横溝正史エンサイクロペディア・「金田一映画を活字で鑑賞する」
創元推理倶楽部・秋田分科会編『定本 金田一耕助の世界』(2004/3)に寄稿した、「金田一映画を活字で鑑賞する」(本人名義)の、オリジナル原稿です。
■1. 金田一作品を映画シナリオで読む
横溝正史の金田一耕助作品の内、映画化されたものの中には、雑誌『キネマ旬報』などにシナリオが掲載され、映画を活字で鑑賞できるものがあります。シナリオを読むことで、単なる映画鑑賞では気づかなかった何かを、発見できるに違いありません。見てから読むか、読んでから見るか。これは原作のみならず、シナリオにも通ずる言葉でしょう。映画シナリオは、横溝正史の原作を凌ぐことができたのでしょうか。
金田一映画のシナリオは、それぞれの脚本担当者による、金田一耕助もののパスティシュ作品ともいえ、横溝作品を読み進めるうえで、ぜひともチェックしておきたい文献として位置付けることができます。この意味からも、『シナリオ悪霊島』に留まることなく、横溝正史原作映画のシナリオを刊行してほしいと願うのは私だけではないでしょう。本稿では、シナリオ読みという、映画鑑賞の一つの方法を提示します。1975年以降の映画について、刊行されたシナリオを読み、気になった箇所を、ピックアップしてみました。
◇『本陣殺人事件』(1975/9, 金田一:中尾彬)
たかばやしよういちプロ・映像京都・ATG
監督/脚本・高林陽一
・「アートシアター」No.118(1975/9) , p.26-58
・「シナリオ」No.327(1975/10), p.31-62
シナリオの冒頭に、次の補足事項が記されています(「シナリオ」No.327, p.32)。 映画で、太陽光が初夏の日差しと映るのは、このためですね。
原作は、昭和十二年で、書かれているが、映画は、昭和五十年(現代)を時代背景と
する。原作は、十一月二十三、四、五日、を前後に書かれているが、映画では撮影
時期の関係で、四月二十三、四、五日あたりの"春"に、変更している。
雪は、「春の雪」と、する。
その夜は、四月も末だというのに、雪が降り、つもった。異常気象の一つであった。
『本陣殺人事件』の場合、映像で鑑賞した後で、原作やシナリオを読むと、メイントリックを理解しやすいのではないでしょうか。
◇『犬神家の一族』(1976/10, 金田一:石坂浩二)
角川春樹事務所・東宝
監督・市川崑, 脚本・長田紀生/日高真也/市川崑
・「キネマ旬報」No.692, 1976/10上, p.81-111
・「犬神家の一族 シナリオ決定稿」角川書店, 1976
・「日本シナリオ大系」第六巻, シナリオ作家協会編,
映人社, 1979/12(マルヨンシナリオ文庫)
・「'76年鑑代表シナリオ集」シナリオ作家協会編, ダヴィッド社, 1977
この映画のラストに相当する内容は原作にはありませんが、とても楽しいシーンです。ラストカットの、金田一が那須駅で上野行きの汽車に飛び乗るシーンは、シナリオでは、次のように記されています(「キネマ旬報」No.692, p.111)。
シーンNo.199
駅のプラットホームを縦から捉えた構図。画面に見えないが、右のほうに列車が到
着しているらしい。画面の左に改札口。金田一が改札口から出てくると、急いで画面
の右へ切れる。 発車合図のベル。 構内アナウンス。 列車の発車音。
市川崑監督作品中3作(『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』『女王蜂』)のラストは、汽車シーンだったりします。ちなみに、有名な金田一耕助の「生玉子」発言は、シナリオのシーンNo.92(「キネマ旬報」No.692, p.95)。
◇『悪魔の手毬唄』(1977/4, 金田一:石坂浩二)
東宝映画・東宝
監督・市川崑, 脚本・久里子亭
・「キネマ旬報」No.704, 1977/3下, p.83-113
・「'77年鑑代表シナリオ集」シナリオ作家協会編, ダヴィッド社, 1978
原作でも記されていない鬼首村の由来を、シナリオでは登場人物に語らせています(「キネマ旬報」No.704, p.85)。
シーンNo.9
金田一「鬼の首と書いて、オニコベ村と呼ぶんだそうですね」
放庵「オニコウベ村が正しい。それが詰ってオニコベになった」
金田一「珍しい読み方ですね」
放庵「室町の頃、この土地に流れて来た呪禁師、つまりマジナイ師じゃが、その予
言がよう当った。それをねたんだ領主が呪禁師を処刑し、首を獄門にさらし
たところ、首が鬼相を呈し、眼から発した鬼火が全村を焼き尽したと伝えら
れとる。ま、これが鬼首村の由来じゃ」
映画ラストの汽車シーンは、原作通りです。
◇『獄門島』(1977/8, 金田一:石坂浩二)
東宝映画・東宝
監督・市川崑, 脚本・久里子亭
・「キネマ旬報」No.716, 1977/9上, p.69-90(解決編未収録)
上記「キネ旬」No.716, p.90に、次の記載がありましたが、未掲載のままとなりま
した。残念無念。
●編集部より
読者の皆さまも、すでにご存知のように、この作品は、横溝正史氏の原作「獄門
島」とは犯人が異なりますので、東宝株式会社の宣伝部からの要請によりまして、
今号のシナリオ掲載は、ここまでにさせていただきました。
金田一耕助名探偵による犯人解明の部分は、本作品の公開が終ります頃の、
本誌11月上旬号の日本映画紹介欄にて、詳しく掲載させていただきます。
なにとぞ、ご諒承下さい。
◇『女王蜂』(1978/2, 金田一:石坂浩二)
東宝映画・東宝
監督・市川崑, 脚本・日高真也/桂千穂/市川崑
・「キネマ旬報」No.727, 1978/2上, p.69-103
映画ラストの汽車シーン(「キネマ旬報」No.727, p.103)は、原作にはありませんが、 秀逸です。アカイケイトノタマがキーワードになっていますが、 映画ラストで転がった毛糸の玉は、青色でした。
シーンNo.165
走っている汽車の片隅の席で――金田一が毛糸を編んでいる。
(略)
列車の震動で、金田一の膝の上にあった毛糸の玉が通路にコロコロと転がり落ち
る。毛糸の玉のクローズ・アップに―― <完>
◇『悪魔が来りて笛を吹く』(1979/1, 金田一:西田敏行)
角川春樹・東映
監督・斉藤光正, 脚本・野上龍雄
・「キネマ旬報」No.752, 1979/1下, p.38-60
・「《シナリオ》悪魔が来りて笛を吹く」A6版, 181p
「キネマ旬報」No.752, p.60に、金田一耕助の語られざるエピソードが隠されています。九州での金田一耕助の事件簿って、いったいどんなものだったのでしょうか?
シーンNo.126 淡路島・墓地
耕助「やっと笑ってくれたな、ハハハ……それじゃ、ぼくはこれで」
美禰子「(驚いて)どこへ!? あたくしと一緒に東京へお帰りになるんじゃなかったんで
すか!?」
耕助「それが、一寸また仕事が出来て、これから九州へ渡らなきゃならないんです」
◇『病院坂の首縊りの家』(1979/ 5, 金田一:石坂浩二)
東宝映画・東宝
監督・市川崑, 脚本・日高真也/久里子亭
・「キネマ旬報」No.761, 1979/5下, p76-100
「キネマ旬報」収録のシナリオには記載がないが、映画本編では、桜田淳子扮する山内小雪が"IT'S ONLY A PAPER MOON" を唄うシーンがある。これは、シナリオのシーン74と75の間に相当する。この劇中歌は、サウンドトラックCD 『病院坂の首縊りの家 完全版』(VOLCANO,1998)でも聞くことができる。
◇『悪霊島』(1981/10, 金田一:鹿賀丈史)
角川春樹事務所・東映/日本ヘラルド映画
監督・篠田正浩, 脚本・清水邦夫
・「キネマ旬報」No.821, 1981/10上, p.60-83(結末除く)
・「キネマ旬報」No.823, 1981/11上, p.91-93(結末部分)
・「シナリオ悪霊島」清水邦夫, 角川文庫,1981/10
冒頭の五郎のナレーションは、この映画の導入部として際立つものを感じます。ここではちょっと違ったシーンを紹介しましょう。私は東北方面へ出かけたことがないので、真偽は定かではありませんが、「キネマ旬報」No.821, p.61に次のような記述があって面白い。
シーン13 大衆食堂
二人、カツ丼を食べている。
金田一「(突然)きみ、和風カツ丼と洋風カツ丼の違いわかりますか」
五郎「和風カツ丼と洋風カツ丼?」
金田一「東北へいくとあるんですよ、二種類が」
五郎「わからない、どう違うんですか」
金田一「和風はショーユ、洋風はソースで煮てあるんです」
次の金田一映画のシナリオは、一般には公開されていないようです(当方未発見だけかもしれません)。
◇ 『八つ墓村』(1977/10, 金田一:渥美清),
松竹(大船撮影所) 監督・野村芳太郎, 脚本・橋本忍
◇『金田一耕助の冒険』(1979/ 7, 金田一:古谷一行),
角川春樹事務所・東映
監督・大林宣彦, 脚本・斎藤耕一/中野顕彰
ダイアローグライター・和田誠
◇『八つ墓村』(1996/10, 金田一:豊川悦司),
東宝映画・東宝 監督・市川崑, 脚本・大藪郁子/市川崑
■2. 映画俳優「横溝正史」
何も知らないまま映画を見ると、気づかないで終わってしまうことが多々あります。たとえば原作者がチョイ役で、映画に登場していることなど。金田一作品の映画シナリオを読み進める中で、原作者名のほかに、配役欄で「横溝正史」の名前を見かけるものがあります。横溝正史は自身の原作映画にワンポイント出演しており、今もビデオ/DVDなどでその姿を垣間見ることができます。
二十数年の時を越えて、横溝正史の肉声や姿に出会ってみましょう。映画俳優「横溝正史」出演シーンをチェックしてみるのも一興かと思い、シナリオではどう記されているか、調べてみました。以下に引用し紹介したい。
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