

ハイゼンベルク博士といえば超弩級のビッグネームが並ぶこの作品の登場人物の中でもトップクラスの科学者で当たり前のようにノーベル賞ホルダーだったりしますが、ドイツ側、という立場もあり、劇中では直接の登場シーンはほとんどありません。しかし、姿は見せないまでも、第二次世界大戦中の核開発競争における最重要キーパーソンの一人としてやはり重要な役割を負っていたのは間違いなく、調べていくとまた当たり前のように色々と出てきて本当にキリがないのですが、その辺りは、もしご存知ないのであれば知らないまま本作を見て、その上で改めてお調べいただいた方がいいのではないか、という気がします(老婆心)。

おわりに

ということで、『オッペンハイマー』に登場する多数の登場人物のうち「科学者」という分類に入る人物だけピックアップしてみました。実際にはここに取り上げていない劇中の科学者もいますし、軍側、政府側、オッペンハイマーの個人的な部分での関係者も合わせると、これでは全体の半分もカバーしていないのすが、個人的にはとりあえずこれだけでも押さえておけば初見の理解はかなり違うのではないかと思います。

(軍側、政府側、個人的な部分は、ある意味普通の「ドラマ」の文脈で展開するので、いきなり登場してきて科学に邁進していく科学者たちより「分かりやすい」と思うので。)

本作は、1940〜50年代の世界の趨勢、さまざまな波紋が複雑に干渉し合う水面の下で人類全体の命運が大きく左右されていた時代を、一人の人間の人生のいくつかの局面をレンズとして描き出す、という感じの途方もない作品で、核分裂とか核融合とか爆縮レンズとか、そういう用語がメタな意味を帯びてくるような感があって、もっと言えば、そのこと自体もメタなRadioactivity Induction的な構造のようにも思えたり、と、めちゃくちゃノーランぽい作品です。劇中の何気ない会話として時々出てくる「Theory will get you only so far」的な言い回しが暗黙的に象徴する「理論を一歩踏み越えた先に初めて見えてくる現実」について、そのインパクトをより深く受け止めるためには(あるいはより強く打ちのめされるためには)、ちょうどこのくらいの予備知識がちょうどいいのではないかなぁ、と個人的には感じます。

というのも、この作品ではあえてカットされている部分、脚色されている部分もあるのですが、その辺りはむしろ事前に知っていると、どうしても「答え合わせ」的になる部分もあるような気がするんですよね。なので、個人的にはあまり事前に深く調べすぎることは推奨したくない立ち位置なのですが、調べ始めると本当に興味深く、そして「意義」も大きい話がいくらでも出てくる分野でもあるので、我慢できない方はもう、いくところまでいってしまうのも一つかもしれません。

とにかく、この作品とにかくインパクトが凄いので、どう接するにせよ触れるにせよ、自分の姿勢に自覚的であることが何より重要ではないかと思うんですね。この作品で描かれること、知ること、感じることは、場合によってはあまりにも圧倒的なので、無自覚に流される(方向は問わず)ことが起こりやすい気がしていて。なので、ちゃんと調べて自分なりの結論や信念を持って臨むにせよ、まずはインパクトを受けた上で改めて足場を固めていくにせよ、「そういう『構築的な何か』を不可避的にトリガーする類の作品」だと思っておくことが大事というか。

参考までに、監督のクリストファー・ノーランが今作について、インタビューで語った言葉を紹介しておきます。

We tried not to be deductive. The film doesn't have a specific message.
我々は特定の結論を導くようにはしないように努めた。この作品には特定のメッセージというものはない。

クリストファー・ノーラン監督 『オッペンハイマー』パリ・プレミア後のインタビュー

We've done our best when the film finishes there'll be a lot of interesting questions and a lot of resonances.
我々はこの作品が終わった後に、たくさんの興味深い疑問、さまざまな反響が生まれるよう最善を尽くした。

クリストファー・ノーラン監督 『オッペンハイマー』パリ・プレミア後のインタビュー

ということで、「たくさんの興味深い疑問や、さまざまな反響」が、一日でも早く日本でも生まれることを期待したいと思います。

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